遅熟のコニカ

紙尾鮪

78「シュートエンドウ」

 神の遺物『sueシュー』とは、"訴え"。
 であらば、"訴え"とはなにか、それは相手に自分の意見を伝えること。

 それは言葉を持ってして?

 いや、『sueシュー』に口はない。
 であれば文字を?
 いや、『sueシュー』に手はない。

 であれば何か?
 それは、移行。

 訴えを相手に伝える率直で簡易な方法とは、相手に流し込めばいい。

 水瓶に、液体を注ぎ入れよう、満てば主がどちらかは分からない。

 液体はハミセトの頭を囲い、気体の侵入を塞ぐ。
 漏れる息は気泡となり、ハミセトの頭の回りを衛星のように流れる。

 ハミセトは、抵抗する。
 人相手であれば、首を絞められたなどの行為をされた時点で、ハミセトは遺能を使う事が可能にはなる。
 が、人間以外にはハミセトの遺能は使う事が出来ない。

 人が、自然現象を裁くなど、理から外れる、もしくは自分の成長がまだ及ばないと思っているからだった。
 つまり、ハミセトはただの女に過ぎない。
 奥の手がない限り。

 ハミセトの口から大量の空気が漏れだし、それと同調するように液体はハミセトの体の中に入っていく。

 ハミセトの目からは涙が流れている。
 そして、すがるように壁に近付き猫のように壁を引っ掻く。
 一心不乱に、己の爪が剥がれ、表皮が剥がれ、肉がもげようと、壁を引っ掻く。

 その姿はククノチのお伽噺で聞いた猫憑きに近い物にコニカは見えた。

 「は、はみ?」
 ハミセトの手が止まり、ゆっくりと振り替える。
 ハミセトは、白い指先をコニカに向けて口を開く。
 指先からは、真っ赤ではない、無色透明の、何かまた意味のありげな色をしている。

 「パンドーラ? いえ、コトクですね。こんばんは、他生物寄生型流体知的生命体、名称sueシューです」

───────────

 「おろろ、君達は誰なのかい?」
 エンドウは、揺り椅子に座り、自らの家に入ってきた客人の正体を問う。
 エンドウの家は、桃色や赤色、紫に黒や白に黄色の目に悪い色がツギハギの壁や床になっている。

 「名前なんか言っても分からんやか、われ殺しに来たっちゅーたら分かるねゃ」
 どこか訛りの酷く、顔のゴツい男が、複数人間を連れて家にへと上がり込む。
 人間は猟銃のような物を持っており、何か大型動物を狩りに来ているようだった。

 「怖いよー、僕そこまで戦闘要員じゃない気がするんだけど」
 エンドウは、黒のタンスにへと向かって歩く。
 人間はエンドウの行動を咎めはしない。

 人間の正体は、甘党である。
 甘党の人間は、エンドウを殺しに来た。
 問答無用で殺せばいい、確かに。

 しかし、甘党の人間は慎重な男だった。
 そして、事前に聞いていた、エンドウが変化系の鎖であるという事を。
 つまり、少しばかりであろうと、エンドウが一般人の見た目を変化させている可能性がある限り、下手に手を出せない。

