異世界から「こんにちは」

青キング

妄想盛んの男子高校生

「だって剣志の服がびしょびしょだもん」
 冬花は唇を尖らせる。俺の服がびしょびしょだと何かいけないのだろうか?
「風邪引くよ?」
「急いで帰れば大丈夫だよ」
「また気絶してもいいの?」
 返してもまた別の質問で帰ってくる。らちがあかないな。
「少しだけ待ってて」
「……おう」
 目的は決まっているかのように乱れのない足取りでリビングを出た。 
 待ってて、と言われて帰るのも無礼だ。気長に待つか。
 __女子と二人っきり。どこかのラブコメみたいなシチュエーションだ。
 ふと、そんな思考が脳裏に浮かんでくる。思考が映像に変換され、頭のなかで再生し始めた。
『ねぇ剣志、これから私と二人で夜の遊戯しようよ』
『なんだそれ?』
 艶かしく冬花は指を唇に当て、豊潤な下唇の曲線に沿って指先をなぞらせた。
『私の体を自由……いや好き勝手でも何でもしていいよ。これが夜の遊戯』
 思わず俺は顔を逸らし、冬花の顔を見ず恐る恐る尋ねた。
『正気ですか?』
 体が火照っているのが自分でも感じる。そんな俺を冬花はさらに火照らせた。
『制服の前を開くかスカートを脱ぐの、どちらを先にしてほしい? それとも~自分の手でやりたい?』
 抑制力が低下したのか俺は背後の冬花を見てしまった。
『決断できた?』
『いやぁ……あの……俺達まだ高校生だから』
 しどろもどろになりながら述べると、冬花は微笑んだ。
『あはは、問題ないよ。だって他言しないもん』
 そうか~もう知らん!
 __はっ! なんだこの体たらく! しかも何てことを想像してたんだ!
 一種の病気かな、これ? もしそうであったら治したい。
「何やってんの?」
 背後から呆れたような声が耳に届く。おずおずとそちらに顔を向けた。
「準備できたよ。お風呂」
「へっ?」
「味噌汁頭に被ったでしょ、だからゆっくり洗ってきていいよ」
 はぁそういうことか。
 俺は驚きもせず立ち上がる。
「はい、タオル二枚。一枚は腰に巻き付けてね」
「何で?」
 俺にタオルを手渡した冬花は無表情で口走った。
「私も入るから」
「……Way!」
 衝撃のあまり英語で叫んでしまった。
 えっ? 私も入るってことは混浴?
「今日だけの……サービス」
 俺が思考をまとめていると冬花は頬を赤らめ横を向いた。
「まぁ、私もタオル巻くから大丈夫よね」
 消え入っていくようにそう呟く。
 画的には大丈夫だろうけど心情的にはあらぶるぞ。
「やっぱ俺、帰るわ」
「準備したのが水の泡じゃない、水道代払ってもらうよ!」
「何で俺が払うんだよ。勝手に準備したのはお前だろ」
「これっきりだから……我慢して! こうしないと私自身の気がすまないの、これはお礼というか……プレゼントみたいなものだから受け取って!」
 焦点を俺の顔だけに当て、片手を胸に置き先程より眼差しを強まった。
「恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいわよ。それでもいいのよ剣志だから」
「……俺だから?」
 こくんと冬花は頷く。
「知らねーぞ、後であーだーこーだー言うなよ」
「頭洗ってあげるだけだから」
 眼差しが優しくなった。よし、お前の気持ちはよーく分かった。
「冬花、目瞑ってろ」
「えっ?」
「いいから早く」
「ああ、うん」
 恐々と冬花は強く目を瞑った。
 俺は意を決していた。
 この間にここから抜け出そうと、冬花には悪いが高校生で穢れを行うのは俺のなかではだからだ。
 さらに言えば、自身が愛する者としか穢れはやりたくないというのもある。
 俺は静かに一歩を踏み出した。抜き足差し足忍び足とでも言わんばかりに無音で目を瞑り続けている冬目を花から離れていく。リビングの出口が眼前に迫ったところで俺は駆け出した。
 後ろは振り返らなかった。きっと足音に気づいて瞑っていた目を冬花は開いただろう。
 残念するかもしれない、しかしこれでいいんだ。俺と冬花は正式に付き合っている男女じゃない。蜜月ではない、二十歳になっていない。今日のことは忘れよう。
 そして玄関を飛び出した。
 しかしなぜ、冬花は混浴なんてしたかったんだ?
 う~ん、わからん。
 俺の足はひたすらに自宅へと向かっていた。

