それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~
第五十七話 ずっと傍にいてやるよ
意識が緩やかに浮上していく。
嗚呼、これはアレだ。
俺の体内時計が望んでもないのに勝手にセットしやがった時間が近づいてくる。
爆睡していると神樹の杖から本能的に目が覚めるようになった時間――そう、朝が来てしまった。
なんで朝すぐ来てしまうん?
節子、まだ朝やない、夜の午前八時や!
うん、夜なら仕方ないね。ネット界隈で神出鬼没に現れる節子ちゃんの勘違いだね。お兄ちゃんいいこと言った。
さよならモーニング。
ただいまドリーム。
この朝の起きなきゃいけない時間帯におけるオフトゥンの気持ちよさは異常。別に起きなくてもいい休日との当社比が百倍ほどあるよね。今度正確な数値を検証して学会で発表しようと思います。
……。
…………。
……………………。
おかしい。
そろそろエヴリルさんが「勇者様、朝です起きるです神樹の杖を――ふんぬらばおらぁ!!」って起こしにくる頃合いなんだが……?
一向に、そんな気配がしない。
まさか、これは……。
実はまだ早かったんだ。俺の体内時計のおっちょこちょいさんめ。だったらばもう少しオフトゥンちゃんとイチャイチャできるってもんですよ。この足元から体全体にかけてほんのり温めてくれる幸せを誰が手放せるだろうか、いや手放せない!
「……」
ふう。
ホントに、来ないね。
「おーい、エヴリル? どうしたんだ今日は?」
仕方なく。本当に仕方なーく俺はオフトゥンちゃんと別れ、ささっと着替えてからエヴリルの部屋の前まで移動した。
「寝坊ですか?」
いやいや、あのエヴリルさんに限ってそんなこと。
でも昨日、宿を買い取って改築しようという話をして盛り上がったから楽しみ過ぎて眠れなかった可能性はあるよね。俺だってマイホームが手に入ると思ったら興奮していつもより十三秒も夜更かししてしまったよ。
ちなみに遠足や修学旅行の前の日は余裕でグッドナイト。あんな無駄に疲れて帰りたくなるイベントが明日に控えてると思うと夢の世界に逃避しちゃいたくなる衝動を抑えられません。
おっと、そんなことより。
「返事がないけどただの屍になってないよね? 俺ゾンビ萌えは流石にノーサンキューで帰りたいんだけど」
ドアノブを回してみると――鍵は、まあかかってるよね。
〈強欲の創造〉――エヴリルさんちの合鍵。
ガチャリと鍵が外れる。俺ってば盗賊に転職できるかもしれない。やらないけど。
「入るぞ」
まさかこの俺がエヴリルを起こしに行く日が来るなんて夢にも思いませんでした。伊巻家の血筋の中じゃ史上初だったりするんじゃね?
とまあ心中でふざけたりするのは嫌な予感や不安といった感情が少なからずあったわけで。
そういうマイナス方面の感覚ってやつはどういうわけか、当たるんだ。
「エヴリル!?」
ドアを開けたその瞬間、緑の寝間着姿をしたエヴリルが廊下に力なく転がっていたんだ。
「ああ……こんな時間に勇者様が……きっと幻覚です」
「床で寝るとか正気か!?」
「倒れてるんです!? 見て……ごほっ……わかってくだ……さいです」
よかった意識は正常にあるようだ。
だが、ツッコミの元気も一瞬だった。様子がおかしいぞ。
顔は赤いし、頬は上気し、苦しそうな吐息を漏らしている。ぐったりとした体を抱き起してみると、人間の体温とは思えないくらい熱いな。服が湿るほど汗も掻いていて気持ち悪そうだ。
「これは……」
一体、どんな状態異常だ?
俺は〈嫉妬の解析眼〉を発動させてエヴリルを診察する。青くなった瞳に解析されたエヴリルのステータスは――『病気』。
病名は――『インフエンザ』。
惜しい。
ルが足りない。――じゃなくて!
「異世界の病気ってことか? うらやまゲフンゲフン! どうすりゃいいんだ?」
「ただの……風邪です。寝てれば治……るです」
タダノカゼ? どこの疫病だねそれは? って冗談言ってる場合じゃないぞ俺。ただの風邪ってこんなに苦しそうなもんだっけ? 罹ったことないからわかんね。
「寝る前に着替えた方がいいんじゃないか? 汗も拭かないとな。よし手伝ってやろう」
「ひ、一人でできるです!? あっち向いてくださいです!?」
神樹の杖で叩かれた。でもビックリするくらい力が入ってないぞ。いよいよ真剣に危ないんじゃないかこれ?
