寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第82話 アリスの秘密


 そうして、マリーとアリスの友人関係が始まった。

 きっかけこそとても人に言えるものではなかったが、マリーとアリスはどちらも大国の王族と皇族だ。
 身分的な問題はなく、周囲にいる人間たちからは概ね好意的な反応を示された。

 マリーがアリスと交流を始めて最も驚いたのはやはり、人目につかない場所での彼女の弟に対する態度だろう。
 もっとも、側にいるのがマリーだけの時は、アリスは割と簡単に本性を剥き出しにするのだが。

 アリスは弟のシャルルを溺愛していた。
 彼に対するアリスの態度は、まさにダダ甘の一言に尽きる。

「シャルルーー!!」

「ぶへっ! ちょ、やめてください姉上……」

 シャルルの儚い抵抗もむなしく、彼は姉の抱擁を全身で受けるのが日課となっていた。
 シャルルのほうも本気で嫌がっているわけではなさそうなので、マリーが口出しすることもない。

 アリスが圧倒的な才能を発揮しているのとは対照的に、シャルルの学力や魔術方面の才能は、平均よりやや上という程度だ。
 だが、シェフィールド皇族特有の整った顔立ちに、親しみやすい性格もあってか、アリスよりも親しくしている人間は多かった。

 一方で、マリーとアリスは、学院の中でも一緒に行動することが多くなっていった。
 学院にいる間はもちろん、寮に戻った後でもマリーがアリスの部屋にいることは珍しいことではなく、雑談をしたり勉強を教えてもらっていたりした。



 そんな平穏な日常が続いていた、ある日のこと。

 いつものようにマリーがアリスの部屋に赴くと、アリスが机の上に置いてある紙とにらめっこしていた。
 どうやら、今日出た課題を片付けているらしい。
 マリーはそういったものは提出期限ギリギリまで粘るタイプだったので、アリスの姿勢には少し尊敬するところがあった。

「あ、マリー。もうちょっとで終わるから適当に座っといて」

「はい。わかりました」

 滑らかに筆を走らせるアリスを尻目に、マリーはその辺にあった椅子に腰掛ける。
 真剣な表情で机に向かうその姿は、女であるマリーから見ても「絵になる」と思わせるだけの魅力があった。

「ん?」

 マリーの足元に、見慣れないノートが落ちている。
 拾い上げて中を見ると、見慣れた筆跡が目に飛び込んできた。

 その筆跡は、間違いなくアリスのものだ。
 しかしその内容は、マリーの想像からは大きく外れていた。



 ……それは、物語だった。



「……あっ!」

 マリーがそれを読んでいると、突然手元にあったノートが消えた。
 顔を上げると、少し頬を赤らめたアリスが、両手でそのノートを持っていた。
 課題は終わったらしい。

「…………み、見た?」

 マリーがコクコクと頷くと、アリスは顔を真っ赤にした。
 ノートを両手に抱いたままベッドに転がり込み、そのまま「う〜」とうなり声を上げながらゴロゴロと転がっている。
 そんな姿が、なんだか無性に可愛らしかった。

「やっぱりそれ、アリスが書いたんですね」

「……そうだよ。私が書いたの」

 ようやく転がりを止めたアリスが、口を尖らせながらマリーのほうを恨めしそうに見る。

「正直に言って、意外でしたよ。アリスにそんな趣味があったなんて」

「似合わないのはわかってるよ。でも、好きなんだからしょうがないじゃん。というか、マリーこそ人の部屋にあるもの勝手に覗かないでよ!」

「ごめんなさい。でも、面白かったですよ?」

 ぶーぶーと文句を垂れるアリスに軽く謝罪して、しかしマリーは小説の感想をしっかりと述べる。

「特に、主人公のキアラが前世の記憶や知識を活かして、周りの人を助けるというのが新鮮で面白かったです。あとその前世が、こことは違う世界だというところも……アリス?」

 マリーがそこまで言うと、アリスは突然黙り込んだ。
 その急激な変化に、マリーも少し戸惑う。

「どうしたんですかアリス? 気分でも悪いんですか?」

「違う……そうじゃないの」

 そう言ってかぶりを振るアリスの目を、マリーは見据える。
 その瞳には、迷いの色が浮かんでいるように見えた。

「マリーは……私の言うこと、信じてくれる?」

 その問いは、いったいどういう心境から出た言葉だったのだろうか。
 マリーにそれがわかるはずもなかったが、彼女は答える。

「……ええ。信じます。それで、どうしたんですか?」

 いったい何が飛び出してくるのか。
 いや、何が飛び出してきたとしても落ち着いて対応しなければならない。

 そんな強い決意を持って挑んだマリーだったが、アリスの口から出てきたのは、まさにマリーが予想だにしていなかったものだった。



「実は私……転生者なの」



「…………はい?」

 何を言われたのか、瞬時にはわからなかった。
 しかしその言葉を飲み込むにつれて、アリスの言わんとしていることを脳が理解し始めた。

 そうして、アリスは語った。

 自分には朧げながら、前世の記憶があること。
 前世で、大切な想い人を置いたまま死んでしまったこと。
 そしてマリーが読んだ小説は、前世のアリスが書いたものであることを。

「どうしても、もう一度会いたい人がいるの。きっと私は、彼に会うためにもう一度生まれたんだと思う」

 「それはさすがに夢見すぎなのでは?」と言いかけたマリーだったが、すんでのところで堪えた。
 アリスはマリーの友達だ。
 あまりひどいことを言うのは気が引ける。

 前世の記憶を持っているというのは驚いたが、アリスはアリスだ。
 それで彼女の何かが変わるわけでもない。

 ……なにより、そんな大事な秘密を、自分に話してもらえたことがマリーは嬉しかった。

「いつか会えるといいですね。その人と」

「……うん!」

 マリーのそんな言葉に、アリスが笑顔で頷く。
 その顔は、マリーが今まで見たアリスのどんな表情よりも美しく見えた。



 この日、マリーとアリスは、名実共に親友と呼べる間柄になったのだ。
 少なくとも、マリーはそう思っていた。





 ――だが、そんな平穏な日々は、ある日突然終わりを告げることになる。



「寵愛の精霊術師」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く