終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第一章11 英霊シャーロック・ホームズは異世界で舞う
第一章 英霊シャーロック・ホームズは異世界で舞う
再びグリモワールが開かれ、刻まれた物語に従って現世から英霊が召喚される。
今回、グリモワールに刻まれし物語は『シャーロック・ホームズの冒険』だった。シャーロック・ホームズの冒険と言えば、現実世界のイギリスで生まれた作品であり、シャーロック・ホームズと呼ばれる探偵が、様々な難事件にパートナーのワトソンと共に挑み、解決していく物語である。
「ふぅー、またまた呼び出されてしまったようだ。現世の空気はやはり美味しいものだ」
「……ユイ?」
シャーロック・ホームズを憑依し、シンクロしたユイは今回もその身なりを瞬時に変化させた。
インバネスコートと呼ばれる探偵によく見られる服に身を包み、その頭には鹿撃ち帽と呼ばれる帽子を被っている。右手には煙を燻らせているパイプを持っていて、優雅な動きでユイは煙を肺に送り込んでいる。
「ユイ? あぁ、この者の名前か」
「いや、なんか……キャラが変わってね?」
「何を驚いている? 英霊を召喚し、憑依させるというのはこういうことだ」
シャーロック・ホームズが憑依したユイは、その背格好だけじゃなく、口調やキャラまで大きく変わっていた。前回のジークフリートを憑依させた際はキャラの変化などは見られなかったのだが、今回は違うようだ。
「君たちの力では、まだ完全に英霊を使役することはできない。その証拠として、この身体の持ち主である少女は自我を失い、こうして英霊である私が表に出てしまったのだよ」
「まじかよ……」
「あぁ、確かに君たちの力では、私を完全に使役することはできない。しかし、私は契約によって君に召喚された」
「…………」
「この少女の身体を自由に使う権利は私にあるが、私に命令をする権利は君が持っている。だから安心して私に命令をしてくれたまえ」
シャーロック・ホームズはどこまでも優雅にパイプを口に咥え、その甘い煙草の香りをその身に取り込む。
「お、おいてめぇら!」
「……おや? てめぇら、というのは私たちのことを言っているのかな?」
「あったりまえだろうが! なに、こっち無視して話してんだよッ!」
「舐めんじゃねぇぞ!」
「ふむ、なにやらお取り込み中のところを呼び出されたみたいだな」
航大とシャーロックが自分たちを無視して話をしていたのが気に入らなかったのか、ならず者たちは激昂して声を荒げる。
全員が何かしらの武器を持っていて、この中には魔法を駆使してくる人間が居るかもしれない。航大にとって、異世界での戦闘はまだ魔獣相手にしか経験していない。人間相手と戦うことは、現実世界でもないことだ。
「はやく金目の物を置いていけ。それが嫌なら――死んでもらうぜぇっ!」
「やべぇ、来たッ!?」
「……やれやれ、どの世に召喚されても戦いというものは終わらんのだな」
ユイ……シャーロック・ホームズは持っていたパイプを口から離すと、小さな溜息を漏らす。そして物憂いな表情を浮かべてならず者たちを見る。
迫ってくるならず者たちに怯むことなく、シャーロックは手に持っていたパイプを小さな光の玉に変換させる。
「お、おいっ……大丈夫なのか……ッ!?」
「大丈夫? それは、私に言っているのかい?」
前回のジークフリートと違い、シャーロックには武器という武器が存在しない。
史実に登場するシャーロックは、ボクシング、フェンシング、拳銃、ステッキ、乗馬鞭……など、様々な武芸に長けていた。しかしそれは現実世界で伝えられる史実でしかなく、剣と魔法が支配する異世界で、シャーロックに戦う術があるのか……。
そんな不安に思わず声が漏れてしまい、シャーロックは不満げな様子で航大を振り返る。
「まぁ、召喚者様はそこで見ているがいい。これくらいの相手なら、私は負けはせんよ」
右手の上でふわふわと浮遊していた光の球に左手が優しく触れる。
すると、淡い光を放っていた光球の輝きが増したような気がして、薄い膜に守られた光球の中にシャーロックの左手が飲み込まれていく。
「緋剣――ヴィクトリア」
小さく、囁くようなシャーロックの声音が四番街の街に響く。
すると、光球の輝きが一気に爆ぜ、街中を眩い光で包み込んでいく。
