それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~
第三十七話 ちょっと俺、反天空神教会を設立してくるわ
この世界にもずいぶんと馴染んできたと思う。
元の世界ほど便利じゃないけど窮屈でもない。剣があって魔法があって魔物がいる。そんな大多数の人が『異世界』と聞いて安易に想像できてしまう『理想』がここには詰まっているんだ。
けれど同じだけ『現実』も付き纏ってくる。ヒャッハーできるのは最初だけだ。向こうの世界と同じように学んで、働いて、社会というものに貢献していかなければ生活できない。
当たり前だと言えば、当たり前だ。
だから俺も生きている以上、その回り続ける歯車の一つになるしかない。向こうでは学生だった。こちらでは冒険者になった。いつだって心の中で『帰りたい』を叫びながら、必死にリアルを足掻いてきたんだ。
帰りたい。
とにかく俺は帰りたい。
こっちの世界にもお世話になった人は大勢いるけれど、それでも一年にも満たない時間だ。十七年過ごした元の世界への未練を断ち切ることはできない。
せめてもう一度家族の顔が見たい。そして俺の部屋にある黒歴史を抹消したい。いやいやそうだろう! あの思春期男子が必ず机の引き出しやベッドの下に隠しるアレとかアレを処分しないことには死ぬに死ねませんて旦那!
……ふう。
すまない取り乱した。誰だよ旦那って。
とにかくだ! やっと! やっと俺は異変を解決した。その元凶をとっ捕まえた。ここに来るまでに何ヶ月もかかっちまったな。
これでようやく俺は元の世界に帰れるんだ!
そう思っていた時期がぼくにもありました。
「どういうことだってばよ」
事件を解決してから三日目の朝、俺はいつも通り宿のベッドで目を覚ましていた。
神からのコンタクトなんて、まるでなし!
自動的に元の世界に転移する、なんてこともなし!
ただただ平常に平凡に平然と時が過ぎていく。あれ? 俺、異変を解決したよね? なんで帰れないの? ねえねえ、なんでなの? かみさまがぼくをだましたの?
「勇者様! 朝です起きるで――」
「おら天空神のクソジジイ!! 言いたいことが死ぬほどあるからちょっと降りて殴らせろクソッタレがてめえの悪事バラすぞこんにゃろッッッ!!」
「朝から勇者様がご乱心です!?」
いつものように俺を起こしに部屋に入ってきたエヴリルさんがどうどうと宥めてくれた。危ない。ちょっとダークサイドに落ちるところだった。今の俺の怒りを〈憤怒の一撃〉に込めればドラゴンくらい楽勝で吹き飛ばせるレベル。
「どうしたですか勇者様? いつもみたいに毛布に包まって『帰りたい』って言わないですか?」
「帰りたい……」
「実行しなくていいです!」
ふて寝してやろうとベッドに戻ったらエヴリルさんに毛布を剥ぎ取られて蹴り落された。
「今日も街の復興のお手伝いに行くですよ。元はと言えば勇者様が隕石なんか作ったせいなんですから」
「あーでもしなきゃ倒せなかったんだ。被害を最小に抑えた俺はもっと褒められるべき」
「〈魅了〉しちゃえば話は早かったですのに」
「ヤダ。絶対ヤダ」
寧ろ〈色欲の魅了〉を使った方がやばいぞ。王都がドラゴンの巣になっちまうからな。これが最善だった。うん。
しょうがない。着替えよう。
「エヴリル、そこのパンツ取って」
「はいはい、パンほわっ!? なんで下を脱ごうとしてるですか!?」
相変わらずエヴリルさんは弄り甲斐があって可愛いな。これとオフトゥンだけが俺の癒し。なにそれ俺寂しくね?
