紅葉のいろは忍ぶれど

きー子

 放たれた犬は実際のところ優秀であった。しのぶの残した血のにおいを辿り、見事に彼女らの姿を見つけ出したものである。犬を率いる下部しもべにとっては絶好の機会だが、悩ましいことでもあった。常道ならば連絡に走るべきだが、下手をうっては逃しかねない。現に犬どもの気配はすでに察知されているふしがあった。ゆえに、「今ここで────」という下心はやむをえなかった。彼女らはまず女であり、一方はちいさな子どもで、おまけにもう一方は手負いであったからだった。捕えるのはわけないことのように思われた。

 彼らの運命はそこで決まった。「全く無粋であることよ」「なにがでございましょう」「朝の共寝をしておったというのにのう」「おたわむれを」交わされる言葉の合間、ついでのごとく葛野川かどのがわの流れに叩きこまれたのであった。そこで追跡は途絶えてしまうわけだが、それもまたなけなしの成果には違いない。葛野川流域に彼女らがいたという痕跡は間違いなく残るからだった。そして犬も全く同じようにした。撒こうと思えばひどく難儀するものだから致し方のないことである。人よりよほど厄介であったのが彼らの不運といえよう。

「傷はいくらか良うなったかの」目ざとい鬼の視線。「先立っては己の御身を気遣われませ」「しのぶの無事が妾のそれにも通ずる」少女が痕を晒すも控えめにするのを尻目に、傷口を洗ってやりながらもみじがいったものである。「であろ?」少女は口をつぐんだ。無言はほとんど答えにも等しいものであった。度し難いと少女は吐息。けれどもそのような気遣いとは久しく無縁であったものだから、「悪い気はいたしませぬ────」というのが正直なところだ。

「なれば、ちぃとは任しや」幼気いたいけな唇が悪戯に弧を描く。さらしめいて布地をきつく巻きつけるちいさな指先。「……いささか、苦しゅうございます」「折々血の巡るようかえねばならぬな」いずれにしても療養は急務なのであった。頷き、そして足早に葛野川を発つ。捜索の手が長く戻らぬとなれば、不審に思われるのも時間の問題である。出来るものであれば西市へと出向きたかったが、人の目に晒されるのはうまくない。西市は今や公営のものでないために盗品や出処の怪しい品々が流通する市場であり、荒事に巻きこまれることも珍しくないような場所なのであった。ゆえにふたりは西市を避けるよう小路に入り、川辺も離れて緩やかに北上するかっこうとなる。

 日中はもみじが黒い打掛を着ることとなった。なんにしても目立つべきでないのは彼女なのである。「して────暫しは身を潜める算段であるかのう」もみじの言葉は昨夜の思いを散らして前を向いていた。全くしのぶの僥倖であった。「元よりはそのつもりであったのであろ」「まさしく。なれど本格的な捜索中にございます」つまり前提の変化である。ふたりして並んで歩む中、少女が瞳をすがめていう。「先見をこえる難儀を強いましょう」「ふぅむ」端的にいって状況は悪いが、鬼の顔には悲観というものがない。「想定外、ではなさそうじゃの」「むろんのこと」「頼りにさせてもらおうぞ」頷く。少女は予断を許さない。常に最悪というものを考える。そうでなければ生きてこれなかった。

「先んじては北面、一条大路に参ります」「危険ではあるまいかの」鬼が思わしげに瞳を細める。「大内裏付近は警護がきびしかろ────なにより先は山よ」「洛外にはいでませぬ」しのぶがもみじの歩調に合わせて足を緩める。はてと朱い双眸が少女を見すえる。「あえて北辺で姿を見せ、守りの堅い羅城門を手薄にするのが狙いなれば」「陽動、というわけであるな」鬼の得心。しのぶが首肯して続ける。「加茂川を下れればなにより幸いなれど、船は博打が過ぎましょう」仮に見つかれば諸共に沈められる危険があった。下流を固められる可能性もある。いずれも愉快なものではない。

