希望と夢は同じようで違う。

ノベルバユーザー173744

一応、実は、この辺りは昔と違います……?いや一緒だ。

 ドファーグに連れていかれたウィルヘルムは、途中で幼馴染みのセヴァイスと合流し、クリスを庇い、大怪我を負った護衛の兵士を見舞う。
 彼は何度か斬りつけられたらしいものの、必死でクリスを守り通した。
 手当てを受けつつ、出血が多かったらしくもうろうとした様子だったのだが、ドファーグたちを見つけ、

「軍師さま……は……」

と、弱々しく声をかけた。

「も、申し訳ありません……お守りしきれず……お怪我は……」
「大丈夫だ。少し怪我はあるけれど、ダークが手当てをしている」
「あぁ、良かった……」

 護衛の兵士は意識を失う。

「大丈夫か‼」
「大丈夫です。ホッとしたのでしょう。この者は、軍師さまを本当に敬愛されていますので」

 医療部隊の兵士が手当てを続けつつ告げる。

「そうか……彼を頼んだ」
「ウィルヘルム将軍」

 ウィルヘルムがドファーグによってそのまま引きずられ連れていかれたのは、軍師であるクリスのテント。
 その入り口には血を浴びた布がかかったままである。
 周囲には血の痕跡を消すために水を流し、テントの布を新しくするようにと動き回る兵士たちがいる。

「将軍‼ドファーグ隊長‼セヴァイス隊長‼」
「手を止めず、仕事を。クリスと彼は無事だ」
「あぁ‼良かった‼」

 声が上がる。

「犯人は?」
「はっ‼手引きをした者と共に取り押さえ別々に。ご安心下さい」
「手引き?誰だ?」

 ドファーグの声に、ある者が答える。
 後にした戦場の近くで暮らしていた元兵士の息子の名……そして、困惑ぎみに……、

「実は、捕まえた青年は……」
「は?」

3人は呆気に取られる。

「ほ、本当か?」
「はい……この中に、おります。抵抗しないから、と……。武器は全て没収しております」
「解った。では……おい、将軍‼」

 ドファーグを押し退けたウィルヘルムは血塗られた布をめくり、中に入っていった。



 そこにいたのは、右の瞳は金、左の瞳は緑、長く伸ばした髪は銀の青年……そして、顔は性別に年齢を足し算に交換をしたら、良く似た……。
 手足は縛られているが、監視の兵士と話す姿や頷いたりする仕草は驚く程……。

 しかし、ウィルヘルムは表情を変えず問いかけた。

「……クリス・レッカートと名乗っていると言うが、お前は何者だ?クリス・レッカートは我が軍の軍師。そうそう名乗られても困るのだがな?」

 視線を動かした青年は、穏やかな表情を一変させる。

「……ウィルヘルム・デュッフェルだな‼貴様……血塗られた王の末裔が‼レッカートの人間が、そんなに憎いか?戦争を停戦に導いた妹を、その手で血祭りにあげたいと見える‼餓えたけだものめ!」
「妹?」
「は?貴様……私を馬鹿にするか‼」
「いや、馬鹿にはしてない。妹って本当か聞きたい」

 ウィルヘルムの返答に、『クリス・レッカート』は呆気に取られる。

「はぁ?何故解っていることを、説明するんだ、馬鹿馬鹿しい‼」
「いや、クリスが女だって、ついさっき解ったから」
「私は男だ‼」
「だから、俺はお前の妹のことを言ってる‼名前も知らねぇのに、何て呼べってんだよ‼この馬鹿が‼」

 怒鳴り付ける。

「それになんだ?お前のその態度は?俺がデュッフェルの人間だとはいえ、そんなにお前の妹を殺す為に連れ戻してると思ってんのか‼俺だってな?10年も一緒にいりゃ、あいつがどんな人間で、どんなに優しくて可愛いか、この軍の皆が知ってる。特にこのドファーグのおっさんにとっては家族同然で、自分の子供とかわりない、特別な存在か、俺が知ってる。俺たちは、あいつを逃がそうとしていた。折角、必死に日々を生き抜いて、お互い命を守りあってたんだ‼でもお前の妹が、逃げたら他の人間に迷惑がかかると残ってたんだ‼」
「そんな……」
「それに、お前の方こそ妹を戦場に送り込んだじゃないか。どう違う?」
「私は……」

