遅熟のコニカ

紙尾鮪

2「レッセイタイトウ」

 ただ、彼女らがなぜ国際手配されている者一人に対して、7人という大人数で挑まなければいけないのか。

 相手がたった1人であれば、こちらは2人、若しくは3人もいればいいはず。

 だがなぜ7人もの人数で挑まなければいけないのか、それは相手が国営である監獄をたった1人で占領したからだ。

 占領されたオキザカル監獄とは、死刑執行を待つ者達が収監されている場所であり、凶悪な囚人達が暴れだそうと、対処でき、鎮静する事が可能である者が、刑務官になっている。

 なのに、急に訪れた1人の人間によって占拠されるという事は、相当の手練れ、もしくは、監獄側が裏切った可能性がある。
 もし監獄側が裏切ったとしよう 。
 たった1人の相手だと思い、少数で出向いたとしたら? 
 待っているのは数の暴力、殺されるまで1時間もかからないだろう。

 その可能性を加味した上でのこの人数。ただその場合、人数が少ないのではないかという疑問が浮かぶが、多すぎるのも問題、多すぎた場合、相手側に捕まる可能性がある。
 その場合、仲間の命を犠牲にしてでも任務を全う出来るようにと、会社の方針では定まってはいるが、そのような事がいきなり起こっても、中々決断しにくいだろう。

 そのための少数精鋭、そのための『スィクル』、そして新人5人は分からないが、古参の2人は極めて個人的。
 他は他であり、自は自。任務を遂行さえ出来るならば、仲間が死のうと気に止めず、仲間の死骸を踏み台にする。
 それが、『スィクル』。欠けた刃などいらない。


 ただ、そんな凶悪な相手の場所へ向かっているのだが、ただ安全に目的地に着くことなどあり得るだろうか?
 相手は国際手配されている、もちろん相手も知っているだろう。 
 であれば何らかの策を練っているのが、常識である。

 草から突然産まれたようにそれは現れた。急な出現にコニカらは驚き、剣の柄に手を伸ばす。
 それは、強そうでも、弱そうでも、異形でも何でもない。
黒色の短髪で、男の割りにはくりっとしており、その瞳は白目の部分が大部分を占めており、黒目がまるでおまけのように存在している。
 ただ衣服はただの普遍ない黒のTシャツに、迷彩柄のズボンを履いた青年が現れた。
 ただの森に迷い混んだような青年は彼女らの方へと助けを求めるように歩いていく。

 「止まれ、1歩でも前に進めば首を飛ばす。お前はただの迷子の青年では無いんだろう?」

 コニカは剣を鞘から抜いた、その剣は両刃、退く事、守る事は自らに刃を向けるという事。
 そう誓い手に取った剣は、今だ鍔競り合いさえした事もなく、一方的な攻撃しかした事がない。
 ただ青年はそれに対して何も行動を起こさない。

 「制止命令、拒否。我、お前らに命令す。用件を述べよ」

 青年はどこか固っくるしい喋り方をしている。
 青年が歩く、ただズボンのポケットに手を突っ込んでいる。それにより、彼女は無理に動けない。
 もし青年のポケットの中に爆弾でもあったとしよう、あの青年はコニカを巻き込み自爆するだろう。
自爆という役割を担うという事は、そこまで重要な人物ではないという事。
 相手はただの歩兵を落としただけだろうが、こちらは角行や飛車を落としてしまう事になる。それだけは避けなければならない。
 ならば少しでも距離を取り、相手の出方を気にした方が良いだろう。
 それをコニカは分かっていた、少しばかり話に興じてみようかとコニカは思った。

 「お前があの監獄の主か? 用がある」

 冷静に、問いに答える。
 彼女が青年に対して恐れを感じている事を察せられる事がないように。

 青年はポケットから手を出さない。

 「我が監獄の主か否かどうか。知るために此方に来た。否か」

 「否だ。知るためだけに来たわけではない。最悪ではあるが殺しに来た」
 
 無論、殺す気しかない。

 『マンティデ』に勤めている者は勤務先の国の法を受けない。
 それは任務を遂行する上で障害となるために、成立されている。
 ただ任務に関係しない、罪に値する行為はそれに当たらない。
 しかし、そのような事を一つの企業が言っていようと、諸外国が許すはずもない、が国が許さなかろうと、顧客が許させた。
 これを承諾しない国の依頼は受けない。限定的であるが故の特別感。