エヴリルはよろよろと箪笥の方へと歩き、引き出しを開いて服を脱ぎ始める。え? 俺? 俺は紳士だから後ろ向いてますとも。衣擦れの音だけ楽しんでいます。ありがとうございます。
「……もういいです」
もぞもぞとベッドに入ってそう言ったエヴリルは――
本当に、つらそうだな。
代われるものなら代わりたい。なんなら金払ってでも代わりたい。俺の〈模倣〉は状態異常までは真似できないからなぁ。
「これは、宿の管理人と交渉するのはまた今度だな」
「……すみませんです」
申し訳なさげにしゅんとして口元を布団で隠すエヴリル。別に俺一人でも交渉はできるんだが、それはなんとなく除け者にしたみたいで悪い気がするからな。
看病、するか。
「ほらエヴリル、顔上げろ。熱測るぞ」
「えっ?」
俺が屈んで顔を近づけると、エヴリルはぎょっとした様子で目を大きく見開いた。それから――かぁあああああっ。元々赤かった顔を沸騰しそうなくらい真っ赤にする。
熱測るだけなのになんで照れてるんだ? まあいいや。
「じっとしてろ」
「えっ? 勇者様ちょっと――ええっ!?」
パクッ。
俺は〈強欲の創造〉で生み出した体温計をエヴリルの口に咥えさせた。
「四十度。おおう、これ本格的にヤバイやつだ」
「……」
なんかエヴリルさんがジト目で俺を睨んでるけどなんでだろうね? 熱のせいかな? きっとそうだ。四十度とか人間の体温じゃないし。
「大丈夫……です。薬を飲んで寝てれば……治るはずです」
「薬は?」
「……そこの棚にあるです」
エヴリルが弱々しく指差した棚を探すと、紙で丁寧に包まれた粉薬を発見した。たぶんエヴリルが自分で調合した薬だな。
「これか?」
「それです」
「よし、ちょっと待ってろ」
「え?」
俺は薬を握ったまま部屋を出た。
目指すは食堂だ。薬を飲むには水が必要だろうし、俺はこう見えて母さんが風邪引いた時はちゃんと看病してたんだ。苦しんでる身内を放置してオフトゥンできるほど人でなしじゃないからな。感染らないかなっていう期待は一ミリもないよ!
「ほら、鍋の残り汁で卵粥作ってきた。よくわからんが、薬は食後の方がいいんだろ?」
母さんもだいたい食後に薬飲んでたから、間違いないと思う。薬によって違うのかもしれんけど。
ほくほくと湯気を昇らせる卵粥を見たエヴリルは……なんか、信じられないとでも言いたげに熱で潤んだ青い目を丸くした。
「勇者様が……料理を……? あり得ないです」
「失敬だな。上手くはないかもしれんがお粥くらい誰だって作れるだろ?」
この世界にライスという概念があって助かったよ。なんでも東の方の国で主食なんだとか。たぶんそれ異世界物の小説や漫画によくある日本っぽい国だと思います。江戸時代くらいの。
「い、いただくです。……………………ぐぅ、悔しいけど美味しいです」
この子ってば本当に失敬だな。俺だって料理くらいできるんだ。なぜなら料理できるアピールしておけば、放課後や退勤後に遊びや飲みに誘われても「あ、俺無理。家族に飯作らないといけないから」って理由でまっすぐ帰れるだろ?
まあ、俺、この世界に来て料理なんてやったことなかったから仕方ないけど。
「薬も飲んだな? じゃあ、あとはゆっくり休め」
「あ、ありがとうございますです。ごちそうさまです」
「うん、お粗末様」
食欲なさそうだったのに、エヴリルは米粒一つ残さずお粥を平らげた。ちょっとミスったな。これから食事の準備が当番制になったらどうしよう帰りたい。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あの、勇者様?」
「うん?」
「いつまで、いるですか?」
ベッドに凭れて座る俺に、エヴリルは布団の中から不安げに見詰めてきた。
いつまでか?
そんなの、決まっている。
「エヴリルがよくなるまでずっと傍にいてやるよ」
「勇者様……ッ!」
「だから今日の仕事は休みだ! あわよくば俺がビョーキ貰って一日中合法的にオフトゥンちゃんとイチャイチャする権利をいただきたいッ!!」
「仕事行けです!?」
追い出された。なぜだ。
しょーがない。職場に行くか。
一応、ちゃんとした医者に診てもらった方がいいだろうし、誰かに紹介してもらおう。
嗚呼、これはアレだ。
俺の体内時計が望んでもないのに勝手にセットしやがった時間が近づいてくる。
爆睡していると神樹の杖から本能的に目が覚めるようになった時間――そう、朝が来てしまった。
なんで朝すぐ来てしまうん?
