遅熟のコニカ

紙尾鮪

89「ジツノハナシ」

 それは、動かず。
 それは、危害をこちらからは与えず。
 それは、言わず。
 観測者にただ訴えかけるのみ。

 それが、真の偽を伝える事を本とする、sueの本域。

 液体は、涎は、涙は、血液は、胃酸は、髄液は、尿は、精液は。
 全てが合わさり、混ざりあい、笑い合い。
 顔を造り出した。
 産まれたばかりの、毛さえ生えていない赤子の。

 モルマがそれを見て繭と、卵と言ったのは中で何かが此方を見ていたからだった。

 全て、卵の中の幼体は、母胎の中にいる胎児は、外を知らぬが、外への魅力に囚われ、中に捕らわれている。

 が故に、赤子の中の幼体が、今、ただただ産まれるのを待っているという事にモルマは気づいた。
 そのため、あのような事を言った。

 液の赤子は、今もぐっすり眠る、それがただ、いつも見慣れた色であれば良いものが、溝を這い回る肥えたネズミよりも醜い色で、泥の中気色の悪い歓喜の声をあげながら体を汚す豚よりも臭く、人より恐ろしい。

 「これがsue……憑依型って嘘も嘘でござるなぁ……」
 デブは、ひょうひょうとした態度を表しながら、心内は不安に満ちていた。

 「そういえばあの玉ねぎ女がおらんやんけ」
 ふとした事に気づいたノリアキは、辺りを見渡すが、その人はいない。

 「迷子にでもなってるんじゃないかな? まぁこの俺様が白馬に乗って迎えに行くしかないかな」

 「うっさいわ『妄話メルヘン』、その事が問題じゃないんやで、あの『生母事オママゴト』は、食い止めとるつったんやろ?」
 ノリアキは、皆に伝わるような大きさで話す。
 自分ですら驚きながら。

 「つまりはあの女」

 「待った、静かにしてくれ」
 イルゼが、ノリアキの話を割って、注目を集める。
 イルゼは口元を抑えていた。
 その姿に皆は驚いていた。
 イルゼには、これ程の事で嫌悪感を抱くような感情が残っていないと皆は思っていた。

 そして明らかな異変を皆それぞれ感じ取った。

 「何か……聞こえる」
 何も聞こえなかった。
 何も音は鳴っていなかった。

 「憑依型……sue……訴え……ッ! ノリアキ!! 遺能を!!」
 ショウコが、指を噛みながら何かを呟き、そして答えを導きだした。
 それは、明らかに不味かった。

 そして、笑っていた。
 イルゼが、無邪気な笑顔をみたのは、とても会合の者達の記憶にこびりついただろう。

 しかしその記憶を書き換える事が出来る程の訴えが響く。

 爆弾のようなそれは、本物の爆発をノリアキにさせた。

 イルゼを飲み込み、この洞窟すら崩落させてしまう程の威力を持っていた。

 筈だった。

 「私がなぜこの様な事をしないといけないのでしょう」
 皆が衝撃に耐えるため目を閉じた時、イルゼは爆発を掴んだ。
 そしてただただ簡単に、丸めた。
 子供が作る泥団子のように。

 「は? 嘘やろ、『輪廻サンサーラ』やからってそんな」
 ノリアキは、目を閉じることはしなかった、爆発による砂や石などが飛び散り目を傷つける事よりも、打ち損じる事が問題だと思ったからだ。

 「……憑依型……違う増殖型だ……」
 ショウコの長い前髪から覗く目が、時間が経つ毎に、死んでいく。
 そして時間が死んでいく。
 時間が止まるのではない。
 軋む、息耐えていくように時間が死んでいく。
 それがショウコの遺能かは、分からない。
──────────
 「再びトキハカシ洞窟に行くか?」
 ヒルコはそう提案したが、そんな気はなかった。
 ライズは、分厚い本を取り出し、何かの文をなぞる。

 「頃合いですか」
 ライズはその分厚い本を閉じ、立ち止まった。
 ネトルスは、驚愕の顔を表し、どこか否定的な行動をしようとしていた。
 ヒルコは、二人が止まったため、何かが起こったと思い、止まった。

