のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第15話:一狩行こうぜ!

「マジかよ!」
クロウは、そう叫ぶと[ブースト]を再度発動させ、空間魔法[収容空間アイテムストレージ]から、先ほどカルに見せびらかしゲフンゲフン…条件提示で見せた剣を取り出した。

「リアル赤プーさんとか洒落にならん」
などと言いつつも、取り出した剣を片手でクルクルと遊びながらクロウは巨大な赤熊を流し目で見る。
明らかに挑発しているのだ。




赤熊は、全く臆する様子もない………というよりも、完全に挑発しているクロウを見て、自分よりも下の存在に見下されたことが許せないのか
「グルァアアアアア!!!」
と、再び空気を軋ませるほどの咆哮をしながら後ろ足で立ち上がり、そのままクロウへと躍り掛かった。
赤熊の強靭な四肢から生み出される力はクロウとの間にあった5メートルをあっさりと無視し、瞬時にクロウの眼前へと迫る。
そして、大きく振り上げた右腕をクロウへと振り下ろす。赤熊は地面を大きく沈ませるほどの勢いでの飛びかかり、そしてその速度を乗せ、強靭な四肢で振り下ろすその一撃は、鋭く凶悪な爪から空気を切り裂く音を立てながらクロウの脳天へまっすぐに向かっていく。


しかし、赤熊が手を振り下ろした先にいるはずのクロウの姿はすでに掻き消えており、勢い余った右腕を地面へと強く叩きつけてしまう。その結果、地面は蜘蛛の巣状に割れ、周囲には土煙が立ち込める。

「グルルルルル………」

完全にクロウの姿を見失ってしまった赤熊は、低く唸り声をあげながら土煙が立ち込める周囲を警戒する。

ササッ…シュ!………カンッ!「あ…」バキィ!
などと土煙の向こう側から絶えず動き回る音が聞こえいたのだが………

赤熊はここで違和感に気づいた。
自分を囲っている土煙が晴れる様子が全くと言っていいほどないのだ。

「グルルルルルゥゥゥゥ」
と、警戒を強める赤熊
だか、土煙の向こう側からはそれを嘲笑うかのように小さな音が絶え間なく続く。
魔法を打つでもなく、武器を投擲するでもない様子に痺れを切らした赤熊は、再び立ち上がり………今度は右腕に炎を纏って地面へと叩きつけた。
叩きつけた場所の半径2メートルは蜘蛛の巣状にひび割れそのひびから炎が吹き出した。

その爆風によって周囲を漂っていた土煙が晴れるが、叩きつけた反動で動きが止まっている隙を突かれ背後から飛翔してきた風の刃が赤熊の背中を大きく切り裂く。
「グァアアア!?!」

世界への干渉力としては、自ら炎より圧倒的に下回っているはずの風の魔法 。
それも、自らの使った炎の魔術の残痕が残っている中での風魔法………本来ならば相当威力が軽減されているはずの魔法がなぜか自分の身体に大きなダメージを与える。

本来、森の中ではあり得るはずのない事を目の当たりにした赤熊は、クロウをただの捕食対象としてではなく、決定的な敵として見始めた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うおっ!?」
クロウは、急加速して来た赤熊の右腕を見て小さく驚きの声を上げるが、[ブースト]を使用しているクロウの前では『ちょっと早いかな』と思う程度で、赤熊のがら空きの脇腹を倒れ込むように潜り抜けて、背後に回り込む。それだけでも、赤熊の視界からは完全に外れることができただろう。
そしてクロウはその勢いを殺さないように少しジャンプしつつ、体を丸め頭を下にすることで後ろを向く。そのまま、[ストレージ]から自分で鋭く加工した石を赤熊に向かって投げるのだか…

ズドン!

