寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第44話 任命



 ディムール王城、謁見の間。
 そこに、オレとヴァルター陛下、それにフレイズはいた。

 万が一に備えて、人祓いは済ませてある。
 これからオレが話すことは、国家機密レベルのものだからだ。

「それで、何なのだラルフよ。私の耳に直接入れたいこととは」

 フレイズにお願いして、ヴァルター陛下直々に伝える場を設けてもらったのだ。
 フレイズには感謝してもしきれない。

「はい。……実は私には既に、『精霊級』程度の力が備わっているのです」

「…………なに?」

「見ておいてください」

 オレはこの場で、火属性の精霊級魔術の一つ、『火結晶ファイヤークォーツ』を実演してみせた。
 辺りの火精霊の気配がオレの手の中に結集し、やがて一つの石を形作る。

 それを見たフレイズは、何が起こったのかわからないという表情をしている。
 目の前の光景が信じられないのだろう。

 一方で、赤色の透明な石を目の前にしたヴァルター陛下は、深々と頷いた。

「それは紛れもなく、『火結晶ファイヤークォーツ』……。なるほど、精霊級魔術を扱えるのは本当のことのようだ。――それで、お前は何を望む?」

「はい。私を、フレイズ・ガベルブック将軍率いる陸軍に配属していただきたく思い、ヴァルター陛下への謁見をフレイズ将軍に取り次いでいただいた次第です」

 ヴァルター陛下は、目を見開いた。
 そして、すぐに瞳を閉じると、

「そうか、ラルフ……よく言ってくれた。その力を私に貸してくれ。共に、エノレコートを滅ぼそうではないか」

 ヴァルター陛下は、憎しみに取り憑かれていた。
 復讐に取り憑かれていた。

「お前の望み、聞き入れよう。本日付けで、ラルフ・ガベルブックを陸軍第六兵団『ケルベロス』の兵団長に任命する。詳しい説明はフレイズ・ガベルブック総司令官から受けるといい」

「っ!? しかし陛下、それは――」

「なにか問題があるのかね、フレイズ・ガベルブック将軍」

 ヴァルター陛下の鋭い目が、フレイズを射抜く。
 だがフレイズは、そんなものは関係がないとでもいうかのように言葉を続けた。

「ラルフはまだ十一歳です、最前線で戦わせるなど――」

「なにか言ったかね? ガベルブック将軍」

 光のない目で、フレイズのことを見やるヴァルター陛下。
 その視線に、フレイズもうすら寒いものを感じ取ったようだった。

「我が子が可愛い気持ちはわかるがな、フレイズ。これは戦争なのだ。そんなに甘いことは言ってられん。お前にもわかるだろう、フレイズ?」

「そうですよ父様。これは僕が言い出したことです」

「ラルフも考え直してくれ。それだけの力があるなら、王都を守護しておけばいいだろう。わざわざ最前線で戦う兵団に入る必要も――」

「聞いているのか、フレイズ・ガベルブック!!」

 ヴァルター陛下は唾を飛ばし、フレイズを糾弾する。
 その怒号に、さすがのフレイズも動きが止まった。

「事は既に、貴様の一存で決められるものではなくなっているのだ。……それに、ラルフの実力は『精霊級』にまで達しているそうじゃないか。お前のほうがよほど気をつけたほうがいいのではないか?」

「――っ!!」

 そんなヴァルター陛下からの心無い一言に、フレイズもギョッとした顔をしている。

「父上、よいのです」

「しかし、ラル……」

「お心遣いは感謝します。でも、僕にも戦う理由がありますので」

 まさか、ヴァルター陛下が、ここまで精神的に余裕がない状態だとは思わなかった。
 これは予想外だ。

 さすがに、今のヴァルター陛下に『テレパス』のことを言うのは躊躇われた。
 『テレパス』は、脳への負担が大きい。
 基本的に緊急連絡用で、一日に何十回も連発できるものではないのだ。

 だが、今のヴァルター陛下は、オレたちを使い潰してしまいかねないほどの危うさがあった。
 オレは、こんなところで死ぬわけにはいかない。
 この国のために死んでやるつもりなど微塵もない。

 オレはただ、クルトさんの仇を打ちたいだけなのだから。

「それでは陛下、失礼いたします」

 オレとフレイズは、その場を退席した。
 王城の廊下を歩いているあいだも、オレたちの間に会話はなかった。



「――いったい何を考えている、ラル!?」

 王城を出たところで、オレはフレイズに胸ぐらを掴まれた。

「ちょ、何するんですか父上!?」

 オレは、フレイズの突然の豹変に、驚きを隠せない。

「それはこちらのセリフだ! 精霊級? 陸軍への配属? 私は何一つとして聞いていなかったぞ!!」

 乱暴にひねり上げられ、そのまま建物の壁へと叩きつけられる。
 しかし、痛みは全くない。

「言ったら、反対されると思ったからですよ」

 家族想いのフレイズのことだ。
 オレが最前線に立つなど、絶対に許容しないだろうと思っていた。
 そして、それは正しかった。

「普段の冷静なヴァルター陛下ならともかく、今の復讐に取り憑かれている陛下に言ってしまえば、もう後戻りはできません。……そして僕は、後戻りできない状況を作りたかった」

