それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~
第七十七話 これマジで神の言語だぞ
「単刀直入に言う。この騒ぎはお前の仕業か?」
俺は箒に跨って空から地面に下りてきた魔女子さんに問う。
「そうだと言ったら、お前はあたしをどうするのよ?」
地に足をつけたゼノヴィアは、純黒のドレスの乱れを正して不適な笑みを浮かべた。
「そりゃあ決まっている。街の人たちを元に戻せ。できなくてもなんとかしろ。その後とっ捕まえて衛兵に突き出してやる」
そこまでしてやっと俺は帰ることができるんだ。いや待てよ。さっき風の探知でほぼ確定したが、今や王都全体がこんな状況だ。火事だって起きている。俺のボロ宿なんてよく燃えそうなわけで……オフトゥンちゃんが!? オフトゥンちゃんがまだ中にいるんです消防士さん!?
「イの字、顔が真っ青じゃぞ!? 貴様、イの字になにをしたのじゃ!?」
「なにもしてないのよ。というか、お前は誰なのよ?」
絶望的な光景を想像して今すぐ帰って無事かどうか確認したくなった俺を心配したらしいヴァネッサに、ゼノヴィアは赤紫の瞳に怪訝な色を浮かべた。
誰何されたヴァネッサは……あぁ、あのドヤ顔はスイッチ入ったやつだ。
「クックック、よくぞ聞いてくれたのじゃ! 我が名はヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラム! 地母神様の愛娘にして大地を司る至高で究極の大魔導師なのじゃ!」
どうだ参ったかと言わんばかりに大きな胸をたゆんと張るヴァネッサ。するとゼノヴィアは意外なモノを見たように目を僅かに見開いた。
「へえ、地母神教会のエリートなのよ? あたしの知らない間に優秀な人間を仲間にしているじゃないのよ、勇者」
「優秀……そ、そうじゃな! その通りじゃぞ! ふふん! ふふふん!」
「おい真に受けるな。こいつただの馬鹿だぞ」
ピノキオみたいに鼻がどこまでも伸びていきそうなヴァネッサには真っ白い視線を送ることにして、話を本題に戻そうか。
「そんで、実際のところどうなんだ? お前がやったのか?」
「その言い方だと、あたしが犯人だとは確信し切れてないみたいなのよ」
その通り、俺はゼノヴィアが犯人かどうかは半信半疑だった。現状、容疑者がこいつしかいないから疑っているだけだ。なにせ、俺は人間にかけられた〈呪い〉をゼノヴィアが脱獄する前に見ている。ダ、ダイオ……ダイオキシン……違う……ダーなんとかさんの件でな。
ゼノヴィアは俺が完全に疑ってかかっているわけじゃないことに少し安堵したようで、小さく息を吐いた。
「まあ、隠すつもりなら最初からお前に会いになんて行かないのよ。これはあたしとは別の魔女の仕業なのよ」
「別の魔女? 仲間がいたのか?」
単独犯じゃないなら充分犯行は可能だな。
「違うのよ。仲間に誘われたけど断ったのよ。そいつの名前はヘラヴィーサ・ホルバイン。〈幻惑の魔女〉と名乗っていたのよ」
「おおぉ、な、なにやらカッコイイ響きなのじゃ。ふむ、わしも二つ名を考えるべきじゃな。〈地核魔人〉〈地竜の爪牙〉〈アースグランドマスター〉……ククク、悩むのう」
「……」
「……」
もうコレは無視でいい。
俺はゼノヴィアにアイコンタクトでそう告げた。
「ヘラヴィーサは金髪で長身のエロい感じの女なのよ。お前の相棒も狂わされているってことは、一度は接触しているはずなのよ。覚えてないのよ?」
「エロい感じなのか」
「エロい感じなのよ」
そんなのと出会っていればエヴリルさんには内緒でこっそり〈解析〉しているはずだ。記録を漁れ。いや、道ですれ違った程度だとすれば〈解析〉なんてしてねえな。だとしても聞く限りかなり目立ちそうな女だから記憶には残っているかもしれん。
思い出せ! 金髪で長身で巨乳なエロい感じのお姉さんを!
