遅熟のコニカ

紙尾鮪

37「サンゲキニシンエン」

 「なんなんだあれは……」
 騎士が、剣を振るい、布を破き、肌を裂き、血管を断ち、肉を露にする。
 騎士が、銃を放ち、掌に触れ、肉と骨を巻き込んで砕き、胸部にへと侵入する。

 死にはしない上での一撃を、した後、一定の音を響かせれば、止める。
 人間のようで、人間ではない。
人間とは思えぬ程の酷さムゴサ、遠慮のなさ。
 そして、人間のみが感じる死をも享楽キョウラクとする悪魔の所業。

 それらが、全ての騎士に与えられているような気がした。

 「おいおい……アイツら……あれは俺ら側だろ」
 グロルが、惨状を目にして言った。
 それほどに、悲惨なのだ。

 人の事を言えた義理ではないグロルではあるが、植え付けられた感情の中でグロルは、表現しがたい物を感じていた。

 恐怖でも興奮でもない、まるで牛の解体を見ているような感覚。

 平気であった事が、普通であったことが、塗り替えられる。
 恐れてはいない、だが心の中から湧き出てくる、もう、止めれくれ、という心。
 偽善であるかもしれないが、見るに耐えない、見たくないという、そういう感情を。

 「……どうするか」
 ヒルコは、現状を見て手をこまねいた。
 それにコニカは反発しようとはしたが、先にグロルが、ヒルコのシャツを掴んだ。

 「チビさんよォ! この現状を見てどうするかァ? 決まってんだろ、あの殺人鬼集団をぶっ殺すんだよ、わかんねぇのか、ァア?!」
 ヒルコの身体を易々と持ち上げ、大声を浴びせる、実に正しく、正義で、人間的だった。

 「ちと黙れ、子供だからと思い、甘えさせていたのが悪かったか」
 ヒルコは、グロルが力強く掴んでいたはずの手を易々と外すと、地面にへと降りて、服の乱れを直し、グロルを見つめる。

 その場にいた全ての感情を持つものが、恐怖した。

 深淵。

 ヒルコの目を見て思ったのだ。
 白が全くない黒がそこにはあった、故に誰に向けているのか、誰にも分からない。

 だからこそ、その場にいた誰もが恐怖したのだ、目の前の惨劇を置いてしても、近くにいる狂気に身を震わせるしかなかったのだ。

 海の藻が足に絡んでしまったようなほどの、絶望と墜落。
 楽しんでいた筈の世界が、きらびやかな筈の世界が一変する。
 己の動く道理が自分の命の保身であり、目の前の危険から遠ざかりたいという欲求が、更に焦らせる。

 グロルは、自分の半分ほどの背丈の子供の事を確実に嘗めきっていた。致し方ないのだ。

 そういう性格にさせられている。

 見掛けで物事を判断し、更に言えば小心、大きな体と大きな声で繕っているが、人一倍強さに恐れを抱いているのだ。
 故に、確実に弱者のはずのヒルコの事を好んでいた。
 だからこそ今、グロルは、吐きそうな程に、今後悔と絶望の狭間で、今はただ、黙って事を済ますことしか考えられなかった。

 「お前ら勘違いしているかもしれないが、我輩達は革命家でもない、ただの犯罪者だ」

 「人を殺し、物を壊し、盗み、占領し、騙し、もしその事に正義を見出だすモノは、その考えを無くせ、消せ、抹消しろ」

 「我輩達は絶対的な悪、人を救う事があるとすれば、別の目的か杞憂。正義などはない勘違いするな」
 ヒルコは、何処を見ているか分からない、いや、見えているのかも分からない黒目が、その場にいる物を皆見ていた。
勿論、その場にいる物ですらも。

 「ただ、我輩達は愛国者だ」
 ヒルコの黒目が、徐々に小さくなっていく。

 「国の方針が例え、全ての者を受け入れるとしても、我輩は奴等を許さない。であれば貴様ら子供ガキがやれる事はただ一つ」

 「今回は、悪の正義、殺せ、人を、家族を、罪を犯した家族を裁くために罪を犯せ」
 ヒルコの演説は終わり、そして、物、者達は、声を震わせ、雄叫びを上げて、街にへと駆けていった。

 グロルとコニカは、その場に残っていた。

 「グロル、貴様は弱い。どちらかと言えばコニカの方が強いだろう」
 ヒルコは、グロルの足を一度蹴る。

 「ただそれは、貴様がまだ子供ガキだからだ、成長しろ」
 グロルは、大蛇にへと変わり、街にへと爬っていった。
 それは、何故? 涙が出そうだったから? ただそっちの方が速いから?
 憶測をする事は出来るが、真実は分からない。
 ただ確かなのは、グロルの転機は今だった。

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