それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第十三話 この人は勇者様です!

 わたしの予想通り、教会には村の人たちが集まっていたです。
 ですが、教会の入口にも魔物たちが押し寄せていたです。門のところで自警団の人たちが侵入されないようにバリケードを張って頑張っているですが……もういつ崩壊してもおかしくない状況です。

「見てくださいです、勇者様。群れの中に一際大きな体の魔物がいるです。きっとあいつがボスです」

 しかもただのエッジベアではないです。普通のエッジベアの毛は茶色ですが、あのボスは真っ黒です。筋肉もボコボコと隆起してるですし、なにより全身から黒い湯気のようなものを発しているです。

「――バグ・エッジベア」
「え?」
「いや、俺の魔眼がゲーム画面みたいにモンスター名とか表示してて……なんだあのステータス? 〈呪いカース〉? 徐々にダメージ食らう状態異常ってわけじゃなさそうだけど……」

 勇者様が言ってることは半分も理解できなかったですが、とにかくあのエッジベアが異常だというニュアンスは伝わってきたです。

「エヴリルは下がってろ。群れのボスを倒せば雑魚は帰っていくはずだ」
「わ、わかったです」

 勇者様が堂々と群れに近づいていくです。あの凶暴そうな魔物を全然恐れてないです。それはそうですね。さっきみたいな強い鉄の魔物を召喚できる勇者様が、エッジベアごときに恐怖するはずがなかったです。森でのことはやっぱりわたしの勘違いです。

「スキルを試すいいチャンスだな。〈創造〉はさっきやったから――」

 エッジベアも勇者様を見つけたです。ぐるるるぅと低く唸って数匹が一斉に踊りかかってきたです。
 勇者様は鉄の魔物を召喚しないです。代わりにエッジベアを真似したようにちょっと猫背になると――う、腕の一振りだけで数匹同時に薙ぎ払ってしまったです。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」

 その様子に群れのボスが怒ったみたいに遠吠えを上げたです。音波が衝撃になるほどの大音量。空気がビリビリと振動して……あ、足が竦んで動けなくなったです。
 でも、勇者様はすぅーっと息を吸い込み――

「うぉらああああああああああああああああああああああッ!!」

 同じように、いえ、群れのボスよりもずっと大きな声を張り上げたです。すると今度はエッジベアたちの方が怯えたように固まってしまったです。
 群れのボスだけを除いて。

「おお、確かに相手を上回って〈模倣〉できてるな。〈解析〉と組み合わせれば完璧じゃないか」

 勇者様が感心したようになんか言ってるです。模倣? エッジベアの攻撃を真似したってことですか?

「来いよ雑魚。一撃で沈めてやんよ!」

 中指を立てて挑発する勇者様は、なんかちょっと調子に乗ってる気もするです。

「ぐるぁああああああああああああああああッ!!」

 怒り狂った群れのボスが凶悪な爪で勇者様を引き裂きにかかったです。勇者様はいつの間にか両手に大きな鉤爪を装着していて、群れのボスの攻撃に合わせるように腕を打ち出したです。
 体格差が絶望的。普通なら勇者様の方が引き裂かれて弾き飛ばされてしまうです。

 ですが。
 なのに。

 爪が砕けたのは、群れのボスの方だったです。

 群れのボスの血走った目がまん丸に見開かれたです。信じられないものを見た、といった感じですね。たぶんわたしも、教会からこちらの様子を見ている村人たちも同じ気持ちだと思うですよ。

「トドメだ」

 間髪要れず勇者様は一度姿勢を低くし、群れのボスの顎目掛けて掬い上げるように鉤爪を振るったです。顎から頭を貫かれた群れのボスは、短い断末魔を上げてどどうっと仰向けに倒れてしまったです。
 呆気ない。
 そう感じてしまうくらい、本当に一瞬だったです。

 ボスを倒されたエッジベアたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくです。バラバラの方向……たぶん、あの突然変異っぽいボスが本来群れを作らないエッジベアたちを纏め上げたんだと思うです。
 いやいや、そんなことはどうでもいいです!

「勇者様! エッジベアを逃がさないでくださいです!」
「え? いや俺、帰る奴を引き止めるのは主義に反するというか」
「また村が襲われるかもしれないんですよ!」
「それはないだろ」

 勇者様はやけにあっさりそう言うと、逃げ散っていくエッジベアたちに目を向けたです。

「あいつらはもうこの村を襲えばどうなるか身に染みたはずだ。動物は意外と頭がいいから、危ないと知った場所には今後近づきもしねえよ。ていうか、残党狩りなんて俺の仕事じゃない。管轄外の仕事でサービス残業なんてしたくない!」

 最後の方はなにを言ってるのかよくわかりませんですが、勇者様の言うことは一理あるです。四方八方に逃げていくエッジベアを一人で追いかけろなんて、いくら勇者様でも無理ですね。エッジベア一匹くらいなら村の自警団でもなんとかなるですし、あの怯え方からすると村に近づくどころか人を襲うこともしなくなるんじゃないかと思うです。
 と、教会の壊されかけた門から次々と村人たちが出てきたです。

「エヴリルや、そのお方は一体……?」

 村人たちを代表して白い髭を蓄えたおじいさん――この村の村長さんでわたしの祖父になるです――がわたしたちに問いかけたです。
 そうです。わたしは、みんなに勇者様のことを伝えないといけないです。
 森で起こった不思議なことと、出会い。
 わたしたちを助けてくれた、圧倒的な強さ。
 困惑している人たちを安心させるように、わたしは笑顔ではっきりと―― 

「はい、この人は勇者様です!」

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