「この手もまた賭けでは御座いますが」「おぬしの業前よ。追手のものなれば容易かろう?」「これまで通りであるなれば」敵手が手ぬるい追跡を続けてくれる保証はどこにもない。鬼が察していう。「四天王、といっておったか」言葉通りなれば、あれに並ぶものがあと三人もいるのだという。もみじの呟きはどこか物思わしげであった────もし、我が身こそなければ。「否」なれど少女は静かに首を振る。「必ずや。御身のために」

 言葉を受けて鬼がうつむく。かぶるように羽織った黒い打掛の内、どことはなしに落ち着きなく指先を突き合わせる。「……て、照れるのう」しのぶがずっこけかけた。

 ひとえに転げなかったのは、周囲に追手の存在を感覚したからであった。足を速めるとゆるやかに遠ざかる。気づいている様子ではないが、いずれにしても良いことではなかった。「しぼられつつあるやも知れませぬ」「あたりをつけられている、といったところかの」もみじは千々に裂いた裾をたくし上げて小走りに追いすがる。息をせわしくするきざしはまるでない。幼く見えてもさすがは山に生きる鬼であるといえた。「さようにございます。包囲するように手のものを散らし範囲を狭めているのでありましょう」内心しのぶは舌を巻く。特にすぐれた手法ではないが打つ手が早い。先夜の敵手を回想するが、あれは若い女であった。罪人あがりが多い下部の統括はもっぱら男がやる。別の線が濃厚であろう。

「とあらば、急がねばなるまいな」「はい。出来れば疾く、最悪でも移動し続けることが肝要にございます」「だがしのぶよ。よもや止まらぬわけにはいくまい」人であるかぎり────少なくともおぬしは、と鬼の軽口。まだまだ余裕といわんばかりであった。「範囲を押し広げることです。そのためには突破もやむを得ませぬ」「ちぃとばかし静かにしてくれればよいのじゃが」もみじが嘆息する。むろん、期待はしていない。「黙らせればよいのです」少女はいいながら小路を足早に北上する。

 七条大路との交差点に差しかかり、あからさまな下部三人組の姿を眼にして止まりもしない。声を荒らげた男は少女へと掴みかかるも、まるで流れるように襟首を掴まれ地へと引きずり倒され昏倒する。もみじのちいさな頭を隠す打掛をはぎ取らんとした男はなお悲惨であった。手首をひねり上げられ、脚を刈られて頭から叩きつけられ、挙句に首を踏みつけにされる。やけになって槍を振りかざした最後のひとりは、交差の刹那のうちに得物を奪われて脳天を一撃された。ぐったりと倒れ伏す。「────つまるところ、このように」「見習いたいものじゃな」負傷をまるで思わせない動き。もみじは感心したもので、しきりに掌を打つのであった。

「して、おぬしは長物も使うのか」「一通りは」しのぶがいったそばから槍を投げ捨てる。もみじは呆気にとられたものである。「刀をもっともよくしますが。なにぶん持ち運びが難儀でございます」「なるほどのう」納得する。少女にとって隠し持つことのできない武器はまさに"無用の長物"なのだ。刀を帯びる旅芸の遊女などあるはずがない。あまりにも目立ちすぎる。「それも母君の教えであろうかの」「────はい」応じる少女の面差しにわずかな懐古のおもむきがあった。瞬く間に霞むような淡さ。

「浄土にてなお母君はおぬしを守っておるのじゃな」歩みながらのふとした呟きに、しのぶがはたと振り返る。眼を丸くしていた。「ど、どうかしたかえ」「……いえ」ゆっくりと瞳が細められていく。そんなふうには、考えたこともなかった。生きのびるために教えこまれた技に過ぎない、そう思いこんでいたからだった。不意に想起されるのは幼いころの記憶────少女の中で息衝く母の欠片、その残滓。

 少女の母は抜け忍であった。名は、おしの。齢若くして雑賀の里でも随一と認められた忍であって、あらゆる単独任務からもまるで当たり前のように帰還したものである。その実力はさることながら物の道理をよくよくわきまえた人格者でもあって、人の均衡をとることによく長けた。その手腕は女の身でありながらに次代の里長は間違いないと噂されるほどであった。

