のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第46話:一学期中間試験①

 
 ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・と、午前中の授業を終える鐘の音が校舎に響き渡る。

 誰もいないのではないかと思うほど静まり返っていた校舎が、次第に賑やかになっていく。



「・・・さて、これで中間試験の座学だけだが、無事に終了した。一週間後には廊下にある掲示板に座学だけの順位が張り出される。得点によっては教室が移動になるかもしれんな」
 試験後の倦怠感に包まれた教室で教壇に立ったシルビアは、ハハハと乾いた笑い声を上げて教室内をぐるりと見渡す。そして、スッと顔から表情を消して口を開く。

「まぁ、試験前に一名この学園から去ることとなったが、それは奴の自己責任だ。貴族の端くれならば節度を守ってほしかったのだがな・・・まぁ、居ない者のことをとやかく言っても意味がないだろうが、貴様らも責任を負うのは自分だということを肝に銘じておけ」
 それだけ言い終わると、再び表情を戻して空気を戻すように大きく手を打ち鳴らすと、

「さ、無駄話は終わりだ。さっさと昼食済ませて運動着に着替えて第一闘技場に集合しろ。この後の計測は、ここ一組と二組の合同で・・・ってそこの奴落ち着け、というか座れ。・・・はぁ~、まぁいいか。俺は先に行ってるからお前らも早くしろよ」
 と、二組と合同と言った瞬間に拳を振り上げたとある女子生徒に呆れた眼差しを向けながら、シルビアはそう言い残して教室を後にする。


 シルビアが出て行った後、超特急で教材やその他もろもろを片付けたとある女子生徒は、となりで大きくため息を吐いて頭を押さえている双子の片割れをほっぽり出して、二組へと突撃していき、銀髪の生徒をかっさらうと、そのまま食堂へと消えていくのだった。








 ドナドナされた銀髪の生徒ーー言わずもがな、クロウ本人ーーは、カルの席を確保しながら横でニマニマしているククルの口へビュッフェ式の昼食を放り込みつつ、自らも食べ進めていた。

 カルがやってくるまで何度か「ご一緒してもいいですか!?」と妙にテンションの高い女子生徒がやってきたが、そこは丁寧に断りをいれておく。何度も断っていると、少しだけ申し訳ない気もしてきたが、若干人見知り気味のクロウは他人よりもカルの方が優先なのだ。


 その後、少ししてカルがククルの荷物も持って食堂に入ってきた。
 荷物といっても運動着が入っているだけの袋なのでそれ程大きくはないため、入った当初はあまり目立ってはいなかったのだが、クロウとククルが座っている席に近づいていくにつれて何故か視線が集まっていった。
 そのままクロウの隣に腰を下ろした時には、横にいるクロウにまで伝わってくるほどの殺気に代わっていたのだが、それに気付いたクロウが周りをムムムッと睨むと、さっきまでの視線が嘘のようにほんわかとしたものになった。


「・・・な、なんだったんだ?今の」
「ボクに聞かれても困るんだけど・・・んー、まいっか。カルも早く取ってきたら?これとか結構おいしいよ?」
「マジで?んじゃ、それと他の色々取ってくるわ」
「あ、じゃあこれも持ってきて!」
「・・・りょーかい」

 料理を取ってくるために腰を上げたカルに、フライドポテトをフォークでつつきながらククルは拒否権のないお願いをする。
 さすがのカルでも周りからの『断んじゃねぇぞ?』的な視線には勝てなかったようだ。ため息交じりに歩いて行った。


 その後、カルが持ってきたポテトの皿を三人でつつきつつ、この後にある試験とは名ばかりの計測について話をする。

 話と言っても「何するんだろ?」「どうせ体力測定とかだろ」「魔法を使う測定あるのかなぁ。あーでも、召喚魔法ってどう計測するんだろ」と、軽く愚痴のようなものをこぼす程度のものだったが、そんなことを言い合っているうちにカルの取ってきたポテトが底を尽きてしまう。

「あー・・・無くなっちまったか」
「もうちょっと欲しかったね〜」
「ボクはもう良いや。胸焼けしそうだよ」

 山盛りのフライドポテトを軽々と完食した二人は未だ物欲しそうな表情をし、それを見ながら少しつまんでいただけのクロウは先程から顔をしかめて、しきりに水を飲んでいる。
 いや、クロウだけでなく、三人の周りで睨み合って牽制し合っていた人たちも、口を押さえたり、リンゴジュースなどのサッパリした飲料をしきりに取りにいったりしている。


