それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~
第十四話 それが勇者様の望みですか?
その後、勇者様は数週間も村に残って復興を手伝ってくれたです。村人たちの感謝を「当然のこと」と言って謙遜していたあの頃の勇者様は本当に輝いていたです。
そして復興も落ち着いてきた頃、勇者様は村を襲った異変の調査を行い始めたです。世界を救う。そのための行動だと思っていたですが……今のわたしならわかるです。勇者様の行動原理の根本は常に『帰りたい』という思いからです。元の世界に帰るために、勇者様は異変の調査に乗り出したに決まっているです。
最初は村を拠点に周辺地域を散策したですが、手がかりは掴めなかったです。
勇者様は少し悩んだ後、旅に出ることを決意したです。村人たちの期待の眼差しを一身に受けて引けなくなってしまったように見えたのは気のせいにしておくです。
そうなることを予感していたわたしは、わたしの夢のためにも勇者様についていくことを決心していたです。
家族には止められるかと思ったですが、わたしの夢を知っている両親も祖父も引き止めはしなかったです。それどころか、村を出る直前に曾おじいちゃんが使っていた神樹の杖をわたしに譲ってくれたです。「頑張れ」と言われて……その時はちょっと泣いちゃいそうになったですね。
お父さん、お母さん、おじいちゃん……勇者様の本性は知っちゃいましたけど、それはそれで、わたしはこの王都で楽しくやっているです。
「エヴリルちゃん、お疲れ様。今日はありがとうね」
「あ、はいです」
わたしは今日、臨時の店員を募集していた商店街のお肉屋さんで働いていたです。夫婦で経営しているお肉屋さんで、なんでも旦那さんが数日前から風邪で寝込んでしまったそうです。その間お店は休業していたですが、いつまでも休んでいるわけにはいかないのでこうしてギルドに依頼したというわけですね。
「エヴリルちゃんの作ってくれた薬、とってもよく効いているわ。明日にはうちの旦那も復帰できそうよ」
「それはよかったです。でもしばらくは安静にしておいた方がいいですよ?」
「店番くらいはできるわよ」
魔導師の修行の一環でわたしは薬術も少し齧っているです。なんとか手持ちの材料で調合してみたですが、効果があったようでなによりです。
「はいこれ。売れ残りだけど、コロッケ持って帰って」
「いいのですか!」
「ふふ、エヴリルちゃんは依頼以上のことをしてくれたもの。エヴリルちゃんの旦那と一緒に食べて」
「だ、旦那じゃないです!?」
「一人で魔物退治に行ってるんでしょ? きっとお腹を空かせて帰って来るわ」
「そ、そそそそうですね!」
「どうして目を逸らすの?」
「なななんでもないですです」
本当は下着一丁で衛兵さんに追い回されてどっか行ってしまった、なんて口が裂けても言えないです。勇者様の尊厳はどうでもいいですが、そんな人と一緒にいるわたしの評価が転落死しそうですから。
「それではおばさん、わたしはこれで失礼するです。コロッケ、ありがとうです」
これ以上ボロが出ない内にわたしはお礼を言ってお店を立ち去ったです。空は鮮やかなオレンジ色に彩られ、数時間後には夜が来るです。商店街はどこも店仕舞いを進めているですね。
もう夕方ですか。勇者様、あれからどうなったですかね?
