花は示す 花は祝ぐ
3
「さて、どういうことか話してもらおか」
「は、はい」
夕食後、手紙を持ってひなこの部屋を訪ねてきた父とお互い向かいあわせになるように床に正座しながら、ひなこは開口一番にそう言った。
残念ながらかつ丼はないが、気分はすっかり取調官。
じろりと身長差で見上げるように睨みながら言うひなこに、父は委縮したように縮こまった。
「ひなこちゃんも大きくなったし、そろそろ話しておこうかなって思ってたんだけど・・・」
「そういうの良いから、はよ」
「あ、はい」
風が吹けば・・・というか吹かなくてもぱったり倒れてしまいそうな。深刻な面持ちで口を開いた父だったが、ひなこにさらに睨みあげられ思わず頷く。
そこから俯いて、ようやく話し始めた。
母が亡くなり父子家庭ということ以外はありきたりな生活を送る我が家に、どんな秘密があるのか。聞きたいような聞きたくないようなじれったさに、ひなこは父に聞こえないよう小さくため息をついた。
「一之瀬って、誰やねん」
「えっと、一之瀬グループはわかるよね?」
「うん、先生やら病院やら会社やらぎょうさん持っとるところやろ?」
「そう。お母さんの実家が八ツ森っていうのも知ってるね? 一之瀬はそこの本家なんだ。他にも6つの分家があるらしいんだけど・・・」
「多いな・・・っていうか、え。あの一之瀬と親戚なんか!?」
驚いて、思わずひなこは声を上げた。
ひなこが小さい頃に亡くなってしまった母は、幼心にふわふわとしたお姫様みたいな人だと思っていたが、まさか本当にお姫様(仮)だったとは。
慄いているひなこに、俯いているため気付かず、父は話をつづけた。
「花祝様っていうのはよくわからないんだけど・・・」
「わからないんかい!」
「お、お母さんがあんまり話してくれなくてね! わからないんだ。ただ・・・」
「ただ?」
「『選ばれたら帰ってこれない』って言ってて」
「ホ、ホラー?」
「ち、違うよ!」
多分・・・と尻すぼみに消えていく声と一緒にどんどん背中を丸めていく父。それを若干いらっとしながら見て、ひなこは父に宣言した。
「ま、行くけどな」
「え!? 行くの!?」
「ようわからんけど、絶対参加なんやろ? それに・・・」
「それに?」
「行くだけで金一封もらえるなんて、こんなボロいバイトないで!」
ぐっとこぶしを握り締めながら鼻息も荒くひなこは叫んだ。
目の前で呆然としている父なんかには目もくれない。
思い出すのは手紙の本文に追伸で書かれた「来られた方には金一封ご用意しています」の文字だ。
「お、お金? ひなこちゃん、なにか欲しいものがあるの?」
「お父さん、家はこれからいろいろお金かかるやろ。あって悪いことはないねん」
「お父さんの稼ぎじゃ足りない?」
「ふうたは塾通いたい言うてたし、へいがはサッカー教室やって。正直、ちと厳しい」
「そ、うなんだ」
がっくりと肩を落とす父には悪いが本当のことである。
苦笑いしながらひなこは膝立ちで父の側まで行くと、その広い背中をぽんぽんと叩いた。
それに、ううと父は声を漏らした。
「ごめんね、お父さんが不甲斐ないから」
「別にええやん。ちょこっと行って金一封もらって帰って来よ!」
なっとうずくまる父の背中を、再度ひなこはさすった。それに感動したかのようにぼろぼろと泣き出す涙腺の緩い父に、ティッシュを渡しながら、ひなこはため息をついた。
「ま、うちが選ばれることはないやろ」
「うん、お母さんもそう言ってた。八ツ森から選ばれたことはないって」
「ほらみぃ。ちょっと行って、明日の夕飯は皆で外食しよな!」
そう言って笑顔を見せたひなこに、父もうんうんとやっと元気が出たように頷いていた。
これが昨日の晩のことだった。
          
