遅熟のコニカ

紙尾鮪

32「カマキリトミノムシ」

 コニカは、壁を蹴り、煉瓦片を踏み砕き、地面を蹴り、抉る。
 大きな音を立て、ヒルコの言葉が聞こえないように、それは30に近い女がやる事ではなかった。
 駄々をこね、聞きたくない言葉に耳を塞ぎ、場を弁えずワキマエズ、物に当たるなど、子供の所業、まさに幼稚の一言である。 

 「コニカ……一つ噂がある」
 ヒルコのその言葉に、一瞬の光をコニカは見た。
 その噂が、今の状態を好転させる事をコニカは思った。
 いや、願った。
 その願い、叶う。

 「コニカ、お前の国に、人を生き返らせる事が出来るような物があると聞いた」
 ヒルコは、やけに真剣な面持ちで、そのような事を言った。
 その言葉は嘘ではなかった、確かに聞いた事はあったのだ。
 しかし、そのような物など必要ないはず、ヒルコの力を持ってすれば造作もないはずなのだ。
 であれば、なぜ、嘘か真かも分からぬような事を言ったのか。

 ただコニカは、そのような物にすがることしか出来なかった。

 「本当か」
 ゆらりと、壁に向けていた体をよじり、不気味にヒルコの方へと向けて、真偽を問う。

 「本当かどうかは分からん、ただ試す価値はあるだろう?」

 「ナァ、コイツの名前どうしようか」
 ヒルコの言ったことに、同意も、拒否もする前に、コニカは、金髪の子供の名前を、決めようとしている。
 それは、産んだ後の夫婦のようだったが、それにヒルコは初めて、悦も感じず、ただただ純粋に恐怖した。

 コニカは、金髪の子供の頭を撫でた。
 死んでもなお、鋭利な金髪の子供の髪は、コニカの皮を容易に裂く、コニカがその痛みで手を離す事はない。
 コニカは、金髪の子供の前髪をかきあげ、金髪の子供の額にキスをした。

 その狂的な金髪の子供に対しての愛に、ヒルコの狂気が飲み込まれた。

 「あ、あぁどうしようか……そうだな生き返った時に考えればいいんじゃないか?」
 あまりの動揺に、思考が働かなかった。
 そのため、最善の策は、先延ばし、それしかなかった。

 「あぁ……そうだな、あいつの要望も聞かなければな」
 そして、コニカは、金髪の子供の、青くなり始めた唇を一度弾くと、まだ弾力を持っているのだろう、綺麗に揺れた。

 「しかし、それが何処にあるか分からなければ意味がないだろ?どうするんだ?」
 コニカは、何時もの通りに戻った。
 そして、先程の提案の中で浮かんだ疑問をぶつけた。

 「お、おおぉ、大丈夫だ。ある程度の予想が出来ている」
 急に元にへと戻ったコニカに対して、驚き、最初の言葉が詰まってしまうが、なんとか喋る。

 「それほどの物があれば、国の者であれば知っているのが普通であろう? しかし、コニカ、君は知らない。つまり隠している」

 「ただ、隠れ簑が大きくなければ、人を生き返らせるなどという大きな物は隠しきれないだろう、つまりそれほどの隠し簑と言うことだ」

 「まさか王が?」

 「あぁそのまさかだ、我輩が思うに、『マンティデ』は、国をあげた隠れ簑だ、カマキリではなく、ミノムシのようだな」

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 ヘーレは、生きていた。
 会社の中で。

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