始まりを見に行こう
始まりを見に行こう
その町はとても暗い町でした。夜明けが来ることも無く、永遠に夜の来る町だったのです。
ある人は言いました。この町が闇に包まれているのは、永久の昔、神様がある女性を愛したから――それが始まりだと言われている、と。
その女性は神様に愛されていたが、この町の人間に殺されてしまったのだと。そして、神様はその所業に怒ってしまいこの町から光を奪ったのだと――。あくまでもそれは噂話に過ぎないのかもしれません。ですが、間違っていないのかもしれません。その、噂話を人々は、少なくとも信じているのですから。
しかしながら、その噂話は案外ほんとうなのかもしれません。人々がそう思っているだけで、実際には嘘偽りだと思うひとも、どうやらほかの町には居るそうですが。
「……『始まり』を見に行こう」
夜町、東エリア。
浮浪児が多く、治安も悪いエリアの一角にある一つのバラック。そこに居るのは十六名の少年たちだった。少年たちはどれも親が居ない。だからこそ、彼らはある程度自由に動くことが出来るともいえる。
「始まりを見に行く、って……。あれって伝説みたいなものじゃないの? お金をたくさん持っている人じゃないと見ることが出来ないって、聞いたことがあるよ」
ボーイッシュな雰囲気を醸し出す少女――エレンが、リーダー格の少年に言った。
「そうだな。確かにそれはその通りだ。……でも、そうだとしても、僕たちは見に行く。だって、考えてみろよ。お金がなくちゃ、その噂すらも検証しちゃいけないのかよ? 金持ちにしかその景色は共有されないのかよ?」
「……確かに、それもそうだ」
そう思う人間が殆どだった。
彼らの殆どが孤児だったこともあるだろう。
しかしながら、それ以上に『始まり』を見たいと思っていた。
「よし、それじゃ……見に行くことでいいか?」
こくこく、と全員が頷くのは言うまでも無かった。
しかしながら『始まり』を見に行くにはいくつかの問題があった。
一つに、どうやって境目に行くか? ということだ。始まりを見るにはこの街の境目に行く必要がある。しかし境目は警備が張り巡らされている。
「……となると、やはり隠れていくしか」
「私、知ってるよ」
手を挙げて言ったのは一番の情報通、フランカだった。
「フランカ、何を知っているんだ?」
「警備を抜けて境目のそばまで行く通路だよ。ただし、あくまでもそれは境目のそばまで。そこから境目までは警備を自力で超える必要がある」
「その道のりは?」
「ざっと二百メートル」
フランカが指を二本出して、そう言った。
二百メートル。
走ればざっと十数秒で抜けることが出来るだろう。しかし……警備は相当厳重である。夜町から誰も人を出さないようにするためだ。
だが、そんなリスクは気にならない。
それよりも、始まりを見たかった。
だから、少年たちは歩き出す。
始まりを見に行くために。
排気ダクトのように狭い通路を匍匐前進のように進んでいた。
「……思ったより狭いな……。ほんとうにこの先にあるのだろうね?」
「そんなことを言われても……。でも、ここは確実にあの道に繋がっているよ。大丈夫、心配する必要はないさ!」
リーダー格の少年の後ろから、先ほどの少女の声が聞こえる。因みに少女が先頭ではないのは、『私は男に尻を見せ続けなくちゃいけないのか? 女にとって恥ずかしいことナンバーワンだぞ、それは』と言われた。
まあ、それは仕方ないことだ。
「見えたぞ、光が――!」
案外はっきりと見えるんだな、と彼は思った。
しかし、彼は見くびっていた。
少しだけ考えれば解る話だった。
その光が――、銃に備え付けられているサーチライトのものだということに。
「みんな、急いで下がれ――!」
「無理よ、リーダー! 後ろから知らない人が!」