 俯き項垂れる。

「ただ……私は……」
「止めて下さい‼」

 テントの布をすり抜け入ってきたクリス……いや、そう呼ばれていた少女が、ウィルヘルムと兄の間に立ち塞がる。

「兄は何も悪くありません‼兄は好きな人がいたんです‼前日まで本当に悩んでいたんです‼責めないで下さい‼」
「あ、アニスティン‼アナと逃げたんじゃないよ⁉お兄ちゃん、逃げるならアナとよりアニスティンと逃げたよ⁉アニスティンは、お兄ちゃんの可愛い可愛い可愛い可愛い妹だから‼」
「え?前日に、アナって……」
「いや、一緒に逃げようって言われたけど、お兄ちゃん、どう考えてもアナよりアニスティンの方が大事だし、可愛いし、二人で逃げようって思ってたんだよ。そしたらあのアホ父に追い出されて、アナと駆け落ちしたって……アナは、商人の娘でしょ?アナの婿?ってのにさせられて、あちこち行ってたんだよ‼お兄ちゃん、隙をついて逃げ出そうとしたんだけど、蛇のようにしつこくて……」

 本気で嫌そうな声……しかし、そっくりな妹にはデレデレとした顔をしている。

「えぇぇ?10年も逃げられなかったんですか?」

 アニスティンと正式な名前が判明した少女に、その兄はうんうんと頷く。

「だって、この大陸じゃなくて、アナのお祖父さんのつてを使ったらしくて、別の大陸に行ってたから。それに大丈夫。アナは半年前向こうで結婚してくれたから。うん。二人であちらにさようなら~だよ」
「そうだったのですか、おめでとうございます」

 その言葉通りを素直に受け取った少女は頭を下げた瞬間、兄が、

「二人であの世に行けるように、策略を、ね。うん、嫌々でも勉強しといて良かったよ……フフフッ」

と、小声で呟いたのを3人は聞き逃さなかった。
 しかも、妹の前ではにこにこしているが、妹の見ていないところでは悪どい表情を見せている。
 完全にシスコン、二重人格の上にたちの悪い方の軍略家らしい。
 もしかしたら、10年前に彼が軍に来ていたら、敵を滅ぼすのと相前後するかのように軍も壊滅していたに違いない。

「でも、お兄ちゃん?駄目です‼今すぐ逃げて下さい‼殺されてしまう‼」
「じゃぁ、アニスティンも逃げよう‼お前も殺されてしまう‼」
「それはできません‼将軍に、ドファーグ隊長にダーク隊長、ボルドー隊長、セヴァイス隊長も、皆さんもいます。何かあったら嫌です。お兄ちゃんだけでも‼」
「アニスティンが逃げないなら、私もいる」
「お兄ちゃん‼」

 駆け寄りしがみつき必死に訴える妹に、表向きは冷静そうだがデレデレと嬉しそうなシスコン兄、3人……特にウィルヘルムは、

「あーもう、そこで兄妹言い争いするな‼俺……」
「黙らんか‼この桃色脳が‼」

 と、分厚い書籍が叩きつけられる。
 当然、殴り付けたのはダークであり、ボルドーは、監視の兵士に口止めをして追い出している。

「あ、だぁぁぁ‼ダーク師匠‼俺の頭はそんなに殴りいいのかよ‼」
「黙れ‼この馬鹿が、今度は角で殴るが?」

 振りかぶるダークに、慌てて首を振る。

「良かろう。では、クリス・レッカートじゃの?わしは、ダーク。ダーク・シュタイト。一応、本人じゃ。お主とは逆じゃがな」

 クリス……本来の青年は目を見開く。
 ダーク・シュタイト……この国でも名の知られた学者であり、医術師……。

「知っているか。ふむ……わしの名も知られておるとは……」
「ダークさまは……私の憧れの方でした。幼い頃、一度だけお姿を……」
「あぁ、あの時のか。それはそれは大きくなった……所で、お主。わしと取引をせぬか?」
「取引……」

 険しい顔になる青年に、にっと微笑む。

「そなたの命と妹の命……そなたが死ねばこの10年もの間戦場に立つ妹が戦い続けていた意味もない。そして、妹が死ねばそなたが命がけで戻ってきた意味がない。違うか?」
「……そ、そうですね」

 悔しげに洩らす青年に、自分もこんな時があったと思いつつ、ダークは告げる。

「では、取引をしよう」

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