「は、はい」
夕食後、手紙を持ってひなこの部屋を訪ねてきた父とお互い向かいあわせになるように床に正座しながら、ひなこは開口一番にそう言った。
残念ながらかつ丼はないが、気分はすっかり取調官。
じろりと身長差で見上げるように睨みながら言うひなこに、父は委縮したように縮こまった。
「ひなこちゃんも大きくなったし、そろそろ話しておこうかなって思ってたんだけど・・・」
「そういうの良いから、はよ」
「あ、はい」
風が吹けば・・・というか吹かなくてもぱったり倒れてしまいそうな。深刻な面持ちで口を開いた父だったが、ひなこにさらに睨みあげられ思わず頷く。
そこから俯いて、ようやく話し始めた。
母が亡くなり父子家庭ということ以外はありきたりな生活を送る我が家に、どんな秘密があるのか。聞きたいような聞きたくないようなじれったさに、ひなこは父に聞こえないよう小さくため息をついた。
「一之瀬って、誰やねん」
「えっと、一之瀬グループはわかるよね?」
「うん、先生やら病院やら会社やらぎょうさん持っとるところやろ?」
「そう。お母さんの実家が八ツ森っていうのも知ってるね? 一之瀬はそこの本家なんだ。他にも6つの分家があるらしいんだけど・・・」
「多いな・・・っていうか、え。あの一之瀬と親戚なんか!?」
驚いて、思わずひなこは声を上げた。
ひなこが小さい頃に亡くなってしまった母は、幼心にふわふわとしたお姫様みたいな人だと思っていたが、まさか本当にお姫様(仮)だったとは。
慄いているひなこに、俯いているため気付かず、父は話をつづけた。
「花祝様っていうのはよくわからないんだけど・・・」
「わからないんかい!」
「お、お母さんがあんまり話してくれなくてね! わからないんだ。ただ・・・」
「ただ?」
「『選ばれたら帰ってこれない』って言ってて」
「ホ、ホラー?」
「ち、違うよ!」
多分・・・と尻すぼみに消えていく声と一緒にどんどん背中を丸めていく父。それを若干いらっとしながら見て、ひなこは父に宣言した。
「ま、行くけどな」
「え!? 行くの!?」
「ようわからんけど、絶対参加なんやろ? それに・・・」
「それに?」
「行くだけで金一封もらえるなんて、こんなボロいバイトないで!」
ぐっとこぶしを握り締めながら鼻息も荒くひなこは叫んだ。
目の前で呆然としている父なんかには目もくれない。
思い出すのは手紙の本文に追伸で書かれた「来られた方には金一封ご用意しています」の文字だ。
「お、お金? ひなこちゃん、なにか欲しいものがあるの?」
「お父さん、家はこれからいろいろお金かかるやろ。あって悪いことはないねん」
「お父さんの稼ぎじゃ足りない?」
「ふうたは塾通いたい言うてたし、へいがはサッカー教室やって。正直、ちと厳しい」
「そ、うなんだ」
がっくりと肩を落とす父には悪いが本当のことである。
苦笑いしながらひなこは膝立ちで父の側まで行くと、その広い背中をぽんぽんと叩いた。
それに、ううと父は声を漏らした。
「ごめんね、お父さんが不甲斐ないから」
「別にええやん。ちょこっと行って金一封もらって帰って来よ!」
なっとうずくまる父の背中を、再度ひなこはさすった。それに感動したかのようにぼろぼろと泣き出す涙腺の緩い父に、ティッシュを渡しながら、ひなこはため息をついた。
「ま、うちが選ばれることはないやろ」
「うん、お母さんもそう言ってた。八ツ森から選ばれたことはないって」
「ほらみぃ。ちょっと行って、明日の夕飯は皆で外食しよな!」
そう言って笑顔を見せたひなこに、父もうんうんとやっと元気が出たように頷いていた。
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