 そして振りろうとした瞬間、目の前には止まっていたはずの、ライズ。
 顔を掴まれた。

 「申し訳ございません。多少の無礼は水に流してください」
 ヒルコは、手を離そうと必死に抵抗した。
 しかし、子供の姿。
 何も出来ない。

 ヒルコは目を開いていた。
 ヒルコの黒い目は、時間が行く毎に、真っ赤に、赤に染まっていく。

 「眠っていてください、出来れば最後まで」
 糸の切れた操り人形のように、体を落とした。
 ライズは、ヒルコを乱雑にネトルスの方に放ると、笑い、背後の人物に向かって手を合わした。
───────────

 決着は急に訪れた。

 突如、dstの体が崩れ始め、そして身の中からゴミクズが溢れた。
 dstは、消える時、勝ち誇った様だった。
 残されたコニカは、一度地面に倒れ、眠った。
 「無防備、神、届ける」

───────────

 「はい、終わり。ごめんな僕はもう帰らなければならないよ。短かったけど楽しい時間をありがとう、では、では、では」
 ジョン・C・ウェインは、二人の肩から手を離すと、気がつけば、ピエロとなっていた。
 フクダは、振り向く事などせず、ジョン・C・ウェインの方へと銃口を向ける。

 「どこに行くつもりだ」
 フクダは氷の様な声でジョン・C・ウェインを止める。
 ジョン・C・ウェインは何を思うか分からない、顔は笑っている。

 「何処って、舞台へ」
 ジョン・C・ウェインは銃に触れようとする、手を伸ばした瞬間、発砲。
 音が白い部屋に響き、焦げ目が地面に落ちる。
 しかし、ただ白いまま。

 「自分が主役の舞台にか? 脚本家には飽きたか」
 声が消えた時、ジョン・C・ウェインは、フクダの目の前にいた。
 しかし、それはシュイジの蹴りを受ける。
 白い壁の方に派手に吹っ飛んでいく。
 ただのボールのように。

 「勘違いしてるのかな? ピエロはすっとんきょうな事をして湧かせる存在、ただの脇役さ」
 上から声がした。
 ジョン・C・ウェインは天井にいる。
 ジョン・C・ウェインは肩を上下に動かしながら雑に嗤う。
 上に、下に、左に、右に、四方八方から笑い声が聞こえる。

 見ればそこにいる事は分かる。

 いや、どうせいるのだ。
 しかし、底知れぬ、精神の揺らぎと低迷によって、フクダの毅然とした態度がただのハリボテと化していた。

 しかし、一つ近い笑い声がきこえる。
 一番近い、自分が漏らしているような笑い声が。

 自らの服をはだけさせ、胸部を見る。
 そして見つめ合う、ピエロの顔。
 愉快に嗤うは胸部の顔、しかし、不敵に嗤うは膝のピエロ。
 ただ、本心から嗤うは、体内のジョン・C・ウェイン。

 動かない、動けない、動かせない。
 所詮、下ったが末起こりうるのはただのピエロにへと成り下がる決定事項。
 傀儡へと化するか否か、それは、受け入れるかどうか、であらば抗えば?
 いや、選択など出来ない。
 もう、受け入れている。

 喉奥から、手が出る、口をこじ開けるようにして。
 顔を吐く。
 ピエロの化粧は落ちずのまま、ただただ脱出成功といったように煌めく歓声を浴びる。

 気付けばここは舞台だった。

 フクダは気づく、奴が脚本を書き、それを受け取り従っているのだと。
 似てはいるが、根本が違った。

 全てが舞台上の出来事だった。
 舞台上のキャラクターが行う行動だった。
 脚本家というキャラクターが舞台の中の舞台の脚本を書き、そしてそれに従うキャラクター。

 つまりは、舞台の中の舞台の外では、脚本に従うキャラクターは知るよしもない。

 しかし、舞台から降りようとも、この身の中に存在するようなキャラクターとしての義務と呼ばれるような、予定調和が、フクダの身を縛り傀儡となるしか道がなかった。
 淵に落ちていく、深い深い、光指す場所に手を伸ばそうとも、手を取るのは卑しいピエロ。


 「堕ちていきなさい、結果君達はそこまでなんだ。神の手を待ちなさい」
 ジョン・C・ウェインは、その場に座り息を荒げる二人の肩を叩き、部屋から出ていく。
 二人は、気付かない。
────────────
 「猿は決して人にはなれない。進化は階段と誰かが言った」

 「だが、かつて人は新たな分岐を手に入れた。一つの結果にしかならぬ階段では無し得ぬ物だ」

 「しかし、それらは進化しなかった」

 「体面状ではな」

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