何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 堪能編

冬塚おんぜ

何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 堪能編


 イベント当日だ。
 本日わたし古川佳ふるかわ けいは、幼なじみでもある友人の白沢奏子しらさわ かなこに頼まれ、とある同人誌即売会にて売り子をする。
 大学の写真研究部で有志を募って作ったサークル“重ね着クラブ”の売り子を。

 当然そんなイカガワシイ名前なのだから、見せてもらった写真集も相応に淫靡だった。
 別に、脱いでもいなければ、アレでナニをしているわけでもない。
 ただ単に様々な色のタイツと、様々なデザインの水着を組み合わせただけ(だけというのもおかしいが)の写真集だ。
 にもかかわらず、どこか恍惚とした眼差しで写るモデル達。
 あまつさえ、写真の中の彼女達はタイツも水着も仲間内で着回したりして……。

 よほどの好き者でもなければ、こんな……。


 でも、わたしはもう知っている。
 衣装に意識を侵蝕されて、理性が少しずつ溶けていく、その暗く生暖かいよろこびを。

 ……そう。
 あれは奏子に頼まれて、スクール水着と黒タイツを初めて組み合わせて着た日の、その夜の事だった。



 * * *



 あの日の夜、わたしは奇妙な違和感の正体を知りたくて、高校時代から念の為に取っておいたスクール水着をタンスから探した。

 意外と、探すのにそこまで時間はかからなかった。
 生地の色は群青色で、肩紐が白く細い。
 そして腰の所に小さく“arena”と菱型が三つ並んだロゴがある。
 姿見の前で、軽く身体に当ててみる。

 大きさはたぶん、ちょうどいい。


 じゃあ残るはタイツだ。
 えっと、もう6月頃にはしまっちゃったから……。

 真夏にエアコンの効いた部屋の中で、それもぱんつ一丁でタイツを探す大学生女子。
 なんてシュールで、そしてなんて情けないのだろう……。


 けれども、苦労した甲斐あって、やっと見つけた。
 ふとももの付け根の部分にランガードは付いていないし、ちょっと生地が薄めだ。
 何せこのタイツ、制服のスカートに合わせる物じゃない。
 普段着のショーパンとかと合わせるものだから、ランガードがあるとチラ見えしちゃってダサいって事で、はなから存在しないのだ。

 ベッドの縁に腰掛けて、恐る恐る足を通す。
 タイツの裏地が足の指の先端に触れて、少しだけ身じろぎした。

 そのポーズのまま、ふと我に返る。

「何やってんだろ、わたし……」

 考えてもみよう。
 今この部屋はわたし一人であり、奏子はいない。
 頼まれてもないのに、洗濯物を増やすつもりだというのか、わたし!

 けど、でも、借り物じゃなくて、自前で試してみたい。
 きっと、奏子もそうした。


「……うん、よし」

 意を決して、再び手を動かす。
 貸し与えられた衣装ではなく、自分が冬用に買った日用品。
 その自前のタイツが、ナイロンの薄い膜が、少しずつわたしの脚を侵蝕していく。
 無機物である筈のそれが、軟体動物がわたしを呑み込んでいくような錯覚に囚われる。

 親指に始まり、足の裏、甲を、土踏まずを……。
 くるぶしのドームをぺろりと行ったら、次は――すねのなだらかな膨らみから、膝にかけて。
 膝まで浸かったら、ふとももまで。
 股を、腰を……そして、へそにまで!


 ああ、静まれ、わたしの心臓……っ。
 どうしてこんなに、奇妙なドキドキを味わっている?

「……あれ、なんだこれ」

 タイツを穿き終えて、部屋と玄関を区切るドアの横に何かがあるのを見つけた。
 見慣れない紙袋だった。

「さては奏子、忘れ物したな?」

 仕方ないやつ。
 次会った時にでも届けてやろう。
 でも、ナマモノだったらいかんので、一応中身は確認。
 ――なんか、手紙が入ってるんですけど。


“良かったらこれも試着してみてネ!☆  かなこ”

 いや、お前……お前……。
 まあいいけど。
 なになに?