「まったく……それで、やっぱり神様からはなんの連絡もないですか?」
「神……? ちょっと俺、反天空神教会を設立してくるわ」
「なにもないことはわかったですが天空信徒の前でよくそういうこと言えるですね!?」
天空神教に属するエヴリルさんはギャーギャー騒いでいたが、どこか安心しているようにも見えた。まあ、天空神が俺の前に現れたらフルボッコ待ったなしだからな。自分の信仰する神様がそんなことにならなくてほっとしているのかもしれん。
「エヴリルはどう思う? 俺はやっぱり騙されたんじゃないかと思う」
なんせ『かもねー』だからな。思い出しただけで殺意が湧く。
「神様はそんなことしないです。たぶん、あの魔女さんの件は異変じゃなかったってことですかね。それとも異変の一つに過ぎなかった、とかですか?」
「そうなると振り出しに戻っちゃった感じになるんだけど?」
「また地道に情報を集めていくしかないですね」
ニコッと笑いかけてくるエヴリル。ああ、その天使の笑顔が今は悪魔に見えてしまう俺の曇った眼はどうしてくれよう。
仮に世界の異変が他にもあるとして、俺たちはその情報を欠片も知らない。もしかするとこの国にいるだけじゃ掴めない話なのかもしれない。うわー、めんど。帰りたい。
「さて勇者様、今日も張り切ってお仕事行くですよ!」
心なしルンルンとステップを踏んで部屋から出ていくエヴリル。そんな彼女の様子に俺は首を傾げる。
「なあ、エヴリル」
「なんです?」
「なんか、嬉しそうだな」
「ふぇ!?」
振り返ったエヴリルが――ボン! 爆発したみたいに顔を真っ赤にした。
「いいことでもあったのか?」
「いえいえいえ、べ、べべべ別に嬉しいことなんてないですよ普通ですよ普通ですです」
声がものっすごく裏返って視線があっちこっち泳いでいるんですが……絶対なにかあったなこれは。
まさか――
「さてはエヴリル、お前」
「ち、違うですそうじゃないです本当になんでもないです!?」
「こっそりドラゴン討伐の報酬とか貰ってたりするんじゃねえの!?」
「……」
あれ? エヴリルの表情が急速冷凍されたぞ。元気に泳ぎ回っていた目は光を失って俺を見据え、上気していた頬は真っ白に冷めてしまった。
「お仕事行くです」
ぐわし、と俺の襟首を掴んでエヴリルは歩き始めた。
「なにやだ怖い!? このエヴリルさん超怖い!? 俺帰る!? もう帰りたい!? オフトゥン!? オフトゥウウウウウウウウウウウン!?」
とんでもない腕力を見せるエヴリルさんに逆らうなんてできず、俺は引きずられるようにして宿を出るのだった。
結局、こうしてこれからもこの世界での日常を過ごしていくのだろう。
ぶっちゃけると、こうなる予感はしてないかったわけじゃない。だから溜息をついて諦めつつ、気持ちを切り替えて――
――いつものように、俺は願う。
今日もやっぱり、帰りたい。
元の世界ほど便利じゃないけど窮屈でもない。剣があって魔法があって魔物がいる。そんな大多数の人が『異世界』と聞いて安易に想像できてしまう『理想』がここには詰まっているんだ。
けれど同じだけ『現実』も付き纏ってくる。ヒャッハーできるのは最初だけだ。向こうの世界と同じように学んで、働いて、社会というものに貢献していかなければ生活できない。
当たり前だと言えば、当たり前だ。
だから俺も生きている以上、その回り続ける歯車の一つになるしかない。向こうでは学生だった。こちらでは冒険者になった。いつだって心の中で『帰りたい』を叫びながら、必死にリアルを足掻いてきたんだ。
帰りたい。
とにかく俺は帰りたい。
こっちの世界にもお世話になった人は大勢いるけれど、それでも一年にも満たない時間だ。十七年過ごした元の世界への未練を断ち切ることはできない。
せめてもう一度家族の顔が見たい。そして俺の部屋にある黒歴史を抹消したい。いやいやそうだろう! あの思春期男子が必ず机の引き出しやベッドの下に隠しるアレとかアレを処分しないことには死ぬに死ねませんて旦那!
……ふう。
すまない取り乱した。誰だよ旦那って。
とにかくだ! やっと! やっと俺は異変を解決した。その元凶をとっ捕まえた。ここに来るまでに何ヶ月もかかっちまったな。
これでようやく俺は元の世界に帰れるんだ!
そう思っていた時期がぼくにもありました。
「どういうことだってばよ」
事件を解決してから三日目の朝、俺はいつも通り宿のベッドで目を覚ましていた。
神からのコンタクトなんて、まるでなし!
自動的に元の世界に転移する、なんてこともなし!
ただただ平常に平凡に平然と時が過ぎていく。あれ? 俺、異変を解決したよね? なんで帰れないの? ねえねえ、なんでなの? かみさまがぼくをだましたの?
