ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
25-200.前夜祭(第3部エピローグ)
――ウオバル魔法騎士大学・大講堂、夕方。
この日はウオバル大学への入学式を翌日に控えた、新入生達を主賓とする前夜祭が行われていた。ヒロもその主賓の中の一人として出席していた。
ヒロはシャロームを身元引受人として、入学の受付締切前日にエルテが用意した願書を提出した。審査は難なくパスして、翌日に魔法使いとして入学を許可された。
ヒロの元に紋章が入った分厚い羊皮紙の合格証が届けられ、翌日夕方からの入学式前夜祭と翌々日の入学式への出席が指示されていた。
ヒロはこの日、シャロームから、魔法使いの正装である、胸元に刺繍がついた黒ローブを借りて出席していた。
大講堂は四階立ての高い建物で、直ぐ傍にあるリーファ神殿とひけを取らない。内部は、四階部分にステンドグラスがはめ込まれた大きな窓があり、隣のウオバル図書館のそれとよく似ている。
大理石を敷き詰めた広い床の奥は、少し高くなっており、横幅一杯に七段の階段が設けられている。その中央には豪奢な彫金が施されたマホガニー調の演台が置かれていた。この辺りの雰囲気はリーファ神殿の大聖堂にも似ているが、演台の後ろの壁には、リーファ女神像ではなく、天井から吊された大きな紋章旗が掲げられている。
紋章旗は下半分が緩やかに弧を描いた盾の形をしていた。その盾を左右半分に割り、左が赤色、右が黄色に塗られている。そこに銀で象られた杖と金で象られた剣が、互いに斜めにクロスしてバッテンを作っている。
演台の両脇には純白のフルプレートの甲冑を着た衛兵が一人ずつ直立不動で控えている。彼らの存在が、フランクな雰囲気の講堂にピリリとした緊張感を添えていた。
講堂の壁の所々には、ランプによる灯りがともされ、床には燭台が置かれた丸テーブルがいくつも設置されていた。
丸テーブルには数人ずつの若者がワインの入った杯を片手に談笑している。ざっと五十人くらいだろうか。その殆どは仕立てのよい服で身を整えていたが、騎士の甲冑や、魔法使いのローブを身に纏っている者もいる。
知り合いのいないヒロは、空いたテーブルに一人ぽつんと佇んでいた。緊張からなのか、テーブルのワインにも手をつけず、周りの様子を観察していると、ヒロに声を掛けるものがいた。
「やぁ、ヒロじゃないか」
ヒロが振り向くと、二人の男がいた。ヒロに声を掛けた一人は小柄で深い灰色の髪にブルーの瞳を持った少年のような顔立ちの青年。もう一人は長身長髪のイケメンだ。イケメンの切れ長の瞳は全てを射抜くかのように鋭く、全身からオーラが立ち上るように見えた。
「メルクリス!」
ヒロはほっとしたような声を上げた。知り合いがおらず、どうにも居心地が悪かったのだが、そんな気持ちもすっと軽くなった。
「しばらく振りだね。君が此処にいるということは、入学するんだね。その服は魔法使いだね。僕も魔法科なんだ。同期になるね。よろしく」
「誰も知り合いがいなくて、どうしようかと思っていたところだ。君に会えて嬉しいよ。こちらもよろしく、メルクリス」
ヒロが挨拶を返すと、長身のイケメンがメルクリスに目配せした。誰だいと瞳で問いかけている。それに気づいたメルクリスはイケメンをヒロに紹介する。
「ヒロ、紹介するよ。こっちの彼はランディ。剣士だよ。僕達は隣のセプタイ王国から来たんだ」
メルクリスはヒロをランディに紹介する。
「ランディ、彼はヒロ。ほら、前に闘技場に行ったときに剣の練習をしていた彼だよ。あの時は剣を振っていたけど、本職は魔法使いなんだってさ」