「……うん、ないな。金髪はこの世界じゃ珍しくないが、そういう女は見覚えがない。銀髪ならあるけど」
あっちは鎧とか着込んでるから全然エロい感じではないんだけどね。まあ、なぜかよく脱げるけど。
「なるほど、つまりその金髪の女が魔女殿を脱獄させたわけだな?」
と、ガシャガシャと鎧の音を立てて銀髪長身の美少女が俺たちの前に現れた。王都がこれほどの大参事になっているんだ。王女騎士様が動いていないわけがない。
護衛もつけずに現れたラティーシャ・リア・グレンヴィル第一王女は、いつも以上に深刻な表情をしてゼノヴィアをまっすぐ睥睨していた。
「おう、ラティーシャ。噂をすればだな」
「へあ!? お、おおおお王女様なのじゃ!?」
「……あたしを捕まえに来たのよ?」
三者三様の反応をする俺たちに、ラティーシャは神妙な顔で腕を組む。警戒しているのか、視線はやはりゼノヴィアに向けたままだ。
「そのつもりだったが、話を聞いた限り元凶は別にいるのだろう? ならば唯一その者を見ている魔女殿には犯人探しに協力してもらいたい。できれば勇者殿にもお願いしたいが……」
チラリ。
ラティーシャは申し訳なさそうに横目で俺を見た。こんな大事件をみすみす引き起こさせてしまったのは王国軍の失態になりかねないからな。兵士でも罪人でもない俺に頼むのは後ろめたい部分があるのかもしれない。
「協力ならするつもりだ。このままじゃ帰れないからな」
「恩に着る。これもギルドへの依頼ということにしておこう」
報酬ゲット! やったぜ! 宿を改装したらオフトゥン専用の部屋を作ろう!
「わ、わしももちろん協力するのじゃ!」
「ヴァネッサは帰っていいぞ」
「協力す・る・の・じゃ!? そろそろわしもいいところを見せないと格好がつかんのじゃ!?」
ほう、自分がポンコツだということを自覚してきたか。だったら大人しくしていてもらいたいもんです。
「勇者殿、そちらは?」
「クックック、我が名は「こいつはヴァネッサ。医者で地母神教会の魔導師。一応俺のチームメイトになってる」名乗りくらい自分でやらせてほしいのじゃ!?」
やだよ。今回二回目だぞ。飽きるわ。
ラティーシャは「よろしく頼む、ヴァネッサ殿」と好意的な笑みを浮かべてそう言うと、警戒して俺の背中に隠れ気味のゼノヴィアに向き直った。
「魔女殿は? 悪いが、断れば身柄を拘束させてもらう」
「あ、あたしは自分の間違いを認めているのよ。あの女はその間違いを理解した上で実験と称して撒き散らしているのよ。絶対に、止めないといけないのよ」
「じゃからゼの字もイの字を頼ってきたわけじゃな」
「ゼの字……」
ヴァネッサの独特な呼び方に微妙な顔をするゼノヴィアだったが、とにかく今回は俺たちに協力的らしいな。やっぱり、根は悪い奴じゃないんだろうね。
「了解した。正直助かる。現状、王都の兵は暴徒の鎮圧で手一杯なのだ。その兵も一割ほどが暴徒化している。悔しいが、私の筋力だけでは収拾つかないところであった」
ラティーシャに護衛の一人もいなかったのはそのせいか。軍を頼れないとなると、犯人を知っているゼノヴィアに探知してもらうしかない。
「ゼノヴィア、探知を任せてもいいか?」
闇の探知魔法。たぶん日の当たらない暗い場所にいないとヒットしないやつだ。夜なら最強だろうが、日中は不便過ぎるぞ。
それでもやらないよりはマシだと思ったが、ゼノヴィアは首を横に振った。
「無駄なのよ。あの女は探知魔法では探れない場所に隠れて王都の様子を観察しているのよ。だから先に狂った人々をどうにかすればなにかしら動く。そのタイミングで見つけて叩くしかないのよ」
「待て、この騒ぎをどうにかするためにそいつを探さないといけないんじゃないのか?」