 そしてある日、ぱったりと消息を絶った。任を果たしたというふみが届けられた矢先のことであった。任地がいずこであったか、この時にはまだ産まれてもいない少女には知るよしもない。里の者たちはにわかに浮足立ったが、一月を過ぎてもおしのは帰らなかった。誰の眼にも彼女の失踪は明らかであった。いかな傑物といえど不朽に永らえるわけはない。彼らの生業を鑑みればなおさらのことだった。里の者は"諸行無常"の教えをよくよく刻みこみ、各々の日々へ戻っていったものである。

 だが、おしのは生きていた。十月とつきもの時が経ち、里にはすでにおしのの墓があった。しかし彼女は生きて里へ戻ってきたのだ。その腹は着物をゆるやかに押し上げて膨らんでいた。身ごもっていたのだった。

 いかなるわけがあっても命に反して幾月も里を離れる罪は重い。掟破りは一族の結束をほころばせることを意味した。その代償は死をもってあがなわれるのが常である。実際、里の者はおしなべておしのの死をうたがわなかった。おしのは当時の────すなわち先代の里長と密やかに会談を交わした。この時、いかなるやりとりが行われたかは定かではない。先代の里長はその秘密を抱えたまま墓の下へといってしまった。おしのもまた同様であった。唯一の違いは彼女の遺骨は墓の下にないということだけだ。彼女は娘にさえそれを口にしなかった。あるいは、それを伝えれば娘を危ぶめると考えたのかもしれなかった。

 いずれにしても、おしのは特赦をほどこされた。それが揺るぎない事実であった。でなければ今、少女が生きているわけはない。彼女は無事に子を産み落とした。父のない娘であった。ただし名を与えることは許されなかった。そしてそれ以後、おしのもまた名を呼ばれることはなくなった。誰かがその名を認めることは、ただひとりの娘を置いてほかなかった。おしのはその娘が幼いころから、徹底して生きる術をあたえた。それはまるで自分がいついなくなっても構わないように準備をしているようであった。手厳しくも優しい教えをまるごと飲みこみ、娘は果たして少女へと成長した。

 少女から見た母はいつもどこか寂しげにしていた。寄り添うものがないためではない。少女に名を与えられぬがゆえであった。「母上はどうしてわたしを産んだのでございましょう」少女の率直な問いにも母は物怖じしなかった。母はよく語った。まるで娘の名を呼べぬ代償とするかのようでさえあった。「譲れぬことが、あったからだよ」「ゆずれぬ────こと」「そう。大切なものだよ」繰り返して唱えるような母の声。「生きていれば、必ずできるもの。人のえにしだ」大切なもののために娘を巻きこんだ。それを自覚した上での言葉だった。すまなそうな面差しでも、謝りはしなかった。母は許しを欲さなかった。「わたし、にも?」「そうよ」少女が首をかしげる。母がうなずく。「だから、先んずるは生きること。おまえは、生きるのだよ」そういって少女の頭を撫でた母の手。その熱の記憶はすでに朧げだった。微笑む母の顔は少女によく似ていた。否、少女が母によく似たのであった。

 そして七年前、母は死んだ。彼女は任地で病に倒れたという。やはり任地は定かではない。たとえ血縁のつながりといえども、その任務を知る道理はないからだった。やがて少女は"雑賀の"と呼ばれるようになった。おしのの生き写しであるとも囁かれるようになった。そしてあらゆる死地をくぐり抜けてなお、少女はいまだ苦境にある。────私はいま、ここにいる。

