遅熟のコニカ

紙尾鮪

85「シューハコニカ」

 「……『黒の鞄クロノカワツツミ』戻れ」
 黒の鞄は、その言葉を聞くと、元の姿にへと戻った。

 呼べば、来る。言えば、する。

 それらを厳守する鞄だった。
 戻れと言えば元にへと戻る。
 単純明快、至極矛盾。
 理から離れてはいるが、そんな事よりも、目の前の現状に、ライズは礼賛の情を表したかったが、今そのような盤面ではなかった。

 単純火力は勿論の事、それを長所としないようなスピード。

 ゲリラを可能とする様なそれらは、明らかな驚異だったが、変則的な戦闘である魔女の子孫達との攻防の中で、単純な長所であるそれらが機能するとはヒルコは思えなかった。

 それが故に、他にも何かがあるとヒルコは思えた。

 「まぁ……何はともあれ、殺すぞ、生まれたてのガキが」
 ヒルコはこう言ってはいるが、今だシューを倒しうる策を考え出す事が出来てはいなかった。

 故に考えながら話していた。
 しかしながら、浮いては沈みを繰り返すのみで一つの明快で晴れやかな案は見つからない。

 「ならば行動を起こせばいい、言葉を使うのは出来ないからでは?」
 シューは嗤っていた、ごく自然に。
 目の前の小さな存在が足掻いているのを見、滑稽と言わないだけシューは我慢していたが、あまりにも抑えることが出来なかったのだ。

 つまりは、シューには人を見下す程、自分という地位が確立されている事であり、それが、シューという個人の完成に近づいているという事に他無かった。

 そして死骸の銃を構えた時、天から降りてきた二人の天使、金髪の美少年、絵に描かれたような二人の天使は、シューの片腕を両手で掴み天にへと昇っていく。

 シューは戸惑いなどしていなかった。
 しかし、笑えと言わんばかりの笑顔を向ける天使らに苛立ちが募っていた。

 この時、シューは人間らしい事をした。
 天使の鼻頭を食った。
 そして味わう事無く地面へと吐き出した。
 人間は、食料として使えるものであろうならば食べてきた。

 故に、目の前を食料と扱えるだろうたんぱく質の集まりを食いちぎるしか打開、というよりそういう一案だった。
 しかし、食われた天使は消えた。
 跡を残さぬように 消えていく。

 しかし降りず昇っていく、片割れを失おうと昇れる程の力を持っているという事にシューは疑問を感じた。

 まず、昇った所で何があるのか、何をさせたいか、何がしたいか、全てが謎であった。

 しかし、見下ろした先に見えたライズの祈る姿。

 導き出すは、保険という事。

 一体消した所で意味はないという事と捉えた。
 シューが、考えるよりも先に、もう片方を壊さなかったのは、生まれつつある感情の中の慢心に値するのか。

 「『天使の矢アポストルス〇乙アルビートル』審判は上がった」
 ライズは、天に昇るシューを見上げ、笑顔を作る。
 が、閉じられた目の中には光など、良心など存在しない。

 天使は溶けだし、そして腕輪の形状に固まる。
 それは錆び付いた銀のような色で、決してきらびやかな物ではなかった。

 シューは、それに苛立ちを感じた。
 してやられた、そう思ったからだった。
 つまりは、自分の行為を悔いる事が出来るという事。
 それが示すのは、一つの行動が実行であるという事。

 sueである状態の時一つの行動はただの、結果を目指すためだけのただの道中に過ぎなかった。
 それは揺らがず、別れずの一本道で、もし防がれようとまた一本道を作り出すというようなものだった。

 しかし今のシューは、一つの行動が実行、もしくは結果であり、一つの行動から分岐が始まるようなものであった。

 つまりは、前者が切り替えであれば、後者は選択。
 一本道を選ぶのではなく、様々な選択肢をその都度前にし、多種多様の行動を自らが考え、行う。

 シューはそれを行っていた。

 シューは、天使が消えたために、地面にへと吸い込まれるように落ちていく。
 落ちていく中、真下に見えた、一人の女。
 その女は剣を持っていた。
 つまりは、自分が空中で無力な内に斬り殺してやろう、そういう思惑なのだとシューは思った。

 シューは、落ちた。
 高所からの垂直落下は、人間の体を破壊するには十分な衝撃だった。
 しかし、シューには目立った外傷がなかった。

 何故か、それはその場にいたシューとコニカ以外分からなかった。

 「……殺す」
 シューの体内には鈍い痛みが響いていた。
 落下の衝撃を内側だけに留めたという訳ではない。
 コニカに、内側に衝撃を与えられた。
 
 シューは、コニカが剣を抜く瞬間、死骸の銃でコニカの手を撃ち抜き、コニカが痛みで怯むその時を狙いコニカの体を下敷きに着地を成功させようとしていた。

 そしてシューは観察していた、コニカの一瞬の抜く前の慢心を。
 勝ちを見据え、今か今かと待ち望むその瞬間を。

 しかし、待てど待てどその期は訪れない。
 そして見えたのは。
 勝ちを確信した者の笑みと、拳だった。

 拳が、刺さるように腹部にへと打たれた。
 腹部を貫かれた。そう錯覚してしまうほど、その殴打の後、一瞬、一秒も経たない内に地面にへと叩き落とされた。

 しかし、シューには新たな疑問、これでは相手の腕は骨折どころか、無くなっていてもおかしくはなかった。

 「……ん、中々丈夫ですね。貴方は」

 コニカの口調が、sueのようだった事に、シューの怒りに油を注いでいた。

 そして、コニカの腕は、一切戦闘の跡がないようだった。
 ガントレットを着けていることを加味しても、それはおかしかった。

 「殺す、殺すぞ」
 シューは、やりきれない殺意を知った。
 シューの脳内回路はパンクしかけていた。
 人間に成ったシューは、まさに人間に成っていた。
 故に、時を追う毎に、中身すら人に成っていっているのだ。

 しかし、知識は漏れなく日々更新している。
 そのため、コニカの身が傷ついていないのは、能力で肉体の強度を上げた、もしくは肉体を修復したと思っていた。

 もちろん、ヒルコらもそう思っていた。

 「殺せ殺せ、殺してしまいなさい。目の前の人間を殺してしまいなさい、同じ場所にいる人間を殺してしまいなさい、同じ国の人間を殺してしまいなさい。全てを殺し尽くしなさい」
 シューに聞こえるかどうかの声で、コニカは言っていた。

 シューが、思考を放棄し、恐る恐るコニカを見た。
 目の前には、白に、真っ白に純白になった目を持つ、悪鬼がいた。

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