遅熟のコニカ

紙尾鮪

7「コニカトナニカ」

 ナニカはここで感情の欠点を感じる。
 それは感情が体を支配するという事。

 恐怖、その感情は己の体を震わせ、足を縛り、言葉を探す、この状況を打開するために。
 しかし、見つからない、弁明の一言、自分のミスを覆う言葉を。

 ナニカはちらりと子供の顔を伺う、それは叱られている子のような姿。

 子供は笑顔を向ける。
 優しく全てを包み込むような笑顔、無邪気で穏やかで癒される。

 ナニカは酷く恐怖していた。いや当然の成り行きなのだろうか、笑顔とはその時の状況、受け取り側の心情によって左右する。

 ナニカが受け取った笑顔の意は、無害なる強迫、ナニカに直接的な被害などはない。

 故にナニカは主の機嫌を良くする方法が思い浮かばない。
 怒りは振るえば収まる。ただ怒るに値する言葉を言ったにも関わらず、自分に笑顔を向ける。

 その意味は、その意図は。

 しかしその不安は、視界の端に捉えた人間によって拭い去られる。

 「大体は聞かせてもらった、つまりこの子供が主なのか、ただ拍子抜けだな」
 ナニカは動けない。
 動かないのではない、動けない。
 咄嗟という事もあるが、そんな単純な話ではなかった。

 舌による攻撃すらも考えたが、彼女は一直線上に主と呼ばれる者の背後にへと移動していた。

 コニカを仕留めるには主と呼ばれる者を貫くか、突き飛ばす。
 ナニカはその二つの選択肢のみ浮かぶ、それはどちらを向こうと地獄である。

 前者はもっての他、後者も機嫌を損ねる可能性がある、いや機嫌を損ねる。
 思考を巡らせるその間も時間は過ぎる。

 彼女はこの依頼も無事成功したものと考える。

 なぜなら目の前にいるのは、おおよそ自らの歳の半分にも満たぬ子供。
 体格もよくない、ただの貧相な子供だからだ。

 白衣を着ているために彼女は警戒はした、いや今は何も警戒はしていない。
 ただの子供ならばこの拳で、彼女らしからぬ判断だった。

 どのような容姿、どのような状況であろうと己の持てる力を最大限に使い、確実に目の前の敵を倒す。
 それがコニカの主流。

 だが彼女は余力を残しておきたかった、目の前には二人(?)の敵。
 ならば、弱いであろう敵を最小の力で倒し、より強い相手を残った力で倒す。

 本来あるべき姿は確かにそうだ。ただ前者の、コニカ本来のやり方でやるべきだった。

 子供はコニカの奇襲に気づいたのだろう、後ろを向く。

 コニカに躊躇はない、子供であろうと敵であり、楽しむ対象だ。

 今も、子供のまだ堅硬ケンコウではない骸骨を砕くつもりで、拳を振るう。
 一瞬でも瞬きマバタキをすれば、コニカの拳は間合いを詰めているだろう。
 無慈悲で、行うべき事ではないだろう、しかし、これは行うべきだった。
 いや、当てるべきだった。

 「今、用件を述べよ、勘違いであればこの拳離そう。しかし、勘違いでなければこの拳、我輩が貰おう」
 彼女は女を捨てていた、事実恋愛など産まれて29年、経験した事など有りはせず。
 髪も動く時に邪魔だからと、伸ばすことは決してしなかった。
 それで良かった。
 色恋など自分には不必要な物で、それが重荷になる事も分かっていた。
 料理など、会社の食堂の、そこまで美味しくない栄養食を食べるだけで十分なので、作る必要がなかった。
 化粧など、やり方が分からない。
 流行り物など理解が出来ない。

 しかし、自分より確実に弱いと確信した子供に攻撃を防がれ、ましてや拳を捕まれた瞬間、自分が女だと言う事を思い出す。
 コニカは、自分を人間ではない何かとすら思っていた。
 人の生死で遊び、愉悦に浸り、人という人生を楽しみながら、金を貰って責められる事もなく人を殺す。

 それは人の生業ではなく、まさに鬼や悪魔。
 人成らざる者の行う行為。

 ただコニカはその瞬間、一介のただの女性と成り果てた。

 「な、何でもない……です。道を迷っただけでぇ……」
 震え、後半につれて彼女の声はか細く、小さく自信もなく、弱々しい声になっているのが分かる。

 咄嗟に出た嘘はナニカに問われた時の威勢など微塵も感じず、まるで寒さに耐える幼児のような姿だった。

 そんな幼稚な嘘が通用するはず無かった、ただこれしか手段が無かった。
 白衣を着た小さな子供の事が彼女は、絶対的強者に感じた。

 少年が口を開くその直前、彼女は急に首が引き絞られた時のような、息苦しさを感じ、心拍が早くなる。

 息をするのも容易くないこの状況、なのに息が早くなる。
 幾ら吸おうと、満足に吸う事が出来ない。子供が口を開いた。

 「そうか、なら早く言えば良かったのに、まぁ腕を貰えなかったのは残念だが。それならば歓迎しよう、我輩のオキザカル監獄へ」
 明な嫌悪の念を送っていた筈の子供が、一転してコニカに好感を持っている。

 このコニカに対する念がコロコロ変わるのは子供が故の性か、もしくは、コニカを油断させないためか。

 敷居を跨げば皆同じ、コニカは敷居を跨いだ。セイリョウククノチの者となる。

 コニカは負けた。

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