のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第13話:絶望と希望

『なんだなんだ!?盗賊でもやってきたのか?』
玄関の前で明らかに戦闘態勢を取っているロペス一家
その中でも、いつもクロウやシャーロット、エリー達メイド達に優しく接しているアイザックからは、いつもは感じられないなんとも言えない雰囲気が発せられていた。

玄関の門を開けようとしていた手を引っ込め、家を囲む2メートルほどの塀に隠れた後、こっそりと風魔法を使いエリー達の声を拾おうとした。
『[サウンドキャリー]』
両手に拳大の大きさの魔法陣を展開し、そのまま左手を自らの耳に当て、右手をアイザック達の方に向けてスイングする。
すると、右手の手のひらに展開されていた魔法式は厚さ50セルの壁をすり抜け、アイザック達の足元に生えている草まで移動した。
この世界の魔法式は物理的な物では、ふつう防ぐことができない。とは言っても、このような魔法の使い方をするのはクロウくらいなのだが………

『よし、これで音が拾えるはずだけっ!!!』
突如、魔力によって繋いでいた回線が他の魔力によって妨害されガラスの割れるような音とともに左手の魔法陣が砕けた。
『マジかよ、多分母様だと思うけど…すげぇな、発光はとことん抑えたんだけど………』


人の展開した魔法陣は、それに込められている魔力の質や量によって発光している。
炎の魔法なら赤色の魔法陣、水なら青、風なら緑とそれぞれの魔法の起こす事象に対応した色の魔法陣が展開され、込められている魔力…すなわち起こす事象の規模や密度によって輝きが増す。この時に、魔法陣から漏れ出す魔力によって陣が発光しているように見える。
しかし、クロウはこの発光を自らの意思で抑えたり増したり出来る。そのためには、展開する魔法陣に細工をする必要があるのであまりしないが………


家ではいつものんびりしてシャーロットに、手抜きではあるが隠蔽し色を同化されるように草の中に設置した陣を見抜かたことに少しながらも驚き、ほんの一瞬だけ気を緩めてしまった。

ポキッ………

『!しまっ…』
その気の緩みにより、クロウは足元に転がっていた木の枝を踏み折ってしまった。


「そこっ!"燃え上がり、穿て"[フレイムランス]!」
シャーロットの澄んだ声で唱えられた、魔法[フレイムランス]
それは、クロウの頭上5メートルほどの高さに寸分違わず展開された赤い魔法陣と輝きの大きさで、それの持つ事象の大きさを物語っていた。
直径1メルを越す魔法陣からは、圧縮され槍の穂先のような形をした炎の塊が5本生み出された。

そして、その炎の穂先は魔法陣から一斉に打ち出され、クロウめがけて次々と襲い掛かった。

「え!?ちょっ!ギャァアアア!!!」
ドガァアアアンと地面を揺らすほどの爆発とクロウの悲鳴が響いたのだった。

村まで響いたその声で説教中のカルとククルが飛び上がったのは、爆撃中のクロウは知る由もなかった。




一方、[フレイムランス]を撃ち込んだ本人達は…
「え!今の声って………」
「「「「「クロウ(ちゃん)(((様)))!?」」」」」
と、一斉に門に向かって駆け出したのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ロペス一家(クロウを除く)が門の外に飛び出したとき、地面からはまだ煙が立ち上ってり燻ったりしていた。
そこを凄まじくオロオロしているシャーロットが凄まじく早い詠唱で風を起こし、燻っている炎ごと煙を消し去ってしまった。


煙が立ち上っているときからずっと目を凝らしていたシャーロットは、煙の消し去られた後の地面を見てその場に崩れ落ちてしまった…。


なぜなら…その、煙を消し去った後の地面には………

自らの最も使い慣れた最も強力な魔法の爪痕"だけ"が残っていたのだから………
自らが最も見てきた魔法の痕跡…
それ故に………いや、それだからこそ分かる
                                           分かってしまう………
自らの子どもであっても
自らが少しであるが教えてきた子どもであっても
たとえ、威力を抑えていても
6歳の子どもでは、決して
……………決して、防ぐ事のできない

其れ程の威力を込めた魔法が残す痕跡…
直径1メル、深さ20センチ程のクレーターが5つ
5つの燃える穂先をほとんど誤差なく叩きつけられた地面は、シャーロットでなくても…魔法の知識の少ないエリー達でもその威力…そして、それを受けたクロウがどうなってしまったのかを物語っていた。


「あ…ああ……いや…いや!……いやぁあああ!!!」
自らの最愛の息子を自らの手で殺めてしまった…
それに対する、恐怖・怒り・悲しみ・………様々な感情が溢れ出す。
そして、それらの感情はたった1つの感情に変換されて行く………
全てを飲み込み、どんな感情さえも塗り潰す。
          "絶望"へと………

