遅熟のコニカ

紙尾鮪

97「フカノカ」

 「素晴らしい! 素晴らしい! 黒き月は闇夜に紛れ、憎き昼を食い食むハム! そう、昼の子である我が君を食い、昼夜逆転、否夜中統一を成すであろう!!」
 月光に照らされたのは、五体満足のヒルコだった。

 ただ、黒髪で黒の服を着ていた。

 それだけの少ない変化。
 それを世紀の大発見の様に騒ぎ立てるライズを不思議と思う物はいなかった。

 ヒルコが目を開く、長く黒い睫毛が目を閉じているヒルコを高尚にさせていたが、開いた目にある眼は、真っ白であった。
 その眼は何も知らぬ様で、いや何も見えていなかった。
 穢れの黒を相殺する様に、外界の汚れを遮断する眼はまさに神のようだった。

 「さぁ行きましょうヒルコ殿、結末は近い、大団円はもうすぐですよ」
 黒のヒルコを抱きかかえ、ライズは朽ち果て外装爛れ落ちる教会を背後に、ヒルコの頭を撫でながら、甘露な時間を味わい尽くす。

 「貴方は何も責任は負わなくて良い、何故ならば神罰は下っていないからです。神は必ずいます、つまりは許されている。よって私達の行為は聖行為となるのです!」
 ライズは柔らかに黒のヒルコを抱くと、黒のヒルコに光の腕輪を着けた。
 腕輪は、黒のヒルコに着けられた途端、黒く濁り、錆が見え始めた。

 ライズはそれを見て、天を仰ぎ、笑い声を響かせ、黒い眼で教会に落ちる星々を見た。

 黒のヒルコは、何も見えぬ白い眼で落星を掴もうと手を伸ばした。

 寿命を迎え力尽きた星々は、 輝く為に生きていた星々は、地上の全てを壊す者となり、ライズと黒のヒルコに手を振り、行ってしまう。

 死んでいる星々でさえ、破壊者である星々でさえ、儚く、輝いて見えるだろう、燃え上がる星々の熱は人を虜にする色を発する。
 何故ならば、死ぬ時が最も熱を発し己が存在を残そうとするからだった。

 落星の元、教会は天火によって燃した。

 夜が明ける。
─────────────

 「崩壊した国だけど住む人達は平凡だにぇえ」
 現セイリョウククノチ領ハクコに住む人達を見て、マタク=モルマは笑いながらゆらりゆらりと街を歩く。

 「ですが、『万』の戦闘の痕跡は残ったままです。恐怖心は少しですが残っていると思います」
 泉は三歩先にいるマタク=モルマに言った。

 街には壊れた煉瓦造りの建物や、抉れた地面、そして焦げた煉瓦塀があった。

 「いやぁ『万』、やったねぇ。幾らそういう仕事やったとしても、きちゃないにぇえ」
 マタク=モルマは、すれ違う人々に手を振った。
 それに対し、皆一様に手を振りかえした。

 泉も、小さく手を振ったが、同じ様に皆が手を振り返した。

 「復興滞り、か。Eiでどうにか出来ないのかにゃー?」
 マタク=モルマは、ツンと口を尖らせながら退屈そうに言った。
 泉は、どうにも言い難い表情をしてマタク=モルマについていった。

 「んー、駄目だなぁ。なんも惹かれないや、帰りてぇ」
 マタク=モルマが言う惹かれないは、殺人する気がないという事だった。

 しかし、何時もマタク=モルマが人を殺す時は、アクビが出てしまう程につまらなく暇な時だった。
 その事にマタク=モルマは気づいていない。
 その事を知る泉は内心ひやひやしていた。
 その時、マタク=モルマの口が大きく開く。

 「大きなアクビですね」
 一人の女騎士が、アクビをしたマタク=モルマを見た。
 その女騎士は、血塗れのエンドウの髪を掴み引きずっていた。

 「……それ、汚いよ?」
 マタク=モルマは、白衣のポケットの中から手袋を取り出した。
 その手袋は、人の手に良く似ていた。

 そして消え、現れる『悪日』。
 しかし、女騎士からエンドウを取り返す事は叶わなかった。

 「……女騎士ってこんな強かったんだ、使ってみるべきだったにゃ」
 マタク=モルマの人差し指が、折れていた。
 マタク=モルマがエンドウを取り返そうと手を伸ばした時、女騎士はマタク=モルマの指を掴み、向かい風の様に押し戻したのだった。
 しかし、マタク=モルマは、別段痛みを感じていない。