「え?そうか?俺はまだまだイケるけど」
「私も。やっぱりクロウちゃんって少食なの?」
「うーん・・・普通よりは少食だと思うけど。カルとククルは単に大食漢なんだと思う」
「あー・・・確かにククルは、なぁ〜」
「むー!良いもん!食べた分だけ動くもん!」

 プンプン!と手を振り回して怒ってますアピールをするククルだったが、クロウの向こう側に座っているカルはケラケラと笑うだけだった。

 そんないつもの双子の喧嘩に挟まれながら『ま、運動しなくても筋肉ばっかだからすぐに太ったりはしないんだろうけどね・・・』と、上を見上げてため息をつくクロウであった。



「って、カル、ククル!もうそろそろ着替えないと!」
「マジで?ちょっと早くね?」
「えー?もうそんな時間なのー?」
「十分前行動は基本!父様もそう言ったでしょ!さ、早く早く!」

 そんなこんなでぼーっとしてした三人だったが、ふと食堂内にある時計に目を向けたクロウが急に覚醒して、未だぼんやりしている二人を急かして立ち上がる。
 何度か急かしても、グズグズしている二人に「早く行ったらその分だけここに置いてある武器使えるかも・・・」と呟くと、

 ガタタッ!

 と、僅かにタイムラグがあったけれとも、二人とも立ち上がって荷物を担ぎ、そのまま再びクロウをドナドナしつつ食堂を出るのだった。

 ちなみに、机に残された皿の数々は、外出専門の人達がワゴンに入れて運んで行ってくれるので、そのまま放置するのだ。




   




 食堂を出たのち、更衣室に向かったところ、クロウが男子更衣室に入る事で少しゴタゴタがあったが、いつもの事なのでそれは省略する。


「おー・・・やったね、一番乗りだ」

 グッグッ・・・っと男子体操着に身を包みながらフィンガーレスを整えているクロウの隣で、闘技場内を見渡すカルは、シルビアが来ていないことに疑問を抱きつつも、そう小さく声を上げる。

 その言葉にクロウはいったん手を止めて「・・・ん」と少し頷き、続いて懐からブラシを取り出し始めた。その後は、いつもどうりにグルーミングパーティー(?)が始まる。


 ジンにもたれかかりながら他の召喚獣をなでているクロウにしがみ付いて顔を緩ませているククルを側から諦めたように眺めているカル。といったいつもどうりのカオスを作り上げているところ、シルビアが倉庫の扉を開けて闘技場へと入ってきた。



「んー?おお!いいところに来たな!」

 ガガガガっと重たそうな音を立てて扉を開いたシルビアは、闘技場の壁際に集まっている三人とその他数匹を目ざとく発見して近づいてくる。

「そこの双子、ちょっと手伝ってくれ。入試の運動系満点だったんだろ?そんだけ体力あるなら用具を取り出すの手伝ったくらいじゃヘタレないだろうし、内申点も上がるしさ。いいだろ?」
「いいだろ?じゃないですよ。そんくらい教師なんだから自分でしてくださいよ」
「連れないこと言うなよ。俺たちの仲だろう?お前はいつからそんなに冷たくなったんだ?」
「いつからも何も、俺はもともとこうですし?しかも何ですか、俺たちの仲って。担当の教師とその生徒って以外にどんなのがあるんですか」
「チッ・・・仕方ない。そこの二組のに手伝・・・ってあれ?どこ「カルー!ここの倉庫結構いいもの置いてあるー!」ちょっと待てー!!!倉庫は教師同伴か許可なしで入るんじゃねー!」

 カルにフラれたシルビアは、次の獲物クロウに狙いを定めるのだが、当の本人はいつの間にか倉庫の扉の前で内部をのぞき込みながら、今にも飛び込んでいきそうな空気をまとっていた。そんな様子を見てシルビアがすっ飛んでいったのは言うまでもないだろう。


