希望と夢は同じようで違う。
戦いに勝利しても、嬉しく思わない面々
ローブの擦れる音がして、立ち去っていくクリスの気配に、静まり返って様子を窺っていたテントの中の面々は眉間や、両方の目頭を親指と人差し指ではさんだり、こめかみを押さえたり……それぞれ仕草はわずかに違うものの、苦り切った顔つきをしていた。
その中でも、将軍である25才のウィルヘルムはイライラと怒鳴り付ける。
「何なんだ‼あいつは‼せっかく、護衛の兵士は特にあいつを慕っていて、あいつが言えば逃げる手はずはもうとうの昔にこちらで準備してるってのに‼」
何で逃げないんだ‼
拳で叩く主に騎馬部隊長であり、ウィルヘルムの幼馴染みのセヴァイスが、濃いグリーンの瞳で持っていたノートのページをたどる。
「『クリス・レッカート。本籍、この国の南東の小さい村、レッカーティの出身。生まれた歳は、私とウィルヘルム……将軍と同じ歳。瞳が左右が違う。右目が金、左目が緑、髪は銀』と10年前の資料には残ってますが、ここにいるクリスはどうみても、年が違いますし」
「……おっさんが、『お前がクリス・レッカートか?』何て聞くなよ‼このアホおっさんが‼」
「仕方あるまい‼あのローブが証拠だ‼それに王宮からの書簡を携えていては、一応そう聞くしか‼」
飛翔武器部隊長のドファーグが苦り切ったように呟く。
ちなみにドファーグとセヴァイスは叔父甥になり、ドファーグは妻子を残して戦場に立っていたが、王都の流行病で失っている。
今現在はウィルヘルムは上の立場ではあるが甥同様で、10年もいると表向きは敬語でも、このような場ではざっくばらんである。
そして、飛翔武器とは弓、ボーガン、そして投擲用に改良された槍と言った、一番後ろにいつつ、いかに味方を傷つけず敵を傷つけるかを課題にしてクリスによって新設された部隊である。
元々騎兵隊のトップだった彼が甥に位を譲り、代わりに軍師であるクリスの近くにいるようにしていた。
「どうみても私の死んだ娘と同じ年頃の子供が、あのようにズルズルとローブを引きずりながら、軍略書と書簡を手に現れるとは思うまい‼しかも、白いローブは神聖なものだ‼」
「まぁ……解らん……」
ボソボソと小声で歩兵部隊長のボルドーはその意見に賛同する。
ボルドーはドファーグの親友である。
「ボルドーのおっさんまで‼」
「うるさい!がきんちょが‼」
医療部隊長のダークが、書物を読みながら怒鳴り付ける。
ダークは医師であり、学者でもある。
そして、数少ないクリスが素で甘えられる存在である。
クリスは7才の時から軍で生活するため、様々なことを知らずに成長する。
15才とはどうしても見えないクリスを、ドファーグがダークに頼み込み、勉強を教えるのと一緒に、他の体力のみの男達から守っていたのである。
「そこで吠えている暇があるのなら、考えろ‼馬鹿もんが‼わしは、取り寄せた歴史書をひもといて、必死に調べ回っておると言うのに‼」
「すみませんでした」
ダークはこの軍の陰の王である。
軍略しか教わっていないクリスに内政や外交などを教え込んだのも彼であり、彼にとっては孫も同然である。
ダークは、読んでいた歴史書をペラペラとめくっていたものの……速読力がある……ある一点で止まる。
「ウムム?ちょっと待て……」
紙を引き寄せ書き記し始める。
「何を書いているんです?ダークさま」
セヴァイスは覗き込むが、読めない文字がダークの手から紙に写されるだけで、全く読み解くことは出来ない。
「これは……?」
「古代用いられた文字で、今では廃れておる。読めるのはレッカーティの村の人間と、王都の歴史学者のわずか。わしも元々はクリスに教わった」
「何て書いているんですか?」
