遅熟のコニカ

紙尾鮪

11「バケモノトビョウキ」

 「さぁ!次を見よう!こんなつまらないものはしまってさ!」
 カーテンを閉めると、ヒルコは嬉しそうにコニカの手を引く、それは母子のようで暖かな光景だった。
 場所を除いては。

 石の塊の巨人、奇声を発するナメクジ、歩く魚、ジェル状のピューマ、人型のゴリラ、紳士なシャチ、牙を向く妖精。

 まるで動物園、いや見せ物小屋か、奇々怪々な生物が、まるで展示されているように、牢屋に入っている。

 「コニカはどれが好きなんだ?ヒトガタ?それとも魔獣?それとも合成獣キマイラ?」
 つらつらとヒルコは、先程から見せた化け物達の種を述べて、コニカにどれが好みだったかと問う。

 それは、女友同士が好みを分かち合うように、豊かで、平和で、愛しい。

 ただコニカは違った。
 新たな姿は何が良いか、そう聞いていると思った。

 ずっと牢屋に囚人がいないのは、ただ殺していたのではない。
 材料にしていたのだ。
 一々人を拐うのでは時間が足りない、そして出来るのであれば、材料は屈強であるのが良い、であれば何処か?
 ここだ、オキザカル監獄という材料倉庫だ。
 そう、コニカは思った。
 
 「そ、そんなものはいない」
 とっさにコニカは否定した。
 自分は何にもなりたくないという意思表示。
 それは、誤答だった。

 「そうか」
 何もしょんぼりしてはいない、いやしているかもしれない。
 分からない。
 ヒルコは再び仮面をつけた。

 それに対してコニカは後悔した、ただ単に好みを聞いたものであると、悟ったから。

 カツカツと音を立てて、軽快に歩いていたヒルコは、いきなり音を止めた。

 それにコニカは酷く恐怖した、それほどにあれがカンに障ったのか? これだから子供は嫌いなのだ、そう思った。

 「コニカ、貴様の問いかけに答えていなかったな。 あれだ、我輩の正体はなんだという問いかけだ」

 「今なら答えられる、答えよう」
 ヒルコは、仮面の口部分を覆うと その部分は消え、ヒルコの口が現れた。
 ヒルコの口は滞りなく動く。

 「我輩は、いやあの老人もだが」
 その言葉は、コニカが剣を取り構える事を義務付かせた。

 「我輩は魔女の子孫だ」
 牢屋の化け物が騒ぎだす。
 静かで、大人しかった化け物は、空腹の獣のように騒ぎだす。

 あるものは雄叫びを挙げ、あるものは鉄格子に頭を打ち付け、あるものは鉄格子を揺らし、あるものは床を叩く。

 知性の獣を装っていた化け物は、ただの欲求のままに狂う化け物となっていた。

 すぐにでも牢屋から出てきそうな様子にコニカは、自分をおめでたいやつだったと思う。
 自分が囲まれている事もつい知らず、若干友と喋るような気でいた自分を恥じた。

 「黙らんか子供達ガキドモ!」
 叫ぶ姿は父のようで、威厳のあり、かつ怖かった。
 それは若干10歳ばかりの子供が持つものではなかった。

 その声を聞いた化け物達は一斉に黙った。
 横目で見た足が蛙の猿は、椅子の下に隠れるように潜っていた。
 それは夫婦喧嘩を聞かまいとする子供のようだった。

 「我輩の子供に知性のない獣はいらぬ。今度騒いでみろ、dstダストに入れてやるからな」
 子供と言った、確かに子供と。

 それにも引っ掛かるが、コニカはダストという言葉に妙に引っ掛かった。
 それはチリやホコリ、ゴミなどといった意味だが、それに入れてやるという意味が分からなかった。

 「してコニカよ、なぜ貴様は剣を抜く? その剣は誰を刺す? まさか我輩に? であれば子供達ガキドモ叫べ、あの子供をころ」
 仮面は、ボロボロと崩れ始める、それはクッキーのように、固く見えて脆く、粉のように。
 最後の言葉を言い終える前にコニカは、ヒルコの言葉を止めた。

 「ち、違う、そんなつもりは一切ない、あれだ、剣を時折抜かねばいけない病気にかかっていてな、し、仕方ないのだ」
 どちらが子供で、どちらが大人だろうか、ふざけた言い訳がまかり通る筈がなかった。
 いや、どちらも子供なのだろうか。

 「ぷっ、面白いな。職業病か?」
 方目が隠れた状態で仮面の崩壊は止まり、口元は可愛く口角が上がる。
 不気味な仮面の一欠片ですら笑っているように見える。

 「あ、あぁ! そうだ! 毎日のように剣を振っていると剣を抜いている方が普通であってな」
 起死回生の一言であった、冗談の一言であるがそれに乗らねば何に乗るという物。
 ただ、罠だった。

 このコニカの言葉でコニカの素性を、ヒルコはある程度掴んだ。
 兵士か、派遣騎士。
 今ヒルコが思う割合は3:7だ。

 兵士ではない、兵士であれば持つものは、剣などという力が試される物ではないだろうと。
 であれば、ティーグルブラン帝国名物の、女騎士派遣と思うのが必然であろう。

 そうヒルコは思った。

 「なんと、苦労しているのだな。 まぁしかし魔女の子孫と言われても動揺すると言うもの。 どれ、証拠を見せてやろう。 貴様はどれが好きだった? まさかアンパイアか?」
 にんまりとヒルコは笑っている。
 ほぼ同じ質問。
 コニカは今度こそは間違えないように記憶を漁る。

 そして出した答えは。

 「あの、青年を、いや青年の姿をしたナニカを」
 初めて遭遇した化け物であり、一番長く接した故に、記憶に苔のように、こびりついていた。

 「ライ・ビトレイか。そういえばアイツが初めて会った我輩の子供か」
 そうするとヒルコは、何処からか出した黒い鞄から人形のような物を取り出した。
 その人形には綿が詰められていないのか、ヒルコの指が食い込まず、むしろ押しているようだった。

 ヒルコは、チョークを取り出すと、地面に何やら難しく、妖しい魔法陣のようなものを書いている。

 「そういえばさっきから子供と言っているのは、何」

 「黙れ、気が散るだろう」
 コニカの質問は、一言で潰され、黙る。
 魔方陣のような物を書き終えると、その中心に人形を放り投げた。

 「我輩は汝を欲す。汝は我輩を欲せ。我輩が遺した物で汝は物を遺せ」
 堅苦しい言葉をヒルコは言い終わると、何処からか出したメスで指先を傷付ける。
 そして、人形に自らの血液を当てるように指を前に突き出す。
 赤黒く、玉のような形で出続ける血液は、優に人形を赤く染める。

 すると魔方陣から黒い触手が現れ、人形を飲み込む。
 まるで波が、溺れた人間を飲み込むように、無慈悲に、絶対的で、そして芸術的だった。

 黒い触手は人形を飲み込むと、触手同士が絡み合い、形を成す。
 最初はまるで子供のようだが、時間が経つ毎にそれは大きく、1度大人のようになると崩れ、花を咲かせる。

 とても鮮やかで、多色。
 花は開花すると、ツボミとなり、崩れる。

 その中からは、ライ・ビトレイ、ナニカが現れた。

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