もし捕まっていたら冷たい牢獄で一晩過ごすことになるですか。それはやっぱり、ちょっと可愛そうです。外まで吹っ飛ばしてしまったのはわたしですし……。
まあ、仕方ないので迎えに行ってやるです。まったくもう本当に仕方ない勇者様ですね。
「エ~~~~ヴ~~~~リ~~~~ル~~~~」
衛兵さんの詰め所に向かおうとしたところで、後ろからうらめしそうな声が聞こえてきたです。
「勇者様?」
おかしいです。勇者様は今頃きっと鉄と石だらけの牢屋の中に下着一丁で放り込まれているはずです。こんなところにいるはずがないです。
なのに、そこに立っていた勇者様はちゃんと服を着てわたしを睨んでいたです。
「勇者様、衛兵さんに捕まったのではないですか?」
「捕まるか! ちゃんと撒いて帰って着替えたわ!」
なんて無能な衛兵さんですか! いえ、勇者様を捕らえられる衛兵さんがいるなら逆に知りたいですが……。
表情に影を落とした怖い顔の勇者様が口の端をニヤリと吊り上げたです。
「ギルドに行ってもお前いなかったし、しょうがないからヘクターと適当な魔物退治の仕事やって、その帰りにやっと憎き魔女を見つけたわけだ。くくく、ここで会ったが百年目」
「え? 今なんて言ったです?」
「おうち帰りたい」
「言ってないです!?」
わたしの聞き間違え……ではないはずです。勇者様は確かに言ったです。
「あの勇者様が、自分からお仕事を……? さては偽者!」
「七十八・五十三・七十九……エヴリルさん変わってないですね」
「本物でした!? あとその情報は絶対嘘ですわたしだって成長し――ってわあああああああああだから勝手にわたしのスリーサイズを〈解析〉しないでくださいです!?」
ちょっと勇者様を黙らせようとわたしは神樹の杖で殴りかかったです。そして殴りかかってから気づいたです。この攻撃は勇者様にはもう通用しなかったことに。
勇者様は杖を受け止めると、そのまま強引にわたしから奪い取ったです。これでは魔法も使えないです。ぐぬぬ……勇者様のくせに。
「か、返すです!」
「返すとも。ただし、俺の言うことを一つ聞いてくれたら、な」
「い、言うこと、ですか……?」
杖をわたしの届かない高さに持ち上げた勇者様がゲスい笑みで見下ろしてくるです。そのまま一歩二歩とわたしに近づいて来て……か、壁際に追い詰められたです。
「ああ、あのお面変態親父の依頼の時にエヴリルさんは言いました。ちゃんと仕事を完遂させれば、俺の望みを叶えてくれると」
「うっ」
「その顔はなんやかんやで有耶無耶にして流すつもりだったな?」
「……ソンナコトナイデス」
まさか覚えていたとは。勇者様って意外と記憶力がいいんですよね。くぅ、こうなるなら普段からもっと強く頭を叩いておけばよかったです。
「まあいい。俺がお前に望むことは一つだ」
ドン! と勇者様が壁に手をついて、わたしに顔を近づけてきたです。こ、これが噂に聞く壁ドンという奴ですか! お、思っていた以上に恥ずかしいです。
「トボけずにちゃんと叶えてもらうぞ」
「ゆ、勇者様、顔、近いです近いです!?」
はわわわ、勇者様の顔がすぐそこに! い、息がかかりそうです! まずいです。わたし、今ものすごく心臓がドキドキしてるです。もう顔が熱いです。
勇者様の望みは――やっぱり、そ、そういうことですか?
「エヴリル、俺はお前に――」
「ひゃうぅ」
来るです!
「休日を要求する!」
「………………………………………………ふぇ?」
今、勇者様はなんて言ったですか?
「休日だ休日! よく考えたら俺、こっちの世界に来てから休みらしい休みを貰ったことがない! 今回の詫びも兼ねて週休二日で手を打ってやろう!」
「お休みを?」
「イエス」
「それが勇者様の望みですか?」
「イエース」
「……」
なんだか、力が抜けてしまったです。
はぁ、と溜息をつくわたしに、勇者様は不愉快そうに眉を顰めて言葉を紡ぐです。