このままじゃ矛盾してしまうぞ。AをするためにBをしないといけない。でもBをするためにはAをしないといけない。帰りたくなる。
「その必要はない……と思うのよ」
「どういうことなのじゃ?」
「これは例の〈呪い〉なのであろう? ならば、魔女殿は解呪方法を知っているということか?」
もしそうなら話は早い。が、そう上手くはいかないのが世界の理だ。
「あたし自身は知らないのよ。でも、あたしはあの女からこれを貰ったのよ」
ゼノヴィアは懐から一冊の分厚い書物を取り出した。
「本?」
「それは、まさか禁書か?」
「禁書じゃと!?」
瞠目するラティーシャと瞳を輝かせるヴァネッサに、ゼノヴィアはこくりと頷いて肯定する。
「これは暗黒神教会が厳重に封印していた『ヘロイアの書』の写本なのよ。あたしが魔物たちにしていたものや、今この王都に蔓延している〈呪い〉について書かれているのよ。だから、これを解読すれば解呪の魔法もきっと書いてあるはずなのよ」
「お前は全部解読してるんじゃないのか?」
「これは神の言語で書かれていると言われていて、あたしはこの禁書の一ページしか解読できなかったのよ」
神の言語か。神と言われて思い出すのはあのクソヒゲだが、暗黒神だからこの嫌な予感はたぶん杞憂だな。
「クックック、ならばここは究極の魔導師であるわしに任せるがよいのじゃ! 貸してみよ!」
「あっ、不用意にそれを読んではダメなのよ!?」
怪しく笑ったヴァネッサがゼノヴィアから禁書を引っ手繰った。絶対に『禁書』というワードに中二心を刺激されて読んでみたいだけだろこいつ。
ヴァネッサはゼノヴィアの静止も聞かず禁書の一ページ目を開き、なにやら知った風な腹の立つドヤ顔で――
「ふむふむ、なるほどのう、見たこともない文字がほぎゃああああああああああああッ!? 頭が!? 頭が割れるのように痛むのじゃあああああああああああああああッ!?」
唐突に禁書を放り投げて頭を押さえて転げ回ったかと思えば、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。気絶したみたいだ。
「……こうなるのよ」
「やべえだろ」
読む……いや、読んですらないな。見ただけでとてつもない情報量が頭に流れ込んでくるんだろうか? 写本でこれって、そりゃ禁書に指定されるわ。てかよく写本にできたな。
そんなものを誰が解読するんだよ? 俺か? やだよ帰りたい。
「勇者、あたしの魔法を一度見ただけで倍にして返したお前なら読めるんじゃないのよ?」
「あっ、そうか。俺の魔眼なら〈解析〉できるかも」
とはいえいきなり試すのはちょっと、いやかなり怖い。俺は魔眼を発動した状態で地面に落ちた『ヘロイアの書』を拾い上げると、恐る恐る一ページ目を開き、薄目にして書かれている文字を見た。
よし、大丈夫そうだ。魔眼様々だな。
「おい、これマジで神の言語だぞ!?」
「いいから早く読めなのよ!」
記されている文字は、壊滅的に字が下手な小学生がアルファベットを書き殴ったような形をしている。ぶっちゃけ普通に読めん。
だがそこは超高性能な〈解析〉の魔眼である。一文ずつ俺にもわかる言語に翻訳してくれた。
「えーと、なになに……『エイジーンの細胞は鳥出汁、民とコンドル、あと屁もグロンビに』……なんだこれ? 暗号?」
〈解析〉はできたが、結果が意味わからん。
アレか? 神の言語は神から与えられた能力じゃ正確に〈解析〉できないってことか?
「そうなのよ。この解読手順通りに事を行うと『エイジーンの細胞』と呼ばれる謎の暗黒元素が生成されるのよ。そして何項目か後にそれを用いて対象を〈改変〉させる魔法の構築方法が記述されているのよ」
「ちょっとなに言ってんのかわかんない」
寧ろなんでゼノヴィアは理解してる風なの? この世界の魔導師には常識的な単語でも並んでるの?
