遅熟のコニカ

紙尾鮪

98「コニカヘ」

両者共に動くことはなかった。
 マタク=モルマは、動く気がなかった。
 ヘーレは、人々を背に戦われてしまえば、誤って斬ってしまうかもしれない。と、マタク=モルマは思っていた。

 ヘーレは持っていた剣を投げた。

 投擲に使うには不適な長剣だったが、それは空気を斬りながら、水平にマタク=モルマの退屈そうな顔に向かって飛んでいく。

 マタク=モルマはフッと白い煙を吐いた。
 それは長剣を包み、ふわふわと地面に降りていく。

 マタク=モルマがふわふわ落ちる煙を見ている時、ヘーレは思い馳せていた。


 あの時の想い人を。

 考えていた。あの時の、あの瞬間を。

 想い人の意識は、目は、心は、体は、想いは、全て私が独占していたのではないかと。

 故にこの猟銃の事をヘーレは、『アイ』と呼んだ。

 マタク=モルマは、視ていた。
 空気から猟銃を出し、構えていると。
 そして感じた。
 確かにパフォーマンスであると。
 自分の為の。

 マタク=モルマは大きくため息をつく様に、自らの体の二周り程に大きい煙を纏わせた。

 ヘーレは、ゆっくりと銃弾を装填していく一つずつ、丁寧に押し込んでいく。
 合計5発、そして、前にひねってあるメリケンサック状のレバーを後ろに戻した。

 そして、対峙。
 姿の見えぬマタク=モルマを感じる。
 音、空気、そして、観客の視線。
 それらを統合して顕れるおぼろげな虚像に狙いを定め、『愛』を放つ。

 放たれた弾丸の産声は、着弾していない者ですら恐れてしまう。
 だが、ヘーレには耳に手を添え聞き癒されたい物であった。

 マタク=モルマは、確立していた。自らの安全が。

 煙による疑心暗鬼を誘い、もし当てずっぽうに煙に向かって撃ったとしても、煙に銃弾は囚われふわふわと落ちるだけと思っていた。

 しかし、煙に着弾する時、弾丸は消えた。
 マタク=モルマがそれを思う事はなかった。

 何故か。

 身を隠すという事は、前方の視界を閉じる事と同義であるからであるから。

 それに尽きた。

 「『不可侵の愛インヴァイアラブ』」
 ヘーレはレバーを前にひねり、空の薬莢を飛ばした。
 そして、現れる、マタク=モルマの傷痕。
 マタク=モルマの右耳が無くなった。

 マタク=モルマは、痛みを感じなかった。そして、音も聞こえなかった。
 それに疑問に感じ、耳に触れたが、耳の感触はなかった。
 そして煙には弾道の跡はない。
 つまりは、弾丸の完全消滅。

 しかしながら、傷はある。

 つまりは、無が有の弾丸。
 それはマタク=モルマにとって戦法を変えるしかない情報だった。

 いや、殺害方法を。

 「……無触型無機物影響能力か、魔女のようだにゃ、まさか純血の魔女か」
 マタク=モルマは、煙を晴らした。
 そして、手袋を着け直し、一本煙草を咥えた。

 「火でも点けてあげましょうか?」
 ヘーレは、レバーを後ろに戻す。
 ニヤニヤと笑っているのは、ヘーレの慢心と現在の優位からだった。

 ヘーレの能力『不可侵の愛』は、現状況防ぐ方法などなかった。

 マタク=モルマは、ヘーレとの距離を詰めようと走った。

 愚純。

 そうヘーレは思った。

 こちらが長物、かつ遠距離用の武器を持っているからと、距離を詰めようとしている。
 想い人であれば、その様な事はしないだろう、と想いを馳せていた。

 「前を見ろ」
 ヘーレは再び、マタク=モルマを見失っていた。
 それは若干の驕りから来る物もあった。
 しかし大部分は、ヘーレの『不可侵の愛』と同じで現状況打破出来ない物だった。
 ただこれは、遺能ではない、マタク=モルマ自体が持つ純粋な特技だった。