 その後、準備を手伝うことを条件に倉庫内を自由に見て回ってもいいということとなったクロウは、シルビアが目を見張るほどの速度で機材やらなんやらを次々と運び出し、早々と倉庫の探検に乗り出していった。
 ちなみに、それについて行こうとしたカルとククルは、残念なことながら「行きたいならこの道具を並べてからな」と、何個あるかもわからない道具たちを並べさせられるのだった。








 倉庫の探索で面白いものでも見つけたのか、ホクホクとした表情を浮かべるクロウを傍目に、二組分の生徒を数えていたシルビアは、少しして一つ頷くと、いくつかのグループ分けて測定を始めた。

 とは言っても、測定する項目はそこそこ多く、グループでローテーションを組んで別々の測定をしても意外と時間がかかってしまうのだ。


 当然のこと、カル・ククル・クロウの三人は一塊にされていた。
 他のグループとは違い、たった三人だけしかいないためか、比較的短時間でそれぞれの測定科目を終わらせていた。

「属性測定は先生のとこ行ってやらんなんから後回しとして、後しないといけないのは・・・魔力量測定と魔法力の測定、えーっと・・・後なんだっけ?」
「体育教師との模擬戦。一番得意な武器を使ってやっていいみたいだけど武器は学校指定のものみたい。あ、あとアンケートがあるみたい」
「ふーん・・・なぁ、魔法力のってさ、得意なやつ使うだけでいいんかな?」
「それだとボク、ジンたち召喚して終わりなんだけど。的とか何かでも置いてあるんじゃないかな」
「じゃあ[ブースト]かけてメリケンで的殴るのもありなんかな・・・」
「すっごいバカっぽいから止めて。そんなことする人の双子だって言うのは、辛いわ」
「・・・お前にだけは言われたくなかったぜ。そのセリフ」

 話を聞いていた周りの生徒たちに『どっちもどっちだろ・・・』と呆れられながらも、闘技場の一角ーーー属性測定と実演を兼ねた魔法力測定をする区画ーーーに着いた一行は、そこで監督をしている人達の中に見知った顔を見つけ駆け寄っていった。

 それは、

「おやっさん!」

 左目にある大きな傷跡と短く切りそろえられた茶髪まじりの金髪、その厳つい顔にお似合いの無精髭がトレードマークの渋いおっちゃん。
 そう、冒険者ギルドの元締めであり、ウィリアムの旧友であるアンドリュー・ガルシアである。

「んん?おお!あんときの坊主と嬢ちゃん、それにうちのお得意様じゃねか」

 アンドリューは、声の聞こえてきた方を向いて三人を見つけると、一瞬驚いたような表情を浮かべて「今の時間はお前らだったか」」と一つ笑うと、顎髭を擦りながら「ま、ちょうどいい。クロウ、後でちょっとギルドまで来てくれや。一つ依頼してぇ事があっからよ」と周りに聞けないように顔を近づけてそう言う。

「いいですよー、今週末にでも行きますね。それにしても早かったですね、前の納品からまだ半月くらいしか経ってないんじゃないですか?」
「まぁ、その話は追々な。んじゃ、お前らもとっとと測定してけや。今回は冒険者用の測定器を貸してくれって学長に頼まれたからな、何かあると思っていたんだが、なるほどこういうことだったか」

 クロウとの話を早々に切り上げ、三人をそれそれじっくり眺めた後、アンドリューは一人納得気に頷いていた。

「ん?いや、な。俺はちょっと特殊な体質でな、ほんの少しだが魔力が見えるんだよ。そんで、今お前らから漏れてる魔力を見さして貰ったわけだ。クククッ・・・あいつの教え子だってのは本当らしいな」

 そんな様子に首を傾げていたカルとククルに、アンドリューは少し嬉しそうに小さく笑ってそういう。

「あれ?おやっさんってシャーロットさんの知り合いなの?」
「ああ、あいつとはここで同期だったぞ。しかも、それだけじゃねぇ。俺の代はとんでもねぇ奴が揃ってたぜ。まぁ、シャーロットとアイザックは当然のこと、その他に魔術師ギルドのアリッサ・マーティン、情報ギルドのトリスタン・キャンベル、傭兵ギルドのケイト・ルイス、カルとククルの父親のチャールズ・クルス、後・・・元だがかなり有名な冒険者だったメアリー・マティスン・・・いや?今はメアリー・ウィリアムズだったか?エヴァン・ウィリアムズっていう同期の奴と結婚しちまったしな。ま、そんなこんなで俺らの代は【嵐の五四三期】って呼ばれてたりしたもんよ。ってどうした」