「勇者様! 朝です起きるで――」
「おら天空神のクソジジイ!! 言いたいことが死ぬほどあるからちょっと降りて殴らせろクソッタレがてめえの悪事バラすぞこんにゃろッッッ!!」
「朝から勇者様がご乱心です!?」
いつものように俺を起こしに部屋に入ってきたエヴリルさんがどうどうと宥めてくれた。危ない。ちょっとダークサイドに落ちるところだった。今の俺の怒りを〈憤怒の一撃〉に込めればドラゴンくらい楽勝で吹き飛ばせるレベル。
「どうしたですか勇者様? いつもみたいに毛布に包まって『帰りたい』って言わないですか?」
「帰りたい……」
「実行しなくていいです!」
ふて寝してやろうとベッドに戻ったらエヴリルさんに毛布を剥ぎ取られて蹴り落された。
「今日も街の復興のお手伝いに行くですよ。元はと言えば勇者様が隕石なんか作ったせいなんですから」
「あーでもしなきゃ倒せなかったんだ。被害を最小に抑えた俺はもっと褒められるべき」
「〈魅了〉しちゃえば話は早かったですのに」
「ヤダ。絶対ヤダ」
寧ろ〈色欲の魅了〉を使った方がやばいぞ。王都がドラゴンの巣になっちまうからな。これが最善だった。うん。
しょうがない。着替えよう。
「エヴリル、そこのパンツ取って」
「はいはい、パンほわっ!? なんで下を脱ごうとしてるですか!?」
相変わらずエヴリルさんは弄り甲斐があって可愛いな。これとオフトゥンだけが俺の癒し。なにそれ俺寂しくね?
「まったく……それで、やっぱり神様からはなんの連絡もないですか?」
「神……? ちょっと俺、反天空神教会を設立してくるわ」
「なにもないことはわかったですが天空信徒の前でよくそういうこと言えるですね!?」
天空神教に属するエヴリルさんはギャーギャー騒いでいたが、どこか安心しているようにも見えた。まあ、天空神が俺の前に現れたらフルボッコ待ったなしだからな。自分の信仰する神様がそんなことにならなくてほっとしているのかもしれん。
「エヴリルはどう思う? 俺はやっぱり騙されたんじゃないかと思う」
なんせ『かもねー』だからな。思い出しただけで殺意が湧く。
「神様はそんなことしないです。たぶん、あの魔女さんの件は異変じゃなかったってことですかね。それとも異変の一つに過ぎなかった、とかですか?」
「そうなると振り出しに戻っちゃった感じになるんだけど?」
「また地道に情報を集めていくしかないですね」
ニコッと笑いかけてくるエヴリル。ああ、その天使の笑顔が今は悪魔に見えてしまう俺の曇った眼はどうしてくれよう。
仮に世界の異変が他にもあるとして、俺たちはその情報を欠片も知らない。もしかするとこの国にいるだけじゃ掴めない話なのかもしれない。うわー、めんど。帰りたい。
「さて勇者様、今日も張り切ってお仕事行くですよ!」
心なしルンルンとステップを踏んで部屋から出ていくエヴリル。そんな彼女の様子に俺は首を傾げる。
「なあ、エヴリル」
「なんです?」
「なんか、嬉しそうだな」
「ふぇ!?」
振り返ったエヴリルが――ボン! 爆発したみたいに顔を真っ赤にした。
「いいことでもあったのか?」
「いえいえいえ、べ、べべべ別に嬉しいことなんてないですよ普通ですよ普通ですです」
声がものっすごく裏返って視線があっちこっち泳いでいるんですが……絶対なにかあったなこれは。
まさか――
「さてはエヴリル、お前」
「ち、違うですそうじゃないです本当になんでもないです!?」
「こっそりドラゴン討伐の報酬とか貰ってたりするんじゃねえの!?」
「……」
あれ? エヴリルの表情が急速冷凍されたぞ。元気に泳ぎ回っていた目は光を失って俺を見据え、上気していた頬は真っ白に冷めてしまった。
「お仕事行くです」
ぐわし、と俺の襟首を掴んでエヴリルは歩き始めた。
「なにやだ怖い!? このエヴリルさん超怖い!? 俺帰る!? もう帰りたい!? オフトゥン!? オフトゥウウウウウウウウウウウン!?」
とんでもない腕力を見せるエヴリルさんに逆らうなんてできず、俺は引きずられるようにして宿を出るのだった。
結局、こうしてこれからもこの世界での日常を過ごしていくのだろう。
ぶっちゃけると、こうなる予感はしてないかったわけじゃない。だから溜息をついて諦めつつ、気持ちを切り替えて――
――いつものように、俺は願う。
今日もやっぱり、帰りたい。
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