「ん?『勝利は将軍や兵士だけが生み出したものではなく、影の将軍である参謀や密偵により情報を集め、采配した者のお陰。影の王を称えよ』と書いてある。『勝利は将軍と参謀双方を称えることである』『将軍が勝利を独り占めせんと欲し、情報を知り尽くした参謀がクーデターを考えていると言う密告により、戦勝祝いの席で参謀を引きずり出し首をはねた』『そのときの将軍は王。その王は叫んだ。「国の脅威となる敵を追い払うと、味方が脅威となる。参謀は国の全てを……国や軍の情報を知っている。その新しい脅威は、新しい国には必要がない。消し去れ。その事によって、新しい国はもっと強固になるであろう」と。しかし実際は、参謀の才能を妬んだ大臣達が参謀を蹴落とすために嘘の情報を流した』『後年、信頼していた弟や大臣達に裏切られ、幽閉された王は位を渡すことになり、「参謀の言葉を信じていれば……」と嘆き、喉を突いて自害した』と」
余りにもありふれた、ありそうな事件。
しかし、
「……『これ以降口を封じるために、宴会の席で、参謀の首をはねるのが慣例となった』」
「うっわっ‼目の前でかよ⁉よくこの国は、恨まれなかったな……」
ウィルヘルムは顔をしかめる。
15歳で将軍の地位についたのは、実力よりも幼馴染みのセヴァイスとその叔父のドファーグとボルドーがウィルヘルムの父の友人であったため預けられたようなものだが、10年も経てば経験と戦時中と言えど、休戦と、それぞれ交代で休暇をとる。
その半日でも、一日でも休暇の時にはダークに頭を叩かれつつクリスとセヴァイスと共に勉強をしていた。
15才だった自分は暴れたりない、成長期で反抗期でやんちゃすぎるお子さまだったが、7才のクリスはそれはそれは賢く真面目で、ダークに嘆かれたものである。
しかし、妬むよりもひがむよりも、クリスは自分と得意分野が違うのだと解っていた。
それに、クリスは自分の才能をひけらかすのではなく、最初はたどたどしかった……それだけ幼かったのだと今ではわかる……が、ウィルヘルムを見て目を見開き、
「凄いです‼将軍はきっと、この国で一番の将軍だと言われます‼強くて優しい、それに勉強もされているんです‼歴史に名を残されますよ‼」
と言ってくれた。
照れ臭かったが、クリスの一言でもっと努力をと思えるようになったのである。
「まぁ、百年程前から戦勝祝いの宴の席で野蛮なとやめられたが、別の場所で参謀、軍師は口封じをされることになっておるな」
「だけど、おかしくないか?一人だけか?それに代々何で参謀、軍師はレッカーティ地域の人間なんだ?」
「レッカーティの人間は、この国の前にあった国の王家の末裔。邪教を信仰していたと滅ぼされたレッカートの人間。クリス・レッカートはレッカート家の嫡出の、言うなれば王子だ」
セヴァイスは持っていたノートをヒラヒラさせる。
「10年前、兄に頼んで調べて貰ってた。ここにいるクリスのことも」
「じゃぁ、教えろ‼」
「情報料‼」
「金持ちの息子が‼金をふんだくる気か?」
ベルトに挟んでいた革袋に手を伸ばそうとしたとき、外がざわめき、
「将軍‼部隊長‼」
飛び込んできたのはクリスである。
「助けて下さい‼」
ようやく来たかと思った5人に、脱げかけたローブそのままに叫ぶ。
「護衛の兵士の人が‼襲われそうになった私を庇って斬られました‼私の声に、兵士の方が助けて下さったのですが、護衛の方が‼お願いいたします‼」
10年の間ずっと着ていたローブは色が変色し、所々継ぎを当てて繕ったあとがある。
しかし、くすんでいても解る。
クリスは怪我をしているか血を浴びたのだと。
視線を合わせることなくボルドーとセヴァイスが出ていき、後方支援であり、将軍や軍師を守る立場のドファーグが剣を佩き、クリスをウィルヘルムとダークの傍に連れていく。
「怪我はないか?クリス」
「私の怪我など‼それよりも……」
「怪我をしたのか‼」
「軽傷です‼それよりも‼」
「見せろ‼」
手を伸ばし、ローブを無理矢理剥がしたウィルヘルムは、触れた柔らかいものにキョトンとする。
「何だ?これは」
「何をしとるかぁぁ‼この変態がぁぁ‼」
ウィルヘルムはダークの愛読書……とてつもなく分厚い書物……に殴り飛ばされる。
「クリス‼大丈夫か‼」
「あの……将軍は……」