「い、いえ・・・カルとククルの親父さんと知り合いだったことで結構驚いたのもあるんですけど、それ以上にメリーさんとヴァンさんと同期だってことにビックリしてます」

『しかも、この街の大所がほぼ全員同期の人だとは・・・』と軽く衝撃を受けながらも、そう返事をしたクロウだったが、一方で『【嵐】とは上手く言ったものだなぁ』とこの総省を付けた誰かを褒めたたえていた。

「ん?何でお前らがあの二人のこと知ってんだ?しかも愛称呼びだし」
「メリーさんは、ボクとククルの光属性魔法の師匠ですし、ヴァンさんには二人の主となる武器を作ってもらいましたしね。まぁ、カルの武器はまだ完成してないみたいですけど」
「ほー・・・そういえば奴は鍛冶もそこそこやっておったな。それにしても、シャーロットとメアリーに魔法を教わり、アイザックからは剣術、そしてエヴァンからは武器か・・・なんとも豪華なものだな。よし!お前たち今度から週末にギルドのに顔出せ!【嵐の五四三期】の大所が四人もかかわってんだ、残りの俺らもなんかしてやんねぇと面子にかかわるってもんだ!」
「え!?おやっさんが鍛えてくれんのか!?」

「おう、任せとけ!ついでに他の奴にも声かけといてやる!」と胸をドンと叩いて高らかに宣言したアンドリューだが、その瞳に映っていたのは「対抗心」だったような気がした三人であった。









「なるほどなるほど。やはり、もう既に高等部かそれ以上の魔力量だな。そうなると魔法力の方も念入りにテストしておきたいな・・・」

 現段階で出せる最高出力の魔力をどれだけの時間継続できるか特殊な魔道具を使って測定するのだが、カルとククルですら高等部の生徒たちに引けを取らない結果を残す。一方で、フィンガーレスに一種の封印とも呼べるものを施しているクロウは、魔力の出力最大値が下がり、二人よりも低いものになってはいるが、その分持続可能な時間が圧倒的に伸び、結果として二人よりも高い評価となった。
 そんなこんなで三人とも魔法力の試験と体育教師との模擬戦を併合して、おやっさんとの模擬戦をすることとなった。
 おやっさんとの模擬戦は恒例行事となっているが年に数回、しかも高等部の優秀な生徒何人かにしか行われてこなかったため、行われるたびに一種の見世物のような感じで観戦席のついている闘技場で行われるのが常なのだが、流石に今回はいつものように観客を集めることはしない。




「ーーーって言ってたじゃーん!じっちゃんの嘘つきー!」

 ガヤガヤザワザワと満席なっている観客席を見渡して闘技場の内側でそう声を張り上げるカルに、待機室へと繋がる通路から顔をのぞかせたウィリアムが「すまんのぅ、どこからか話が漏れてな?」とカラカラ笑いながら謝罪していた。

「はっはっはっ!観客がいると気が引き締まるってもんさ。で?いったい誰から始めるんだ?俺は三人同時でも構わねぇぜ」
「うーん、そうねぇ・・・私たちがいるとクロウちゃんの邪魔になっちゃうし、私とカルでいきますね」
「うーん・・・ボクは一緒にしても良いんだけどな〜。まぁ、二人がこの前のアレ避けれるんだったらだけど」
「「謹んでお断り申し上げます!」」
「だと思ったよ・・・じゃあ頑張ってね〜」

 ブンブンと首を横に振る二人に笑みをこぼしながら、クロウは待機室に繋がる通路へと移動し、ウィリアムの横に立つ。


「おや?クロウは一人で戦うのかの?」
「一人じゃないですよ、ジン達に出てきてもらいます。それに、カルとククルには自分と相性の悪い武器を使う相手との戦いを経験してほしかったですし、二人はセットで戦うのに慣れてなすからね」
「そうかそうか、で?本音はどうなんじゃ?」
「久々に一緒に戦えるかもしれないのに、そこに二人がいたら思いっ切り戦えなくなっちゃ・・・って、何言わせるんですか!」
『・・・クロウは儂の思っておったよりも黒いんじゃな・・・母親に似たのかのぅ?』

