それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第五十話 そういうのはもういいですから!

 ヘクターくんのお邸を後にしたわたしたちは、見失ってしまった勇者様を捜すためにもう一度探知魔法を使ったです。
 範囲指定は王都内。どこに隠れようとわたしの風にはお見通しです。

「エヴリル殿、範囲は王都の中だけでよいのか? 勇者殿ならばあっという間に外に出てしまうのでは?」

 探索中に王女様が話しかけてきたです。集中が乱れるからあまりしてほしくないですが……王女様を無視するなんて恐れ多いです。

「勇者様だからこそ王都の外には出ないです」
「む?」

 意味がわからないといった様子で王女様は首を捻ったです。

「勇者様は重度の帰りたい病患者です。だから帰る場所のある王都から離れることはあり得ないです。こればっかりは裏をかかれることはないと断言してもいいです」

 それにわたしの魔法の探索範囲も王都内が限度です。範囲を広げれば広げるほど精密さが欠けてしまうですから、それ以上となるとドラゴンくらい大きな存在がその辺をお散歩してるような状態じゃないとキャッチできないです。

「よくわからんが、勇者殿は病気なのか? だとすれば悪いことをしたな。安静にしていた方がよかったのだろう?」
「頭の病気です。寝ていた方が悪化するです」

 病気は病気でも帰りたい病患者を甘やかしてはダメです。放っておくと一日中ベッドから出ないですから、そっちの方が健康面でよろしくないですよ。
 まったく、どんな願いでも叶う魔法があれば迷わず勇者様の病気を治すですのに……ああ、なんか自然と思ってしまったですが、もう『どんな願いでも叶う魔法』レベルがないとアレは治らないんですかねー?
 それはそれとして――

「見つけたです」

 風が、目標を捕捉したです。

「私の筋肉センサーにも反応が」
「そういうのはもういいですから!」

 王女様がわたしが見つけた方向とは反対側に走ろうとしたので声を張って止めたです。やっぱり最初に一致したのは偶然だったですね。

「いたです!」

 ほら、王女様の謎の超感覚より、わたしの魔法の方が正確だったです。
 勇者様は街の通りを呑気に歩いているです。警戒もしてるようには見えないです。それだけ余裕があるってことですか? まったく舐められたものです。

「まだこっちには気づいてないですね。普通に接近しても〈凍結〉させられるだけです。奇襲するですよ」

 最新型ベッドを手放すほどわたしたちから逃げたい勇者様です。追い詰められたら〈凍結〉でもなんでも躊躇いなく使ってくるはずです。
 だからこその余裕、なのかもしれないですね。
 目に物見せてやるです。

「王女様、もう少しわたしに近づいてくださいです。今から魔法をかけるです」
「む、わかった」

 勇者様はわたしの魔法を全て知っているわけではないです。こっそり〈解析〉されてるかもしれないですが、少なくとも大商人さんからの依頼でヘクターくんの捜索を行っていた時までは無知だったです。
 勇者様が知らない可能性に賭けて、知っていても奇襲をかけられる魔法を。

「我纏いしは天空の衣。流れを変え、光を払い、一切衆生を覆い隠すです」

 ふわり、と穏やかな風がわたしと王女様を包み込んだです。
 すると――

「エヴリル殿が、消えた?」
「王女様の姿も見えなくなっているですよ」

 初めて実践してみたですが、なんとか成功です。

「風の隠蔽魔法です。一定時間ですが、周囲の光を屈折させて姿を見えなくすることができるです」

 この魔法は臭いも外には漏れないので、勇者様が犬の能力をコピーしていたとしてもバレることはないはずです。ただ音は聞こえてしまうので、近づくには慎重にならないといけないですが。

「あ、王女様、まだ動かないでくださいです。勇者様がわたしたちに反撃してくることはないと思いたいですが、念のため防御魔法もかけておくです」

 わたしが次の魔法を詠唱していると、王女様の感心したような声が聞こえてきたです。

「エヴリル殿は便利な魔法をいくつも使えるのだな。――ハッ! この隠蔽魔法があれば城を抜け出し放題では!? いつでも勇者殿と訓練ができる! エヴリル殿、是非ご教授を!」
「いくら王女様でもそんな方々に大迷惑をかける使い方のためになんて教えないです!?」

 勇者様はどうでもいいですが、王女様に好き勝手されたらお城の人たちや街にも被害は出そうです。まあ、王女様はたぶん魔法には向いてないですから教えても使えないと思うです。

「そんなことより勇者様です。魔法の効果が切れる前に挟み撃ちするですよ」
「了解した」

 ドゴッ!

「きゃん!?」

 駆け出そうとしたわたしはなにか硬い物とぶつかってふっ飛ばされたです。な、なんですか今の馬に轢かれたような衝撃は? 防御魔法がなかったら気絶じゃ済まなかったかもしれないです。鼻の頭が痛いです……。

「う~~~~~」
「ああ、すまぬ。たぶんぶつかったのだと思うが、大丈夫かエブリル殿?」

 尻餅をついて顔を手で押さえるわたしに、どこからか王女様の心配そうな声が届いたです。王女様の白銀アーマーに跳ね飛ばされたんだとそこでようやく理解したです。お互いに見えないと困るですね……。