「いいか、社畜って奴は休日があるから頑張れるんだ。月曜日は基本的に絶望しかないけど、火曜日・水曜日と経つに連れて仕事に集中できるようになる。なぜか? 休日という希望が近づいているからだ。金曜日は多少なら残業してもいいやって血迷った考えを持つくらい休日は大事なんだ。わかる?」
「半分以上わからないですが、休日の必要性はわかるです」
「だろ?」
共感を得た勇者様は満足そうに頷いたです。正直、ゲツヨウビだのキンヨウビだのという異世界用語はさっぱりだったです。
休日は体を休めるためにも必要だとわたしも思うです。
思うですが……。
「でも、なんか、もっと……こう、なんか……」
「ん? どうしたエヴリル? 顔が赤いけど?」
わたしは自分がなにを期待していたのか省みると……もうどうしようもなく、恥ずかしくなったです。
「こんの。ダメ勇者様がぁああああああああああああああっ!?」
「うおっ!? どうした急に!? やべ、杖奪われた!? てかなにその動き!? 魔眼で見ても回避不可能って表示がぶろぁあああああああああああっ!?」
そうだったです。そうだったんです。
これが、わたしの勇者様だったです。
そして復興も落ち着いてきた頃、勇者様は村を襲った異変の調査を行い始めたです。世界を救う。そのための行動だと思っていたですが……今のわたしならわかるです。勇者様の行動原理の根本は常に『帰りたい』という思いからです。元の世界に帰るために、勇者様は異変の調査に乗り出したに決まっているです。
最初は村を拠点に周辺地域を散策したですが、手がかりは掴めなかったです。
勇者様は少し悩んだ後、旅に出ることを決意したです。村人たちの期待の眼差しを一身に受けて引けなくなってしまったように見えたのは気のせいにしておくです。
そうなることを予感していたわたしは、わたしの夢のためにも勇者様についていくことを決心していたです。
家族には止められるかと思ったですが、わたしの夢を知っている両親も祖父も引き止めはしなかったです。それどころか、村を出る直前に曾おじいちゃんが使っていた神樹の杖をわたしに譲ってくれたです。「頑張れ」と言われて……その時はちょっと泣いちゃいそうになったですね。
お父さん、お母さん、おじいちゃん……勇者様の本性は知っちゃいましたけど、それはそれで、わたしはこの王都で楽しくやっているです。
「エヴリルちゃん、お疲れ様。今日はありがとうね」
「あ、はいです」
わたしは今日、臨時の店員を募集していた商店街のお肉屋さんで働いていたです。夫婦で経営しているお肉屋さんで、なんでも旦那さんが数日前から風邪で寝込んでしまったそうです。その間お店は休業していたですが、いつまでも休んでいるわけにはいかないのでこうしてギルドに依頼したというわけですね。
「エヴリルちゃんの作ってくれた薬、とってもよく効いているわ。明日にはうちの旦那も復帰できそうよ」
「それはよかったです。でもしばらくは安静にしておいた方がいいですよ?」
「店番くらいはできるわよ」
魔導師の修行の一環でわたしは薬術も少し齧っているです。なんとか手持ちの材料で調合してみたですが、効果があったようでなによりです。
「はいこれ。売れ残りだけど、コロッケ持って帰って」
「いいのですか!」
「ふふ、エヴリルちゃんは依頼以上のことをしてくれたもの。エヴリルちゃんの旦那と一緒に食べて」
「だ、旦那じゃないです!?」
「一人で魔物退治に行ってるんでしょ? きっとお腹を空かせて帰って来るわ」
「そ、そそそそうですね!」
「どうして目を逸らすの?」
「なななんでもないですです」
本当は下着一丁で衛兵さんに追い回されてどっか行ってしまった、なんて口が裂けても言えないです。勇者様の尊厳はどうでもいいですが、そんな人と一緒にいるわたしの評価が転落死しそうですから。
「それではおばさん、わたしはこれで失礼するです。コロッケ、ありがとうです」
これ以上ボロが出ない内にわたしはお礼を言ってお店を立ち去ったです。空は鮮やかなオレンジ色に彩られ、数時間後には夜が来るです。商店街はどこも店仕舞いを進めているですね。
もう夕方ですか。勇者様、あれからどうなったですかね?
