遅熟のコニカ

紙尾鮪

77「シュートイシヅクリ」

 「そろそろ我輩の腕も限界なのだが……」
 ヒルコは腕を震えさせながら、コニカを支えている。
 ヒルコのような細い腕でどう支えているのかは分からないが、コニカをどうにか支えている。

 「お、おぉお?!」
 コニカは暴れた。
 どうにかヒルコは持ちこたえようとしたものの、腕の傷があったためか、コニカを地面に降ろしてしまう。

 「すまないな……少し不味い、我輩が足を引っ張るとは」
 白衣を千切り、傷口に巻き付けていた布が、血を吸い、真っ白な白衣が、真っ赤に染まっている。
 常人ならば、この事態に目を回し、倒れてるだろう。

 「お前……死ぬのか?」
 コニカは、先程までのふざけた様子を全て捨てきり、コニカは真剣な顔でヒルコの心配をする。
 しかし、ヒルコはその心配を他所に少し笑う。

 「この我輩が出血多量ごときで死ぬとは、とんだお笑い草だ。さすがに死なんよ」
 ヒルコは、笑いながら傷口を握りしめるようにしてどうにか耐えている。
 コニカは気づいていた、ヒルコは笑っているように見せてはいるが、口角が少し歪んでいることに。

 「コニカ、この奥にsueシューがある。甘党の奴らが来ていたことからそれは殆ど確定だろう」
 ヒルコは、洞窟の奥を指差した。
 辺りにハミセトがいない事から考えるに、ハミセトはもう奥に行っている可能性が高いだろうと、コニカは考えた。

 「あの、積み石ケルンを目印に、行けばあるはずだ。蝮巳瀬戸は先に行っている」
 ヒルコは、積み石ケルンを指差し、道筋を示す。
 しかし、コニカはすぐに離れようとはしない。
 怪我人を置いていけない。
 いや、また失ってしまう。
 見ていなければ、守ってあげなければ。

 「我輩の事を案ずるのはいいが、我輩は例え両腕千切れようと、四肢もがれようと、決して死なん。いや、我輩の身を案じているのならば行ってくれ」
 その声は、曇っていた。

 分かったのだ。

 ヒルコが明らかに、言葉で強がっているという事に。
 だからこそ、コニカは奥へと走った。

 子供の姿をしたヒルコであろうと、男は男。
 繕う平常心を、綻ばすのは無粋。
 ヒルコと関わるようになって、コニカはそう思えるようになった。

──────────

 「わっちがsueをねぇ、奇遇か気まぐれか、必然か。まぁ、どんな感じかねぇ」
 ハミセトは、まだ見えぬsueの姿を想像しながら、歩いている。
奥に行く度、暗くなっていくが、ハミセトは照明器具など持ってはいなかった。
 ただ、地面の液体の臭い、それがどんどん濃くなっている方、そして積み石の存在。
 奥に行けば行くほど、臭いは強くなっていく。

 「……生物系かな、だったらきっつ」
 ハミセトがそんな事を呟いた頃に、コニカが走ってくる音が響いた。
 液体がコニカが地面を踏む毎に音を鳴らし、コニカは、ハミセトにたどり着く。

 「おぉ『生母事』じゃん、どしたの。何か用?。神の遺物ならやめた方がいいよ、君には難しいよ」
 ハミセトは、しっしと、引き返すよう促すように手を動かした。
 嫌そうな顔をしているのも、それを表しているのだろう。

 「ただの物取りだろう? そして私はEiを見ている。であれば私は参加する程度であれば問題ないはずだ」
 コニカは、目的は違ったがEiを確かに見ている。
 体験済みと言ってもいいだろう。

 ただしかし、その情報を持ってしても、ハミセトは首を縦に振らなかった。

 「Eiって機械系でしょ? 機械系は比較的楽だよ。sueは機械系じゃない。可能性としては憑依系ですらある」
 よく分からない事を言われ、コニカは混乱する。
 察するに形状的な話だろうと、コニカは思うがどうも導き出されないために、心には靄がかかったまま。

