それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第四十四話 俺なんてこんなにイケメンなのに帰りたい病だもんな

 新郎の次男さんは三男さんそっくりのイケメン……ではなく、他のご家族との血縁をこれでもかと感じさせるふくよかな青年だった。
 思わず見惚れてしまうほど綺麗なウェディングドレスを纏ったディーナさんの横に並んでいると……まるで美女と野獣だな。どっかの劇場に演劇を見に来たって言われた方が信じられそうだ。

「ディーナさんてアレをカッコイイとか思っちゃうんだ……」
「しーっ! 勇者様それは失礼です。人は外見だけじゃないんですよ」
「そうだな。俺なんてこんなにイケメンなのに帰りたい病だもんな」
「なんて?」

 エヴリルさんに真顔で返された。ちょっとした冗談だったのに……そんな白い目を向けられたら恥ずかしくてもう帰りたい。

「ハッ! 俺は今大変なことに気づいてしまった。帰りたかったら、帰ればいいんじゃね?」
「よくないですからちょっと黙っててくださいです勇者様。式の最中です」

 そうは言っても結婚式に限らずこういう式典って退屈なんだよ。学校の始業式とか終業式とかさ。神父さんが新郎新婦の前でなんかありがたーい言葉を告げているけど、右から左に高速で抜けてしまってなに言ってるのか全然わかりません。
 あ、眠くなってきた。オフトゥンがあったら入りたい。

「汝――ボードワン・マルコ・ベイクウェルは、この女性――ディーナ・リズベス・プリチャードを妻とし、
 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
 病める時も、健やかなる時も、
 共に歩み、他の者に依らず、
 死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、
 神聖なる婚姻の契約のもとに――誓いますか?」
「誓います」

 ようやく結婚式のテンプレ的誓いまで話が進んだ。この誓いのペラッペラさは異常。神の下で誓っておきながら明日から離婚への道のりがマッハだからな。神様に対する冒涜だと思います。だから俺は絶対に結婚なんてしない。

「汝、ディーナ・リズベス・プリチャードは、この男性、ボードワン・マルコ・ベイクウェルを夫とし、
 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
 病める時も、健やかなる時も、
 共に歩み、他の者に依らず、
 死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、
 神聖なる婚姻の契約のもとに――誓いますか?」
「……」

 ん? ディーナさん、どうしたんだ? 俯いたまま答えないぞ。唇をきゅっと噛んだまま、一向に顔を挙げようとしない。

「ディーナ・リズベス・プリチャード?」

 神父が戸惑い、式場全体もざわつき始めたところでディーナさんはやっと顔を上げた。その目じりには涙の後が見て取れる。嬉しくて泣いてたのかな?

「申し訳ありません。はい、誓います」
「おお、そうか。それでは指輪を交換したのち、誓いの口づけを」

 気を取り直した神父が宝箱のような箱を取り出して開く。そこには大小二つの指輪が入っていた。
 新郎が小さい方をディーナさんの左手の薬指に嵌める。続いてディーナさんが大きい方の指輪を新郎の太い指に入れ――


 俺の魔眼が『それ』を捉えた。


「ちょっと待った!?」

 俺は思わず叫んだ。あの指輪を嵌めてはいけない。ディーナさんが手を止め、新郎が不思議そうな顔をして俺に視線を向けてくる。
 その時だった。

「そんな結婚認められるかぁああああああああああああああああああッ!!」

 誰かが、激昂した。
 いや、誰かなんてわかり切っている。ダイオさんだ。席から立ち上がったダイオさんが目を血走らせて新郎を睨んでいるぞ。

 どこかから悲鳴が上がる。
 集められた招待客の中から武装した連中が飛び出したんだ。あんな連中見てないぞ。いや、たぶん普通の服の下に武装していたのか。

「なんだこいつら!?」
「勇者様! あれは猟兵です!」
「猟兵?」
「お金を払えば犯罪にだって平気で手を染める連中です!」

 猟兵って軍隊の精鋭部隊とかそんな意味じゃなかったっけ? いやそんなことはどうでもいい。まさか本当に招待客に紛れ込ませているとは。
 自分で冒険者おれたちを呼んでおいて……いや待て、なんか妙だな。