「うわ、これ、うわ……」

 ロンググローブだ。
 それも、ナイロンのスベスベの奴。
 あいつマジで変態だな。
 いいよ、付けてやるよ。

「おお、スベスベ……」

 靴下と同じ要領で縮めて、開口部を少し広げてから指を通す。

 ――しゅる、しゅる……ぴちっ。
 先ほど脚に襲いかかってきたばかりの感触が、次は左腕を侵蝕していく。
 肘を動かすたびに、微弱な衣擦れが皮膚をくすぐる。
 やがて、わたしの二の腕のおよそ半分までがナイロンの支配下に入った。

 このまま付け続けていたら、開発されちゃうのかな……。
 そんな馬鹿げた妄想が頭をよぎって、わたしは首を振った。
 まだ片方だけだ。

「もう片方、付けなきゃ……」

 右手も同じ感覚かというと、そうでもない。
 薄い手袋越しに摘んで引っ張りあげていく感触は、片方にロンググローブを付けた状態でなければありえない。

 ……。

「っ……」

 無事、付け終わる。
 ここで気をやってはならない。
 最後に、競泳用のスクール水着をこの上から着ることでわたしの戯れは完成・・するのだから。

「あ……」

 手触りは……旧スクのようなゴワゴワした生地ではなくて、伸縮性があって柔らかい。
 色も群青色であるために、やや薄手のタイツとのコントラストがよりいっそう際立つに違いない。

 臆するな……わたし。
 まだ、穿いてすらいないのだから。
 股下は未だ、二枚の布しか隔てていない。

 中央・股下部分、別名“マチ”は(これは気を使ってジャストサイズのものを選んだ上で入念にポジション調整をせねば必然的にそうなるのだが)、少し張って余っている。
 ショーツの下に、タイツを摘んで引っ張れるほどの空白地帯ができているのだ。

 これが、今から水着によって押し上げられ、完全に押さえ付けられる。
 三枚の布によって、わたしの腰回りは隔てられてしまう……。

「よい、しょ……」

 ベッドに体育座り。

 タイツや手袋と同じように、水着もショーツくらいの丈になるまでぎゅっとすぼめる。
 その状態にしてから、片足ずつ通していく。

 しゅる、しゅる……。

 左、右、左、右。
 きっとバレエ教室なら白タイツにピンクかスカイブルーのレオタードで、同様の構成なのだろう。
 でも、違う。
 視界に写る股布の裏地が、これは水着だと主張している。
 違和感を、背徳的な何かが塗り潰していく。
 普段絶対に耳にしないたぐいの衣擦れの音が、わたしに、
 “水着としての用をなさないまでに貶めるからこそいいのだ”
 と、優しく囁くかのよう。

「んっ……」

 腰骨の下まで来たそれを、一気にぐいっと引く。
 おなか周りは群青色に塗り替えられ、タイツの薄く黒い帳が覆い隠された。
 伸び縮みしながら、おなか、胸まで……。
 左右両方の肩紐を通した。

 けれど、まだ終わりじゃない。
 通常の手順で素足に着用した場合とは異なり、水着の位置調整にコツが要る。
 あぐらをかいて、股の周りをクイッと。
 おしりをちょっと持ち上げて、中のぱんつをうまく仕舞いこむ。
 ただでさえタイツの正面にある縫い目が水着の布地から浮き出ているのに、引っ張ると余計に強調される。
 なんだ、これ……えっちだ。

 姿見に映る、M字開脚した、わたしの全身像。
 眼の焦点はどこか虚ろだ。
 これで、完成・・

 下腹部からせり上がってくる未知の感覚に身を任せ、ゆっくりと姿勢を変えた。
 ベッドにうつ伏せになっておしりを突き出し、股の間に両手を入れてナイロンの感触を楽しむ。

「んぅ……っ、ふぅ」

 左右のふとももをすり合わせ、足の付根のゴムひもが親指に当たるたび、奥底で火花が飛び散る。

 指よ。
 この薄布一枚を隔ててもなお、秘所には辿り着けぬ。

 指よ。
 黒き帳に覆われし純白の盾は、汝を阻むだろう。

 指よ。
 ああ、指よっ!



 * * *



「――おーい、大丈夫? 意識飛んでる?」

「あ」

 着替えを終えていた奏子に肩を叩かれ、我に返る。
 どうやら回想に没頭しすぎていたらしい。
 気が付けば人もまばらになってきていて、そろそろイベント開始十分ほど前といった頃合いだ。

「ご、ごめん」

「会場もエアコン効かなくて暑いからね。ごめんね、付きあわせちゃって」

「ううん」

 今、わたしと奏子はお揃いの旧型スクール水着と、その下にはランガード付きのタイツを纏っている。
 普通ならありえない格好を、二人揃って。
 まるで初めからそのようなユニフォームが存在したかのようだ。

 これで三人、四人、五人となったら、さぞかしそそる光景なのだろう。
 わたしは人知れず妄想して、舌なめずりを両手で覆い隠した。



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