「勇者殿、頑張るのだ。魔法の使えない私には応援することしかできない」
「俺だって誰かの魔法をパクることしかできないんだぞ! これ解読できてもそこから魔法の構築なんてできねえよ!」
既に泣きたい。もう帰りたい。
「解読結果さえわかれば、あたしが魔法にするのよ」
「そ、そうか。じゃあ、任せるぞ? そこでぶっ倒れてる究極の魔導師様(笑)を叩き起こして補助につけるか?」
「一行も読めない内に気絶するようでは足手纏いなのよ」
さっきそろそろいいところをとか言っていた地母神の愛娘さんは、未だに白目のままで意識が戻る様子はない。この子ってば医術以外でなにか活躍できるのかしら?
そう嘆息して視線をずらすと、地面に横たわるヴァネッサに酔っぱらったような千鳥足のオヤジが「あーあー」言いながら襲いかかろうとしていた。
「――って危ねえッ!?」
咄嗟にオヤジを蹴り飛ばしたが……そこでようやく俺は、周囲の至るところから言語能力を失ったっぽい人々がキョンシーのように両手を前に突き出して集まって来ていることに気づく。
ラティーシャが奥歯を噛む。
「まずいな。暴徒が集まってきた」
「もうほとんどゾンビ映画じゃねえか帰りたい!? あ、ゾンビなんとかしないと帰れないんだった……」
「解読と解呪魔法の構築には時間がかかりそうなのよ。王女、どこか落ち着ける場所はないのよ?」
「ならば王城だ。城の中にも暴徒はいたが、今は全て鎮圧して安全を確保している。魔女殿については私が兵たちを説得しておく」
「そういうことなら急ぐぞ! 飛んでいくから掴まれ!」
俺は〈古竜の模倣〉を発動させると、気絶中のヴァネッサをお姫様抱っこし、ラティーシャを背中にしがみつかせて浮遊魔法を使った。鎧硬い。
それからゼノヴィアも箒に乗って浮かんできたことを確認し、王都の中枢――王城へ向かって飛んだ。
俺は箒に跨って空から地面に下りてきた魔女子さんに問う。
「そうだと言ったら、お前はあたしをどうするのよ?」
地に足をつけたゼノヴィアは、純黒のドレスの乱れを正して不適な笑みを浮かべた。
「そりゃあ決まっている。街の人たちを元に戻せ。できなくてもなんとかしろ。その後とっ捕まえて衛兵に突き出してやる」
そこまでしてやっと俺は帰ることができるんだ。いや待てよ。さっき風の探知でほぼ確定したが、今や王都全体がこんな状況だ。火事だって起きている。俺のボロ宿なんてよく燃えそうなわけで……オフトゥンちゃんが!? オフトゥンちゃんがまだ中にいるんです消防士さん!?
「イの字、顔が真っ青じゃぞ!? 貴様、イの字になにをしたのじゃ!?」
「なにもしてないのよ。というか、お前は誰なのよ?」
絶望的な光景を想像して今すぐ帰って無事かどうか確認したくなった俺を心配したらしいヴァネッサに、ゼノヴィアは赤紫の瞳に怪訝な色を浮かべた。
誰何されたヴァネッサは……あぁ、あのドヤ顔はスイッチ入ったやつだ。
「クックック、よくぞ聞いてくれたのじゃ! 我が名はヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラム! 地母神様の愛娘にして大地を司る至高で究極の大魔導師なのじゃ!」
どうだ参ったかと言わんばかりに大きな胸をたゆんと張るヴァネッサ。するとゼノヴィアは意外なモノを見たように目を僅かに見開いた。
「へえ、地母神教会のエリートなのよ? あたしの知らない間に優秀な人間を仲間にしているじゃないのよ、勇者」
「優秀……そ、そうじゃな! その通りじゃぞ! ふふん! ふふふん!」