 しかし、一瞬でも、一片でも、エンドウたる確証を得られた場合、殺す事は、迷うこともない、決定事項である。

 「まぁ、ドレスコードぐらいさせてよ、その場その場に相応しい衣装を纏う、紳士の嗜みさ」
 エンドウは、黒のタンスから、コートを取った。

 瞬間の銃声。

 着弾。
 流血。
 悲鳴。

 何故、コートを出しただけで、甘党の人間は発砲したのか。
 それは、コートが、人間の顔で埋まっているからだった。

 それはコートと言うには……固い。
 誰もが見たことがある。
 誰もが持っている。
 誰にでもついてある。

 顔。

 着弾した顔は悲痛に歪み、歯のない口からは、喉すら無いはずなのに叫びをあげている。
 血管などないはずなのに、赤の液体が、床を濡らし、染める。

 コートの顔と目があった時、甘党の人間は、この目の前のコートを持つ人間が誰であろうと、撃たなければならないと思った。

 思考は理解を捨てて撃ったものの、一発で仕留める事能わず。
 その代償は、敵の確実な殺意、そして響き渡る顔の悲鳴。

 「あ、そうだ。僕まだ顔のゴツい布を持ってなかったっけ」
 見た。
 そして笑った。

 確信した。
 命の危機。
 体は震え、足は、背後の後輩を押し退けて扉へ。
 脳内が警告アラームを鳴らす。

 逃げろ、逃げろと。
 光が見える。
 自己の命の救済の光。

──────────
 『家具死』
 被害者数 54人
 主な犯罪歴、殺人、死体損壊。

 遠藤玄は昔、芸術家だった。
 彼の表す赤は、その他の凡百の、いや天才と呼ばれる芸術家では表現出来なかった。

 代表作である『茜の骸』では、全てが赤で描かれてはいるが、濃淡による成型に、赤という全てを成されていた。

 しかし、とある警察官は、この赤に疑問を持った。
 どこか見たことがあるような気がした。
 唯一その警察官のみ、疑問を持ち、調べ始めた。
 そして出会う。

 それは、とある精神異常者が描いた、自分の血で描いた絵。
 それを事件の重要証拠として、押収する時に、ブルーシートが少しばかりずれ、端に見えた赤。
 それが。

───────────
 「んー、どういう事かな? 敵前逃亡は一生の恥だよ。そっちから入ってきておいてさ」
 扉をこじ開けようとする甘党の人間にそうやって言う。

 しかし、耳には届いていない。

 結果、甘党の人間が逃げることなど出来る筈もなかった。
あと一歩あればの所で、扉はしまった。
 そして、大の大人が力を振り絞っても、扉は開かない。
 エンドウは、人面のコートを羽織り、揺り椅子に座る。
 笑いながら甘党の人間の方を見る。

 「あのさぁ、客人なら菓子折の一つでも持ってくるべきじゃないの? 僕だって暇じゃないんだからさ」
 揺り椅子に揺られながら、エンドウは文句を垂らす。
 しかし甘党の人間も、反撃を試みる。

 先陣切ったゴツい顔の男は反撃すら行えない。

 分かっている、察している。
 反撃にもならない事を。

 一斉放火の蜂の巣、戦力差は明らか、一人対八人。
 エンドウに加勢はない。

 人間は。
 盾のように、現れた箪笥タンスは全ての弾丸を、貫かれる音を鳴らしながらその身で受け止める。
 エンドウは、頬杖を付きながら、笑う。

 「お金もかかるのに、よくやるなぁ」
 コンダクターのように指を振ると、丸テーブルが甘党の人間を持ち上げる。

 丸テーブルの足は四つの人間の手で出来ている。
 四足歩行の獣のように、テーブルは楽しそうに行進する。
 左に右に大きく揺らしながら。

 甘党の人間は銃を撃つが、意味などあるはずない。
 だから、降りようとするが、降りた人間を乱雑に乗せる。

 部屋を一周する、エンドウを中心に。
 四方八方からのパレードの音楽が、けたたましく鳴り響く。

 ただパレードの音楽にしかならない、抉りはしない、肉を。
 見定めるのように、エンドウはじっくりと、頬杖をつくのを止めて、体を前にへと乗り出して。

 「んー……不採用っ」
 また指を振ると、テーブルは、自らに乗る甘党の人間を落とそうと、体を揺さぶる。
 叩き付けられる床など無い。

 あるのは、床に現れた口。

 そしてそこから伸びる手、引き摺りこむ? いや、助けを求め、伸ばす手。

 そして開く口、笑う声。
 少年、少女、青年、淑女、おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん。

 様々な形容で、声で、響く。

 一人だけ残ったゴツい顔の男をその声で取り巻きながら。
 くすぐるように、脅すように。

 「怖い? 精神に語りかける芸術を作るのは難しいんだよねぇ」
 屈託のない笑顔を向けて、ゴツい顔の男を指差す。

 「採用!」
 手の足を持つテーブルは、一斉にゴツい顔の男を見る。

 そして、走るテーブル。

 ペタペタとドタドタと音を鳴らしながら。
 ゴツい顔の男は、ドアを開けようとする。
 ガチャガチャ、ガチャガチャ、開くことはない。

 そしてふと見ると、見下すように見る目が一つ。

 背後に手。

 ゴツい顔の男は、踞り、顔を守った。

──────────

 「ほら、やっぱり同僚がいた方が嬉しいよねぇ」
 コートの二つの顔を見て、エンドウは言った。
 まだ静かな彼女の中で。

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