「……だ、大丈夫です。お、王女様は右の通りから行ってくださいです」
「う、うむ、了解した」

 王女様の足音が離れていくです。きっと指示通りに行ってくれたと信じるですよ。わたしも立ち上がってお尻の汚れをはたくと、反対側の通りを抜けて勇者様を追いかけ――

「わっ!?」

 危なかったです。たった今王女様に吹っ飛ばされたばかりですのに、普通に歩いてる人とぶつかりそうになったです。ていうか軽く肩があたったです。

「あら? ごめんあそばせ♪」
「こ、こちらこそ余所見してごめんなさいです」

 綺麗な金髪のお姉さんだったです。頭を下げてぺこぺこするわたしに、お姉さんは優しく微笑みかけて手を振りながら去って行ったです。

「……あれ?」

 わたし、今、隠蔽魔法で……も、もしかして王女様に吹っ飛ばされた拍子に魔法が解けちゃったですか?
 か、かけ直すです。……ふう、危なかったです。もうちょっとで正面から勇者様に突撃するところだったです。
 さてその勇者様は……顎に手をやってなにかを思案しながら歩いていたです。

「さっきのふわっとした風……エヴリルがまた探知を使ったな? となると俺の居場所はもうバレてるとして、どう逃げるか?」

 生意気にも逃げる算段をしていたようです。でも、どうやら隠蔽魔法で姿が見えないわたしには気づいてないですね。しめしめ、です。
 王女様が来ているかわからないですが、もうすぐ魔法の効果が切れてしまうです。わたしだけでも仕掛けることにするです。

「〈古竜の模倣ドラゴンフォース〉はできれば使いたくないしなー。こんな街の中心で使ったら俺の帰る場所がなくなってしまうし」
「よかったです。その程度の良識はまだ失ってないようですね」
「なっ!? エヴリルだと!? どこだ!? どこにいる!?」

 辺りをキョロキョロし始める勇者様の脳天に、わたしは姿を消したまま神樹の杖を叩きつけたです。

「ごはっ!?」
「私もいるぞ、勇者殿!」
「ぐえっ!?」

 王女様の声が聞こえたと思ったら、勇者様は地面にうつ伏せに倒れてじたばたともがき始めたです。その暴れる手が急にあらぬ方向を向いて固定され――

「ふぁっ!? 痛でででででででででででッ!?」

 そこで丁度王女様の隠蔽魔法が効果を失ったです。かけ直したわたしは自分で解除して姿を見せたです。
 王女様は勇者様をお尻の下に敷いて関節技を極めていたです。なるほど、これなら勇者様がドラゴンを〈模倣〉しない限り抜け出すことは不可能です。王女様のくせに考えたですね。

「透明化……だと? くそっ! エヴリルめ実はそんな羨ましい魔法まで使えたのか!」
「〈模倣〉なんてしたら勇者様には毎日路上で寝泊りしてもらうです」
「そんな脅しに屈する俺では……」
「まずは勇者様のベッドを業者さんに頼んで処分してもらうですね」
「いや、それは勿体ない。私がいただこう」
「仲間を〈模倣〉なんてしない。俺、前、そう言った。俺、ヤクソク守る。勇者ウソツカナーイ」

 急にどっかの原住民みたいになったです。この様子だとしばらくベッドを人質にする作戦は使えそうですね。フフフ。

「さて、勇者殿。意外とあっさり捕まえられたわけだが、次はどのような訓練をするのだ?」
「日が暮れるまでが特訓です! 勇者様、今日の晩御飯はお肉にするです!」

 できれば牛肉がいいですね。贅沢に霜降り極太のステーキなんていいかもしれないです。……じゅるり。いかんです。考えただけでヨダレが出るです。

「フッ、ハハハ」

 と、勇者様が関節を極められたまま笑い始めたです。

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 なんですかこの悪役みたいな笑い方は? ついに壊れちゃったですか勇者様?

「あー、悪い悪い。せっかくエヴリルさんが報酬で貧しいなりの豪遊の仕方を夢想してたのにごめんな」
「どういう意味だ、勇者殿?」
「負け惜しみはカッコ悪いですよ?」

 怪訝そうにするわたしたちに、勇者様は勝ち誇ったドヤ顔を向け――

「この俺が、こんな簡単に捕まるわけないだろ?」

 ポシュン! と。
 マヌケな音を立てて、王女様に組み敷かれていた勇者様がき、ききき消えたです!?

「おっ?」

 座っていた椅子がなくなって王女様もバランスを崩して引っ繰り返ってしまったです。
 どういうことですか? 勇者様にこんな能力はなかったはずで……まさか。

「今のは分身、いえ〈創造〉された勇者様です!?」

 わたしはすかさず探知魔法を走らせたです。風が王都中に広がっていき、勇者様の反応を捉えたです。
 ただし――

「……やられたです」

 その反応が、一つじゃなかったんです。

「勇者様め、どうやら〈創造〉で何人も自分を量産して散らばっているです」

 しかも厄介なことに、偽物は自分が偽物だということをきちんと理解しているみたいです。そして偽物でもオリジナル勇者様と同等の力。消えそうになったら〈創造〉して完全消滅しないように動いているです。
 参ったです。流石勇者様。これではわたしの魔法も意味がないですよ。
 どうすれば……。

「ふむ、やはり今のは偽物だったのか」

 立ち上がった王女様が難しい顔をして腕を組んだです。

「やはりってことは、王女様はわかってたですか?」
「ああ、勇者殿の筋肉反応が微弱だったのでな。強い反応なら向こうから感じるぞ」
「なんで魔法よりそんな超感覚が優秀なんですかぁあッ!?」

 ええい! もういいです! こうなったら王女様に頼るです!
 わたしの魔法なんて所詮中途半端で使い物にならないですよーだ。ふーん、です!

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