「おい真に受けるな。こいつただの馬鹿だぞ」
ピノキオみたいに鼻がどこまでも伸びていきそうなヴァネッサには真っ白い視線を送ることにして、話を本題に戻そうか。
「そんで、実際のところどうなんだ? お前がやったのか?」
「その言い方だと、あたしが犯人だとは確信し切れてないみたいなのよ」
その通り、俺はゼノヴィアが犯人かどうかは半信半疑だった。現状、容疑者がこいつしかいないから疑っているだけだ。なにせ、俺は人間にかけられた〈呪い〉をゼノヴィアが脱獄する前に見ている。ダ、ダイオ……ダイオキシン……違う……ダーなんとかさんの件でな。
ゼノヴィアは俺が完全に疑ってかかっているわけじゃないことに少し安堵したようで、小さく息を吐いた。
「まあ、隠すつもりなら最初からお前に会いになんて行かないのよ。これはあたしとは別の魔女の仕業なのよ」
「別の魔女? 仲間がいたのか?」
単独犯じゃないなら充分犯行は可能だな。
「違うのよ。仲間に誘われたけど断ったのよ。そいつの名前はヘラヴィーサ・ホルバイン。〈幻惑の魔女〉と名乗っていたのよ」
「おおぉ、な、なにやらカッコイイ響きなのじゃ。ふむ、わしも二つ名を考えるべきじゃな。〈地核魔人〉〈地竜の爪牙〉〈アースグランドマスター〉……ククク、悩むのう」
「……」
「……」
もうコレは無視でいい。
俺はゼノヴィアにアイコンタクトでそう告げた。
「ヘラヴィーサは金髪で長身のエロい感じの女なのよ。お前の相棒も狂わされているってことは、一度は接触しているはずなのよ。覚えてないのよ?」
「エロい感じなのか」
「エロい感じなのよ」
そんなのと出会っていればエヴリルさんには内緒でこっそり〈解析〉しているはずだ。記録を漁れ。いや、道ですれ違った程度だとすれば〈解析〉なんてしてねえな。だとしても聞く限りかなり目立ちそうな女だから記憶には残っているかもしれん。
思い出せ! 金髪で長身で巨乳なエロい感じのお姉さんを!
「……うん、ないな。金髪はこの世界じゃ珍しくないが、そういう女は見覚えがない。銀髪ならあるけど」
あっちは鎧とか着込んでるから全然エロい感じではないんだけどね。まあ、なぜかよく脱げるけど。
「なるほど、つまりその金髪の女が魔女殿を脱獄させたわけだな?」
と、ガシャガシャと鎧の音を立てて銀髪長身の美少女が俺たちの前に現れた。王都がこれほどの大参事になっているんだ。王女騎士様が動いていないわけがない。
護衛もつけずに現れたラティーシャ・リア・グレンヴィル第一王女は、いつも以上に深刻な表情をしてゼノヴィアをまっすぐ睥睨していた。
「おう、ラティーシャ。噂をすればだな」
「へあ!? お、おおおお王女様なのじゃ!?」
「……あたしを捕まえに来たのよ?」
三者三様の反応をする俺たちに、ラティーシャは神妙な顔で腕を組む。警戒しているのか、視線はやはりゼノヴィアに向けたままだ。
「そのつもりだったが、話を聞いた限り元凶は別にいるのだろう? ならば唯一その者を見ている魔女殿には犯人探しに協力してもらいたい。できれば勇者殿にもお願いしたいが……」
チラリ。
ラティーシャは申し訳なさそうに横目で俺を見た。こんな大事件をみすみす引き起こさせてしまったのは王国軍の失態になりかねないからな。兵士でも罪人でもない俺に頼むのは後ろめたい部分があるのかもしれない。
「協力ならするつもりだ。このままじゃ帰れないからな」
「恩に着る。これもギルドへの依頼ということにしておこう」
報酬ゲット! やったぜ! 宿を改装したらオフトゥン専用の部屋を作ろう!