「あれは変態だ‼近づくな‼」
「傷の手当てをせねばな。あれは置いておけ‼」
と大きなテントの隅についたてを立てて、ダークの手により手当てをされたのである。
その中でも、将軍である25才のウィルヘルムはイライラと怒鳴り付ける。
「何なんだ‼あいつは‼せっかく、護衛の兵士は特にあいつを慕っていて、あいつが言えば逃げる手はずはもうとうの昔にこちらで準備してるってのに‼」
何で逃げないんだ‼
拳で叩く主に騎馬部隊長であり、ウィルヘルムの幼馴染みのセヴァイスが、濃いグリーンの瞳で持っていたノートのページをたどる。
「『クリス・レッカート。本籍、この国の南東の小さい村、レッカーティの出身。生まれた歳は、私とウィルヘルム……将軍と同じ歳。瞳が左右が違う。右目が金、左目が緑、髪は銀』と10年前の資料には残ってますが、ここにいるクリスはどうみても、年が違いますし」
「……おっさんが、『お前がクリス・レッカートか?』何て聞くなよ‼このアホおっさんが‼」
「仕方あるまい‼あのローブが証拠だ‼それに王宮からの書簡を携えていては、一応そう聞くしか‼」
飛翔武器部隊長のドファーグが苦り切ったように呟く。
ちなみにドファーグとセヴァイスは叔父甥になり、ドファーグは妻子を残して戦場に立っていたが、王都の流行病で失っている。
今現在はウィルヘルムは上の立場ではあるが甥同様で、10年もいると表向きは敬語でも、このような場ではざっくばらんである。
そして、飛翔武器とは弓、ボーガン、そして投擲用に改良された槍と言った、一番後ろにいつつ、いかに味方を傷つけず敵を傷つけるかを課題にしてクリスによって新設された部隊である。
元々騎兵隊のトップだった彼が甥に位を譲り、代わりに軍師であるクリスの近くにいるようにしていた。
「どうみても私の死んだ娘と同じ年頃の子供が、あのようにズルズルとローブを引きずりながら、軍略書と書簡を手に現れるとは思うまい‼しかも、白いローブは神聖なものだ‼」
「まぁ……解らん……」
ボソボソと小声で歩兵部隊長のボルドーはその意見に賛同する。
ボルドーはドファーグの親友である。
「ボルドーのおっさんまで‼」
「うるさい!がきんちょが‼」
医療部隊長のダークが、書物を読みながら怒鳴り付ける。
ダークは医師であり、学者でもある。
そして、数少ないクリスが素で甘えられる存在である。
クリスは7才の時から軍で生活するため、様々なことを知らずに成長する。
15才とはどうしても見えないクリスを、ドファーグがダークに頼み込み、勉強を教えるのと一緒に、他の体力のみの男達から守っていたのである。
「そこで吠えている暇があるのなら、考えろ‼馬鹿もんが‼わしは、取り寄せた歴史書をひもといて、必死に調べ回っておると言うのに‼」
「すみませんでした」
ダークはこの軍の陰の王である。
軍略しか教わっていないクリスに内政や外交などを教え込んだのも彼であり、彼にとっては孫も同然である。
ダークは、読んでいた歴史書をペラペラとめくっていたものの……速読力がある……ある一点で止まる。
「ウムム?ちょっと待て……」
紙を引き寄せ書き記し始める。
「何を書いているんです?ダークさま」
セヴァイスは覗き込むが、読めない文字がダークの手から紙に写されるだけで、全く読み解くことは出来ない。
「これは……?」
「古代用いられた文字で、今では廃れておる。読めるのはレッカーティの村の人間と、王都の歴史学者のわずか。わしも元々はクリスに教わった」
「何て書いているんですか?」
