遅熟のコニカ

紙尾鮪

22「メンチカツヲタベタイ」

 「ふあぁぁ……! こんな時間まで寝ていたのはいつぶりか」
 つい出たあくびに、コニカはとても驚いていた。
 昔、コニカが新人だった頃、同期が、寝不足だったのか、あくびをしたというだけで、当時の鬼教官がそれを酷く叱責シッセキしたのだ。

 その事から、あくびをするのを死んでもやめようと、あくびをした同期が泣き崩れていても、叱責するのを止めず、むしろ泣き崩れたのを機に、更に激しくなっていた姿を見て、コニカは誓った筈だった。

 「お母さん お早う」
 驚いた、まずコニカは、自分の事を、お母さんと呼んでいるという事にも驚いているが、それよりも、金髪の子供の背中から、針状にピンと立っている毛が生えていた。

 「お、おぉ、これお前どうしたんだ」
 1度指で弾いてみると、金髪の子供は、コニカに触らせないよう、振り返り、コニカと金髪の子供は向かい合った。

 「生えた」
 直接的なその言葉は、他の言葉を必要としない物だったが、コニカは、お、おう、としか言えなかった。

 「コーニカ! 今日の朝御飯はメンチカツだぞメンチカツ! パンと挟んで食べてみてくれ!」
 夕食を回収しに来た時、急いで食べたせいか、若干の気持ち悪さがあったが、それを掻き消すような物がそこにはあった。

 狐色に揚がり、見るからにサクサクそうな衣に、手の甲ほどの大きさのそのメンチカツは、一口でも噛めば、滝のように流れるであろう黄金の肉汁が、詰め込まれるように入っている事が安易に想像できる。

 すぐに味わいたかったが。

 「……お母さん 食べたい」
 金髪の子供は、コニカに食い入るように見つめて言った。

 金髪の子供はまた、成長していたのだ。
 ただ欲望のために、コニカの目を盗み食べていた金髪の子供は、相手に自分が食べたいという意思表示をし、食べてもいいか、という交渉さえしている。

 しかしそれは、単なる成長ではなく、信頼を得ているという証拠である。

 それをコニカは感じた。

 「……仕方ない食べればいい、私はまだそこまでお腹が空いていない」
 コニカは、あくまで、自分が空腹ではないため、譲ったという体でいたが、それは、金髪の子供に対しての信頼のお返しのような物で、その代償としてがメンチカツだった。

 「……! お母さん 好き!」
 そう嬉しそうに言えば、メンチカツを掴み、噛めば、その手に肉汁が絡み、光を反射する。
 その姿にコニカの口から、はしたないが、涎が流れた。

 その姿に金髪の子供ですら察したのか、半分ほど食べれば、残った物をコニカに差し出した。

 「お腹 いっぱい」
 金髪の子供は、そう言うと、下唇を噛み、差し出した手を震わせていた。

 差し出された先にあるメンチカツを、コニカは受け取り、金髪の口にへと押し込んだ。

 金髪の子供は、驚きながらも、口の中に入った物を味わい、至福を感じていた。
 裏切り、その後の幸福は、何倍とも感じられる物だろう。

 「おいひい おかあさん」
 とろけるような笑顔を向けながら、コニカに報告する。
 とても愛らしく、そして幸せの象徴。

 食べ物1つで、これほどまでに、幸せになり、そして素晴らしい光景になるのか、いや、目を向けないだけでこの光景はどこにでも溢れているはずなのだ。

 しかし、少し違うといえばコニカが痛みを感じた事だ。

 「指を噛むな! 離せ!」
 メンチカツを口に突っ込んだ時に、指も入っていたのだろう、それを金髪の子供は、メンチカツと一緒に味わっていた。
 その時のコニカは、前に足をしゃぶられていた時とは違う、なんだかとても楽しそうだった。

 その姿を何も言わず、見つめるヒルコは、決して輪に入る余地がなかった訳ではなく、コニカを観察するのと共に、金髪の子供の経過観察をしていた。

 ヒルコは、金髪の子供の成長に驚きは感じていなかった。
 驚きを感じるのであれば、コニカとの仲である。
 ヒルコが夕食を届けに来た時も、仲は既に良かったと言うべきだったが、今は言うなれば真の母子である。
 順調。ヒルコはそう思った。

 「仲が良いな、今日は運動の日だ。どうだ? 二人でチームを組んでやってみるか?」
 楽しげに戯れるコニカ達の間を割って入ると、ヒルコは、今日の予定を伝える。
 コニカは、指を無理矢理抜くと、皮がふやふやになっていた。

 「運動? なんだ走ったりでもするのか?」
 指についた涎を払いながら、ヒルコに今日やる事を問う。
 そして、メンチカツを挟む筈だったパンを手に取り、例によって噛み千切りながら食べる。

 「なに、体が衰えるのも嫌であろう?ちょっとした演習のような物をだな」
 ヒルコは、何処からか出した、黒い鞄の中から、使い古された剣を、出し、コニカに渡す。
 コニカは、その剣を受け取り、ベッドから降り、1度振った。
 どれだけ自分が衰えたかの確認だった。

 「あぁ、この感覚だな。懐かしくも感じるが、ついさっきまで握っていたかのような気がする」
 ふふふ、と気味が悪い笑みを浮かべた。

 「私も!」
 油でテカテカな手を上げて、自分もやる気がある事を伝える。

 「うむ、双方やる気だと見える。であれば、朝食を済ませた後、向かおう」

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