最後尾に居るクレッツォが言う。
それを見て、彼はすぐ思った。
――何者かが、情報を流したのか? と。
そして彼は、進むしかなかった。
袋の鼠となった彼らは、そのまま外に出るしかなかったのだった。
兵士が銃を構えて、彼らを睨み付けている。
しかし彼らは手足を縛られて、動くことが出来ない状態となっている。
まさに絶体絶命と言えよう。
「……それにしても内通者のおかげで、浮浪者の大量捕縛に成功したよ。だって、十五名だろう? 多いことだ。将来のある若者がこのような形で亡くなってしまうのは非常に惜しいことだが……致し方ない」
「……十五名?」
リーダーはそれを聞いて首を傾げる。
なぜなら、彼らの家に居たのは『十六名』だから――、それを考えると、求められる結論は――。
――誰かが、情報を流した。
内通者、と兵士は言った。その言葉の通りならば、彼らの中に内通者が居たということである。
それを聞いてリーダーは唇を噛んだ。まさか自分たちの仲間に、仲間を裏切るやつが出てくるとは思いもしなかったからだ。
「……して、今回の内通、ご苦労だったよ」
兵士の中でも一番偉いと思われる小太りの男は、誰かに話していた。
それは少女だった。声からして、そうとしか言えなかった。
「それでは、報酬をいただけないでしょうか」
「報酬、ねえ。……あまり多くのことは期待できないよ。具体的に、何を望む?」
「そりゃあもう。ここを出させてください。具体的には仕事をください」
「仕事……そうか」
ニヤリ、と笑ったような顔が見えた気がした。
「ならば、打ってつけの仕事があるよ。当分困ることのない仕事だ」
それを聞いて、少女の声のトーンが上がる。
「ほんとうですか! それはぜひ――」
パン、と軽い音がした。
それが銃声であることにリーダーが気付いたのは、会話をしている少女がゆっくりと倒れこむのを見たからである。
そしてそれと同時に――その少女の顔を見ることが出来た。
「フランカ――」
「――死ぬだけの簡単なお仕事だ。当分困ることのないだろう?」
拳銃を仕舞い、フランカの死体を蹴り上げる。
「これをどこかに捨てておけ」
「はっ。少年は?」
「……」
小太りの男は少年たちを一目。
「……殺しておけ。ああ、死体は町の外に出しておけよ?」
「……解りました」
短い会話の後――兵士は踵を返す。
少年たちの間には涙を流す者、怒りをあらわにする者、兵士に罵詈雑言を当てる者が居た。
しかし、リーダーだけは静かに目を瞑って、その時を待っていた。
そして彼らの処刑は――静かに行われた。
リーダーが目を覚ました時、そこは壁に面した産業廃棄物の処理場だった。処理場とは名目上であり、実際はただのゴミ捨て場である。
夜町はごみ処理能力が低い。そのため、街の外にごみを捨てるのである。それが社会問題になっているとかいないとか。
「おい……みんな生きているか?」
リーダーは声を出す。
しかし、反応は無かった。
リーダーは起き上がろうとした。
しかし、身体に力が入らなかった。それどころか、力が抜けていっているような気がした。
――死ぬのか。
リーダーは思った。銃で撃たれたのだ。普通の人間ならば、死ぬ。
リーダーは空を見た。
そこには――始まりが広がっていた。
夜町を覆い尽くす『夜』と、他の町に広がる『朝』。それらが完全に二分化されている、その光景はまさに『始まり』と言えるだろう。
白と黒。
光と闇。
相反する二つが、割拠している。
それは『始まり』でもあるが『終わり』でもあった。
「おい……クラッツォ、聞こえるか。俺、始まりを見たぜ。なあ、みんな……見えているか、この景色……。こんなにも幻想的で、綺麗なんだなあ……」
彼は、自身の身体が冷たくなっていくのを感じる。
徐々に彼の中に現れる、その感情は果たして恐怖だっただろうか?