という衝撃とともに立ち込めた土煙によって狙いが狂い、横を通り過ぎて向かい側の木にぶつかってしまった。
ちなみにこの石がぶつかった木には拳大の大きさの穴が空いているのだか、それをクロウが知ることはなかった………

「ちっ……見えねぇな〜」
と、ぼやきつつもクルッと回り体制を直しながら地面に着地する。そして、手のひらに淡い緑色に輝く魔法陣を展開させ、右手のひらを土煙に向ける。
「いいや、このまま閉じ込めるか…[ウィンドウォール]!」
中級の風属性の防御魔法である[ウィンドウォール」を土煙の周囲に発動させ土煙ごと赤熊を隔離する。

「よ〜し、あとは………アンチから削るか?」
そう呟くと、[ストレージ]から再び鋭く加工した石を取り出し、赤熊がいると思われる場所に向かって…

「そぉい!」
と、フルスイングする…………が

「あ…」
カンッ!と、土煙までまっすぐに飛んでいった石は何かにぶつかるような音が響かせた後、あらぬ方向に向かって飛んでいき、その先にある枝を盛大な破壊音を立てながら粉砕していった、


『まさか、自分の手抜き防御結界に負けるとは……………!?赤熊の魔力が高まってく!』
適当に空気に魔力を含ませ、圧縮してだけだった[ウィンドウォール]が思った以上に堅く、本気度ではいかないがまあまあ強めに投げたはずの石ころを何の抵抗もなしに弾いたのを見て我が身のことながらちょっとだけ呆れていると、急激に赤熊の魔力が高まってくのを感じ、近くの木の枝に飛び移る。
そして、右手のひらに[ウィンドカッター]という9階の風属性攻撃魔法をいつでも打てるように展開する。…ちなみに[ウィンドウォール]も同じく7階の魔法となっている。


クロウが木の上で赤熊を囲っている土煙を監視していると、土煙の中で赤い光がちらついたかと思うと、次の瞬間、周囲を激しい揺れが襲う。その後すぐに土煙の中から激しい光とともに火柱が数本立ち上り、くらい森の中を赤く照らす。
赤熊の巨大な魔力の放出によって[ウィンドウォール]ごと土煙が吹き飛ばされ、クロウに強烈な熱波が襲いかかる。

「熱っ!」
空気が皮膚に当たるだけで火傷しそうなほどの熱波から逃れるべく、すぐさま木の上から降り赤熊から距離をとる。その時に、「置きみやげや!」と言って手のひらに展開していた[ウィンドカッター]を赤熊に向けて発射する。
その後すぐに赤熊の咆哮が聞こえたから[ウィンドカッター]は当たったようだったが、先ほどの熱波の影響であまりダメージは与えられていないだろう。

「さて、どうする?障壁張って行くか?」
自問しつつも結局は特攻することになってしまうのは、まぁクロウがクロウだからだろう。

「そうと決まれば![プロテクト][ブースト]!!!」
体の周囲を単純な魔力の膜で覆う10階の[プロテクト]を発動させ、ついでに[ブースト]を重ね掛けしておく。これで、大体の衝撃やダメージは無効化してくれるだろう。そして、身体強化こと[ブースト]はクロウの手によって重ね掛けできるようになっており、2・3度重ね掛けした今のクロウだったら1・2メートルほどの厚さの木だったら殴り倒すことができる。今なら[プロテクト]によって自分へのダメージは無くなるのでかなり酷いことになっているだろう。

そしてクロウは、いつの間にか[ストレージ]に仕舞っていた剣を再び取り出して、剣にも魔力を纏わせながら赤熊の元へと歩を進める。


クロウが目の前に再度現れた時には、赤熊はすでにこちらに気づいて唸り声を上げている。
それを見たクロウは、魔力が を纏わせた剣を赤熊の方へと突き出し口角を吊り上げる。

「一狩り行こうぜ!」「グルゥアアアアアア!!!」
クロウと赤熊の声と闘志が交差し周囲の空気を震わせる。

次の瞬間、赤熊は自らの身体に焔を纏わせる。爛々と紅く輝くその焔によって赤熊の身体は一回り以上大きく見える。
狩人や冒険者からはクリムゾンベアと呼ばれるこの赤熊は、狩人や冒険者たちからは別名【紅の悪魔】と恐れられ、姿を見たら直ぐに逃げろと昔から言われて続けている。
そんなことは全く知らないクロウは、クリムゾンベアの焔の光を受け、いつも以上に紅く、赤く、輝く瞳をスッと細め、口元に笑みを浮かべる。



空間が捻れそうなほどの威圧がクロウとクリムゾンベアとの間でせめぎ合う。
お互いに相手の隙を突こうと反時計回りに動く。クリムゾンベアの歩いたところは、その熱により黒く焦げ付き燻り続けている。