次の瞬間には、光球の中から刀身が赤く染まったレイピヤのような、細身の剣が生成されていた。
「――さて、肩慣らしの運動と行こうじゃないか」
緋剣ヴィクトリアと名付けられた細身の剣で風を切り、シャーロックは驚くほど身軽に宙を舞った。突然、目の前からシャーロックの姿が消えたことに、ならず者たちは怯む。
「これくらいで驚いているようじゃ――私の相手は務まらないな」
動きを止めて動揺を隠せないでいる、ならず者たちを見下すような視線を向けるシャーロック。そして剣先から赤い一筋の光を生みながら、ならず者たちへ剣戟を見舞う。
「ぐああぁッ!?」
「こいつっ……うああぁっ!」
目にも止まらない速さで剣戟を放つシャーロック。その動きはジークフリートとのように力任せではなく、的確に相手の急所を仕留める正確さを持っていた。
数の暴力で迫りくる輩にも怯むことなく、緋剣をこれでもかと振るい、一人、また一人と確実にその数を減らしていく。
「……少しは私を楽しませて欲しいものだ」
「ふざけんなぁっ!」
「ふむ、なかなか良い踏み込みだ。しかし、剣がブレているぞ?」
「――ッ!?」
ならず者が放つ音速で迫ってくる斬撃を前に感心した声を漏らすシャーロックだが、その表情に一切の変化は見られない。余裕な素振りを見せたまま、必要最低限の動きで攻撃を躱そうとする。
剣の切っ先がシャーロックの目の前を通過し、剣先から生まれた風が前髪を僅かに揺らせる。
「私はシャーロック・ホームズ。しがない探偵さ」
「――」
シャーロックの剣が切りかかってきたならず者を切り伏せる。右肩から腹部に掛けて間近で斬撃を浴びた輩は、声を発することなくその場に倒れ伏す。血で濡れた刀身を見て、つまらなさそうに表情を歪ませるシャーロック。
気付けば、航大たちを取り囲んでいたならず者たちは、リーダー格の一際身体が大きい男を残して全滅していた。
「す、すげぇ……」
「ふむ、こんなものでは肩慣らしにもなりはしないな」
「これが探偵シャーロック・ホームズ……」
魔獣と戦った時は怪獣決戦のような様子だったが、今回は人間対人間である。
シャーロックのあまりにも華麗すぎる戦い方に、航大は呼吸することも忘れて魅入ってしまっていた。胸が苦しくなっていることに気付き、そこで航大は再び呼吸を開始させる。
「さて、最後はあの男か」
「…………」
下っ端風の輩たちが斬り伏せられている状況を見ても、身動きはおろか一言も喋らなかった男は、巨大なハンマーのような武器を地面に突き立て、仁王立ちしていた。
「ふむ、この状況を見て冷静に立ち尽くすところを見るに、少しはできるみたいだな」
「……なんか不気味だ」
「まぁ、見たところ魔力のようなものは持ち合わせていないようだ。なら考慮すべきはあの武器といったところか」
さすが探偵といったところか、正面に立つ男の出で立ちを見て、詳細に分析を始める。
ペラペラと喋るシャーロックを前にして、男はようやくその巨体を動かす。
「最初からアテにはしていなかったが、まさかここまでとはな」
「はっはっは、あんな下っ端にやられるようじゃ、英霊として情けすぎる。少しはかっこいいところを見せても、バチは当たらないと思うが?」
「……英霊か。ならば、それを打ち破ることができたのなら――私も、英霊と肩を並べることができるという訳だな」
その言葉を放つのと同時に、男は巨体に似合わない速度で動き出した。
男が踏ん張り跳躍する。先ほどまで男が立っていた場所の地面が大きく抉れ、轟音と共に男が飛翔してくる。
「……英霊と肩を並べる。恐れ多きことよ」
巨体の男は自分の背丈ほどはあるハンマーを振り上げ、見るからにヤバそうな攻撃を予感させる。
巨体が迫ってくる威圧感に、航大の身体は自然と硬くなる。しかし、シャーロックはその表情を険しいものに変えて男を睨みつける。
「緋技――シェリングフォード」
シャーロックは今までで見せたことのない辛辣な表情を浮かべると、静かに言葉を紡ぎ出す。
すると、緋剣の刀身が今までよりも強い輝きを放ち始める。その刀身は血に濡れたかのように鮮血に光り、巨体の男が振り下ろしてくるハンマーを正面で受けて立つ。
「死ねええええぇぇぇッ!」
「――散るがいい」
男とシャーロックの言葉が交錯し、四番街に甲高い金属音が響き渡る。
「――ッ」
勝負は一瞬だった。