違う、そうでは無い。
恐怖よりも――満足感。
今までの状態では、先ず一生見ることの出来ないであろう『始まり』を、目の当たりにした。
そのことが彼にとって嬉しかったのだ。
「俺は……俺は……」
そして彼は――ゆっくりとその目を閉じた。
これは救いのない物語だったかもしれない。
しかし、『始まり』を見ることの出来た彼らにとっては、幸せだったのかもしれない。救いがあったのかもしれない。
この物語をどう受け取るかは、読んでいる諸君に託そう。
ただ、忘れないでほしい。
この物語は紛れも無い――『真実』なのだと。
ベストセラーとなった処女作『始まりを見に行こう』の著者である、フランカ・アーズベルトはのちのインタビューでこの作品についてそう締めくくった。
ある人は言いました。この町が闇に包まれているのは、永久の昔、神様がある女性を愛したから――それが始まりだと言われている、と。
その女性は神様に愛されていたが、この町の人間に殺されてしまったのだと。そして、神様はその所業に怒ってしまいこの町から光を奪ったのだと――。あくまでもそれは噂話に過ぎないのかもしれません。ですが、間違っていないのかもしれません。その、噂話を人々は、少なくとも信じているのですから。
しかしながら、その噂話は案外ほんとうなのかもしれません。人々がそう思っているだけで、実際には嘘偽りだと思うひとも、どうやらほかの町には居るそうですが。
「……『始まり』を見に行こう」
夜町、東エリア。
浮浪児が多く、治安も悪いエリアの一角にある一つのバラック。そこに居るのは十六名の少年たちだった。少年たちはどれも親が居ない。だからこそ、彼らはある程度自由に動くことが出来るともいえる。
「始まりを見に行く、って……。あれって伝説みたいなものじゃないの? お金をたくさん持っている人じゃないと見ることが出来ないって、聞いたことがあるよ」
ボーイッシュな雰囲気を醸し出す少女――エレンが、リーダー格の少年に言った。
「そうだな。確かにそれはその通りだ。……でも、そうだとしても、僕たちは見に行く。だって、考えてみろよ。お金がなくちゃ、その噂すらも検証しちゃいけないのかよ? 金持ちにしかその景色は共有されないのかよ?」
「……確かに、それもそうだ」
そう思う人間が殆どだった。
彼らの殆どが孤児だったこともあるだろう。
しかしながら、それ以上に『始まり』を見たいと思っていた。
「よし、それじゃ……見に行くことでいいか?」
こくこく、と全員が頷くのは言うまでも無かった。
しかしながら『始まり』を見に行くにはいくつかの問題があった。
一つに、どうやって境目に行くか? ということだ。始まりを見るにはこの街の境目に行く必要がある。しかし境目は警備が張り巡らされている。
「……となると、やはり隠れていくしか」
「私、知ってるよ」
手を挙げて言ったのは一番の情報通、フランカだった。
「フランカ、何を知っているんだ?」
「警備を抜けて境目のそばまで行く通路だよ。ただし、あくまでもそれは境目のそばまで。そこから境目までは警備を自力で超える必要がある」
「その道のりは?」
「ざっと二百メートル」
フランカが指を二本出して、そう言った。
二百メートル。
走ればざっと十数秒で抜けることが出来るだろう。しかし……警備は相当厳重である。夜町から誰も人を出さないようにするためだ。
だが、そんなリスクは気にならない。
それよりも、始まりを見たかった。
だから、少年たちは歩き出す。
始まりを見に行くために。
排気ダクトのように狭い通路を匍匐前進のように進んでいた。
「……思ったより狭いな……。ほんとうにこの先にあるのだろうね?」
「そんなことを言われても……。でも、ここは確実にあの道に繋がっているよ。大丈夫、心配する必要はないさ!」
リーダー格の少年の後ろから、先ほどの少女の声が聞こえる。因みに少女が先頭ではないのは、『私は男に尻を見せ続けなくちゃいけないのか? 女にとって恥ずかしいことナンバーワンだぞ、それは』と言われた。
まあ、それは仕方ないことだ。
「見えたぞ、光が――!」
案外はっきりと見えるんだな、と彼は思った。
しかし、彼は見くびっていた。
少しだけ考えれば解る話だった。
その光が――、銃に備え付けられているサーチライトのものだということに。
「みんな、急いで下がれ――!」
「無理よ、リーダー! 後ろから知らない人が!」
最後尾に居るクレッツォが言う。
それを見て、彼はすぐ思った。
――何者かが、情報を流したのか? と。
そして彼は、進むしかなかった。
袋の鼠となった彼らは、そのまま外に出るしかなかったのだった。