 「本当に何にも知らないんだね……簡単に言えば形状の話。神の遺物に同一性はない。Eiは機械系だったよね、見た限り。他の二つは植物系と岩石系だったかな」
 ハミセトは指を折りながら、神の遺物の形状についての説明をする。
 Eiの形状は、確かに人間が作ったとは到底思えないが、機械のようだった。

 つまり、ハミセトが言うにはそれ以外の形状。
 であれば何がある?
 気体、金属、繊維系、火系……。
 コニカが思いを巡らせる中、ハミセトが言う。

 「基本的には名称によって何系かは分かるというか予測できるんだけど、Eiは卵って呼ばれてて、絶対機械系じゃないと思ってたんだよね」
 つまりは、名称によって想像付け、発見した神の遺物が違う形状だった場合、明らかに動揺する。
 ただでさえ、コニカはEiを見た時、それだけで恐怖したのだ。

 「正直二人じゃ少ないよ、『万』がいればまだマシだったけど、アイツダメージ受けたら弱いからなぁ……」
 ヒルコがあれほどに、虚勢を張っているように見えたのは初めてだった。
 ただ、その言葉の最後は地面に流れる液体の音に、溶け消えた。

 液体は、二人を押し戻すように、水量が二人に違和感を思わせない程に増していた。

 「そういえばこのけるん?と言ったかなこれは何なんだ?」
 液体の波が押し寄せるも、崩れず足元の行き先を示すになっている。
 単に石を積み上げた物をコニカは指し、ハミセトに聞いた。

 「あぁⅠ積みケルン? イシヅクリっていうここの固有動物がいるんだよ。イシヅクリは2つ大きな特徴があってね。1つはⅠ積みケルンっていう石を積み上げた物を作るっていうね。まぁ何故作るかについては諸説あるね」
 ハミセトは、しゃがみ、落ちている石を積み上げながら説明をするが、四つほど積み上げた時に崩れ、むすっとし、指に付いた水を払った。
 イシヅクリが作ったであろう積み石は、八つ程積まれており、安定している。

 「あと1つ、とても臆病。基本的に自分の体格以上の生物には絶対的に抗わない。まぁイシヅクリのいる場所は安全って言われる程でね、だから特に危険な生物はここにはいないよ」
 コニカは、そのイシヅクリの姿を想像していた。
 どれ程に可愛い姿なのだろうかと。

 「光でもあればいい……ん、なんか光って……」
 しかし、その想像をする暇もない映像がこびりつく。

 人間が、壁に貼り付けられ、涙を流す姿を。
 それはどこか神聖で、しかし、本能に訴える、恐怖。

 なぜそれほどに、それは。

 死んでいる。

 何故分かるか。

 猿のような大きな生物が、貼り付けられた人間の体を食っているからだ。
 その猿の目は黒で染まっているように見える。
 暗い場所が生息地だからか、いや、それとも敗者が故の黒目か。
被食者である動物は、捕食者からどの方位から近付かれても逃げる事が可能になるように、黒目が大きい傾向がある。

 そのための黒であれば、それ故の恐怖。
 敗者の証明である筈の黒が、此方に瞬間的な恐怖によるトラウマを植え付ける。
 食われるだけの者が、捕食者になった時の感覚、殺しと補食の快感。

 自らの全肯定。
 自らの爪が、牙が、他の肉を引き裂きその肉を自分の体の一部にへとなるのは最高の実益報酬。
 しかし、その猿のような生物は、固まった二人の横を走り抜けて行った。

 猿のような生物が食べていた後から流れ出すのは、地面に流れる液体と同じ色。

無色透明。

 あるはずの赤はなく、全身から涙を流すように、その人間は地面に液体を落とす。

 「……やばい、逃げよう『生母事』」
 ハミセトが、震えながら、コニカの服を掴む。
 さながら子供のようだったが、コニカには返し方は分からない。
 危機感がないために。

 「……最悪だ」

 「液体系」

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