 今度はどこにいるかが分かった、目の前、鼓動を聞く様な姿でマタク=モルマは手をヘーレの体にペタりとつけている。

 ヘーレは猟銃で打つことが出来なかった。
 それは密着している事と、マタク=モルマの身長が高くないという事もある。
 つまりは銃弾を防ぐにはベスト、ただこれは銃に頼りきった弱者限定の方法だった。

 ヘーレは、小刀を空から取り出した。
 そして、脇腹に刺す。
 曰く小刀とは、肌に離さず常時持ち、自決の際に使われる事から、夫婦の契りの際に贈られると言う。

 故にヘーレは、付加価値として使用済みの小刀を贈る事にした。
 自分の元から離れた想い人をたぶらかした、20の悪魔の喉笛をかっ切りその血で濯いだ小刀を贈ろうと。

 また、マタク=モルマがいなくなったのが分かった。
 が、今回は分かった、離れる瞬間。
 目で捉える事は不可能だが、感じた、腹部に感じた違和感。
 だが、腹部に蚯蚓でも這っている様な不快感は、目の前の悪魔を殺す事に重点を置いたヘーレが気にする事はなかった。

 「ちょろちょろと、ネズミですか?」

 「ネズミ……ねぇ。ヘーレさんだっけ? 君、好きな人を顔で選ぶタイプでしょ?」
 ヘーレが撃った。

 先程まではゆっくりやっていた動作を感情的に、乱雑に、行い、再び。

 マタク=モルマは、全てを受けた。
 観客に当てる訳にはいけないからだった。
 左肩、左腕。
 乱雑に撃ってる様に見えて、心臓を狙っていることが分かった。
 それほどに、冷静な殺意を浮かべているとマタク=モルマは思い、患部を抑えながらヘーレを見た。

 マタク=モルマは驚いた。
 ヘーレの背後に『生母事』がいた事に。
 常識では考える事も出来ない。ただ、マタク=モルマは混乱した。
 それは否定する判断材料が常識しかマタク=モルマにはなかったという事が大きい。

 常識と言う名の判断材料ほど、信用出来、かつ不安定な物はない。
 常識は、突飛な状況に置かれた時にその状況を否定し、行動を止めてしまう。

 しかし、常識がなければ全てを受け入れ警戒を解いてしまう。
 そして、真相を暴くことが出来ない。

 つまりは、マタク=モルマの混乱は必要な混乱だったと言える。

 二つの仮説が脳裏を過る。
 一つ目は、『生母事』の生霊、もしくは『生母事』の遺能。
 『生母事』に関係する事だと思った。
 それは、sueとの対峙の時、嘘をついていた事と、居なかった事から生まれた仮説だった。

 しかしマタク=モルマ自体、霊の存在をにわかに信じてなどいなかった
 そして、ヒルコが言った破と生の両極性を持っているという事から、この現状はおかしかった。
 破壊を目的とした遺能ではなく、生きる事を目的とした遺能でも明らかにない事から、マタク=モルマはまず第一の仮説を消した。

 「……ッアイツ、創造持ちか」
 残された仮説は、ヘーレが創造系の能力を持っていること。
 創造系の能力は、己の強い意思や思いが形になる事が多い。
 故に、戦闘中ですらチラつく程の想いが形を成したのだとマタク=モルマは推理した。

 しかし、その間八秒。

 ヘーレに与えてしまった。

 「コニカ先輩……先輩……」

 「ブラーブは良い子だな、良く頑張ってるな、勇敢だ」
 自尊心を固める様に並べられる言葉はさも、ブラーブを誉めている様だった。

 創造系の能力の真髄を、マタク=モルマは知っていた。
 それは、ヒルコが『万』と呼ばれる由縁であった。

 それだった場合、止めないといけない。
 そうマタク=モルマは思った。

 「あぁ……先輩……あっ……先輩」
 限りない微睡みの中に落ちていくのをヘーレは感じた。
 ヘーレは、生霊が見えていない。
 故に求める、まだ、より、もっと。
 想い人コニカを。

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