闇夜の世界と消滅者

三浦涼桜

三十話 阿賀崎黑葉 2

 戀が今までのいきさつを話し終わると、黑葉は目を細めながら感想を口にする。
「なんだか……思っていたよりも複雑だった……」
「そうか?」
「うん……ただの捨て子なのかと思った……」
 黑葉は顔を俯かせながら言う。

「なんか……悪いな。暗い雰囲気にさせちまったな」
 戀の謝罪に黑葉は首を振り、申し訳なさそうな表情で言う。
「別に……君のせいじゃ……ない……」

 重くなった空気を払うように、戀は話を切り替える。
「それで、これは俺とあんた「黑葉」……黑葉とのいいなずけっていうことで設けられた場だが……黑葉はこの婚約が嫌か?」
 戀の問いに黑葉はわずかに首をかしげる。

「なんで……そんなこと……聞くの?」
「ああ、黑葉が嫌だというのであればこの話はなかったことにすればいいと思ってな。お前だって女の子だ。好きな子がいたって不思議じゃない。それにここに来た時、寂しそうな表情を見せていたからな」
 戀の答えに、黑葉は驚きを禁じえずにいた。

 これまで黑葉は、自分の表情を見て理解してくれる人間を見たことがなかった。
 それは他人だけでなく、実の親ですら、自分の考えていることが理解できないときがある。
 だから今回も理解してくれないのだろう。それに自分は無表情だから―-と、いろいろと諦めていた。

 しかし、戀の答えを聞いてみればどうだ?
 戀は、初めて会った他人の表情をすぐに読み取り、何を感じているのかを瞬時に理解した。
 そこでようやく気付いた。自分の動機が早くなっているのを。
 こんな気持ちは初めてで、自分じゃうまく整理できていないけれど、これが恋心なのだろうと、黑葉は考える。

 まあ、戀はそこまで深く相手の表情を理解できるわけではないらしく、黑葉がほんの少しだけ紅く染まっているのにも気が付かない。
「それで、どうなんだ」
 なかなか黑葉から答えが返ってこないので、戀は少し催促する。

「別に……他に好きな子が……いるわけじゃ……ないよ?」
「そうなのか?」
「うん……親しい子たちは……みんな……女の子だったし……婚約を持ち込んできた人たちも……みんな下心
が……見え透いていて……うんざりしてたし……」
「じゃあ、今回のことはこのまま話を続けてもいいのか?」
「うん……大丈夫……」

 黑葉の了承が得られたので、戀は部屋から出ていこうとする。
 しかし、黑葉が戀の服の袖をひっぱて止める。
「なぜ止める」
「逆にあなたこそ……なんで出ていこうとするの?」
 なんでと言われても、戀にはこれ以上何をすればいいのかわからない。
 なので戀は許嫁(仮)に聞くことにした。

「……何をすればいいんだ?」
 戀の問いかけに、黑葉は少し考え込むような仕草を見せた後、真っ直ぐな目でこちらを見つめ、
「何をすればいいんだろう…………?」
「いやわかんないのかよ!」
 戀は思わずツッコんだ。

「それで? 何をすればいいんだ?」
「うんと……子……作り……?」
「あのな、俺たちはまだ十歳だ。そんな年で子作りなんてできるわけないだろう」
 黑葉の妄言をピシャリと切り捨て、戀は再び思案する.

 だが、一向に良い考えが思い浮かばないので、戀は再び黑葉に問う。
「…………ほんとにしたいこととかないのか?」
「……じゃあ、何か狩りに行く?」
 黑葉の言葉に、戀は少しだけ考え、もうそれでいいかと、了承する。

 やることがきまったところで、戀は一真と雄介のもとへ報告に行く。 
 その際、雄介が初めての共同作業だな、と言った瞬間黑葉からボディーブローをもらっていた。
 なかなかアクロバティックな動きもするんだなと感心していた。
「それで、どこに狩りに行くのだ? この近くに魔物の森など存在していなかったはずだが」
 一真が疑問を口にする。

 魔物自体はヴァリアントが出現する前から存在しており、この当時から空気中には魔粒子そのもは存在していた。この時代の科学技術では魔粒子を観測することは不可能であり、魔物の存在も一般人には公開されておらず、知る人ぞ知る存在となっていた。
「大丈夫です。私はその場所までの行き方は知っていますし、あまり危険な魔物もいません。なにかあれば私の力を使います」

 戀は雄介のほうを見て話す。戀の申し出に雄介は少し考えた後、戀のほうを見て答える。
「わかった。戀君の力というのがいったいなんなのかはわからないが、一真が何も言わないことを見るに、安心してもいいんだろう」
 その言葉を聞いて、戀は静かにうなずくと黑葉を連れ立っていった。

「どこに……向かってるの……?」
「富士山」
 黑葉の問いに、戀はそっけなく答える。
「ふ、富士山に行くの……?」
「ああ、富士山はもともと樹海で、濃密な魔粒子が溜まっていて、タヌキやキツネ、猫といった小動物ですら、その魔粒子に当てられて強力な魔物が出来上がるんだよ」

 戀の説明に黑葉は驚いた。
 魔物は空気中に存在する魔力を吸収した動植物のなれの果てである。
 戀は昔そこに迷い込んだことがあるからそれを知っていた。

「私でも、倒せる?」
 言うまでもないが、この時代ではまだ魔法は発言していなかった。
 だから、本来ならば子供が魔物を相手することなど不可能なのだが……
「大丈夫。狩と言っても、魔物を真正面から相手するわけじゃない。相手にするのは草食系の動物や、温厚な魔物だけだ」
 それに、と戀は続けていう。

「魔物って見たことがないだろ? なら、子供の内から見ておいた方がいいっと思ってな」
 戀の言葉に、黑葉は少し考え込んだ。
 戀の言う通り、魔物なんて見たことがない。というか、普通ならお目にかかることもない。
 なにせ魔物というのは元来、凶暴性のある生物だから。
 もちろん、魔物の生態なんて、知る人しか知らないことなのだが。

「うん、私も魔物って言うの、見てみたい」
 そういうと、戀は笑顔でこういった。

「そうこなくっちゃな!」

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