シャーロックが振り上げた細身の剣が、巨体の男が振り下ろしたハンマーをいとも簡単に両断する。包丁で豆腐を切るかのように、一切の抵抗を見せることなく、鉄製のハンマーはあまりにも簡単に両断され、その先に居た巨体の男は右足の太腿から左肩にかけて大輪の血花を咲かせることになる。
「ぐはっ、かはぁっ……!?」
切り裂かれた身体から夥しい量の鮮血を噴出させる巨体の男。
一瞬で決着がついた戦いを、シャーロックはやはりどこまでもつまらなさそうに見下す。
「貴様のような貧弱な傀儡が我々と同じ領域に立とうなど、どうやっても無理なことよ」
緋剣はその輝きを潜め、地面に垂れ落ちる血を振り払うシャーロック。
「……それでもッ」
勝負は決していた。
それは誰がどう見ても明らかだった。
しかし、巨体の男は決してその場に倒れ伏すことはなかった。
「……この先に行かせる訳にはいかない」
「ほう。なぜ、そこまでして私の前に立ち塞がる?」
「…………この街を、四番街の仲間を、俺たちは……救わなければならない……」
「……救う。それは、とてもいい響きを持った言葉だ。しかし、貴様にはその力はない」
「それで、もっ……俺はっ……ぐふぁっ、はぁっ……姫を……姫を守るのだ……」
「……もうよい。伏して眠れ」
航大だったら同情して、男にトドメを差すことはできなかっただろう。
その甘さが前回の魔獣決戦において最後の悪夢を生み出した。
しかし、ユイの身体に憑依したシャーロックは、微塵も甘さを見せることはなく、何かを守るために戦う男に二度目の剣戟を振るう。
身体に『☓』印の傷を刻み込み、それが致命傷となり男は大きな音を立てて地面に倒れ伏した。
「……殺したのか?」
「ふむ、私は光見えても無益な殺生を好まぬ。そして、些かこの相手は弱すぎた。これで素直に殺してしまったのなら、英霊シャーロック・ホームズの名が泣く」
航大から見ても、この場に倒れている男たちは絶命しているように見えた。
しかし、よく見てみれば小さいながら輩たちは全員しっかりと息をしているように見えた。
「この男は、この先に何かがあることを示唆して倒れた。そしてそれが、召喚者……貴方が本来私に依頼したいこと……でよかったかな?」
再び緋剣をパイプに戻し、シャーロックは一仕事終わったと煙草を嗜む。
煙をパイプから燻らせ、肺に空気を入れ込むと、シャーロックはゆっくりと夜空を見上げながら息を吐くのであった。
再びグリモワールが開かれ、刻まれた物語に従って現世から英霊が召喚される。
今回、グリモワールに刻まれし物語は『シャーロック・ホームズの冒険』だった。シャーロック・ホームズの冒険と言えば、現実世界のイギリスで生まれた作品であり、シャーロック・ホームズと呼ばれる探偵が、様々な難事件にパートナーのワトソンと共に挑み、解決していく物語である。
「ふぅー、またまた呼び出されてしまったようだ。現世の空気はやはり美味しいものだ」
「……ユイ?」
シャーロック・ホームズを憑依し、シンクロしたユイは今回もその身なりを瞬時に変化させた。
インバネスコートと呼ばれる探偵によく見られる服に身を包み、その頭には鹿撃ち帽と呼ばれる帽子を被っている。右手には煙を燻らせているパイプを持っていて、優雅な動きでユイは煙を肺に送り込んでいる。
「ユイ? あぁ、この者の名前か」
「いや、なんか……キャラが変わってね?」
「何を驚いている? 英霊を召喚し、憑依させるというのはこういうことだ」
シャーロック・ホームズが憑依したユイは、その背格好だけじゃなく、口調やキャラまで大きく変わっていた。前回のジークフリートを憑依させた際はキャラの変化などは見られなかったのだが、今回は違うようだ。
「君たちの力では、まだ完全に英霊を使役することはできない。その証拠として、この身体の持ち主である少女は自我を失い、こうして英霊である私が表に出てしまったのだよ」
「まじかよ……」
「あぁ、確かに君たちの力では、私を完全に使役することはできない。しかし、私は契約によって君に召喚された」
「…………」
「この少女の身体を自由に使う権利は私にあるが、私に命令をする権利は君が持っている。だから安心して私に命令をしてくれたまえ」
シャーロック・ホームズはどこまでも優雅にパイプを口に咥え、その甘い煙草の香りをその身に取り込む。
「お、おいてめぇら!」
「……おや? てめぇら、というのは私たちのことを言っているのかな?」
