話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

月曜日、俺は命を落とした

通行人C「左目が疼く…!」

落とした音がした

ぼと、背中でそんな音が聞こえた。
それを境にぷつりとすべてが遮断される。
ざわついていた喧騒が聞こえなくなり世界が遠のいたような感覚だ。
ぐるり、あたりを見渡す。



時が停まったかのようだった。
ついさっきまであわただしくしていた看護師たちが氷のように動きを止め、不自然な体制を保ったままでいる。
執刀医もメスをつかんだまま停止し、機械音も途切れたままだ。



俺は落ちてきた「そいつ」に目をやる。



手術室の隅の隅。うすい暗がりができているそこにまるで隠れるかのように「そいつ」はいた。



それはなんとも表現しがたい姿をしていた。
丸くも四角くもない、変な形のものだった。
何と言ったらいいのだろうか、俺はそれを表すことのできる言葉を持っていない。
とにかく、さっきのはそんなものが落ちてきた音だったようだ。



見れば見るほど不思議なそれだった。
しっかりとした輪郭を持っているというのに原型がつかめない。
俺の知るすべてのものに当てはまらない、そんな存在だ。
全くわけがわからない、その言葉に尽きる。



ただ、それはどうしたって平凡な佇まいだと思った。
陳腐で凡庸で限りなく尋常一様だ。
光り輝くでもなく、どちらかと言えばくすんでいて薄く煤けたような色をしている。



驚いて固まったままの俺の視線に気づいてか、そいつはゆらゆらと動いて見せた。
その動きに合わせて変な物体の下の方が床の中に沈んだり出てきたりしている。
…実に非現実的な形だ。
だというのに、どうしてか神秘的なものを一切感じない。それは、何故か。
そんなことはもう俺にはわかりきったことだった。
だって一番身近にあったものだ。神秘も何も感じるはずがない。
俺は口を開いた。



「よう、捜したぜ。」



そんな音が自然と零れ落ちていた。
俺は古くからの友人のような気持ちで語り掛ける。


「随分長い事かくれんぼしてくれたじゃねえか。まったくどうしようもない奴だな、お前は。」


恵理子に愛海にあんなに心配をかけて、あんなに泣かせて。
世話になってるくせに何にも返せなくて、いつも頼ってばっかりで。
それなのに、全く帰ってこないなんてどういう了見だ?
ずびずびと子供のように鼻をすすりながらそいつのほうへと歩を進める。
…本当に格好のつかないやつだな俺も。
まあ、それについてはまた今度だ、今は…



「ほら、そろそろ帰るぞ。」


手を伸ばしてみた。なんだかよくわからない形のそれはピクリと身を震わせる。
でも、そいつは逃げなかった。俺は静かに、落とさないように、おそるおそるそれを持ち上げた。
思ったよりもずっと軽くてずっと重たいそいつだった。



俺は思わず喉をくつくつと鳴らす。
俺自身だっていうのに何もかもわからないやつだなお前は。
そうやって撫でるように表面に指を滑らせてみた。



そうしてみて、ようやくそいつが傷だらけだということに気が付いた。
あちこちに擦り傷があって時折深い傷口に触れる。
ぱっくりと開いたそれに触れると胸のどこかが鋭く痛んだ。
余りの激痛に眉間にしわが寄る。
だというのにそいつは。



どっしりと構えて随分と逞しい様子だ。
そこに刻まれた傷は何も新しいものばかりではない。古く乾いたもののたくさんあった。
それら全部を…。何もかも呑みこんでそれを勲章とばかりにしゃんと佇んでいる。
まあそうだな、傷の数だけ男が上がるってもんだ。よくぞここまでになってくれたものだ。
自分のものとはいえ、そいつを称賛してやりたいと思った。



そいつは静かだ。じっと動かずに俺の手の中に納まっている。
…待っているのだ、そう思った。


「悪い悪い、そんな恨めしそーにすんなって。」


からからと笑って見せると、そいつはさっさとしろとでも言うように身じろぎをした。



俺はそいつを胸の中に抱く。
そいつの触れた胸のあたりが水面のように揺らいで、じわじわと俺の中に埋まっていく。
やっと戻ってきたんだ。
そいつが収まって熱を持ち始める俺の心臓。
…実際にそれがあるのは横で目を閉じて寝転がっている体のほうなのだけど。
でも確かに、ぬくもりを感じた。








恵理子、愛海…、もうすぐ帰るからな。
いろいろ心配かけて悪いなあ、帰ったらなんか奢るから許してくれ。
誕生日もちゃんと祝うし、これからは弁当も忘れたりしないからさ。
毎日ちゃんと帰る。休みの日にはどこかに連れってってやろう。


どうだ、俺を許してくれるか?
…なんて本人に聞かない事にはどうにもならないな。
まあ、目が覚めた時にでも聞いてみよう。





ああ、あとお前にも言うことがあるぞ「俺の命」。




俺はお前をまた失くす、その時までずっとお前を後生大事に抱えて生きていくのだ。



こんなことが何度もあるようじゃ堪ったもんじゃない。



もう二度と好き勝手させないからな、俺が終わるその時までちゃんと俺の中にいてくれよ。



俺もお前のことしっかり守ってやるからさ。



誰にも奪わせない。もう落としたりなんかしない。



だから…






これからもよろしくな           

「月曜日、俺は命を落とした」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く