異世界から「こんにちは」

青キング

戦争は命の説明書に載っていない使い方

 鬱蒼とした森の中、木々の間から影が二つこちらに近づいてくる。
 俺は身構えた。
 だが、拓けたところまで近づいてくると月明かりによって顔が露になり、俺は安心して力を抜いた。
 影の正体はリアンとシャマだったからだ。
「ごめんなさい太刀さん。いろいろ聴取されてました」
 切断された樹の幹に腰かける俺を見つけていそいそとリアンが駆け寄ってきた。
「リアン先輩だだこねて聴取の途中で脱け出そうとしましたからね」
 からかうようにシャマが言うと、頬を膨らませてだって長いんだもん、と理由を明らかにする。
「だから私が無理いって出させてもらったんですよ」
「ほんとほんと、魔法がどうとか魔法がどうとか魔法がどうとか、ちんぷんかんぷんでした」
 コクコクとリアンは頷いた。
 魔法がどうとかって三回も言う必要あったのか、ていうかそれじゃあ同じ内容しか聴取されてないってことになるよね、
「それよりそれより、あの二人はなんなんですか?」
 リアンが指差したのは、草の上で膝枕してあげている少女とされている玲だ。
 俺は簡単に説明する。
「玲が気を失って、少女がヤバイヤバイってなって恥ずかしながらに膝枕をしてあげてるって経緯かな」
 ボキャブラリーの少なさが露呈してしまった俺の説明だった。
 そんなグダクダな説明でも、リアンはポンと手を打ち合わせた。
「要するに二人は蜜月なんですね。ラブラブでチュッチユッなんですね」
 残念なことにリアンもボキャブラリーが少なかった。
 俺とリアンの会話を見兼ねてか、シャマが呆れたように挙手してちょっといいですか、と口を開いた。
「つまるところあそこの二人は恋愛関係にあるってことでしょ?」
「そうーなのかなー?」
 確信がつかない俺は言いよどむ。
 実際二人はどういう関係なのだろうか?
 二人の方を見遣ると、俺の視線に気づいたのか少女がこちらをしばし睨んで怒鳴った。
「わらわはこんなやつを恋愛対象として見とらんわ!」
 その怒鳴りにシャマが的確に返した。
「なら何で膝枕してるんですか? 故意的に狙ってませんか?」
 少女は途端に赤面したがすぐに返答する。
「わらわはただ情けをかけてやっとるだけじゃい!」
「それなら顔赤くなってるのは何故ですか?」
「怒ってるんじゃ当たり前じゃろ!」
「怒ってるのに情けはかけるんだ。ふ~ん矛盾してますね」
「どこが矛盾してるんじゃ!」
「怒ってるなら膝枕しないでしょ。それとも本当はその人のことが、だいだいだいだぁ~い好きなんですか?」
「嫌いじゃこんなやつ!」
「嫌いなら何故退かないんですか?」
「ううう、それはそのな……あ、あれじゃ仲間だからじゃ」
 ちょっと照れ臭そうに目線を逸らしてから少女は答えた。
 そんな時、俺は袖を引っ張られた。
 引っ張られた方に視線を移すとリアンが俺の足元で正座していた。
「どうしたリアン?」
 俺が尋ねると自分の膝をパンパンと軽く叩いて私たちもやりましょう、と誘ってきた。
 やらねぇーよ!
 細い目でリアンを見つめると、冷たい目で私を見ないでください、と言われてしまった。
「すまんな」
 一応謝るとするとリアンの瞳が潤いを帯び始めた。
「もしかして私の体なんかには興味ないんですか? すみません、色気も突起もなくて」
「そういう問題じゃあねー!」
 無論、咄嗟に否定。
 どうやらすまんな、を違う意味合いで捉えられてしまったようだ。
 さらに傍らではシャマと少女の論争が続いていた。
「動くと起きちゃいますよー」
 意地悪く言うシャマにすかざす少女が大声で言葉を返した。
「うるさいわい! 起きたら起きたで構わんわい!」
 いい加減玲も起きるだろ。
 俺の予想は的中した。少女の太ももの上で玲がゆっくり目を開けたのだ。
 しかし少女は反論に必死で、玲が起きたことなど露知らず。
「何で目の前にチウの顔が?」
 状況を知らない玲が小さな声で疑問を口にする。
「ほーら起きちゃいました」
「何を言っとるんじゃ?」
 少女は自分の太ももを見下ろして盛大に目を見開いた。
「ななななんで起きとるんじゃ!」
 少女は頬をあかくしてテンパった。
「気持ちいいねぇ膝枕」
 玲の目尻が垂れ下がって喜悦そうに言う。
 咄嗟に少女は言い訳する。
「あったり前じゃ、傷ついた体には心地よい睡眠が大切じゃからのう。わざわざやってあげてるのじゃ感謝せい」 
 赤くなった顔を玲に見せたくない、のか、少女は顔を逸らしてぶつぶつ呟いている。
「ありがとうチウ。気持ちいいけどそろそろ体起こさないとチウの太ももに負担がかかってしまう」
 地面に手をついて上体を起こしそのままた立ち上がり、にやついた。
「それじゃあ行きますか」