「あったりまえだろうが! なに、こっち無視して話してんだよッ!」
「舐めんじゃねぇぞ!」
「ふむ、なにやらお取り込み中のところを呼び出されたみたいだな」
航大とシャーロックが自分たちを無視して話をしていたのが気に入らなかったのか、ならず者たちは激昂して声を荒げる。
全員が何かしらの武器を持っていて、この中には魔法を駆使してくる人間が居るかもしれない。航大にとって、異世界での戦闘はまだ魔獣相手にしか経験していない。人間相手と戦うことは、現実世界でもないことだ。
「はやく金目の物を置いていけ。それが嫌なら――死んでもらうぜぇっ!」
「やべぇ、来たッ!?」
「……やれやれ、どの世に召喚されても戦いというものは終わらんのだな」
ユイ……シャーロック・ホームズは持っていたパイプを口から離すと、小さな溜息を漏らす。そして物憂いな表情を浮かべてならず者たちを見る。
迫ってくるならず者たちに怯むことなく、シャーロックは手に持っていたパイプを小さな光の玉に変換させる。
「お、おいっ……大丈夫なのか……ッ!?」
「大丈夫? それは、私に言っているのかい?」
前回のジークフリートと違い、シャーロックには武器という武器が存在しない。
史実に登場するシャーロックは、ボクシング、フェンシング、拳銃、ステッキ、乗馬鞭……など、様々な武芸に長けていた。しかしそれは現実世界で伝えられる史実でしかなく、剣と魔法が支配する異世界で、シャーロックに戦う術があるのか……。
そんな不安に思わず声が漏れてしまい、シャーロックは不満げな様子で航大を振り返る。
「まぁ、召喚者様はそこで見ているがいい。これくらいの相手なら、私は負けはせんよ」
右手の上でふわふわと浮遊していた光の球に左手が優しく触れる。
すると、淡い光を放っていた光球の輝きが増したような気がして、薄い膜に守られた光球の中にシャーロックの左手が飲み込まれていく。
「緋剣――ヴィクトリア」
小さく、囁くようなシャーロックの声音が四番街の街に響く。
すると、光球の輝きが一気に爆ぜ、街中を眩い光で包み込んでいく。
次の瞬間には、光球の中から刀身が赤く染まったレイピヤのような、細身の剣が生成されていた。
「――さて、肩慣らしの運動と行こうじゃないか」
緋剣ヴィクトリアと名付けられた細身の剣で風を切り、シャーロックは驚くほど身軽に宙を舞った。突然、目の前からシャーロックの姿が消えたことに、ならず者たちは怯む。
「これくらいで驚いているようじゃ――私の相手は務まらないな」
動きを止めて動揺を隠せないでいる、ならず者たちを見下すような視線を向けるシャーロック。そして剣先から赤い一筋の光を生みながら、ならず者たちへ剣戟を見舞う。
「ぐああぁッ!?」
「こいつっ……うああぁっ!」
目にも止まらない速さで剣戟を放つシャーロック。その動きはジークフリートとのように力任せではなく、的確に相手の急所を仕留める正確さを持っていた。
数の暴力で迫りくる輩にも怯むことなく、緋剣をこれでもかと振るい、一人、また一人と確実にその数を減らしていく。
「……少しは私を楽しませて欲しいものだ」
「ふざけんなぁっ!」
「ふむ、なかなか良い踏み込みだ。しかし、剣がブレているぞ?」
「――ッ!?」
ならず者が放つ音速で迫ってくる斬撃を前に感心した声を漏らすシャーロックだが、その表情に一切の変化は見られない。余裕な素振りを見せたまま、必要最低限の動きで攻撃を躱そうとする。
剣の切っ先がシャーロックの目の前を通過し、剣先から生まれた風が前髪を僅かに揺らせる。
「私はシャーロック・ホームズ。しがない探偵さ」
「――」
シャーロックの剣が切りかかってきたならず者を切り伏せる。右肩から腹部に掛けて間近で斬撃を浴びた輩は、声を発することなくその場に倒れ伏す。血で濡れた刀身を見て、つまらなさそうに表情を歪ませるシャーロック。
気付けば、航大たちを取り囲んでいたならず者たちは、リーダー格の一際身体が大きい男を残して全滅していた。
「す、すげぇ……」
「ふむ、こんなものでは肩慣らしにもなりはしないな」
「これが探偵シャーロック・ホームズ……」
魔獣と戦った時は怪獣決戦のような様子だったが、今回は人間対人間である。
シャーロックのあまりにも華麗すぎる戦い方に、航大は呼吸することも忘れて魅入ってしまっていた。胸が苦しくなっていることに気付き、そこで航大は再び呼吸を開始させる。
