遅熟のコニカ

紙尾鮪

103「ケッペキナヘキ」

 湧かす事が何故、これ程に難儀なのか。
 それは個々の趣味嗜好という物が大きく作用する。

 観客を捲し立てる様に、ヒロイックに演じ観客に応援させる様に、様々な方法があるが、大量にいる観客を湧かすには、多数の観客が好きな方を取るしかない。

 ヘーレの取った方法は王道、正義が悪を倒す構図、全ての年代の人が湧く物、しかし、邪道マイナーを皆が嫌う事などある筈もない。

 であらば、何故、全て・・が湧いているのか。
 それが、『妄話』にとって疑問で仕方なかった。

 故に、『妄話』は、戦局を『爆音努』に任せ、『妄話』は観客を観る事に専念した。

 そして、起こった結末。

 少女の行動。

 少女が、戦闘中の、殺人鬼の近くに行き、頭部を殴打した。

 『妄話』は、止めるべきだったが、予測が出来なかった。

 無垢なる子供が、その様な凶行に出るとは思わなかった。
 いや、その様な行動に出る筈がない。
 正義を夢見る子供であろうと、確実な死を与える凶器を以てしての行動など、あるはずがなかった。

 そして、それらを褒め称える大人達、『妄話』は、理解していなかった。
 妄信的ではない。
 狂信的だったのだ。

 「『爆音努』くん、あのヘーレって女の戦い、どうだった?」

 「どうにもこうにもねぇ、アイツ強すぎるって所じゃねぇ、アイツ、三つ持ってんぞ、遺能」
 『妄話』は、笑った。
 最早、己が考える範疇を優に越えた為に、笑うことしか出来なかったのだ。 

 遺能の多種持ちという者自体、稀有な存在だった。

 かくいう『妄話』自体、多種持ちだったが、二つだけだった。

 多種持ちとして称される者の多くは二つのみだった。

 『妄話』が知る三つ持つ存在は、ヒルコと、オンター・ビーツ・イルゼのみ。
 多種だからといって強いという訳でもない。
 事実、『家具死』のエンドウ自体、一つしか遺能を持たなかったが、あの会合の中の三本指に入る実力を持っている。

