終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第一章4 帝国ガリア


 ――帝国ガリア。

 航大が異世界転移してやってきたバルベット大陸と隣接する、マガン大陸と呼ばれる場所にその国は存在していた。鉱山から立ち込める黒煙と、鉱山から採取した鉱物を加工する際に発生する蒸気が国全体を覆っている工業国家である。

 国民のほとんどが鉱山で強制的な肉体労働を強いられ、国王による独裁的な政治が気が遠くなるほどの長い年月継続して行われている。

 国民は疲弊しきっており、国には活気というものが見られない。

 まさに死の国と呼ぶに相応しいその有様は、周辺各国の首脳が訪れる度に表情を顰め、この世の生き地獄と化した国の有り様に疑問を深める。

 そんな死の国の中枢。そこには権力を誇示するかのように巨大な建造物が存在している。明らかに異質なその建造物に、帝国ガリア・総統『ガリア・グリシャバル』は存在していた。

「……魔獣が倒された?」

 城と呼ぶにはあまりにもおぞましい建造物の、最上層階に存在する謁見の間。
 そこには帝国総統のガリアと、政治の根幹を握る配下たちがいる。
 仰々しい玉座に腰深く座ったガリアは、配下からの報告にその声を上げた。

「……はっ。ハイラント王国との戦争において投入した、三つ首の魔獣ですが、それらの生命反応が今、消失しました」

「ほう。ハイラントも中々隅に置けぬな。安々と魔獣を葬り去る力がまだ残っているか。いや、それとも『奴』が前線に出てきおったか」

 配下の報告をつまらなさそうに聞くガリア。
 今の彼にとって、魔獣が討伐されたことなど微塵も気にするに値しないどうでもいい情報なのだ。
 三つ首の魔獣を生み出すために、一体どれだけの一般市民が犠牲となったのか、それを知っていながらこの反応である。

「何者にやられたのか、その情報は得ているのか?」

「はっ、そちらにつきましても情報は入ってきております。しかし、にわかに信じ難い情報でありますので、もう少し精査してから陛下にお伝えしたいと――」

「今、ここで言え」

 配下の言葉を遮るように、ガリアの冷徹で冷酷な声が響く。
 帝国ガリアにとって、眼前で玉座に座るこの男が全てである。この男が全てを決定し、全てを得るのだ。

「……はっ。ハイラントに潜入している我が国の兵からの情報によると、魔獣はハイラントの若き兵士と、見慣れない服に身を包んだ少年と少女によって討伐されたとのことです」

「……見慣れない服? 少年と少女?」

 配下の報告を聞き、初めて気怠げなガリアの様子に変化が現れた。
 聞き慣れない言葉が好奇心をくすぐったのか、ガリアは玉座から身体を少しだけ持ち上げ、意識を完全に配下へと向ける。

「その通りでございます。さらに、魔獣へトドメを差したのはその少女であるとのこと」

「ほう。ほうほう。その者が魔獣を討伐したと? いかようにしてだ?」

「……ここからがハッキリとしない情報となるのですが、ありのままをお伝えいたします。まず、兵からの報告によると、魔獣と対峙した際、その少女には戦う力は持っていないように見えたとのことです」

「……続けろ」

「しかし、少年が手に持つ本を広げると、眩い光が発生し、光が少女を包んだ次の瞬間、少女は漆黒の鎧を身に纏っていた……とのことです」

「…………」

 ガリアは配下からの報告を腕を組んで思案する素振りを見せながら聞く。
 無言は先に進めとのこと、配下は瞬時に判断して話を続ける。

「漆黒の鎧を身に纏った少女は、圧倒的な力で魔獣の首を落とし、そしてついには絶命させた……以上が、魔獣討伐に関する報告となります」

「……そうか」

 配下の報告が終わると、謁見の間には何度目か分からない静寂が訪れる。

 呼吸の音もしない。

 誰かの話し声もしない。

 聞こえるのは、遠くから聞こえてくる鉱山から響く爆発音だけ。
 永遠にも感じる静寂の中、ガリアは閉じていたその目を大きく見開くと、玉座から勢い良く立ち上がる。


「ようやく動き出す時が来た。神が予言した世界の破滅。その歯車が今、揃ったのだ!」


 謁見の間に轟く咆哮。
 喜色にそまったその声を上げたガリアの表情は、今までに見たことがないほど喜びに満ちていた。

 爛々と輝く瞳は虚空を見つめていたが、その目が再度配下へ向けられると、ガリアは喜色に染まっていた表情を一変させて問いかけを投げる。

「――それで、お前たちが生み出した魔獣は成果を上げたのか?」

 感情が消えた万物を凍らせるような冷めた声音が謁見の間に響いた。
 ガリアの言葉にその場にいた配下全員が無意識の内に全身を硬直させた。

「…………」

「何故黙る? 予言の者に打倒されたということなら許そう。その少女が予言の通りだというのなら、あの程度の魔獣では荷が重すぎる相手だ」

「…………」

「しかし、そこらの一般兵には負けぬ力を持つ……貴様は、私にそう言ったはずだ」

「…………」

「ハイラント王国の傀儡どもの一人や二人……討つことはできたのだろうな?」

 ガリアが言葉を紡げば紡ぐ度に、謁見の間は凍りついていく。
 言葉は鋭利な刃となって配下へと襲いかかる。その言葉に一切の慈悲は感じられない。

 そんな彼の凍えるような言葉に、配下の身体が震えだす。実際に謁見の間が冷え付いている訳ではない。圧倒的な威圧感、恐怖、不安が配下を襲い、本能的な恐怖を感じてその身体は小刻みに痙攣を繰り返しているのだ。

「も、もっ……申し訳……あ、ああああありま――」

 配下の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 小高い場所からトマトを落とした時のような、そんな生々しい生命が消える音が謁見の間に響き、配下は一瞬の内に絶命した。

 ガリアを除いて、何が起きたのかを理解できた者はいない。瞬きをしたら、ガリアに報告していた配下が跡形もなく押し潰されていたのだ。

 何か巨体が落ちてきた訳ではない。見えない『何か』によって、配下は己の姿形さえも保てないレベルで潰されたのだ。それはあまりにも残酷で冷酷な処刑だった。

 まだ若い配下には家族がいた。子供がいた。妻がいた。この恐怖政治が蔓延する国においても、自らの力を信じ、家族の応援を一心に背負って国のために尽くそうとしていた。そんな彼の気持ちを一ミリも知ることなく、ガリアは一度の失敗で彼を絶命させたのだ。


「帝国ガリアに敗北者はいらぬのだ」


 ぐちゃぐちゃに潰れた人間だった肉片を見下ろし、ガリアは感情を殺してそう言い放つ。
 しかし、次の瞬間にはそんなことすらも忘れたかのように、表情を明るめてその大きな両腕を目一杯広げて天を仰ぐ。

「我々は神の予言に従い、与えられし使命を遂行しなければならない!」

 その声は国全体に轟いたような錯覚を覚えた。
 謁見の間を、城全体を震わせるようなその声に残る配下たちは三度、姿勢を正す。

「さぁ、準備を始めるのだ。全世界を手中に収め、神の頂へと我々は到達するのだ」

 ガリアの声に配下たちは一斉に咆哮を上げる。

◆◆◆◆◆

 帝国ガリアは動き出す。

 世界の終焉へと向かって。

 揃った歯車はゆっくりと、静かに時を刻んで回り出す。

 世界は破滅への一歩を歩み出してしまうのであった。

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