 ふと、鬼の気遣わしげな声が聞こえた。「しのぶ。傷がこたえるならば小休止と参ろうではないか」脚は止めていなかったが、むずかしい顔をしていたのかもしれない。もみじの眉がほのかに垂れ下がっていた。「もみじ殿がおつかれであるならば」しのぶは静かに首を振る。傷の痛みではない。ただの感傷であった。「しからば、妾を背負っても構わぬというのじゃな」「全くもって構いませぬ」やれといわれれば応じるのが少女の性であった。「じょ、冗談であるよ……!」「疲労が押すならば、いつにても」手負いの護衛に無理を強いるほど、もみじは悪趣を好まない。であるからして、瞳を伏せて真剣に考えこんだふうで、こういったものである。「抱っこならばよいぞ?」「余計に疲れましょう」少女が、すこしだけ笑った。


 大内裏だいだいり左衛門府さえもんふ検非違使庁けびいしちょう事務室。そこには畳に座したまま天井をぼうと見上げる一人の男があった。「気が、乗らぬな────」一目見て若々しい男であったが、かすかに艶をおびた総白髪だけは別であった。銀髪といってよかった。齢すでに四〇を数えるその男────サカガミ・ギンジはそばに仕える男に言付けて走らせる。ギンジは衛門府の役人でもあり、また下部を統括する検非違使庁の官人でもあった。ギンジは殿上人てんじょうびとから数寄者ともっぱら物笑いの種になる成り上がりものであったが、管理者としての手腕には定評があった。成り上がりであるがゆえに彼は下部の現場を知るものでもあって、きわめて正確かつ迅速な指揮をとることを得手としたものであった。

 今もまた彼は罪人を追い立てるべく矢のように下部への指示を送り続けていた。こたびの案件は彼にとって直接のお上であるゲンジ・ライコウのお達しでもある。やらないわけはなく、むしろ進んで取り組むべき事案であった。なんなら今すぐ現場へ飛び出していったとしてもおかしくはない。にも関わらず、「────いっそ、投げちまおうか」このような有様なのである。

 敵手は東寺、羅城門と矢継ぎ早に火の手をかけながら襲撃を実行。洛外へと逃げのびるべく羅城門を抜ける途上、偶然に鉢合わせたワタナベ・イトがこれを防衛して死守。しかるのち敵手は子どもをひとり連れて逃亡、都内へと潜伏する。子の素性は全く不明。すなわちこれを迅速に捕えることが検非違使としての責務であり、彼が個人的に命じられたことでもあった。どこをどう聞いても極悪人そのものといってよかったが、引っかかることが多すぎた。それがあまりにも彼にとってきな臭いのであった。いっそどこにでも逃げてもらったほうがよかった、とさえ考えている。イトと互角以上に渡り合ったというのだからなおさらだった。

 だから次の瞬間、勢い良く襖を開かれる音がしても、ギンジにとっては面倒の種が増える程度のことに過ぎなかった。というよりも、それは面倒の種そのものが向こうから降ってきたといえるものであった。

「サカガミ・ギンジ殿!」その年若い女の姿は、当たり前ならば内裏に上ることさえ許されてはいないだろう。ワタナベ・イトがそこにあった。ギンジは億劫そうに瞳を細めると、別段反応を示すこともなく再び机上へと向かった。「このようなところで何をしているのですか」「仕事だ」イトがつかつかと歩み寄ってくるも、おまえはなにを言っているんだとばかりに淡々としたものである。「このような場所から、まともに指揮を取れようものか?」「全く問題はなかろう。状況は把握している」「まことでしょうな」イトがいぶかしむように瞳をすがめる。

「先夜から葛野川かどのがわ流域に進路を取ったと確認、包囲するよう追手を展開。北上すると見て遷移とともに包囲を狭めるも突破されるため状況はかんばしからず。内裏に進路を取ることが危惧されるため六衛府へと要請を行うべきか吟味の最中だ」口にしながらもギンジの考えは別にあった。大内裏への接近は陽動にすぎないだろうとギンジは読み切る。しかし内裏が皇の居するところである以上、露骨にそれを無視するのもうまくない。つまるところ、都合の良い口実を得たので別省庁に丸投げするのも不可能ではないのだった。それはほとんど敵手と示し合わせる猿芝居に等しいものであったが、イトにそこまでを読み切る頭脳の冴えはなかった。「……違えないのですね」「確認は面倒だ。なにせ相手もさるものよ」おかげで選択に幅が生まれるのだ。敵手の有能に感謝したいものである。