「まさかダイオニシアス様が脅迫状を?」
「そういうのは俺が帰った後でやってくれ。止めるぞ!」

 混乱する招待客の間隙を縫って俺たちは前に出る。他の冒険者たちも猟兵を取り押さえるために動いているようだ。
 だが、遅い。
 一人の猟兵が新郎に切迫しやがった。
 剣が振り被られる。新郎の目が見開かれる。神父は腰を抜かし、ディーナさんは驚愕と恐怖で口に手をやっていた。

「――〈怠惰の凍結アケディア・フリーズ〉」

 新郎に振り下ろされた剣は、金属の塊を思いっきり叩いたような甲高い音を立ててポッキリと砕き折れた。
 俺の〈凍結〉で新郎の時間を止めたんだ。

「――世界を巡る悠久なる風よ。我が声に従い敵を撃つです!」

 状況がわからず狼狽した猟兵にエヴリルが風の魔法を叩き込む。風の弾丸が直撃した猟兵は短い悲鳴を上げて吹き飛び、教会の壁に背中から強かに叩きつけられた。アレは痛い。
 見れば、他の猟兵も冒険者たちによって取り押さえられていた。

「ダイオニシアス! 貴様、これは一体どういうつもりだ!」
「決まっているのである。我輩の愛娘を、貴様のとこのドラ息子と結ばせて堪るかなのであーる!」
「だからと言って猟兵を雇って殺しにかかるとは何事だ! 脅迫状も貴様が出したのだな? 貴様、それでも貴族か!」
「やかましいのである!」

 興奮したダイオさんとベイクウェル家の当主さんが胸倉を掴み合って言い争っている。もはや結婚式どころではないが……あのダイオさんの様子、ちょっとおかしいな。

「はあ、これは……見たくなかったな」

 俺の魔眼がダイオさんを捉える。普通の人には見えないドス黒いオーラが全身から滲み出ていた。


【バグ・ダイオニシアス・リズレイ・プリチャード。ステータス――〈呪いカース〉】


 出たよ、〈呪い〉が。
 ゼノヴィアの仕業かと思ったが、これはまた別の〈呪い〉だ。あいつのは魔物にしか効果がない。ダイオさんは人間だ。
 魔物なら倒せばいい。でも人間は……どうすればいいんだ? 嫌だ〈魅了〉は死んでも使いたくないッ!! 髭のおっさんにラブラブされるくらいなら今日は帰れなくてもいい!!

 俺は必死に〈解析〉を続ける。今にも殴り合いが始まりそうだ。急がなけれ……あ、結果出た。〈魅了〉しなさい。くっそが!?

「勇者様?」
「目を閉じてろ、エヴリル」

 不安そうなエヴリルにはそう指示を出し、他の連中は絶対に言うこと聞かないだろうから〈凍結〉させておく。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやりたくないおっさんとラブラブなんてしたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁああああああああああああッ!?

「――〈色欲の魅了ルクスリア・チャーム〉」

 ぐっはぁああああああああああああああああああああああッ!?

 ピンクに発光するキモイ俺を見てダイオさんの瞳から闇がすーっと引いていく。

「はっ! 我輩はなにをしていたのである? 冒険者殿……ぽっ」
「俺見て頬染めんなきしょいから!?」
「なんであるか、この胸の高鳴りだ。冒険者殿を見ていると体が熱くなって……ハァ、ハァ、冒険者殿ぉ」
「いやぁああああああああ抱き着くなぁあああああああああッ!?」

 うわぁあ、帰りたい。もう帰りたい。全力でこの場から離脱してオフトゥンに潜って三年ほど出てきたくないッッッ!?

 一分が経過し、〈凍結〉が解除されたみんなが見た光景は――中年髭オヤジに押し倒されてちゅっちゅされる俺の姿だった。

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