 しかし、その三本指の残り二つはヒルコとオンター・ビーツ・イルゼ。
 強さと遺能の数の関係性は単純ではないが、確実に、多種持ちは強いという事は明らか。

 それが、目の前に存在する。

 エンドウと、マタク=モルマを倒した実績を持つ、三種持ちの魔女が。

 しかも、一つ一つが上質。
 並の遺能では比べ物にはならない。

 通常だとしたら複数の遺能を組み合わせ出来る様な事を一つで行う。
 最早、勝てる勝算を叩き出す事が『妄話』は出来なかった。

 「……ヤーコプさん、アイツが動いた。『悪日』を持ち帰ってんぞ」

 「……なんでだ。エンドウさんは置いたままなのか?」
 気づけば、観客も帰っていた。

 エンドウは、観客に踏みつけられた跡は少なかった。
 それはマタク=モルマが凄んだせいなのだろうか。

 しかし、エンドウは惨たらしい姿だった。
 片腕、片足なく、大量の自分の血液を浴びて倒れていた。
 最早服に染みた血が乾き、肌にくっついていた。

 そのためか、エンドウが起き上がった時、パリパリと音を鳴らした。

 「あぁ、死んだ死んだ。あれ、『妄話』くんと『爆音努』くんじゃない、どったの?」
 エンドウが生き返った。

──────────────

 「ハリボテだな、人が住める環境ではないぞこれは」
 それは、漂白剤の匂い漂う街だった。
 そして、蹴れば穴の空く建物。

 あからさまに、人が生活するには強度の足りない壁、更には異臭とまで言える漂白剤の臭い。
 更には、人形の人達。
 喋ることも、動くことも、まばたきする事もない。

 その人達は、椅子に座り、楽しく談笑する風に置かれている。

 道には、すれ違い、会釈する人形が置いてある。

 井戸には、中を覗き込む子供の人形がいる。

 まるで、時が止まっている様な街だった。

 そして、無理矢理綺麗にしたかの様な白。

 白の街。

 白の人。

 白の空。

 そして、コニカ。

 コニカは、井戸の中を覗く子供の人形に違和感を感じた。

 「お前っ、ヒルコか?!」
 元々白かった為か、子供の容姿相貌がヒルコに似ている事にコニカは気がついた。

 しかし、ヒルコに似た人形が動く事はなかった。

 「他人の空似? いや、この顔はどう見てもヒルコだ……何なんだ……この街は」
 コニカは気付いていない。

 ヒルコに似ていた人形だけではない。
 コニカに良く似た人形すらも存在している事に。

 「コニカせんぱぁい」
 そして、再び出会う。

──────────────

「怖い! 怖い! 怖イ! こワゐ!!」
 シュイジは、恐怖に飲まれていた。

 故に暴れた。

 嫌だ、断る、拒否する。
 己の余ってしまう程の力を以てしても、目の前の恐怖から逃げられない事が、シュイジは、怖くて、怖くて、怖くて、致し方なかった。

 全てのきらびやかな物を壊し、全ての光を閉ざし、全ての完成品を壊し、全ての命を壊していった。

 余りにも過多。

 死を生み出すシュイジも、生を繰り出すヒルコも。

 しかし、恐怖はただ、積み重ね、混ざり合い、そして、見るもおぞましき怪物にへと変わる。

 しかし、シュイジは絶えず恐怖を送られる。
 耐えず、堪えず、シュイジはそれを受け取り続ける。
 見るもの全て、感じる物全て、自分にとって不利益な物であり、恐れる対象。

 それを突っぱねたいと思うのは、人間として正しいが、それを行うのに躍起になるが故に、見たものを素直に受け入れる。

 泣いたとて、落ちる涙は嗤う人。

 耳を塞いだとて、その手から生える人が耳の穴へと直接嗤い声を届ける。

 悲しみ、喜び、諦め、複合された嗤い声が、シュイジの四方八方を取り囲み、壊れ壊れと嗤いあげる。

 「もう嫌だァアア!!」
 振り上げた拳、それに人達は絡み合い、巨人の如く大きさとなり、黒のヒルコを潰そうとした。

 黒のヒルコは、化物を集め、肉壁で防ごうとしたが、それは、明らかに無理だと思える程に、膨れ上がっていた。

 が、その時扉が開いた。

 「……また魔女」
 ヘーレが、マタク=モルマを担ぎ、現れた。

 シュイジは、止まった。

 ヘーレは、横たわる『荒神』も、異形となったシュイジも、黒のヒルコも、神父も、フクダも、何も見ていないかの様に、真ん中を歩いて行く。

 シュイジは、何故か、目の前を歩く女を、殺さなければならない、いや、殺したいと思った。
 そして、巨大な拳を、ヘーレの方にへと振り下ろした。

 ヘーレは、急に出来た大きな影の原因を一瞥すると、大きくため息をつき、片手で止めた。

 まるで、ただ、眩しい陽射しから目を守る為、ただ手をかざしただけの様な何も脅威に思わぬ防ぎ方。

 シュイジが、殺したいと思ったのは、ヘーレが、戦わずとも分かる強者、いた脅威となる存在だと理解したからなのか。
 もしくは、魔女の子孫が故の殺人欲求なのか。

 しかし、シュイジは、再び恐怖を、増殖させていく。

 シュイジの肌には、幾つもの眼球が生え、シュイジを凝視する。
 耳を恐怖で孕ませたと思えば、次は、シュイジを見続けている。

 シュイジの恐怖に怯え、顔を歪める様を、口を震わせる無様を、三途の川に立たされた生存願望の高い老人の様なシュイジを。
ただ、見る。

 次の行動を望んでいる様に。

 その変貌を見たヘーレは、シュイジの成れの果てを一蹴し、前へと進んだ。

 『荒神』が守っていた奥の扉を再び開けた。

 「来るか? 無理か」
 ヘーレは、フクダを見て、茶化す様な事を言い、扉を閉じた。

 そして、扉が、歪み、消えた。

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