もし捕まっていたら冷たい牢獄で一晩過ごすことになるですか。それはやっぱり、ちょっと可愛そうです。外まで吹っ飛ばしてしまったのはわたしですし……。
まあ、仕方ないので迎えに行ってやるです。まったくもう本当に仕方ない勇者様ですね。
「エ~~~~ヴ~~~~リ~~~~ル~~~~」
衛兵さんの詰め所に向かおうとしたところで、後ろからうらめしそうな声が聞こえてきたです。
「勇者様?」
おかしいです。勇者様は今頃きっと鉄と石だらけの牢屋の中に下着一丁で放り込まれているはずです。こんなところにいるはずがないです。
なのに、そこに立っていた勇者様はちゃんと服を着てわたしを睨んでいたです。
「勇者様、衛兵さんに捕まったのではないですか?」
「捕まるか! ちゃんと撒いて帰って着替えたわ!」
なんて無能な衛兵さんですか! いえ、勇者様を捕らえられる衛兵さんがいるなら逆に知りたいですが……。
表情に影を落とした怖い顔の勇者様が口の端をニヤリと吊り上げたです。
「ギルドに行ってもお前いなかったし、しょうがないからヘクターと適当な魔物退治の仕事やって、その帰りにやっと憎き魔女を見つけたわけだ。くくく、ここで会ったが百年目」
「え? 今なんて言ったです?」
「おうち帰りたい」
「言ってないです!?」
わたしの聞き間違え……ではないはずです。勇者様は確かに言ったです。
「あの勇者様が、自分からお仕事を……? さては偽者!」
「七十八・五十三・七十九……エヴリルさん変わってないですね」
「本物でした!? あとその情報は絶対嘘ですわたしだって成長し――ってわあああああああああだから勝手にわたしのスリーサイズを〈解析〉しないでくださいです!?」
ちょっと勇者様を黙らせようとわたしは神樹の杖で殴りかかったです。そして殴りかかってから気づいたです。この攻撃は勇者様にはもう通用しなかったことに。
勇者様は杖を受け止めると、そのまま強引にわたしから奪い取ったです。これでは魔法も使えないです。ぐぬぬ……勇者様のくせに。
「か、返すです!」
「返すとも。ただし、俺の言うことを一つ聞いてくれたら、な」
「い、言うこと、ですか……?」
杖をわたしの届かない高さに持ち上げた勇者様がゲスい笑みで見下ろしてくるです。そのまま一歩二歩とわたしに近づいて来て……か、壁際に追い詰められたです。
「ああ、あのお面変態親父の依頼の時にエヴリルさんは言いました。ちゃんと仕事を完遂させれば、俺の望みを叶えてくれると」
「うっ」
「その顔はなんやかんやで有耶無耶にして流すつもりだったな?」
「……ソンナコトナイデス」
まさか覚えていたとは。勇者様って意外と記憶力がいいんですよね。くぅ、こうなるなら普段からもっと強く頭を叩いておけばよかったです。
「まあいい。俺がお前に望むことは一つだ」
ドン! と勇者様が壁に手をついて、わたしに顔を近づけてきたです。こ、これが噂に聞く壁ドンという奴ですか! お、思っていた以上に恥ずかしいです。
「トボけずにちゃんと叶えてもらうぞ」
「ゆ、勇者様、顔、近いです近いです!?」
はわわわ、勇者様の顔がすぐそこに! い、息がかかりそうです! まずいです。わたし、今ものすごく心臓がドキドキしてるです。もう顔が熱いです。
勇者様の望みは――やっぱり、そ、そういうことですか?
「エヴリル、俺はお前に――」
「ひゃうぅ」
来るです!
「休日を要求する!」
「………………………………………………ふぇ?」
今、勇者様はなんて言ったですか?
「休日だ休日! よく考えたら俺、こっちの世界に来てから休みらしい休みを貰ったことがない! 今回の詫びも兼ねて週休二日で手を打ってやろう!」
「お休みを?」
「イエス」
「それが勇者様の望みですか?」
「イエース」
「……」
なんだか、力が抜けてしまったです。
はぁ、と溜息をつくわたしに、勇者様は不愉快そうに眉を顰めて言葉を紡ぐです。
「いいか、社畜って奴は休日があるから頑張れるんだ。月曜日は基本的に絶望しかないけど、火曜日・水曜日と経つに連れて仕事に集中できるようになる。なぜか? 休日という希望が近づいているからだ。金曜日は多少なら残業してもいいやって血迷った考えを持つくらい休日は大事なんだ。わかる?」
「半分以上わからないですが、休日の必要性はわかるです」
「だろ?」
共感を得た勇者様は満足そうに頷いたです。正直、ゲツヨウビだのキンヨウビだのという異世界用語はさっぱりだったです。
休日は体を休めるためにも必要だとわたしも思うです。
思うですが……。
「でも、なんか、もっと……こう、なんか……」
「ん? どうしたエヴリル? 顔が赤いけど?」
わたしは自分がなにを期待していたのか省みると……もうどうしようもなく、恥ずかしくなったです。
「こんの。ダメ勇者様がぁああああああああああああああっ!?」
「うおっ!? どうした急に!? やべ、杖奪われた!? てかなにその動き!? 魔眼で見ても回避不可能って表示がぶろぁあああああああああああっ!?」
そうだったです。そうだったんです。
これが、わたしの勇者様だったです。
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