遅熟のコニカ

紙尾鮪

93「ノリアキノアネ」

 二人は人を殺してきた、丁度殺すという言葉を習った頃から。
 何故殺すのかと聞かれた時に、ショウコはノリアキが殺したいと言ったからと言った。

 ノリアキには理由などなかった。
 美味しい物を欲するように、異性に好意を向けるように、急に人を殺したくなった。
 ただそれだけの事だった。

 しかし、彼等の遺能は人を殺しているという自覚が、あまり、持てる物ではなかった。
 首を絞めて、体を刺してなど、面と向かって殺した事などなかった。
 一度たりとも、一人だけの殺人をしたことはなかった。

 殺人鬼に、被害者の気持ちが理解出来ないのかという質問が度々見る機会がある。

 そんなもの分かる筈がないのだ。

 殺人など、相手の気持ちを思いやりながらやる物ではない。
 気持ちよければ、楽しければ、恨みを晴らせたのならば……全てただのエゴイズムである。

 机の上に置いてあるコインの表裏を変えるには、必ず手を加えなければならない。
 加害者が被害者の気持ちを理解するには、被害者になる他ないのだ。

 「あらら? どしたにょ?」
 マタク=モルマは、鬼気迫る表情を浮かべるノリアキを見て、ボケッとした顔を向けながらうっすらと笑い言った。

 「ワイは『輪廻』に用があるんや、お前には用はないんじゃボケ」
 ノリアキの目には、マタク=モルマは写っていなかった。
 いや、全ての光景を写していなかった。
 写すのは炭と、イルゼ。
 ノリアキの心が、血が、細胞が音を鳴らしながらノリアキをかきみだす。

 「人殺しが人でも気取ってんにょ? 一人の死でそんにゃにキレて」  
 マタク=モルマが皮肉っぽく言った時、ノリアキがマタク=モルマの胸ぐらを掴んだ。
 ノリアキは返答を躊躇った。
 ノリアキ自身が、実際一つの命の終わりなどそこらの花が枯れるのと同じで、意識しなければその事にも気づかない程の些細なコトだと思っていたからだった。

 復讐をする、その一心で拳を握り、足を前に出すのみ、それが残された自分が出来る事なのだとノリアキは確信していた。

 「ノリアキさん、あれは『輪廻』ではありません。sueに共感してしまったただの骸ですよ」
 寺子は、何も止めることもせず、ただ伝えるというより、呟くような声色でノリアキに向けて言った。
 しかし、その声はノリアキを止めるには至らず、イルゼの前にまで歩き、そして息を大きく吸い込んだ。

 「は? なんやそれ? 殺したんやろ? ワイの、アッネを、殺した。そんだけやろ? ワイは頭が悪いんや端的に伝えろや!」
 ノリアキは明らかに苛立ちが募り爆弾寸前だった。
 ただノリアキの脳内で迷いが生じていた。ノリアキは選択した、不殺。
 許すことではない、イルゼを殺さないというただの選択。
 そして選択したのは、ただの叫びによる欲求の若干緩和。

 「ワイは帰る」
 ノリアキは、地面に落ちていた石を蹴った。それはイルゼの当たりそうだったが、その間近で落ちた。

 ノリアキの背中を見たマタク=モルマは、イルゼの近くに落ちた石をノリアキにへと投げた。
 その石は速くなく、ゆっくりと弧を描き、そしてノリアキにへと当たった。

 「死にたいんか『悪日』」
 ノリアキは振り返らず、背中で語るように言った。
 その声からは諦めに良く似た気迫を持っていた。

 「ごめんにゃー滑った」
 マタク=モルマは舌を出し、適当に謝った。
 ノリアキがその顔を見ることはなかったが、一度舌打ちをして、その場を離れていった。
マタク=モルマは、楽しそうな顔で手を振ってノリアキを見送った。

