遅熟のコニカ

紙尾鮪

82「ライズトナニカ」

 洞窟の入り口を塞ぐような程の大きさは、戦意を失うには簡単だった。

 ただ、sueの体に矢が刺さった。
 しかし、見るからに、sueは何も起こっているようにはない。

 「ヒルコ殿、臆する事なかれ。なに、私がおります、そして神の、いえ、貴方の使者が今!! ここに!!」
 ライズは、首にかけた金の十字架を空中にへと投げた。
 木々の隙間から漏れる光が、十字架を照らす。
 十字架が光輝き、自分の存在を知らしめようとする。

 皆が上を向いた。
 輝く物が見えた。
 星の数ほどに。

 「これこそ我がユイノウ!! 『天使の矢アポストルス』構えよ! 我が神の御前にて、ひれ伏さぬ不届きな輩は、神聖な矢をもってして干からびる蚯蚓ミミズのごとく、地面にへと張り付けるが相応しい!!」
 ライズは、上から落ちてくる十字架を力強くキャッチし、素早く十字を切った。

 そして流れる、流星、夜の黒に描くは弾道の標、そして的は1つ、それを狙うは無数。
 矢時雨、天使は人を、異教徒を殲滅せしめん物であり、そして命を天にへと上納する。

 しかし的、一向に倒れず、むしろ激昂しているかのようなそぶりを見せる。

 「八百一殿、今の内に素晴らしき遺能を、我が能力は足止めにしかなりませぬ故に」
 ライズは、今に死のうかというような笑みを見せて、十字架をその手に食い込ませるような強さで握る。
 それは、恐れからくる痛みでの恐怖の抗体作りか、それとも。

 「言わなくても分かる、貴様では足りぬ事もな」
 ヒルコは、紙に唾液を垂らし、それを包む様に折り、目の前にへと投げた。

 「助けてやれ、ビトレイ」
 紙は、宙にて消える。
 探す必要などない、彼はいる。
 彼は成る、毎度、ナニカに。

 「ライ・ビトレイ。主のご要望にて参上いたしました」
 ナニカは、以前の体ではなかった。
 ナニカの体は以前の青年の体ではなく、少し老いた、40代始め程の男性の体だった。
 銀髪で口元に銀色の髭をはやし、所々紫波が目立ち、片眼鏡をかけた、なぜか執事服を着ている。

 「器、変えたのか。まぁいい、敵だ殺れ」
 ヒルコは、何も感じていないかのように、ナニカに指令する。
 ナニカは御意と言って向かう。

 「コニカは行かないのか?」
 ヒルコは、危機感を持っていなさそうな面持ちでコニカに喋りかける。
 一瞬変化があった。
 その事をヒルコは何も言わない。

 「そうですね、今行けば矢に巻き込まれかねませんですし、今は相手行動を見極めようかな」

 「そうか、頼むぞ」
 ヒルコは、コニカの笑顔に違和感を感じた。

─────────

 「ほぉ、我が主の使いか」
 ライズは隣に立ったナニカを見て、頬を上げる。

 「あぁ、我は我が主の使い」
 ナニカは、ネクタイを外し、顔を手で覆う。
 ナニカの頭の中では様々な思想が回る。
 借り物の脳で培った、紛い物の自我で。

 「補食」
 地から、流星の如く軌跡が描かれる。
 ライズは驚く、一見で自分の目では捉えることが出来なかったからだった。

 「死骸、食う、値せず」
 ナニカは何も行っていなかったかのような落ち着きで、手に持った腐った肉塊を地面に放る。

 一度ライズはその結果を見て口笛を鳴らす。

 一見すると、優勢、相手は何も攻撃出来てはいない様に見えた。

 「他者と交流する場合には、まずは相手の事を知ることが大切。これは私が破壊されないために考えられた事です」
 sueは急に喋ったと思えば、一体の死骸を自らの体から抽出し、空から降り注ぐ矢をその体で一切を受ける。

 「盾、無意味」
 ナニカが動いた。盾など、自分の速さの前では無価値、そして今の自分であれば、どのような敵であろうと屠れると思っていたから。
 そう、思っていたから。

 「古代、盾に棘のような形状の物を付け、馬などの進行を止めたりしていました」
 sueは、ナニカが触れる瞬間を狙い、死骸の背骨を出した。
まさに毬栗イガグリが如く。