 誰かの話し声。
 まぶたの隙間から光が入り、意識を呼び起こす。
「やっと目覚めたか」
 光が遮断されたのか暗くなる。
 何起きたのか確認するため目を開くと、眼前には記憶にない顔が私を見つめていた。
「イナシアさん、久しぶりです」
 無表情で口を動かす眼前の者。あっちは私を知っているようだが、こちらは一片記憶もない。
 眼前の者の顔を凝らして視認した。
 片目を故意的に垂らしているであろう前髪で覆い、雰囲気的にはナレク様にそっくり
「僕の名前はレイ・アナシク・ルンダ。年齢は十七歳、独身、彼女いない歴は年齢と同様で職業は……って何言わせてんすか」
 眼前声者はレイ・アナシク・ルンダと自称している。記憶にない。
「性別は?」
「見りゃわかるでしょうイナシアさん」
「退いて」
「高圧的ですねぇ随分と、あなたは今人質としてここにいるんですよ」
「へぇー」
 呆れました、とレイ・アナシク・ルンダはため息混じりに言うと私の眼前から顔を離した。
「今、退きますよ」
 眼前が拓けた。
 頑丈そうな白天井、そしてその天井にはめ込まれた小さな電球が私を照らしていた。
 その電球は小ぶりなのに相反した強烈な輝きを出している。太陽みたいに。
「あなたはこの部屋から出られません、なので魔法を使っても無意味ですよ。今あなたが寝ているベッドから降りることもできないけどね」
 余裕じみた口調でレイ・アナシク・ルンダはそう言うと身を翻した。
「それじゃあ」
 そのまま歩き出した、がその時ドアが激しくバン! と音をたて開かれた。
「レイ! なにやっとんじゃあ!」
 その大音声にベッドが一瞬宙を浮いて、ダンと接地した。
 ドアを開けたまま入ってきたのは、背丈がレイ・アナシク・ルンダの上腹部くらいまでしかなく、黄色髪を両側頭部から垂らした少女だ。
 目尻を吊り上げ、どうやらお怒りのご様子。
「ベッドでこっちを見てる女の人は誰?」
 大音声で少女はレイ・アナシク・ルンダに一歩一歩詰め寄めよりながら捲し立てた。
「だいたい美人を人質にした時点で浮気だからね、それに高級なベッドに人質は寝かせるのわらわには構ってくれんのじゃ! それにそれに時間が長いぞ!」
 ふざけた様子でレイ・アナシク・ルンダは反抗した。
「そもそも浮気じゃないだろ。僕はお前を一回も恋人と思ったことないからなぁ。突き出たところもないくせに厚かましい」
「なんじゃと! 遠回しに慎ましいわらわの体を罵倒するとは……不浄じゃ!」
「罵倒とは失敬な、僕は君に礼儀というものを教えてあげただけじゃないか」
「いらんわそんな教え!」
「チウのペッタンコ~」
「うるしゃいわい!」
 なにこの痴話喧嘩。
 赤髪の少女は壮大に赤面しながら反論を続けている。対するレイ・アナシク・ルンダも黄色髪の少女が癇癪を起こすように数々の台詞を繰り出していく。
 しかし、事態は急転した。
「あ~らちがあかんわ! レイ! 今度こそ決着をつけ、わらわの方が強いことを証明するんじゃ!」
 ビシッと人差し指を立たせ、対峙するレイ・アナシク・ルンダに突きつけた。
 だが、そんなこと意に介さず不敵な笑みを浮かべ腕を組んでレイ・アナシク・ルンダは黄色髪の少女を見下ろした。
「チウよ、無益な争いは避けよ」
「嫌じゃ嫌じゃ気がすまんのじゃ」
「ほう僕に勝てるとでも?」
「見下すでないぞ! これでもわらわはナンバーツーじゃぞ!」
 それを聞くなり、レイ・アナシク・ルンダは嘆息した。
「そろそろ仕事の時間だぞチウ、持ち場に戻れ」
「嫌じゃ、言うこと聞いてほしいなら幸せをわらわに与えるのだ」
 少女の意味深な要求に、は? と疑問を声に出すレイ・アナシク・ルンダ。
 次の瞬間少女は度肝を抜く要求を提示した。
「明日デートね!」
「突然すぎない?」
「約束じゃぞレイ」
「ちょ待て……くっそ」
 結わえた赤髪を揺らしながらスキップで部屋を出た。
「こうなったらしゃあーねーな……自由奔放というのか自分勝手というのか、勘弁してほしいよ」
 追いかけることなくレイ・アナシク・ルンダは後頭部に手を置いた。
 __それにしてもここはどこなんだ?
「あのーレイ・アナシク・ルンダさん……」
 諦めの背中姿に忍びなくも声を掛けたがとうに遅かった。
 音もなくレイ・アナシク・ルンダは忽然と姿を消した。
 一瞬の出来事で私は目を疑った。
 魔法なのかな?
 目をこすってもう一度確認する。やっぱり姿は消えていた。

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