 「死にたいんか……にぇえ。ねぇイルゼちん、君は死にたい?」
 マタク=モルマは、イルゼに冷ややかな声と視線を送り、メスを首元にそっと添える様に突きつけた。

 「まぁ、いっか。けぇるよ泉くぅん」
 頭を抱える泉の背中に、マタク=モルマは体当たりの如く勢いで飛び乗った。泉は少しの間何もせず頭を抱えてたままだったが、ふと立ち上がり、無くなっていた筈の右腕でマタク=モルマを支え、背負い歩いて出ていこうとした。

 「ちょっと、まさか『悪日』さんがあれを忘れている訳じゃあないですよね?」
 寺子が液の赤子を指差し、それに背を向けるマタク=モルマを呼び止め言った。
 液の赤子は、最初に見たときとなんら変わりなかった。

 「えぇだってそれ、sueの本体でしょ? だったらそれを言わなかった『生母事』をどうにかしないといけないすぃー」
  マタク=モルマは暖簾のように垂れて、液の赤子を指差しながらぶつぶつと文句を垂れている。

 「し、なんですか? まだ引っ掛かる事でも?」
 寺子は何故か焦っている様子でマタク=モルマの思う事を聞こうとする。
 『爆音怒』はマタク=モルマが逃げようとしていると感じ、寺子が引き留めようとしているのは、sueの本体がそれ程の物だと言っているのだと思っていた。

 「ん? あぁ影薄いからねぇ、まぁ正直いなくてもいい存在だしぃ忘れるのも致し方ないかにゃぁ」

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 「さてさて、これだと蝮巳さんを信用し過ぎになっちゃうかなぁ」
 エンドウは今、旧ティーグルブラン帝国の城の地下にいた。

 「いやぁ、『悪日』くんがあんなことを言うとはねぇ。ドキドキしちゃったよ、年甲斐もなく」
 螺旋状の石階段を、エンドウは壁に手を当てながらゆっくりと歩いていく。

 石階段には、埃一つなかった。

 「いやはや、ククノチの異様に早いティーグルブランの吸収、更にはシュヴァロコスとフォニクスの事実的不可侵」
 エンドウは一冊の本をペラペラと捲りながら、ティーグルブラン帝国の件を自ら整理する様に喋る。

 「そして何ら反発のない両国民。おっ、あっちにも動きがあったらしいね」
  エンドウは新たに捲ったページに書いてあった文字を、目を細めながら見た。
 それは冷静でいるべきではなかったが、エンドウはその事より、それから生まれる新たな仮説がエンドウの脳内を占め、その仮説に則った考えが始まる。

 「万物複製機Ei……aku……ん? aku?  まさか境界石akuの用途って」
 ギィと扉が独りでに開いた。エンドウは本を閉じ、見出だした答えと思われる物が本当の答えであれば、扉から覗くであろう者に恐怖と羨望を混ぜた感情を覚えた。

 「亡霊の子らよ、何の用だ」
 覗いたのは王だった。
 いや、国のない王など、王でも国民でもない。
 それは何か、無論ただの亡者である。
 そこが自分の居場所だ、城だと思いさ迷い続け、何れただただ悲しく一人で死んでいく、ただの亡者だった。

 「ティーグルブラン帝国の王、いや旧だったかな? ドリー・ジュゥドゥネ、死んだ国の王様さん」
 旧ティーグルブラン帝国の王、ドリーはクスッと少女の様に笑い、扉の中へと誘った。
 多くは語らないその姿は昔と変わらなかったが、エンドウは以前写真で見たドリーとは全くの別人と思えた。

 エンドウの記憶の中では、優しい笑顔を向ける王様だった。
 しかし、その笑顔は人の顔の皮を貼り付けただけの繕った完璧すぎる笑顔だったが、先程見せた笑顔はまさに、人生を謳歌する女性だった。

 「はてさて、ダストボックスから出てくるのはただのゴミクズか、アンティークか、まぁどう転んでも大団円には程遠いかぁ」
 その一歩は重くも、堅実だった。

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