のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第50話:~ぶらり道中視察旅~その①

 講堂(建物丸々一つ)で行われた終業式の翌朝。
 カル、ククル、クロウの三人は少し大きい鞄を持って玄関前に立っていた。

 カルとククルは動きやすい服の中で見栄えの良いものをいくつか鞄に詰めているが、クロウの鞄に詰められているのは夏休み中の課題と、筆記用具、幾つもの紙束、そしてウィリアムのお使いメモだけだ。
 衣類やその他の必要な物は腕に付けているアイテムボックスに収納済みなのだ。

『旅行・・・暇つぶし・・・』
『クロウちゃんと旅行・・・ゴクリ』
『あゝ・・・まだ見ぬお宝食材・・・』
 三人がそれぞれ違う理由で旅行先に夢を抱いていると、三台の馬車とそれを先導する見知った四人組みの男女が、門を開けて入ってきた。


 その四人組は、屋敷の前で佇んでいる三人を見ると、「やっぱりか・・・」と空を見上げてため息を吐く者、ただただ無言を貫く者、表情を明るくして駆け寄って来る者、ニッコリと笑って御者台から手を振る者と、四人が四人それぞれ違った反応を示した。
 それに応えるようにカル、ククル、クロウの三人は、それぞれ驚いた顔のままお辞儀をしたり、両手を広げて駆け寄ってくる人に抱き着いたり、ニッコリと笑って「やっぱり皆さんでしたか」と呟いていた。


「お久しぶりです!シリルさん!おじいちゃんの言ってた護衛って皆さんのことだったんですね」
「うんうん。今日も元気だねーククルちゃん。そうなんすよー、昨日いきなり依頼が入ってね、おやっさんに聞いても「行けば分かる」しか言ってくれなかったすし。私たちもまさかまた君らの護衛をするなんて思わなかったっすよ」
 抱き着いてきたククルの頭を撫でながら、様々なギルドの混成パーティー【スクエア】の一人であるシリルは口を尖らせてそう嘯く。

 それに続くようにウォーレスが「俺はなんとなく嫌な予感してたぜ・・・」とため息交じりに呟くが、カルとククルのブーイングを受けて肩を竦めていた。






 その後、馬車から顔を出した生徒会メンバーに挨拶をすませ、三人は荷物を持って一つの馬車へと乗り込む。他の馬車には、男女別で乗り込んでいるらしい。どうしてこの三人だけ別の馬車なのかはわからないが、クロウが「出発してしばらくは大人しくしてるので安心してください」と言ったときのウォーレスの安堵したような顔より、どうやらクロウの抑止力としてカルとククルが同じ馬車に入れられたようだ。

 その後、しばらくわちゃわちゃしていると、屋敷の門を他の三台の馬車と比べると豪華な装飾が施されている馬車が身体つき良い馬に牽かれて悠然と入ってきた。
 御者台に座っているのは黒を基調としたメイド服に身を包んだ妙齢の女性。どことなく気品と言うか、洗練された雰囲気が感じられる。
 その女性は優雅に御者台から降りると、美しいとしか言い表せない動作で馬車のドアを開ける。
 開けられたドアから姿を現したのは、予想道理で予想外のシルビア先生だった。

「「「「「「「・・・・・っ!?」」」」」」」
 馬車の窓から様子をうかがっていた全員が、降りてきたシルビアを見て言葉を失う。

「やぁ!みんなおはよう!」といつも通りの挨拶をしてくるシルビアは、いつもの頼りない感じから一転して、責任感のある若者といった雰囲気を纏っていたのだ。とても、先日生徒会室に入ってきた瞬間にこけて頭を地面とくっつけていた人だとは思えない。



「おお!全員揃っとるな」
 シルビアが到着したのを見計らったようにウィリアムが屋敷から出てきて、馬車の扉を開けて仲良くおしゃべりしていた生徒会メンバーとその他クロウと【スクエア】にそう言いかけるが、シルビアの横に佇んでいるメイドに気が付き、「なぜお前がおるんじゃ・・・」とため息交じりに呟く。