その鬩ぎ合いは、お互いが半周回ったところで突如終わりを告げる。

クロウが半周回り、丁度黒く燻っているクリムゾンベアの足跡に足を踏み入れた瞬間

「うおっ!?」

クロウの足元が5センチほど沈み込んだのだ。

当然のことで、クリムゾンベアはクロウにできたその一瞬の隙を逃す訳がなく
「グルゥアアアアアア!!!」
四足歩行で体制の崩れたクロウへと飛び掛る。
たった一度の攻撃で学んだのか、今度は頭上からの叩きつけではなく、両前足でホールドするように攻撃する。それは、まさしく某国民的ハンティングゲームさながらだった。

体制を崩したクロウを左右から挟み込むようなクリムゾンベアの攻撃は、寸分の狂いなくクロウの胴体へと吸い込まれていく。焔を纏うことで倍近い長さになったクリムゾンベアの爪は、その熱量によりクロウの体を焼き尽くしながら容易く切り裂く

ギャィィィイン!!!

はずだった。


クリムゾンベアの魔法・物理攻撃関係なく打ち消してしまったクロウの[プロテクト]は、クリムゾンベアの爪が当たった右肩と左腕のところだけクリムゾンベアの焔の爪ごと弾け飛ぶが、クロウが再び魔力を込めると瞬く間に元に戻ってしまう。
クリムゾンベアは焔の奥で眼を見開き、ほんの少しだけだが動揺を示した。
クロウはその瞬間を見逃さず、足の裏に魔力足場を展開しクリムゾンベアへと斬りかかる。
「お返しだぁ!」
という気合いとともに右から左へと一線するクロウの斬撃は、逃げの体制の入っていたクリムゾンベアの顔面を切り裂いた。

魔力を纏わせることによって鋼鉄すらも切り裂くことのできるクロウの刃は、クリムゾンベアの焔の鎧をたやすく貫き、本体へとダメージを与えた。
顔を切り裂かれたクリムゾンベアは、傷口から噴き出す血によって赤く染まる視界を顔を振りって戻し、そのまま後ろに跳びのきクロウと距離を置こうとする。


たが、その瞬間銀の風となったクロウがクリムゾンベアを包み込みクリムゾンベアの動きを完全に停止させる。
残像が残るほどの速度でクリムゾンベアの周囲を飛び回りながら、魔力を纏わせた剣で何度も何度も切り裂く。
その一太刀一太刀によってクリムゾンベアは、足を斬られてはバランスを崩し、胴体を斬られてはその痛みで身を縮める。それはまるで、クリムゾンベアが銀色の風の中で紅の花を咲かせながら踊っているかのようだった。

「【狂花乱舞・銀】」
銀色の風が止み、クリムゾンベアが地面へと崩れた落ちた後、そっと呟かれるその言葉

それは、クロウが自分で生み出した自分だけの技の名
[ブースト][プロテクト]を使用しながら[魔力足場]を展開し続けることによって、超高速かつ縦横無尽に相手の周囲を飛び回り、切り刻む。
ただし、クロウの魔改造した[ブースト]でなければ、消費魔力が多すぎて一瞬のうちに魔力切れとなりぶっ倒れるだろう。

ちなみに【乱舞】シリーズは、この【銀】以外でもあと何種類か存在するが、単純な速度だけの【銀】よりも様々な属性を使った他のシリーズの方が圧倒的に威力が跳ね上がるのだが、しばらくは【銀】すらも使う機会がなければいいのだが………


「さってと、こいつどうしよっかな?」
と、【狂花乱舞】の最中に逆手持ちにしていた剣をちゃんと持ち直し、風前の灯火ほどの命を残しておいたクリムゾンベアに向き直る。

「グルゥゥゥゥゥ………」
と弱々しく唸るクリムゾンベアを見て、無性に罪悪感が湧き出てくるが、「ごめんな…」と呟き、剣を振り上げる。

そのまま剣を振り下ろそうとした時、不意にクロウの背後の茂みが揺れ、黒く小さい物体が飛び出してきた。
クロウに体当たりをしようと突撃してくるそれを、横にずれて回避しながら確認する。

「え………」
と、クロウの喉から漏れる声には少しながら動揺が混じっていた。

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