 もー!と頬を膨らませながら怒っているクロウを傍目に、脳裏にその母親であるあの女性を思い浮かべたウィリアムだが、すぐさま頭を振ってそんな考えを霧散させると、小首をかしげて「どうかしたのですか?」と聞いてくるクロウに「何でもない。ほれ、もうそろそろ始まりそうじゃぞ?」と誤魔化す。
 その誤魔化しの裏で『シャーロットと同じでクロウは勘が鋭いからのぅ・・・』と冷や汗をかいていたのは秘密である。








「さーて、二人とも準備は出来たか?」
「うーん・・・もうちょっと待っててもらってもいいですか?まだちょっとならしたいん・・・でっ!」
「ちょっと重いなぁ・・・」
 倉庫から取り出された数々の刃が潰された武器の中から使い勝手の良さそうな片手剣を選び、手触りを確かめるために軽く素振りしているカルと、同じようにレイピアを手に取り、いつも持ち歩いているものと比べたときの微妙な違いに顔を曇らせているククル。


「うっし!おやっさん、準備完了です!」
「こっちも終わりました」
 しばらく素振りをしたり、重心の位置を確かめたりと色々していた二人は、満足したのかアンドリューへと声をかける。

「よぉし!!!じゃぁ、いっちょやるとしますか!」
 いつでも来い!と観衆にも聞こえるようにそう声を上げるとズン!と”木の棒の先端に重しを付けただけ”の槍と言うにはおこがましいものを闘技場の地面へと叩き付け、ゆっくりと構える。
 それに伴い、カルとククルもそれぞれ鉄製の武器を構える。

『ほう・・・』
 木製の武器をもつアンドリューに対して不満げな素振りを見せることなく虎視眈々と隙を探っているその様子にウィリアムは、今一度二人の評価上げることにした。


 しばらくアンドリューの隙を探っていた二人だが、アンドリューが全くそんな素振りを見せないので痺れを切らし、じりじりと二人で挟み込むように移動し始めた。

 そのまま移動してもアンドリューはどちらか一方に注意を傾けることはなく、どちらにも背中を取られることのないように身体の向きを変えて立ち回っている。

 いつまでも攻めに転じようとしないアンドリューに、カルはククルへと目配せをして同事に攻撃をしようとするが、その瞬間

「ッ!?」

 ガキン!とまるで金属同士がぶつかり合うような音が響き渡り、滑るようにカルの前まで移動したアンドリューの一撃がとっさに剣を掲げたカルによって防がれる。

「カルッ!」
 意識の隙間を縫うように一瞬にしてカルに躍りかかったアンドリューに驚きはするも、ククルはすぐさまその背中に突きを放とうと前に踏み出す。その時にカルへと声を飛ばして連携を図る。

 だが、ククルの一突きが出切る前にアンドリューがバックステップを踏んでククルの眼前へ迫ると、伸び切っていないその腕を掴み、背負うような動作で流れるようにカルへと投げ飛ばす。

「きゃっ!」
「うぉお!」

 いくら体重の軽いククルといえどもアンドリューの腕力で投げられるとかなりの勢いとなる。
 それを真正面から受け止めたカルは、その勢いによって後ろへと吹き飛ばされてしまった。


 片手剣を地面に突き刺してなんとか倒れずに済んだカルは、目が回ったのか少しふらついているククルを支えながらもアンドリューへと向き直る。

「どうした坊主ども!剣技だけじゃぁ俺には勝てねぇぞ!」
【スクエア】のメンバーから二人がどれほど魔法を使うことに慣れているのか大方理解していたアンドリューは、二人が魔法を使おうとしないことを不思議に思っていた。


 一方、その言葉を受けた二人は、頷き合うと今度は縦一列に並んで武器を構える。

 そして、再びアンドリューに向かって駆け出す。

「「力よ![ブースト]」」
 二人は一歩踏み出したところで、クロウ直伝の身体強化を発動させて瞬間的に加速する。

 急激に加速し目の前に迫ってきたのとで「なっ!?」っと声を上げたアンドリューに、二人はニヤッと口角を上げて、カルが下から、ククルが上からの同時攻撃を繰り出す。

 だが、「まだまだ甘いなぁ!」と逆にニヤリと笑みを浮かべたアンドリューに、ほぼ同時にその躯体へと迫った二人の剣はいともたやすく弾かれる。
 そして、剣を弾かれたことで体制を崩した二人にアンドリューの木槍が打ち付けられ、二人の身体が宙を舞う。