「ん?『勝利は将軍や兵士だけが生み出したものではなく、影の将軍である参謀や密偵により情報を集め、采配した者のお陰。影の王を称えよ』と書いてある。『勝利は将軍と参謀双方を称えることである』『将軍が勝利を独り占めせんと欲し、情報を知り尽くした参謀がクーデターを考えていると言う密告により、戦勝祝いの席で参謀を引きずり出し首をはねた』『そのときの将軍は王。その王は叫んだ。「国の脅威となる敵を追い払うと、味方が脅威となる。参謀は国の全てを……国や軍の情報を知っている。その新しい脅威は、新しい国には必要がない。消し去れ。その事によって、新しい国はもっと強固になるであろう」と。しかし実際は、参謀の才能を妬んだ大臣達が参謀を蹴落とすために嘘の情報を流した』『後年、信頼していた弟や大臣達に裏切られ、幽閉された王は位を渡すことになり、「参謀の言葉を信じていれば……」と嘆き、喉を突いて自害した』と」
余りにもありふれた、ありそうな事件。
しかし、
「……『これ以降口を封じるために、宴会の席で、参謀の首をはねるのが慣例となった』」
「うっわっ‼目の前でかよ⁉よくこの国は、恨まれなかったな……」
ウィルヘルムは顔をしかめる。
15歳で将軍の地位についたのは、実力よりも幼馴染みのセヴァイスとその叔父のドファーグとボルドーがウィルヘルムの父の友人であったため預けられたようなものだが、10年も経てば経験と戦時中と言えど、休戦と、それぞれ交代で休暇をとる。
その半日でも、一日でも休暇の時にはダークに頭を叩かれつつクリスとセヴァイスと共に勉強をしていた。
15才だった自分は暴れたりない、成長期で反抗期でやんちゃすぎるお子さまだったが、7才のクリスはそれはそれは賢く真面目で、ダークに嘆かれたものである。
しかし、妬むよりもひがむよりも、クリスは自分と得意分野が違うのだと解っていた。
それに、クリスは自分の才能をひけらかすのではなく、最初はたどたどしかった……それだけ幼かったのだと今ではわかる……が、ウィルヘルムを見て目を見開き、
「凄いです‼将軍はきっと、この国で一番の将軍だと言われます‼強くて優しい、それに勉強もされているんです‼歴史に名を残されますよ‼」
と言ってくれた。
照れ臭かったが、クリスの一言でもっと努力をと思えるようになったのである。
「まぁ、百年程前から戦勝祝いの宴の席で野蛮なとやめられたが、別の場所で参謀、軍師は口封じをされることになっておるな」
「だけど、おかしくないか?一人だけか?それに代々何で参謀、軍師はレッカーティ地域の人間なんだ?」
「レッカーティの人間は、この国の前にあった国の王家の末裔。邪教を信仰していたと滅ぼされたレッカートの人間。クリス・レッカートはレッカート家の嫡出の、言うなれば王子だ」
セヴァイスは持っていたノートをヒラヒラさせる。
「10年前、兄に頼んで調べて貰ってた。ここにいるクリスのことも」
「じゃぁ、教えろ‼」
「情報料‼」
「金持ちの息子が‼金をふんだくる気か?」
ベルトに挟んでいた革袋に手を伸ばそうとしたとき、外がざわめき、
「将軍‼部隊長‼」
飛び込んできたのはクリスである。
「助けて下さい‼」
ようやく来たかと思った5人に、脱げかけたローブそのままに叫ぶ。
「護衛の兵士の人が‼襲われそうになった私を庇って斬られました‼私の声に、兵士の方が助けて下さったのですが、護衛の方が‼お願いいたします‼」
10年の間ずっと着ていたローブは色が変色し、所々継ぎを当てて繕ったあとがある。
しかし、くすんでいても解る。
クリスは怪我をしているか血を浴びたのだと。
視線を合わせることなくボルドーとセヴァイスが出ていき、後方支援であり、将軍や軍師を守る立場のドファーグが剣を佩き、クリスをウィルヘルムとダークの傍に連れていく。
「怪我はないか?クリス」
「私の怪我など‼それよりも……」
「怪我をしたのか‼」
「軽傷です‼それよりも‼」
「見せろ‼」
手を伸ばし、ローブを無理矢理剥がしたウィルヘルムは、触れた柔らかいものにキョトンとする。
「何だ?これは」
「何をしとるかぁぁ‼この変態がぁぁ‼」
ウィルヘルムはダークの愛読書……とてつもなく分厚い書物……に殴り飛ばされる。
「クリス‼大丈夫か‼」
「あの……将軍は……」
「あれは変態だ‼近づくな‼」
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