 王都にいる家族たちは、キアラ、それにアミラ様が守ってくれる。
 『憤怒』レベルの敵が襲ってきたら危ないかもしれないが、ちょっとやそっとの相手じゃ、相手にもならない魔術師たちだ。
 間違いなく、オレの家族たちを守り通してくれるに違いない。

「……たしかに、ヴァルター陛下のご命令となれば、致し方ない。お前を陸軍第六兵団の兵団長に任命することは、もう避けられん」

 フレイズは、苦虫をかみつぶしたような表情で、オレを見た。

「……でも、私はお前を死なせたくないんだ」

「――――」

「ラルが私より強いということはわかった。でも、それでも、私は……」

 フレイズが、悔しげな表情で唇を噛んだ。

 ……そうか。そうだよな。

 わかっていた反応ではある。
 予想していた反応ではある。
 でも、それでもオレはやらなきゃいけないんだ。

「大丈夫ですよ。僕は絶対に死にませんから」

 そう言って、父さんの腕に手を添えた。
 驚いた顔の父さんの目を見据えて、

「だから、父様も約束してください」

「……な、何をだ」

「必ず、生きて帰ると」

 オレがそう言うと、父さんは目を見開いた。
 しかし、すぐに両眼を閉じて、その言葉を紡いだ。

「約束する。私は必ず、生きて家族の元に帰ってくる」

「……必ずですよ?」

「ああ。貴族は約束を守る」

 そう言って、父さんは微笑んだ。
 見た人を安心させる笑みだった。

「そうだ。今日は久しぶりに、二人でどこかに食べに行かないか?」

「いいですね。久しぶりに高級ステーキが食べたいです」

「さりげなさの欠片もなく店を指定してきたな……」

 そんな他愛のない会話を繰り広げながら、オレたちは夜の王都へと足を向けた。

 これから戦争が起きるなんて信じられないくらい平和な光景が、目の前に広がっている。
 この光景を壊さないようにするためにも、オレたちが頑張らなければ、と強く思った。



 さて。
 エーデルワイスを殺すことはもちろんだが、大切な人たちを守る方法も考えなければならない。

 これ以上、オレの大切な人達が死ぬのは耐えられない。
 だから、オレが最前線に行っている間、キアラには家族の護衛をお願いした。
 最初はかなり難色を示していたキアラだったが、オレが頼み込むと渋々ながら了承してくれた。

「でもその代わり、ラルくんも私の言うことを一つ聞いてもらうからね」

「お、おう。なんか怖いな……」

 キアラは「ムフフ……」と黒い笑みを浮かべている。

 いったいどんなことをお願いされるのだろう。
 怖さ半分恐怖半分といったところだ。
 要するにすごく怖い。

「ところでキアラ。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なに? ラルくんの質問なら大抵のことなら答えてあげるよ?」

「この世界に、空間転移みたいな魔術っていうのは、存在するのか?」

 それは、今まで考えていたものの、到底実現できるものではないと考えていた可能性だった。
 もし瞬間移動のような魔術が存在するのなら、『テレパス』で助けを求められさえすれば、すぐに駆けつけることができる。
 ……なんだか完全に人間離れした荒業をやってのけようとしているが、そんなこと気にしていられない。

 しかし、キアラの返答はオレの予想とは異なるものだった。

「空間転移系の魔術は、今のところは存在しないね」

「そう、か……」

 ないのか。
 それはつまり、『テレパス』からオレを呼びつけるというアプローチは実現できないということだ。

「でも、ラルくんは似たような能力を持ってたと思うよ?」

「えっ?」

「自分の能力を見てみなよ」

 言われるがまま、オレは自分に『能力解析』を使った。
 すべてに目を通すのがめんどくさくなってくるほどの量の能力が、オレの目に映る。
 ……というか、なんだか前見た時よりも色々と増えているような気がするのは、オレの気のせいなのだろうか。

「見たけど……この中のどれが似たような能力なのか全くわからないんだが」

「――『強制移動』ってやつだよ」

 あった。
 たしかにキアラの言った通り、『強制移動』という能力がある。
 ……そういえば、昔キアラにオレの能力の説明をしてもらった時に教えてもらっていたような気がする。

「忘れちゃってるみたいだからもう一回説明するけど……『強制移動』は、自分の身体を、自分の認識できる範囲に移動させることができる能力だよ。まあ要するに、範囲が狭い瞬間移動だね」

「ほう」

 そんなのが使えるのか。
 ……いや、使えるわけではないな。

「でも、オレはその能力を使える気が全くしないんだが」

「まだ能力が開放されてないんだよ。ラルくんは私から見ても呆れるほどたくさんの能力を持っているけど、実際に全ての能力が使えるわけではないみたいだね」

 たしかに。
 人間を殺さない限り条件を満たさない『リロード』。
 発動条件すらよくわからない『運命歪曲』や『強制移動』。
 そのほかにも、謎の能力が大量にある。

「何にせよ、その能力を改良するなりすれば瞬間移動に近いことはできるようになるかもしれない、ってことか」

「そうだね。でも、能力っていうのは基本的に改良できるものではないんだよね……。天才のラルくんならあるいは、とは思うけど」

「ふむ……」

 なら、ひとまずは瞬間移動を発動できる条件を探すところから始めるか。
 改良には時間がかかるかもしれないが、オレがその能力を持っているだけでも選択肢の幅が広がるわけだし。

 そう結論づけたオレは、当面の目標を『強制移動』の習得に決めたのだった。

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