「いやぁあああ…いやぁぁぁ……いやぁ………ぁぁぁ………ぁぁ…………」
地面に崩れ落ちた自らの体を、震える手で抱きしめ、瞳からは止め処なく涙をこぼし、現実を否定していたシャーロットの瞳から止め処なく溢れ出してきた涙はもう流れる事なく、わずかながら保っていた輝きは、喪い………絶望に染また瞳はただただ、最愛の息子が立っていたと思われる地面、自らの得意とする魔法によって作られた爪痕クレーターを感情のない瞳で見つめるのだった………



「「「………ッ!、奥様ッ!!!」」」
エリー・ケリー・リリーの3人は、シャーロットの叫び声が途絶え、クレーターを向き地面にしゃがみこむその小さな背中が絶望で染まってしまうまで自分たちが目の当たりにしたことを信じられなかった。
しかし、生気を喪い絶望に染まってしまって自らの主人を見て、そのことが現実だと確信してしまった。


3人はいち早くシャーロットの元に向かい、精神を少しでも安定させようと駆け出した。
しかし、自分達のいた所から3メルも離れていないでしゃがみこむシャーロットの元に向かうのに、
なぜだか、異様に時間がかかってしまう。
目の前が歪み、耳鳴りが酷く聞こえ、鼓動が早くなる。
しっかりと踏み込んでいるはずなのに、視界は左右に揺れ、真っ直ぐに進まない。

しかし、エリー達はシャーロットの元に向かわねばと必死に足を進めた。


シャーロットの元に辿り着くまで実際のところ其れ程時間は立っていなかった。
しかし、エリー・ケリー・リリーの3人にはその時間が異様に長く感じられた………
一歩進むたび、一呼吸するたび、歪む視界を直そうと瞬きするたび…3人の、クロウとの思い出が次々と蘇ってくる。

わずか2歳ながら、1人で立って歩き、流暢な言葉で会話をする。
あり得ないほど物事の飲み込みが早く、3歳でアイザック様とシャーロット様に剣と魔法の教えを請う。
朝、自分達よりも早くに起き、剣の素振りや庭で走り込み、腕立て伏せなどのどこで知ったのかわからないがとても高度なトレーニングをする。
遊びに行き、帰ってくるとなぜか服のあちこちにほつれや、傷が付き。獣人のエリー達でないとわからないほどであるが、野生の動物の匂いやわずかながらの血の匂いを付けてくる。
アイザック様の書斎に入ったきり4時間以上出てこない事があり、様子を見に行くと…5歳では読めるはずのない上級の魔法書や神々の伝説を記した伝記、英雄譚、森に住む動物や魔物の資料などを黙々と自分が見ていることすら気づかないほど真剣に読み耽っている。しかも、それを一語一句間違えずに呟いている。

そんな、規格外ながらもアイザック様やシャーロット様だけでならず、自分達メイドにも優しく、迷惑をかけないように手伝いまでしてくださる綺麗な心の持ち主………
アイザック様やシャーロット様に失礼ながらも、ロペス一家の中で1番心から仕えたいと思える人物。


その方が自らの主人の魔法により亡くなってしまったかもしれない。
そして、主人であるシャーロット様はそのことで自分を責めていらっしゃる。
「自分達が少しでも気を鎮めて差し上げなければ、シャーロット様は壊れてしまう!」そう思い、心の底では悲しみに暮れながら一歩、また一歩と歩を勧める。

そして、エリー達はシャーロットの元に着くと
「シャーロット様…シャーロット様!……お気を確かに!!!」
「あのクロウ様がたやすく亡くなられるわけがありません!………シャーロット様!捜索を!クロウ様は必ず生きているはずです!!!」
「…………….!!!(コクコク)(ギュッ…)」
そう言って、シャーロットの心の傷を少しでも塞ごうとする。
シャーロットと特別仲の良かったリリーに至っては、シャーロットに後ろから抱きついて抱きしめている。
普段から言葉を話さない彼女の精一杯な慰めなのだろう。

リリーに後ろから抱きつかれたシャーロットは、一瞬ビクッとも肩を跳ねさせ、虚ろな瞳をリリーに向ける。
そして
「本当に?」
と、掠れて聴こえないような声で呟いた。

「ん………」
と、リリーは頷き、シャーロットの耳元で何かを呟いた。


「分かったわ………やってみる…わ、"我が魔力よ、探「いや、いい」」
[サーチ]の詠唱がもう少しで終了するというところでアイザックがシャーロットの詠唱を遮った。

「アイ………どうして?………やってもクロウちゃんは…………見つからないの?」
瞳から再び輝きを喪いつつアイザックに言葉を投げるシャーロット。その言葉は、絶望で震え始めていた。

しかし、そのようなシャーロットとは反対に
地面のクレーターを見ながら口角を上げるアイザック







そして
「あいつは、生きてる。…必ずな」
と、呟き、森へ目を向けた。

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