「わ、わしももちろん協力するのじゃ!」
「ヴァネッサは帰っていいぞ」
「協力す・る・の・じゃ!? そろそろわしもいいところを見せないと格好がつかんのじゃ!?」
ほう、自分がポンコツだということを自覚してきたか。だったら大人しくしていてもらいたいもんです。
「勇者殿、そちらは?」
「クックック、我が名は「こいつはヴァネッサ。医者で地母神教会の魔導師。一応俺のチームメイトになってる」名乗りくらい自分でやらせてほしいのじゃ!?」
やだよ。今回二回目だぞ。飽きるわ。
ラティーシャは「よろしく頼む、ヴァネッサ殿」と好意的な笑みを浮かべてそう言うと、警戒して俺の背中に隠れ気味のゼノヴィアに向き直った。
「魔女殿は? 悪いが、断れば身柄を拘束させてもらう」
「あ、あたしは自分の間違いを認めているのよ。あの女はその間違いを理解した上で実験と称して撒き散らしているのよ。絶対に、止めないといけないのよ」
「じゃからゼの字もイの字を頼ってきたわけじゃな」
「ゼの字……」
ヴァネッサの独特な呼び方に微妙な顔をするゼノヴィアだったが、とにかく今回は俺たちに協力的らしいな。やっぱり、根は悪い奴じゃないんだろうね。
「了解した。正直助かる。現状、王都の兵は暴徒の鎮圧で手一杯なのだ。その兵も一割ほどが暴徒化している。悔しいが、私の筋力だけでは収拾つかないところであった」
ラティーシャに護衛の一人もいなかったのはそのせいか。軍を頼れないとなると、犯人を知っているゼノヴィアに探知してもらうしかない。
「ゼノヴィア、探知を任せてもいいか?」
闇の探知魔法。たぶん日の当たらない暗い場所にいないとヒットしないやつだ。夜なら最強だろうが、日中は不便過ぎるぞ。
それでもやらないよりはマシだと思ったが、ゼノヴィアは首を横に振った。
「無駄なのよ。あの女は探知魔法では探れない場所に隠れて王都の様子を観察しているのよ。だから先に狂った人々をどうにかすればなにかしら動く。そのタイミングで見つけて叩くしかないのよ」
「待て、この騒ぎをどうにかするためにそいつを探さないといけないんじゃないのか?」
このままじゃ矛盾してしまうぞ。AをするためにBをしないといけない。でもBをするためにはAをしないといけない。帰りたくなる。
「その必要はない……と思うのよ」
「どういうことなのじゃ?」
「これは例の〈呪い〉なのであろう? ならば、魔女殿は解呪方法を知っているということか?」
もしそうなら話は早い。が、そう上手くはいかないのが世界の理だ。
「あたし自身は知らないのよ。でも、あたしはあの女からこれを貰ったのよ」
ゼノヴィアは懐から一冊の分厚い書物を取り出した。
「本?」
「それは、まさか禁書か?」
「禁書じゃと!?」
瞠目するラティーシャと瞳を輝かせるヴァネッサに、ゼノヴィアはこくりと頷いて肯定する。
「これは暗黒神教会が厳重に封印していた『ヘロイアの書』の写本なのよ。あたしが魔物たちにしていたものや、今この王都に蔓延している〈呪い〉について書かれているのよ。だから、これを解読すれば解呪の魔法もきっと書いてあるはずなのよ」
「お前は全部解読してるんじゃないのか?」
「これは神の言語で書かれていると言われていて、あたしはこの禁書の一ページしか解読できなかったのよ」
神の言語か。神と言われて思い出すのはあのクソヒゲだが、暗黒神だからこの嫌な予感はたぶん杞憂だな。
「クックック、ならばここは究極の魔導師であるわしに任せるがよいのじゃ! 貸してみよ!」
「あっ、不用意にそれを読んではダメなのよ!?」
怪しく笑ったヴァネッサがゼノヴィアから禁書を引っ手繰った。絶対に『禁書』というワードに中二心を刺激されて読んでみたいだけだろこいつ。
ヴァネッサはゼノヴィアの静止も聞かず禁書の一ページ目を開き、なにやら知った風な腹の立つドヤ顔で――
「ふむふむ、なるほどのう、見たこともない文字がほぎゃああああああああああああッ!? 頭が!? 頭が割れるのように痛むのじゃあああああああああああああああッ!?」