兵士が銃を構えて、彼らを睨み付けている。
しかし彼らは手足を縛られて、動くことが出来ない状態となっている。
まさに絶体絶命と言えよう。
「……それにしても内通者のおかげで、浮浪者の大量捕縛に成功したよ。だって、十五名だろう? 多いことだ。将来のある若者がこのような形で亡くなってしまうのは非常に惜しいことだが……致し方ない」
「……十五名?」
リーダーはそれを聞いて首を傾げる。
なぜなら、彼らの家に居たのは『十六名』だから――、それを考えると、求められる結論は――。
――誰かが、情報を流した。
内通者、と兵士は言った。その言葉の通りならば、彼らの中に内通者が居たということである。
それを聞いてリーダーは唇を噛んだ。まさか自分たちの仲間に、仲間を裏切るやつが出てくるとは思いもしなかったからだ。
「……して、今回の内通、ご苦労だったよ」
兵士の中でも一番偉いと思われる小太りの男は、誰かに話していた。
それは少女だった。声からして、そうとしか言えなかった。
「それでは、報酬をいただけないでしょうか」
「報酬、ねえ。……あまり多くのことは期待できないよ。具体的に、何を望む?」
「そりゃあもう。ここを出させてください。具体的には仕事をください」
「仕事……そうか」
ニヤリ、と笑ったような顔が見えた気がした。
「ならば、打ってつけの仕事があるよ。当分困ることのない仕事だ」
それを聞いて、少女の声のトーンが上がる。
「ほんとうですか! それはぜひ――」
パン、と軽い音がした。
それが銃声であることにリーダーが気付いたのは、会話をしている少女がゆっくりと倒れこむのを見たからである。
そしてそれと同時に――その少女の顔を見ることが出来た。
「フランカ――」
「――死ぬだけの簡単なお仕事だ。当分困ることのないだろう?」
拳銃を仕舞い、フランカの死体を蹴り上げる。
「これをどこかに捨てておけ」
「はっ。少年は?」
「……」
小太りの男は少年たちを一目。
「……殺しておけ。ああ、死体は町の外に出しておけよ?」
「……解りました」
短い会話の後――兵士は踵を返す。
少年たちの間には涙を流す者、怒りをあらわにする者、兵士に罵詈雑言を当てる者が居た。
しかし、リーダーだけは静かに目を瞑って、その時を待っていた。
そして彼らの処刑は――静かに行われた。
リーダーが目を覚ました時、そこは壁に面した産業廃棄物の処理場だった。処理場とは名目上であり、実際はただのゴミ捨て場である。
夜町はごみ処理能力が低い。そのため、街の外にごみを捨てるのである。それが社会問題になっているとかいないとか。
「おい……みんな生きているか?」
リーダーは声を出す。
しかし、反応は無かった。
リーダーは起き上がろうとした。
しかし、身体に力が入らなかった。それどころか、力が抜けていっているような気がした。
――死ぬのか。
リーダーは思った。銃で撃たれたのだ。普通の人間ならば、死ぬ。
リーダーは空を見た。
そこには――始まりが広がっていた。
夜町を覆い尽くす『夜』と、他の町に広がる『朝』。それらが完全に二分化されている、その光景はまさに『始まり』と言えるだろう。
白と黒。
光と闇。
相反する二つが、割拠している。
それは『始まり』でもあるが『終わり』でもあった。
「おい……クラッツォ、聞こえるか。俺、始まりを見たぜ。なあ、みんな……見えているか、この景色……。こんなにも幻想的で、綺麗なんだなあ……」
彼は、自身の身体が冷たくなっていくのを感じる。
徐々に彼の中に現れる、その感情は果たして恐怖だっただろうか?
違う、そうでは無い。
恐怖よりも――満足感。
今までの状態では、先ず一生見ることの出来ないであろう『始まり』を、目の当たりにした。
そのことが彼にとって嬉しかったのだ。
「俺は……俺は……」
そして彼は――ゆっくりとその目を閉じた。
これは救いのない物語だったかもしれない。
しかし、『始まり』を見ることの出来た彼らにとっては、幸せだったのかもしれない。救いがあったのかもしれない。
この物語をどう受け取るかは、読んでいる諸君に託そう。
ただ、忘れないでほしい。
この物語は紛れも無い――『真実』なのだと。
ベストセラーとなった処女作『始まりを見に行こう』の著者である、フランカ・アーズベルトはのちのインタビューでこの作品についてそう締めくくった。
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コメント
ノベルバユーザー601496
嫌な部分も見えますがちゃんと描かれている。
その一面だけじゃないみたいなものが人間らしくてより物語がリアルに感じます。