節子、まだ朝やない、夜の午前八時や!
うん、夜なら仕方ないね。ネット界隈で神出鬼没に現れる節子ちゃんの勘違いだね。お兄ちゃんいいこと言った。
さよならモーニング。
ただいまドリーム。
この朝の起きなきゃいけない時間帯におけるオフトゥンの気持ちよさは異常。別に起きなくてもいい休日との当社比が百倍ほどあるよね。今度正確な数値を検証して学会で発表しようと思います。
……。
…………。
……………………。
おかしい。
そろそろエヴリルさんが「勇者様、朝です起きるです神樹の杖を――ふんぬらばおらぁ!!」って起こしにくる頃合いなんだが……?
一向に、そんな気配がしない。
まさか、これは……。
実はまだ早かったんだ。俺の体内時計のおっちょこちょいさんめ。だったらばもう少しオフトゥンちゃんとイチャイチャできるってもんですよ。この足元から体全体にかけてほんのり温めてくれる幸せを誰が手放せるだろうか、いや手放せない!
「……」
ふう。
ホントに、来ないね。
「おーい、エヴリル? どうしたんだ今日は?」
仕方なく。本当に仕方なーく俺はオフトゥンちゃんと別れ、ささっと着替えてからエヴリルの部屋の前まで移動した。
「寝坊ですか?」
いやいや、あのエヴリルさんに限ってそんなこと。
でも昨日、宿を買い取って改築しようという話をして盛り上がったから楽しみ過ぎて眠れなかった可能性はあるよね。俺だってマイホームが手に入ると思ったら興奮していつもより十三秒も夜更かししてしまったよ。
ちなみに遠足や修学旅行の前の日は余裕でグッドナイト。あんな無駄に疲れて帰りたくなるイベントが明日に控えてると思うと夢の世界に逃避しちゃいたくなる衝動を抑えられません。
おっと、そんなことより。
「返事がないけどただの屍になってないよね? 俺ゾンビ萌えは流石にノーサンキューで帰りたいんだけど」
ドアノブを回してみると――鍵は、まあかかってるよね。
〈強欲の創造〉――エヴリルさんちの合鍵。
ガチャリと鍵が外れる。俺ってば盗賊に転職できるかもしれない。やらないけど。
「入るぞ」
まさかこの俺がエヴリルを起こしに行く日が来るなんて夢にも思いませんでした。伊巻家の血筋の中じゃ史上初だったりするんじゃね?
とまあ心中でふざけたりするのは嫌な予感や不安といった感情が少なからずあったわけで。
そういうマイナス方面の感覚ってやつはどういうわけか、当たるんだ。
「エヴリル!?」
ドアを開けたその瞬間、緑の寝間着姿をしたエヴリルが廊下に力なく転がっていたんだ。
「ああ……こんな時間に勇者様が……きっと幻覚です」
「床で寝るとか正気か!?」
「倒れてるんです!? 見て……ごほっ……わかってくだ……さいです」
よかった意識は正常にあるようだ。
だが、ツッコミの元気も一瞬だった。様子がおかしいぞ。
顔は赤いし、頬は上気し、苦しそうな吐息を漏らしている。ぐったりとした体を抱き起してみると、人間の体温とは思えないくらい熱いな。服が湿るほど汗も掻いていて気持ち悪そうだ。
「これは……」
一体、どんな状態異常だ?
俺は〈嫉妬の解析眼〉を発動させてエヴリルを診察する。青くなった瞳に解析されたエヴリルのステータスは――『病気』。
病名は――『インフエンザ』。
惜しい。
ルが足りない。――じゃなくて!
「異世界の病気ってことか? うらやまゲフンゲフン! どうすりゃいいんだ?」
「ただの……風邪です。寝てれば治……るです」
タダノカゼ? どこの疫病だねそれは? って冗談言ってる場合じゃないぞ俺。ただの風邪ってこんなに苦しそうなもんだっけ? 罹ったことないからわかんね。
「寝る前に着替えた方がいいんじゃないか? 汗も拭かないとな。よし手伝ってやろう」
「ひ、一人でできるです!? あっち向いてくださいです!?」
神樹の杖で叩かれた。でもビックリするくらい力が入ってないぞ。いよいよ真剣に危ないんじゃないかこれ?