「同じく四天に名を連ねるものとして問いたい────次の手、読みきれますか」ギンジが緩慢に視線をもたげる。そして首を振ると、机上の地図を手に取った。筆の先で示す。「連峰からの都落ちとは考えにくい。子連れというだろう。危険が大きすぎる」北方の山脈地帯から筆の先をすべらせるようにして南下。「狙いはつかめないが、潜伏先はこの近辺が妥当であろうよ」一条大路を指す。それは内裏の裏手を東西につらぬく大路であった。さらにギンジの瞳が細められる。「おそらくは右京であろうが、京極は避けたいはずだ」西京極を指したそれは、ゆっくりと東へ。イトはそれに見入るように目をみはっている。「一条戻り橋」右京と左京が堀川によってへだてられる境目。その一点へと集約する。「ライコウ四天王が一、サカガミ・ギンジの読みよ」深くため息を漏らす。

「外れども知ったことではないが」その読みに偽りはない。ギンジは目の前の女を見ている。向上心が強く、功名心に長ける。伸びしろもある。実力もすでにして高い。聞いた話では不肖の兄をよく使ったものであるという。ライコウ四天王に名を連ねるのもなんら不思議なことではない。「────感謝します。ギンジ殿」だがいかんせん若い。静かに頭をさげるその姿はひどく素直で、そして必要以上に直截だ。「不躾をすみませぬ。いずれ茶でも馳走したいものです」「構わぬよ。しょせんは木端役人に過ぎぬ身だ」応じるギンジは雑な言葉と皮肉げな気配が板についていた。なにもかもがまるで正反対な二者なのであった。

 礼をして辞する後ろ姿から視線を切り、ギンジは思索する。決めかねていることであった。六衛府の警邏は実際厳重であり、これを突破して内裏へと侵入することはほとんど不可能である。だが、彼らに委任してしまえば後は検非違使庁の出る幕はない。敵手の狙いは内裏にあり、と判断したことに通ずるからだった。それでは無能のそしりを免れえないだろう。

 そもそも実際の目的が内裏にあるわけはなく、おそらくは洛外への脱出といったところが妥当。陽動にかけたと判断した時点ですぐに本命へと急行するはずだ。最悪手は状況の停滞であり、敵手が動くのは望ましいことでもある。しかし脱出口はまずもって絞りきれぬがゆえに兵力の集中も難しく、現場の混乱は必定。その時々の判断ばかりでは阻止するべくもない。必ずや指揮が必要だ。

 ギンジの悩みはつまるところ、状況を動かすために陽動には引っかかってやりたいところだが主導権を手放したくはないということであった。しかし動くのが検非違使の下部ばかりでは引っかかったとは考えるまい。増援が入用であった。「気にいらねぇが」ゲンジ・ライコウの有する武士団は地方の守にあたるところが大きい。公の別働隊を求めるには、よそに最善があった。過去の因縁からかライコウの側にある殿上人。よくない噂は数限りないが、皇の信を篤くする男。今回の事案は彼が主としてライコウに持ちこんだ厄介事であるとも耳にしているが、だからこそ使ってやろうというのであった。男────フジワラ・ナリマサへの手簡をしたため、従者に持たせ走らせる。

「────大将の考えもわからねぇが」ひとりごちる。兵部の長にして大将軍の位にある老翁。年老いてなおも皇へ全幅を捧げる忠臣でもあった。それがなぜナリマサなどと共にあるか。あれは佞臣ねいしんである。ギンジはかねてからそう確信していたものである。

 何はともあれ、少なくともギンジの失点は避けた。ナリマサの件は向こうの都合であることを含めれば差し引き無しだ。ライコウの意をそこねることはあるまい。「ま、従いていくのみよな」彼もまたライコウの忠実なる臣なのであった。先代から────またその先代から、ずっと。

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