唐突に禁書を放り投げて頭を押さえて転げ回ったかと思えば、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。気絶したみたいだ。
「……こうなるのよ」
「やべえだろ」
読む……いや、読んですらないな。見ただけでとてつもない情報量が頭に流れ込んでくるんだろうか? 写本でこれって、そりゃ禁書に指定されるわ。てかよく写本にできたな。
そんなものを誰が解読するんだよ? 俺か? やだよ帰りたい。
「勇者、あたしの魔法を一度見ただけで倍にして返したお前なら読めるんじゃないのよ?」
「あっ、そうか。俺の魔眼なら〈解析〉できるかも」
とはいえいきなり試すのはちょっと、いやかなり怖い。俺は魔眼を発動した状態で地面に落ちた『ヘロイアの書』を拾い上げると、恐る恐る一ページ目を開き、薄目にして書かれている文字を見た。
よし、大丈夫そうだ。魔眼様々だな。
「おい、これマジで神の言語だぞ!?」
「いいから早く読めなのよ!」
記されている文字は、壊滅的に字が下手な小学生がアルファベットを書き殴ったような形をしている。ぶっちゃけ普通に読めん。
だがそこは超高性能な〈解析〉の魔眼である。一文ずつ俺にもわかる言語に翻訳してくれた。
「えーと、なになに……『エイジーンの細胞は鳥出汁、民とコンドル、あと屁もグロンビに』……なんだこれ? 暗号?」
〈解析〉はできたが、結果が意味わからん。
アレか? 神の言語は神から与えられた能力じゃ正確に〈解析〉できないってことか?
「そうなのよ。この解読手順通りに事を行うと『エイジーンの細胞』と呼ばれる謎の暗黒元素が生成されるのよ。そして何項目か後にそれを用いて対象を〈改変〉させる魔法の構築方法が記述されているのよ」
「ちょっとなに言ってんのかわかんない」
寧ろなんでゼノヴィアは理解してる風なの? この世界の魔導師には常識的な単語でも並んでるの?
「勇者殿、頑張るのだ。魔法の使えない私には応援することしかできない」
「俺だって誰かの魔法をパクることしかできないんだぞ! これ解読できてもそこから魔法の構築なんてできねえよ!」
既に泣きたい。もう帰りたい。
「解読結果さえわかれば、あたしが魔法にするのよ」
「そ、そうか。じゃあ、任せるぞ? そこでぶっ倒れてる究極の魔導師様(笑)を叩き起こして補助につけるか?」
「一行も読めない内に気絶するようでは足手纏いなのよ」
さっきそろそろいいところをとか言っていた地母神の愛娘さんは、未だに白目のままで意識が戻る様子はない。この子ってば医術以外でなにか活躍できるのかしら?
そう嘆息して視線をずらすと、地面に横たわるヴァネッサに酔っぱらったような千鳥足のオヤジが「あーあー」言いながら襲いかかろうとしていた。
「――って危ねえッ!?」
咄嗟にオヤジを蹴り飛ばしたが……そこでようやく俺は、周囲の至るところから言語能力を失ったっぽい人々がキョンシーのように両手を前に突き出して集まって来ていることに気づく。
ラティーシャが奥歯を噛む。
「まずいな。暴徒が集まってきた」
「もうほとんどゾンビ映画じゃねえか帰りたい!? あ、ゾンビなんとかしないと帰れないんだった……」
「解読と解呪魔法の構築には時間がかかりそうなのよ。王女、どこか落ち着ける場所はないのよ?」
「ならば王城だ。城の中にも暴徒はいたが、今は全て鎮圧して安全を確保している。魔女殿については私が兵たちを説得しておく」
「そういうことなら急ぐぞ! 飛んでいくから掴まれ!」
俺は〈古竜の模倣〉を発動させると、気絶中のヴァネッサをお姫様抱っこし、ラティーシャを背中にしがみつかせて浮遊魔法を使った。鎧硬い。
それからゼノヴィアも箒に乗って浮かんできたことを確認し、王都の中枢――王城へ向かって飛んだ。
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