「あら、私がいてはいけないのですかね?」
「いや、お前がおったらそこの冒険者たちが必要なくなるじゃろ?アンドリューやアリッサから経験を積ませてほしいと頼まれておるんじゃよ」
「経験って・・・ここには王子、王女とあんたの孫たち。それに一応私の主がいるのだけれど、そんなのに任せるつもりだったの!?」
「いざとなったらクロウに対処してもらえるからの。その辺は大丈夫じゃ」
「え・・・い、いや、あんたがそういうなら大丈夫なんだろうけど、子供なんでしょ?」
「なに、心強い召喚獣たちがおるからの。アンドリューでも苦戦するんじゃ、心配無用じゃよ」

 メイド服の女性は、ウィリアムの呟きを聞きとるとそそくさと近寄り、小声でそう言い合う。
 その様子を見たシルビアは、大変驚いたようだが何故か一人で納得したようでしきりに頷いていた。



「おっほん!」
 ウィリアムが注目を集めるように咳をする。メイド服の女性はもう既にシルビアの近くで佇んでいた。
 全員の目が自分に向いていることを確認すると、ウィリアムは一つ間をおいてから話し始める。

「朝早くから集まってくれたことに感謝する。今から君たちに向かってもらうのは、ここから一週間ほど馬車で移動したところにある[エレッタ]という宿場町のようなところだ。まぁ、本当の目的地はそこの近くにあるキャンプ場なのだが、そこに関してはクロウにメモを渡してあるから特に気にしなくても構わん。クロウ以外の者には[エレッタ]の街並みや特産物などを調べてきてもらいたいのじゃ」

 ウィリアムはそこまで一息に言うと、理解が追い付いているか、クロウ達を見回す。
 そこで、生徒会長であるクラウスが手を挙げた。

「学園長。もしかしてですけど、[エレッタ]に行くのって・・・」
「お主の思っておる通り、小・中等部が行く修学旅行の行先の下見・・・言うなれば視察じゃよ」

 クラウスの施行に重ねるようにウィリアムがそう言うと、クラウスは「やっぱりそうですよね・・・」とため息交じりに呟く。
 その様子にウィリアムは苦笑しつつ「今年の視察はそんなにすることがないから思いっ切り羽を伸ばしてこい」と言う。どうやらクラウス以外が知らない苦労が過去の視察であったらしい。

「とは言っても、視察は視察じゃ。あちらさんにあまり迷惑をかけないようにの。それでは【スクエア】よ、皆の護衛は任せたぞ。安全な旅路じゃと思うが気を抜きすぎんように。お主らはこの依頼で次の進級に届くのじゃろう?」
「うっ、それを言われると・・・」
「はっはっはっ!まぁ、気を張り詰めすぎんようにな。これからの旅路で危険なモノほとんどないじゃろうが、だらけ過ぎったら戻って来たときが怖いぞ?」

 悪い笑みを浮かべながら【スクエア】の四人にそう言うウィリアム。
 一方で【スクエア】の四人は、かなり渋い表情をしていた。


 ウィリアムはその様子を見て再び「はっはっはっ」と笑っていたのだが、ハッとした表情になって懐中時計を取り出すと、「おっと、儂はもう行かねばならんのでな。お主らも早々に出立することじゃ」と言い残してスレイプニル種のアリーヤにまたがって王城の方へ向かっていった。







 ウィリアムが去った後、少しの間無言が続いた
 が、ウォーレスが出発することを告げる。
 荷物も全て積んであるため、準備に手間取るなどと言うことはなく、出発は至ってスピーディーに進んだ。

 三台の馬車は連結されていて、先頭の一台だけ手綱で操れば後の二台が付いてくるという感じになっている。その馬車を操るのは、当然フィヤだ。
 街を出るまでは、フィヤ以外のメンバーも馬車に乗っていたのだが、待ち行く人に声を掛けられては激励の言葉を送られていた。

 クロウ、カル、ククルの三人はもう見慣れた光景だが、他の五人は驚いているだろうなぁと思い、互いに顔を見合わせて笑い合いながら馬車に揺られていた。


 ゆったりと進む馬車が一瞬だけ大きく揺れ、足に伝わってくる振動が少し変わった。
 窓に掛かっているカーテンを少し開けてみると、そこに見えるのは原っぱの中を真っすぐに通っている街道。どうやら先ほどの揺れは城門を超えた時に起こったもののようだ。