エヴリルはよろよろと箪笥の方へと歩き、引き出しを開いて服を脱ぎ始める。え? 俺? 俺は紳士だから後ろ向いてますとも。衣擦れの音だけ楽しんでいます。ありがとうございます。
「……もういいです」
もぞもぞとベッドに入ってそう言ったエヴリルは――
本当に、つらそうだな。
代われるものなら代わりたい。なんなら金払ってでも代わりたい。俺の〈模倣〉は状態異常までは真似できないからなぁ。
「これは、宿の管理人と交渉するのはまた今度だな」
「……すみませんです」
申し訳なさげにしゅんとして口元を布団で隠すエヴリル。別に俺一人でも交渉はできるんだが、それはなんとなく除け者にしたみたいで悪い気がするからな。
看病、するか。
「ほらエヴリル、顔上げろ。熱測るぞ」
「えっ?」
俺が屈んで顔を近づけると、エヴリルはぎょっとした様子で目を大きく見開いた。それから――かぁあああああっ。元々赤かった顔を沸騰しそうなくらい真っ赤にする。
熱測るだけなのになんで照れてるんだ? まあいいや。
「じっとしてろ」
「えっ? 勇者様ちょっと――ええっ!?」
パクッ。
俺は〈強欲の創造〉で生み出した体温計をエヴリルの口に咥えさせた。
「四十度。おおう、これ本格的にヤバイやつだ」
「……」
なんかエヴリルさんがジト目で俺を睨んでるけどなんでだろうね? 熱のせいかな? きっとそうだ。四十度とか人間の体温じゃないし。
「大丈夫……です。薬を飲んで寝てれば……治るはずです」
「薬は?」
「……そこの棚にあるです」
エヴリルが弱々しく指差した棚を探すと、紙で丁寧に包まれた粉薬を発見した。たぶんエヴリルが自分で調合した薬だな。
「これか?」
「それです」
「よし、ちょっと待ってろ」
「え?」
俺は薬を握ったまま部屋を出た。
目指すは食堂だ。薬を飲むには水が必要だろうし、俺はこう見えて母さんが風邪引いた時はちゃんと看病してたんだ。苦しんでる身内を放置してオフトゥンできるほど人でなしじゃないからな。感染らないかなっていう期待は一ミリもないよ!
「ほら、鍋の残り汁で卵粥作ってきた。よくわからんが、薬は食後の方がいいんだろ?」
母さんもだいたい食後に薬飲んでたから、間違いないと思う。薬によって違うのかもしれんけど。
ほくほくと湯気を昇らせる卵粥を見たエヴリルは……なんか、信じられないとでも言いたげに熱で潤んだ青い目を丸くした。
「勇者様が……料理を……? あり得ないです」
「失敬だな。上手くはないかもしれんがお粥くらい誰だって作れるだろ?」
この世界にライスという概念があって助かったよ。なんでも東の方の国で主食なんだとか。たぶんそれ異世界物の小説や漫画によくある日本っぽい国だと思います。江戸時代くらいの。
「い、いただくです。……………………ぐぅ、悔しいけど美味しいです」
この子ってば本当に失敬だな。俺だって料理くらいできるんだ。なぜなら料理できるアピールしておけば、放課後や退勤後に遊びや飲みに誘われても「あ、俺無理。家族に飯作らないといけないから」って理由でまっすぐ帰れるだろ?
まあ、俺、この世界に来て料理なんてやったことなかったから仕方ないけど。
「薬も飲んだな? じゃあ、あとはゆっくり休め」
「あ、ありがとうございますです。ごちそうさまです」
「うん、お粗末様」
食欲なさそうだったのに、エヴリルは米粒一つ残さずお粥を平らげた。ちょっとミスったな。これから食事の準備が当番制になったらどうしよう帰りたい。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あの、勇者様?」
「うん?」
「いつまで、いるですか?」
ベッドに凭れて座る俺に、エヴリルは布団の中から不安げに見詰めてきた。
いつまでか?
そんなの、決まっている。
「エヴリルがよくなるまでずっと傍にいてやるよ」
「勇者様……ッ!」
「だから今日の仕事は休みだ! あわよくば俺がビョーキ貰って一日中合法的にオフトゥンちゃんとイチャイチャする権利をいただきたいッ!!」
「仕事行けです!?」
追い出された。なぜだ。
しょーがない。職場に行くか。
一応、ちゃんとした医者に診てもらった方がいいだろうし、誰かに紹介してもらおう。
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