 一段落。その言葉が脳内で閃いている。
 パーティーも終わり各々が自宅へ帰ったが、私はナレク様に誘われてとあるバーで一服していた。
 魔女は消滅した、それでも世の中では民族間の戦争や国の内乱などなど争いはあとを絶たない。
 私はそんな世を悲観してしまう。
 そして今、カウンター席に座る私の隣に同じ考えを持っナレク様が者が、カクテルグラスを片手に吐露していた。
「一つの争いが終わればそこから憎しみが生まれる、そしてまた争いが勃発する。悪循環に過ぎないな」
 ナレク様は大きくため息を吐くと、カクテルグラスを口につけてぐびっと一口橙色のカクテルを喉をに通らせた。
 酒の飲み過ぎか顔が全体的に紅潮している。
「俺、この世界に来るまで戦火の中にいたんだぜ。それでなーんか唐突に脇腹撃たれてやむを得ず自決したんだ。凄惨なもんだよ戦争は、轟音で耳は痛いし、気持ち悪い虫はそこらじゅうにいるし目の前で戦友は息絶えるし、戦争は人の命を無駄遣いするだけの不易なものだよ……ほんと」
 そう長く話したナレク様の表情は、見たことないほど暗くなっていた。
 それでもナレク様はこっちを見て、バレバレの作り笑いを浮かべた。
「わかんねぇよな、ごめん変な話して」
 そんなことはない。時々知らない単語が出てきたが内容の解釈はできた。
 もっと詳しく知りたい。
「話の続き、聞きたい」
 素直な気持ちを言ったのだが、ナレク様は驚いたようで一瞬目を大きくさせたが、聞きたいなら仕方ないか、話を始めた。
「黒服隊にレイがいただろう? 知ってるはずだがあいつは俺と同じ世界から来た人間だ」
「うん、知ってる」
 確かレイも最初出会ったときにいろいろ戸惑ってたな。
「レイが同じ世界の人間だと言うことから、詳しい話を伺ったんだ。そしたら俺のたし時代よりも七十年も未来なんだよ、さらに俺のいた国は戦争していないだそうだ」
「平和ってことですか?」
 私の発した質問はナレク様にとってちょっと気まずい質問だったようで、言葉に詰まり考えるような表情はをした。
 ナレク様から次の言葉が発せられるのに数秒を要した。
「偽りの平和だ」
「偽りの平和?」
 意味を理解できずおうむ返しに尋ねる。
 尋ねた答えにナレク様は感情を押し殺したように低い声で口にした。
「レイは俺が戦ったことを知らなかった。そ知らぬ顔でへぇそうですか、と興味なさげに俺の話を聞いていた。戦争というもの大雑把に解釈しているだけなんだ。ただの激戦地として……あの時必死に戦っていた人たちの命などどうでもいいようにな」
 長く言い終わってふぅと息を漏らしてカクテルグラスを口につけた。
 湧き出た疑問をぶつける。
「ナレク様はレイを恨んでる?」
 私の質問に口につけていたカクテルグラスをテーブルに置いた。
「恨んでるわけないだろ? ただ悔しかっただけだよ」
 口元を緩ませナレク様は続ける。
「俺は元の世界に帰る気はない。ここで宣言しとくよ、証人はイナシアだ」
 突然名前で呼ばれ、えっ? と戸惑った。
「この世界から争いなくさせる、黒服隊の最終的な目的はそれだ。だからまずはこの街から平和にしていこう、そう思ったんだ。手伝ってくれるよな?」
 私に返事を求めてきたナレク様の顔は、決意と希望に満ちていた。
 私はその顔を真っ直ぐ見て、迷いなく返事した。
「もちろん」
 その時私も胸中で密かに誓った。ナレク様の理想が叶うまで私はついていきます、と。

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