異世界から「こんにちは」

青キング

都市伝説の謎に迫る

 黒服隊の隊長ナレクは、事務机で肩が凝り固まってしまいそうな書類仕事を惰性的にこなしていた。
 一旦、筆を止めて椅子の上で手を組み伸びをする。

「んー、あはー」

 腕や肩は楽になったが、ナレクは満足でない顔になる。

「座りっぱなしだし、足も伸ばしとくか」

 椅子から立ち上がり絨毯の上で開脚して、上体を左右に傾ける。

「いたたたい」

 童心に帰ったみたいに楽しくそして痛く体をほぐしている折柄、ドアがノックされる。

「ナレク、今大丈夫か?」

 久方ぶりの友人剣士の声に、柔軟を中断して返事をする。

「どうぞ」

 ブルファが入ってきて礼儀的に一礼して、頭が上がると友好的な微笑を浮かべた。

「調べたいことがあるんだ、手伝ってくれ」
「はあ、そうか」

 言い合わせたわけでもないのに、背の低いマホガニーのテーブルを挟む対面のソファに二人は腰かけた。
 早速、ブルファが切り出す。


「ナバス郊外の農村地域の縮小図ってどこかある?」
「どうした、剣士をやめて農業でも始めるのか」
「違うよ。ある街の有無を確かめたいんだ、それも年別に」
「ある街とは?」

 ブルファはあからさまに驚いた顔になる。

「都市伝説を知らないのか」
「うむ、聞いてないな」
「じゃあそこから話そう」

 巷で耳にした都市伝説の概要を聞かされ、ナレクは信憑性を疑って眉を寄せる。

「それはデマだろ」
「デマかどうかではなく、俺は十七年前って言う明白過ぎる年数に秘密がありそうだと思ったからな」
「十七年前か、言われてみると都市伝説にしては確定的過ぎて奇妙だな」
「だから年別の地図で確かめたいんだ」

 真摯にそう言ったブルファに、しかしナレクは首を横に振る。

「ここにはないな」
「それではどこに?」

 ナレクはしばし考え込んでから、一カ所そのものがありそうな施設を捻りだした。

「書庫かな、ナバス街資料書庫」
「本気で言ってるのか?」
「そうだが」

 ブルファはしょげた溜息を吐く。

「ナバスの限られた重役以外は立ち入りを禁止されている書庫に、一介の剣士の俺が入れると?」
「そんなに悲嘆するな、限られた重役なんて身近にいる」
「ん? 誰だ?」

 問われてナレクは自身に親指を向けた。

「俺だ」

 ナバス街資料書庫は街の中央部の役所の地下にあり、ナバスの歴史をほぼ全て把握できてしまう門外不出の資料が蔵されている。
 故に一般の人では立ち入りを許されないのだが、街の治安維持を担う黒服隊の隊長ともあらば立ち入りの融通も利くのである。
 黒服隊の隊長である証明書を示し、案内された部屋の地下への風化した岩の長い階段を降りていくと、黒光りする分厚い鉄扉が立ち塞いでいた。
 ナレクが光の魔法の照明で鉄扉の威容を照らす。

「押して開くのか、これは」

 開扉できるかの心配をしつつも、身体を横に当てて足を踏ん張って鉄扉を押す。
 心配したとおりにびくともしない。

「ダメだ」
「じゃあ引いてみよう」

 ナレクと代わりブルファが観音開きの戸と戸の隙間に手を引っ掛けて開こうとする。
 先ほどと同様、びくともしない。

「へぇ、無理だ」

 長く息を吐き出しブルファはその場に屈んだ。
 ふと、鉄扉の下の方に奇妙な矩形に彫られた線を見つける。

「なんだろ?」

 ブルファはなんとなくその矩形に触ってみた。

「あっ」

 押した感覚を覚えたブルファは毒気に抜かれた声を出した。
 矩形が天窓のように押し開き、匍匐で人が通れる入口ができていた。

「ナレク、中に入れるぞ」
「うん? どういうことだ、ああ」

 ナレクも小さな入口を目にし目が点になった。そこで似たような造りのものを思い出す。

「あれだな、小動物用の扉みたいだな」
「ああー、ペットが家に入れるようにするあれか」

 と、二人は合点がいき自分達が人間扱いされていない気がして唐突に嫌な気分になった。


「愛玩動物にされたみたいで不愉快だ」
「気にすることじゃない。とりあえず入ろう」

 憤りが表情に出だしたナレクをブルファがたしなめる。そして腹ばいになり入り口に体を突っ込む。

「よし、通じてる」

 鉄扉の向こうに繋がっているのを目で確認し、前進する。
 ナレクもそれに倣う。
 書庫内部の濃い闇に閉ざされ床は埃でまみれていた。
 服の全体にくっついた埃をブルファは腹ばいから起き上がって払う。

「埃以外何があるのかわからないな」

 そこにナレクの魔法の照明が周囲を照らした。
 肉眼では視認できない闇の奥へと、扉と同じ材質の書棚が続いている。書棚の側面に保管された年がくぼんで刻まれている。

「年代ごとで棚に保管しているんだな」
「ならば、そう時間はかからないな」

 二人は手前の棚の年を昨年だと認め、当該する年の書棚まで遡っていった。
 十七年前のものを保管する棚で足を止め、しらみ潰しに抽斗の中を探す。

「あった」

 ナレクが上段の引き出しで探し求めていたナバス郊外の地図を見つけた。
 隣の列の下段をあさくっていたブルファが素早く立ち上がり、ナレクから地図をかっさらう。
 傾注して地図に目を走らせるブルファの目が驚きに見開かれる。

「この街だ……」

 呻いたブルファの指さすところをナレクは見て怪訝に眉を寄せる。

「その街は名前すら聞いたことない」
「北の山脈の麓、間違いない。これが存在が都市伝説になっている街だろう」

 ブルファは都市伝説の正否を、今ここで正だと確信した。
 ナレクが疑問を述べる。

「しかし、何故その街は今の地図には載っていないんだ?」
「七年前のにもだよ」

 深く思案してナレクは言う。

「近い年の地図でも調べてみないか、その街が地図から消された年がいつかわかるだろ?」
「そうだな、じゃあ俺は十八年前のを調べるよ」
「それならば俺は十六年前のだな」

 幸い地図はすぐに見つかり、二人は北の山脈の麓の位置を目にして息を詰まらせる。

「ないぞブルファ」
「こっちもだナレク」

 二人は地図を見比べて気付いた差異に、戦慄に似たもの恐ろしさに言葉も告げられない。
 都市伝説の解明のつもりが、ナバス政府の先の見えぬ伏魔殿のとば口に立ってしまった気がした。

「なんでこの街は一年だけ載ってるんだ」
「書庫にある資料は全てナバスの官僚達が代々作成してきたものだ。となると……」

 思考を巡らし始めたナレクは、一つの可能性に帰結する。

「政府が意図的に消したのか……存在しては都合の悪い何かを隠すためか?」

 彼の思考をブルファの声が断つ。

「ナレク、考えるのはここを出てからにしよう。段々身体が冷えてきた」
「そう、だな。寒くなってきた出よう」

 思考することを一旦やめ、ナレクは頷いた。
 二人は書庫から出て役所を後にした。

「もう夕方か」
「早いな」
「こんなに綺麗だったんだ、この街」
「久しぶりだ。夕景をゆっくり見られたのは」

 すっかり黄昏の訪れたナバスを二人は都市伝説のことを忘れ、夜になるまで当て所もなく歩き回った。
 暖色に染められた街並みは中々に情趣に富む景色だった。























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