「さて、最後はあの男か」
「…………」
下っ端風の輩たちが斬り伏せられている状況を見ても、身動きはおろか一言も喋らなかった男は、巨大なハンマーのような武器を地面に突き立て、仁王立ちしていた。
「ふむ、この状況を見て冷静に立ち尽くすところを見るに、少しはできるみたいだな」
「……なんか不気味だ」
「まぁ、見たところ魔力のようなものは持ち合わせていないようだ。なら考慮すべきはあの武器といったところか」
さすが探偵といったところか、正面に立つ男の出で立ちを見て、詳細に分析を始める。
ペラペラと喋るシャーロックを前にして、男はようやくその巨体を動かす。
「最初からアテにはしていなかったが、まさかここまでとはな」
「はっはっは、あんな下っ端にやられるようじゃ、英霊として情けすぎる。少しはかっこいいところを見せても、バチは当たらないと思うが?」
「……英霊か。ならば、それを打ち破ることができたのなら――私も、英霊と肩を並べることができるという訳だな」
その言葉を放つのと同時に、男は巨体に似合わない速度で動き出した。
男が踏ん張り跳躍する。先ほどまで男が立っていた場所の地面が大きく抉れ、轟音と共に男が飛翔してくる。
「……英霊と肩を並べる。恐れ多きことよ」
巨体の男は自分の背丈ほどはあるハンマーを振り上げ、見るからにヤバそうな攻撃を予感させる。
巨体が迫ってくる威圧感に、航大の身体は自然と硬くなる。しかし、シャーロックはその表情を険しいものに変えて男を睨みつける。
「緋技――シェリングフォード」
シャーロックは今までで見せたことのない辛辣な表情を浮かべると、静かに言葉を紡ぎ出す。
すると、緋剣の刀身が今までよりも強い輝きを放ち始める。その刀身は血に濡れたかのように鮮血に光り、巨体の男が振り下ろしてくるハンマーを正面で受けて立つ。
「死ねええええぇぇぇッ!」
「――散るがいい」
男とシャーロックの言葉が交錯し、四番街に甲高い金属音が響き渡る。
「――ッ」
勝負は一瞬だった。
シャーロックが振り上げた細身の剣が、巨体の男が振り下ろしたハンマーをいとも簡単に両断する。包丁で豆腐を切るかのように、一切の抵抗を見せることなく、鉄製のハンマーはあまりにも簡単に両断され、その先に居た巨体の男は右足の太腿から左肩にかけて大輪の血花を咲かせることになる。
「ぐはっ、かはぁっ……!?」
切り裂かれた身体から夥しい量の鮮血を噴出させる巨体の男。
一瞬で決着がついた戦いを、シャーロックはやはりどこまでもつまらなさそうに見下す。
「貴様のような貧弱な傀儡が我々と同じ領域に立とうなど、どうやっても無理なことよ」
緋剣はその輝きを潜め、地面に垂れ落ちる血を振り払うシャーロック。
「……それでもッ」
勝負は決していた。
それは誰がどう見ても明らかだった。
しかし、巨体の男は決してその場に倒れ伏すことはなかった。
「……この先に行かせる訳にはいかない」
「ほう。なぜ、そこまでして私の前に立ち塞がる?」
「…………この街を、四番街の仲間を、俺たちは……救わなければならない……」
「……救う。それは、とてもいい響きを持った言葉だ。しかし、貴様にはその力はない」
「それで、もっ……俺はっ……ぐふぁっ、はぁっ……姫を……姫を守るのだ……」
「……もうよい。伏して眠れ」
航大だったら同情して、男にトドメを差すことはできなかっただろう。
その甘さが前回の魔獣決戦において最後の悪夢を生み出した。
しかし、ユイの身体に憑依したシャーロックは、微塵も甘さを見せることはなく、何かを守るために戦う男に二度目の剣戟を振るう。
身体に『☓』印の傷を刻み込み、それが致命傷となり男は大きな音を立てて地面に倒れ伏した。
「……殺したのか?」
「ふむ、私は光見えても無益な殺生を好まぬ。そして、些かこの相手は弱すぎた。これで素直に殺してしまったのなら、英霊シャーロック・ホームズの名が泣く」
航大から見ても、この場に倒れている男たちは絶命しているように見えた。
しかし、よく見てみれば小さいながら輩たちは全員しっかりと息をしているように見えた。
「この男は、この先に何かがあることを示唆して倒れた。そしてそれが、召喚者……貴方が本来私に依頼したいこと……でよかったかな?」
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