 痛みに顔をしかめながらもなんとか受け身を取って着地した二人にアンドリューの追撃が襲い掛かる。

「チィッ!!!ククル!」
「分かった!」
 左腕を打たれ満足に防御が出来なくなったカルは、アンドリューの連撃を防ぎきることが出来ないと判断し、ククルへ声を飛ばす。

「弾けろ![エアロバーーーきゃっ!」
 カルの『なんでもいいから目くらましを頼む』という意志を即座に読み取り、村からこの学園都市に来る道中でも使った[エアロバースト]で砂煙を起こそうとするが、まるで魔法を使うことが分かっていたかのようにアンドリューの木槍が降りぬかれ、その詠唱は中断されてしまう。

「なんっ・・・で!?」
 以前よりも詠唱を短縮できており、事前に使うことが分かってなければ・・・いや、たとえ分かっていても、カルへの攻撃に手を抜いてククルに注意を向けておかなければ防ぐことが出来ないはずだったのだが、アンドリューはそれをカルへの攻撃を緩めることなく成し遂げる。


 しかし幸いと言っていいのか、ククルの魔法は中途半端な規模で発動した。

 ククルの考えていた規模ほどの砂煙は起こらなかったが、ある程度の突風がアンドリューとカルの間で発生する。
 カルは、その突風に乗るような形で後ろへとジャンプしアンドリューと距離を取る。
 そこにすかさずククルが駆け寄り、簡略化した詠唱で[ヒール]をカルと自分にかけ、アンドリューから受けたダメージをいくらかだが回復した。


「チッ・・・そういやメアリーに習ってたんだったか、そりゃ[ヒール]くらい使えても不思議はない・・・が、ちと簡略化しすぎたな。まだダメージが残ってるだろ?」

 アンドリューは、ゆっくりと歩いて未だに荒い呼吸を続けている二人へと近づいていく。


 近づいてくるにつれてどんどん増していく威圧感に二人の背中に冷たい汗が流れる。
 まるで、初めてあの赤熊に出会った時のような、圧倒的な強者への本能的な恐怖とでもいうべきものが二人の精神を飲み込もうと心の中でうごめき始める。

 アンドリューが目の前まで来た時にはもう既に二人の視界は、心は、アンドリューしか捉えることができなくなっていた。
 心音が五月蠅く鳴り響き、呼吸がうまくいかない。チカチカと点滅する視界を上に向けても、まるで靄が掛かったかのようにアンドリューの顔を見ることが出来ない。




 アンドリューの手が動く。

 木槍を地面に突き立てて、二人に向けて手のひらを近づけていく。
 ゆっくりと近づけられる手のひらが、二人には天井を覆い尽くすほどの大きさに感じられる。
 本能的な恐怖に支配されていた二人には無限にも感じられたその時間は、

 ポフッという小粋な音と、アンドリューの「良くがん張ったじゃねぇか!これからビシバシ鍛えてやらぁ!」という言葉で簡単に終わりを告げた。



 その言葉は二人にとって、極限まで張り詰めた緊張の糸を不意に断ち切るようなものだった。

「・・・あ・・・あぁ・・・・・」
「・・・きゅぅ~・・・・・」

 ガックリと地面に手をついてなんとか言葉を絞り出せたカルと、カル以上に緊張することに慣れていなかった為に、その反動で気を失ってしまったククル。







 観客の称賛の声や励ましの声、はたまたアンドリューを「やりすぎだー!」と批判するようなものもちらほら聞こえる中で、


「なに折りかかっておるんじゃ、この馬鹿もんが」

 と、後頭部を引っ叩かれているアンドリューは、腰を抜かして立ち上がれなくなっていたためにジンの背中に乗せられているカルと、それを引き連れながら、ククルをお姫様抱っこして保健室に運んでいくクロウ。それを待機室に繋がる通路から心配げに見ている生徒会の面々を見て、

「あっれぇ・・・?」
 と首を傾げているのだった。

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