「うーん・・・しばらく何もなさそうだから、ボクはちょっとやりたいことあるし二人で何かしてて」
 カーテンを閉めてカルとククルにそう言ったクロウは、カバンを開いて幾つかある紙束の一つと鉛筆を取り出す。そして、それに何かの構図と思われるものを一心不乱に書き始めた。

「わかったよー・・・ってもう聞こえてないわね」
「みたいだな。俺らは俺らで課題でも終わらせようぜ」
「仕方ないわね・・・さっさと終わらせましょ」
 カルとククルは自分の世界に入っていったクロウを傍目に、そこそこの量がある課題の消化に取り掛かるのだった。









 そのまま何事もなく旅路は進み、そろそろ太陽が頭上に登ってくる頃になった。
 夏なだけあって日差しは強く、カーテンをしていても室温は上がっていく。ただし、イザナミのいるクロウ達の馬車の中は、イザナミの水魔法で快適な温度に保たれているのだ。そのためもあってかジン以外の召喚獣たちが馬車の中で寛いでいる。

 人前ではあまりくっつこうとしないツクモですら、暑さでダウンして今現在クロウの足に顎を乗せて苦しそうに胸を上下していた。
 イザナミはよっぽど心配なようで、ツクモの周りを重点的に冷却している。クロウも何かの図面の作成をやめて光属性魔法の[ヒーリングビート]を薄っすらと手のひらに発動させて、ツクモの身体を擦っていた。

「今クロウの使ってる魔法ってさ、[ヒール]みたいに怪我を直すわけでも、[リフレッシュ]みたいな綺麗にする便利魔法でもないのに、そうやってよく使ってるの見るけどさ、結局のところそれってどんな魔法なんだ?」
「あれ?カルにも使ってあげたことあったよね?」
「いや、よくわかなかったからよ。なんとなくあったけぇなぁとしか思わなかったし、正直言ってそん時の記憶が結構あいまいだし」
「まぁいいけど。[ヒーリングビート]を簡単に説明したら傷の治りを早くしたり、疲れを取りやすくする魔法だよ」
「治りを?そんなら[ヒール]すればいいんじゃねぇのか?あれなら怪我なんですぐになかったことになるんだしよ」
「そう、怪我をなかったことにするから[ヒール]を使わないんだよ」

 ビシッとカルへ指をさしてクロウはそう言うも、指をさされた本人は何のことかわかっていないようで首を傾げていた。その隣で話を聞いていたらしいククルは「なるほど・・・」と手を打ち合わせる。
 カルの様子に肩を落とす一方で、同じく光属性魔法が使えるククルの反応に期待を寄せつつ話を続ける。

「ボクが[ヒール]を多用しないのは、それが勿体ないからなんだ」
「もったいない?」

 そう聞き返すカルに頷きながら、ツクモを撫でている手とは反対の手で疲れが見え始めたイザナミにも[ヒーリングビート]を使う。

「カルはお父様の訓練をした次の日とかに身体中が痛んだことない?」
「あるな。というか、気絶しなかった日以外は毎回痛んでたな」
「気絶したらボクが[ヒーリングビート]掛けてたからね。まぁそれはいいんだ、重要なことじゃない。大事なのは、ボクが[ヒーリングビート]を使った時だけ筋肉痛・・・ああ、カルの言った痛みのことだけどね、それが無いってこと。筋肉痛は運動によって傷ついた筋肉が痛むこと。まぁ文字通りの意味なんだけど、筋肉痛は放っておいたら勝手に治るんだ。でも治るのは案外時間がかかるんだよ」
「それを早くしたってわけか?そんなら[ヒール]すればいいんじゃ?」
「ボクの話はまだ終わってないぞ~?大事なのはここから。筋肉は一度傷つくと超回復っていうものが怒るんだ。これも詳しく説明するのは面倒だから省くけど、傷つく前より治った後の方が筋肉が強くなってるっていう感じだと思って。で、流石にもうわかったでしょ?」
「ああ、そういうことだったのか。[ヒール]は怪我をなかったことにするから、その超回復?も無くなる。それに[ヒーリングビート]で怪我を治すのを速めるのと一緒に超回復も速くしてるのか・・・」

「そ、まぁボクが[ヒール]をあんまり使いたくないってのもあるけどね」
 カルの言葉に満足げに頷いた後にクロウの呟いた言葉は、馬車の外から鳴り響く雷の音でかき消され、誰の耳に届くこともなかった。

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