 そしてこの依頼は討伐である。

 ただその2人の会話に話って入ろうとする勢いで走る後輩らを、青年は目で捉えた。
 コニカはただ根拠もない、コニカ自信の勘により、左にへと避けた。
 その時、何かしらの物体を横目で捉えた、いや捉えきれはしなかった。

 時計の秒針が触れやしない程の時間が経たない頃に、咄嗟に耳を塞ぎたくなる程の悲鳴、いや叫喚。

 後輩の中の1人、イオ・ゼーエン。
 彼女は、強い。と思っていた。ただそれは家庭環境に問題がある。
 イオの家族は、強かった。彼女の父は柔道家で、国内大会で1位という結果を残している。
 母はとある剣術の師範代にまで上り詰めた事がある程の人物である。

 柔術の達人と、剣術の達人との間から産まれた子供、皆期待していた、勿論イオでさえも。

 ただイオは才能の欠片もなかった。それを両親は隠した。周囲にも、イオにも。 
 両親は自分達のキャリアが傷付くのを怖れた。
 イオが強くなることはない。そう両親は感じた、両方多くの弟子を持ち、育て上げていた。
 だからこそすぐに分かった。この娘はどちらの才能もないと。

 ゴシップというのは創作が好きで、もしどちらの才能もないと分かれば、この娘はどちらかが浮気して出来た娘である。そう書かれかねない。
 そうすれば、両親は勿論の事、イオにも迷惑がかかる。
 だから両親はイオに一切外で遊ぶ事を禁じた。

 お前は皆より強すぎるんだ。だから皆と遊ぶと危険だから。イオは強いから。
 洗脳という英才教育によってイオは裸の王様へと育て上げられた。

 彼女はいつしか、この力を倒すではなく、守るために、役に立つために使いたいと思い始めた。
そして彼女は『マンティデ』に入った。
 『マンティデ』に実技試験はない。筆記と、面接。
 ただその試験での落ちる可能性ほとんど0%。
 方針としては、可能性にかける。ただそれだけだった。

 選んだのは『スィクル』、自らの力を遺憾無く発揮できると思っていたから。
 しかし、それが項をそうしたのか、彼女が強いという事は破られる事がなかった。

 しかし今、彼女は初めての激痛に、顔をしかめたり、悶えたり、泣いたりしなかった。いやむしろ出来なかった。
 叫びサケビ、いやむしろあれは叫きアメキ
 ただ、叫く事だけしか出来ず、イオは患部を押さえ、出血を止めようと試みた。
 右耳への衝撃、それはイオが負傷する寸前の出来事、感じたのは壁、何か大きな物にぶつかった様な気がしたその直後、急に引っ張られた様な感覚。
 そのせいでイオは地面へと倒れ、叫く事になってしまった。
 しかし右耳がなかった。

 青年が口を開けた。開いた口の中から、赤黒い塊が、青年の舌の上に置かれて出てきた。
 コニカも、イオも瞬時に分かった、あれは耳であると。
 青年は再び口を閉じ、喉仏を動かすと、再び口を開いた。
 勿論舌の上に耳はない。

 「弱者、警告。動くことなかれ。動けばこうなる」

 青年はポケットから手を出すと、人差し指だけピンと伸ばし、イオの方へと向ける。

 歩いていた。草を掻き分ける音が叫きの声でかき消される。
 それは彼女にとって嬉しい事でもなかった。

 自分の事をどれだけ消せる事が出来るか、彼女が昔強さという物を考えた時に出した結論である。
 しかし、強さとは自己の存在を濃く発する物、めんどくさがりの彼女には体得する事が不可能な物だった。
 ただ、真のめんどくさがりとは、外れ道を歩むもの、彼女が歩んだ道、それは『馴染む』。
 呼吸数、呼吸の深さを最小限にする事によって自然、呼吸のない物に馴染む。
 ただ長くはもたない。勿論一対一でも使えないし、相手が自分を見ている時にも使えない。
 ただ、死角からの渾身の一撃を相手に与えるだけの余裕ならあった。

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