のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第53話;~ぶらり道中視察旅~その④

 クロウ、ウォーレス、メルクーリオの三人がギルドから戻ってきたとき、宿屋の食堂は未だ宴会のような雰囲気で満ちていた。いや、正確に言うならば満ちていたのは強いお酒の匂い。
 クラウスら生徒会メンバーは匂いだけで酔ってしまったのか、食堂の端っこでシリルと一緒になって薄っすらと顔を赤く染めてテーブルに突っ伏していた。
 その一方で、フィヤは次々と飲み比べを挑まれては酔死体を量産し、セントは一人でちまちまと摘まみを食べつつ、その様子を眺めてお酒を飲んでいた。

「はぁ~・・・やっぱこうなってたか」と頭を押さえて大きく溜息をつくウォーレス。
 それに続いて「これはまた・・・今日は色々と驚かされますね」とメルクーリオが呟く。
 クロウはやれやれといった感じで中道の方に歩いていき、しばらくして水の入ったコップを数杯運んできた。水の入ったコップをシリルたちに渡したのち、そこらに転がっている酔死体をまるで水揚げされた魚のように並べて、その口に半透明な液体を水差しで流し込んでいく。

 それを流し込まれた酔死体たちは、「グハァッ!?」やら「ギャアァア!?」やら「スッペェッ!?」などと絶叫に近い悲鳴を上げて飛び起きる。
 酔いもすっかり冷めたようで、きょろきょろと辺りを見渡す男たちは、ニッコリとしながら次の犠牲者を作ろうとしているクロウを見つけて慌てて止めに行く。
 一人がクロウの前に立ちはだかってその歩みを止めようとするも、気付ば通り抜けられており、犠牲者が一人増加する。それを見た犠牲者たちがさらに壁を作ってクロウを止めようとするも、あっけなく通り抜けられてしまう。残念なことに酔いは冷めても、アルコールはまだ残っているようだ。


 そんな惨劇の傍らで若干顔を引きつらせつつもゆっくりと水に口を付けたクラウスら生徒会メンバーとシリルは、自分たちもあのような目に合うのかと思っていたのだが、水を口に含んだ瞬間、爽やかな柑橘系の果物の香りが口から鼻へと抜け、薄く雲がかかっていた意識をハッキリとさせる。

「みんな早く上に行った方がいいんじゃない?ここにいたらまた酔っちゃうよ」
 水を飲んだ面々の瞳に光が戻ったのを確認してからそういうクロウに、シリルを含めた八人は若干ふらつきながら自分の宿泊する部屋に帰っていった。シルビアとメルクーリの二人が付いて行ったから心配無用だろう。
 計十人の大所帯が出て行ったが、酒場と化した食堂はまだまだ変わらぬ賑わいを見せるのだった。



 それからしばらくの間クロウはウォーレスやセントと一緒になってフィヤによって作られた惨状を眺めたり、宿の女将さんと一緒に自作の気付け薬を飲ませ回ったりと楽しく過ごしていたが、やがてお開きとなってしまったので、クロウはゆったりとお風呂に入ろうと思い、そうそうに食堂を出た。


 一旦自室に戻って、馬車にいる間に出しておいた鞄から着換えなどを引っ張り出すと、クロウは意気揚々と浴場へ向かう。街の中では一二を争うほど評判の良い宿だからか、その浴場の広さも造りもかなりのものだ。
 浴場自体が一つの芸術作品の域に達しているというのだろうか、浴場に足を踏み入れた瞬間に思わず息をのんでしまうほどに美しいものだった。
 その後ひとしきり浴場を見渡して満足したクロウは、むふー!とテンション高めに息を吐いてジン達を召喚する。女将さんの許可はもちろん取ってある。ジン達を浴場に入れる代わりに魔法で綺麗にすると言ったら快く許可してくれたのだ。

 呼びだされたジン達が固まっている間にちゃんとした動物用のシャンプーを使ってワシャワシャと揉み洗いをする。ローベルの街では手に入らなかった動物用シャンプーがアルカディアで手に入れることができ、それを使い始めてからジン達の毛並みの見た目と手触りが日に日に良くなっていくのだ。

 今日も今日とてそのシャンプーを使って洗っているわけだが、クロウのテンションが異様に高いため、泡でできた雪だるまが五つ並んでいるという奇妙な光景になっている。いや、イザナミが耐えかねて水をばら撒いたから、今は四つの半壊した泡だるまと一匹の黒猫になってしまった。
 泡による拘束から逃れたイザナミは我先にとプールのような広さの湯船飛び込む。大きな波紋を作り、それに乗ってプカプカと浮き沈みしているイザナミに笑みをこぼしつつ、残りの四匹の泡も落として自身も湯船に浸かる。
 暑すぎず、それでいてぬるま湯でもない丁度良い温度のお湯に静かに浮かんでいるイザナミやサクヤ、フレイヤ、ツクモに囲まれながらジンと一緒に大きく欠伸を漏らしていると、脱衣所の方から聞きなれた声が響いてきた。