 「泉くん、先行ってて。二人もいらない」
 泉は、この言葉を聞くまで一切動く事が出来なかった。
 しかし、マタク=モルマの初手が防がれた処か、反撃に会い負傷している事から、この場に残ろうとした。

 しかし、マタク=モルマはのけ反り咥えた煙草と、ピースサインをして口角を上げた。

 それは、絶対の自信と、脅迫を泉は感じ取った。
 泉は走った。
 女騎士の隣を通る時に刃が泉の首筋に降りて来ていたが、マタク=モルマが女騎士の腕を両手で優しく掴み振り上げた。

 泉は、何の警戒もせずひたすらに走った。
 それほどに、マタク=モルマが信用に足る存在だったからだ。

 「いやぁ、二人の相手したらすぐ君負けるでしょ?」
 マタク=モルマがそう言うが、真意は違った。

 マタク=モルマが思うに、強者はある程度の分類分けが出来る。
 力か、技術、或いは両方だった。

 泉は力中の力。
 技術など知らない様な戦い方だった。
 技術の相手に対して有効な時もあるが、それは相手が力を持たぬ、もしくは僅かだった時に限っている。

 力とは基礎であり、技術は応用。

 石が幾ら固かろうと、ただの殴打しか出来ない武器である。
 しかし、研磨する事が出来れば、非力な存在でも相手を殺める事の出来る物となる。

 故に、技術は力を賄う事が出来る。

 しかし、技術があろうと、非力であれば、泉が負ける事はない。

 ただしかし、目の前の女騎士は、両方が揃っている強者である事がマタク=モルマには感じ取れた。
 というより、その証明が血塗れのエンドウだった。

 「ティーグルブラン帝国の臣民の皆様方、見世物です、私の剣でこの殺人鬼を殺して見せましょう」
 マタク=モルマは盲目になっていた、目の前の女騎士に注目がいってしまっていたせいか、道を往く人々の事を考えず戦っていた。

 ざわめき立っていた人々は、女騎士の言葉で鎮まり、そして一人の女がマタク=モルマを指した。

 「あ、あの顔……『悪日』だわ!! 80人も殺したっていう殺人鬼よ!!」
 それを種火に、人々は騒ぎ始めた。感情は伝染する、一人の恐怖で悲鳴を上げればそれを聞いた物は、恐怖の矛先が化け物に見え始める。
 例え子供のような容姿であろうと、もはやそれさえも火に油を注ぐものだった。

 その場から逃げようとする物すら出た。

 「安心してください、これはパフォーマンス。臣民の皆様には観戦してほしいのです! 私は負けません、事実、私はあの殺人鬼の仲間を一人討ち取っています!」
 女騎士は、血塗れのエンドウを掲げた。
 それが、女騎士が負けないという事に対する証拠であり、更に言えば殺人鬼を倒す英雄ヒーローであると女騎士を位置付けた。
 人々は、湧いた。
 そして女騎士は、人々の方に向かって軽くエンドウを放った。

 人々は、エンドウを受け取ると地面に叩き落とし、踏みつけた。

 「……殺すぞラットが」
 マタク=モルマの一言が、湧く人々を黙らせた。
 恐怖の感情に囚われていた人々は、怒りにへと感情を変化させた。
 怒号飛び交う中で、エンドウを踏む者はいなくなった。

 マタク=モルマは、一歩進んだ。

 女騎士は、剣でマタク=モルマを真っ二つにしようと、構えた。
 しかし眼前にマタク=モルマはいない。

 一瞬、いやそれにすら満たない。
 女騎士が剣に意識を移すその時、マタク=モルマは優に隣を通っていた。

 意識の瞬きマバタキ

 人間の無意識的な反応、次の行動を起こす時、その行動の主となる部分に意識を僅かに移すその瞬間、眼前の敵に対する注意が剥がれる。
 理論上可能、現実的不可。
 それを行ったマタク=モルマは、女騎士を殺す事でもなくエンドウの傍らに立っていた。

 「うん、うん。そうか、生きてるのか。うん。それは良かった。うん。そうか。で、名前は?」
 マタク=モルマは、溢れる様にエンドウに向かって喋った。
 そして、振り向き問う、女騎士に。
 女騎士は、この声により、マタク=モルマの所在に気がついた。
、人々は、目の前のマタク=モルマに気づく事が女騎士より遅かった。

 「……ッブラーブ・ヘーレ」
 小さく女騎士は舌打ちをし、名前を名乗った。

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