 ナニカは瞬時に考える、このままだと、この速さであれば、貫かれるのみ。
 であれば、どうにか軌道をズラして、直撃を避けようとはした。
 体を捻るが、引っかかる。
 たった少しだけ、それだけだったが、ナニカの腹部を裂くには十分だった。
 ナニカはどうにかして離れた。


 「自らの牙で自分を傷付けるのはとても屈辱的でしょうね。感情を渡されなかった私には同情の使用がありませんが」
 sueは、再び形状変化を始める。
 数珠繋ぎのように、死骸を伸ばし、 離れたナニカの足を死骸は大切そうに掴む。

 「時には体に触れるという事もコミュニケーションには必要でしょう。より良い仲になれるかもしれません」
 死骸は、先程まで生きていた様に動いていたが。
 今度は死んでいる様に動かず、掴む足は硬く、外そうとはしない。

 急に強く引かれ、ナニカはバランスを崩す。
 体が地面にへと触れそうになった時、ナニカの手が深緑に染まり、鉤のような、硬質な爪が生えた。

 地面にその爪を突き刺した。
 柔らかな土はその爪を飲み込んでいく。
 しかし、ナニカは死骸に引かれていく。
 柔らかいが故に、引っ掛かりがなかった。

 このままでは、貫かれるだろう。
 ナニカは、そうは思わなかった。

 「呼び出そう、我を私を」
 ナニカは、一度遠くで冷ややかな眼差しを送るヒルコを見れば、自らの体に爪を刺した。

 「『転寝泥棒トロイアカメレオン』今ここに」
 気付くことは無かった。
 全ての人が、悪魔が、木が、空気が気付くことは無かった。
 ナニカが立っている事に。
 死骸の手は、今も、ナニカの足を掴んでいるようで、ヒルコでさえ驚いている。

 静寂が訪れる。
 いや、流星の矢のみ音を鳴らすだけだった。

 「外装、惑う、事、なかれ」
 気付けば、ナニカは洞窟の中にいた。

 「外装、作成、可」
 気付けば、ナニカは木の上にいた。

 「あらば、本質、何か」
 気付けば、ナニカはsueの目の前にいた。

 「本質、とは、内」
 気付けば、ナニカはライズの隣にいた。

 「故に、見ろ、我、本質」
 気付けば、ナニカは複数となり、sueを囲んでいる。
 再び同じ場所に、爪を刺す。
 そして、中身を見せる様に腹を開く。
 服の裂ける、皮の裂ける音が聞こえる。
 一つの繊維が、離れようとはせず、それを力で開く。

 自傷行為をひけらかす。
 承認欲求の塊に近く、ナニカの本質に合っていた。
 故にナニカは、痛みも、痛みからくる死への恐怖も感じてなどいなかった。
 若干の興奮さえあったかもしれない。


 体という門から最初に出てくるのは血液。
 液体は流れ出るというより溢れ出る。
 まるで決壊したダムのように。

 「死体蹴りなど、楽しくもない。私が望むのは、本質を、内側からの補食だ」
 ナニカはそう言い残し、消えた。

「……? 意に沿わない事が起こったからと、逃亡ですか、これ程に恥ずかしい事はないですね」
 sueは、淡々と話す。
 そして、ライズにへと死骸を伸ばす。
 先程の事を見ていたライズは、一度舌打ちをして、祈るのを止めた。
 その瞬間、流星の矢は止んだ。

 「振り出しですね。しかし、貴方達の仲間は一人逃げてしまいましたね」
 その瞬間、音がした。
 人の裂く音が。
 死んだ者の悲鳴が。

 「敵前、逃亡、おかしき」
 sueの中から声がした。

 土から芽を生やすように、強く。
 卵を破るように神秘的で。
 そして、羽化したかのように、華やか。

 開花、羽化、発芽。

 死骸の悲鳴が聞こえる。
 鳴るはずもない声が、声にならない声が、悲鳴が。
 恐怖さえ感じない癖に。
 死骸は生を感じ、死ぬ。
 自らの体らを引き裂かれて。

 「あああああああああああああああああああああああ」
 死に際の豚のような声をあげ、sueはその巨体を揺らす。
 観客にとっては、急にsueの体が裂け、その痛みに手が揺らんだと思えた。

 しかし、それは相手が、痛みを感じ、怯むような相手なのだと。


 そして今、sueは、人間にへとなりかけていた。

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