 次第に脱衣所が騒がしくなっていき、ガラガラっと勢いよく扉が開かれた。
 声から予想をしていた通り、入ってきたのはカルをはじめとする生徒会、スクエアの男子組だ。
『アルコールを摂取したときにお風呂に入るのは~・・・』と云々かんぬん考えていると、早速ウォーレスがふらっと足を滑らせる。体が四五度ほど傾いたところでセントに腕を引っ張られ、床と激突することはなかったが、セントが腕を放すと同時に水揚げされたタコのようにぐにゃっと崩れ落ちる。


 その様子を笑いながら見ていたクロウは、再び持ち上げようとするセントに液体の入った瓶を投げ渡す。
 ニヤッと笑ってサムズアップすると、セントもこの液体が何なのか分かったようで、苦笑いをしながら蓋を開けてウォーレスの口に突っ込んだ。
 ゴクン!と喉を鳴らしてそれを飲み込んだウォーレスは、カッと目を見開いて数秒間喉を抑えながら床を転げまわると、泡まみれになりながらもプルプルと震えてクロウという文字を書くも、書き終わると同時に力尽きた。

 そんなウォーレスにお湯を水球にしてぶつけているイザナミを傍目に、他の面々は何食わぬ顔で湯船に浸かるのだった。









 その後、クロウがジンたちを引き連れて部屋に向かたのを皮切りに、他の面々も次々に風呂から上がって部屋へと戻っていった。
 そして、時刻は十一時を少し回った頃。ようやく宿屋は静かな夜に包まれた。



 魔法道具での明かりがあると言っても、この街のようなところでは深夜に起きているものは少ないようだ。
 数人の門番と街を徘徊する警察のような人たち。夜の営みを始める者たちとただただ風情を楽し者。
 この街の一割にも満たないその中に、夜の溶け込むような色合いの服を着て、茶褐色のコートを羽織った一人の少年がいた。

 門の前で見張りをしていた一人がその影に気付き、隣にいる者に知らせる。
 長い銀髪を揺らしながらゆったりとした歩みで向かってくるその影は、脇に大きな銀狼を従えていて、深夜に見るには少し不気味なものだった。
 初めに気付いた男も教えらえて気付いた男も、幽霊のようなその見た目に冷や汗を掻きつつ待ち構えてた。


 門番の二名がそんなことを考えているなぞ露知らず、クロウは久々の夜の散歩を楽しんでいた。
 どうしてか分からないがイザナミたちが今夜の散策を辞退したので、ジンと二人きりという懐かしい組み合わせになったことも相まってクロウの口数は何時にも増して多くなっており、今もジンと並んで宿から歩いてきている間ずっと話していたのだ。

 クロウが独り言のような大きさの声で喋っても、ジンは一言一句聞き漏らさずにちゃんと返事をしてくれる。
 傍から見れば無言でただ並んで歩いているだけなのだが、実際はかなり会話が進んでいるという摩訶不思議(ジンは念話で会話をしているからあながち間違いではないが)な光景になってしまう。
 そしてそれは今この時も例外ではなかった。もし、クロウがカルやククルと話すようにしてジンと会話していたならば門番二人にも声が聞こえて少しは恐怖心が和らいだであろうに、残念ながら今のクロウは超省燃費モードなのだ。

 クロウがそんな風にほのぼの(?)と歩いていたら、若干震えている声で門番が話しかけてきた。話しかけてきたといっても「こんな時間に何をしているんだ」的な半尋問のようなものだったが。
 流石にクロウも話しかけられたら普通の声の大きさで返事をする。クロウが「お散歩です」というと、門番の二人は顔を見合わせて大きく溜息を吐いた。



 その後少しの間、門番の二人と話をしていたのだが・・・

「その年で特級冒険者か!見かけによらず腕が経つんだな!」
「いえいえ、ボクなんてまだまだですって。この子と他にいる子たちが優秀なだけで」
「ホントか~?そっちのワンコは首振ってるぞ?」
「ホントですってー」
「「棒読みになってるぞ」」
 と、軽く冗談を言い合うほど仲良くなっていた。
 門番の二人は、アーロンとエイデンというらしく、アーロンは全身鉄製の鎧を着こんで剣と盾を持ち、エイデンは両手両足に金属製の防具と軽いプレートメイルを付けた武道家のような見た目をしている。二人とも兜を被っているから顔を見ることが出来ないのが少し残念だが。

 その後、二人からこの周辺で採れる植物と出没する動物、魔物のことを教えてもらって、クロウは門を後にする。街の方へではなく、野生蔓延る自然の中へ。












 翌日、冒険者ギルドは数々の珍しい素材が持ち込まれたことでいくつもの嬉しい悲鳴が上がっていたり、生徒会メンバーがそろって街を見学して回っていたりと、今日のエレッタの街はいつもと少しだけ違う日常が広がっているのだった。

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