メルクリスの説明にランディはあぁ、と思い出したような顔をすると、優雅な所作で握手を求めてきた。
「俺の名はランドバルド・フォン・アレフィ。ランディと呼んでくれ」
「俺は、カカミ・ヒロ、ヒロでいいよ」
ヒロはランディとがっちりと握手して挨拶を交わす。ランディの手は大きくがっしりとしていた。極普通の振る舞いなのに、気圧されるような圧力を感じる。これは相当な達人かもしれないなとヒロは感じた。
「全員、演壇に注目!」
メルクリスが更に何かを話そうとしたとき、壇上の両脇に控えていた衛兵から号令が掛かる。
皆が演壇に注目した頃、深紅の甲冑に純白のマントを翻し一人の騎士が登壇した。見事な長い金髪を束ねて後ろに垂らした美女だ。会場全体にわずかにどよめきが起こる。
ヒロにはその騎士に見覚えがあった。女騎士は演台の前に立つと、手をあげて楽にするようにと告げた後、挨拶を始めた。
「諸君。私はウオバル大学で副学長を拝命している、ティモテ・ジュヌヴィエール・オーギュスト・ド・ボーモンだ。諸君には、まだ一日早いが、ウオバル大学にようこそと言わせて欲しい。諸君は栄誉あるウオバル大学の学生として、勉学に励み、フォス王国並びに君達の祖国の発展を担う人材となることを期待している。今日は前夜祭だ。ゆっくり楽しんでいってくれたまえ」
ティモテは簡単な挨拶を終えると壇上を後にした。
「あの騎士さん、副学長だったのか」
ヒロの驚きに、メルクリスが説明を加えた。
「そうだよ、ヒロ。ティモテ教官は、フォス王国で七人しかいないシュバリーの騎士の一人だ。『神速のティモテ』と呼ばれてる。ウオバル大学に入る人でその名を知らない人はいないと思っていたんだけど」
メルクリスは、ティモテを知らないことなんてあり得ないといわんばかりにヒロの瞳を見つめた。ヒロは慌てて取り繕う。
「い、いや。俺は遠い東の国からきたばかりの田舎者でね。大陸の事情には疎いんだ」
「そうなんだ」
メルクリスは納得したようなしないような表情を見せたが、それ以上は追求しなかった。ヒロは話題を変えようとメルクリスに話しかけた。
「ところで、メルクリス。ウオバル大学には各地から才能ある剣士や魔法使いを集めているらしいけど、卒業生は毎年一人か二人しかいないという話を聞いている。そんなに厳しいのかい?」
ヒロは初めてウオバルに来た日に入った酒場で、大学の教官と思しき人物達がそのような話をしていたことを思い出していた。ヒロが大学に入る目的は、この世界の事を知り、元の世界に帰還する方法を探ることだ。ヒロにとって卒業は最優先の課題ではない。
「ウオバル大学の卒業試験の厳しさは有名だよ。クリアできなきゃ留年だよ。ガイダンスで聞かなかった?」
「生憎、俺はギリギリで願書を出した口だから、聞く機会がなかったんだ」
そう答えたヒロに、先程壇上で挨拶したティモテがやってきた。
「誰かと思えば、ヒロではないか」
「ティモテさん、いや副学長……」
「ティモテでよい。ヒロ、入学おめでとう」
「ありがとう」
「貴殿の入学で今年は最後だ。当然ガイダンスを受けていないと思うが、知らないままこの場にいるのは公平に欠く故、少し説明しておこう」
ティモテはヒロが頷くのを確認してから、語り始めた。
「ウオバル大学には大きく、剣士科と魔法科の二つがある。それぞれ座学と実習を主に行い、年に一度卒業試験がある。卒業試験は、剣士と魔法使いが二人一組になって、学長が課す課題に取り組むことになる。課題をクリアして、学長が認定を出せば卒業だ。卒業生はその時点で王国付の騎士および宮廷魔導士に推挙される。だが、当然ながら、卒業試験をパスできなければ留年だ。課題は難しいが、クリアすることを期待している」
ティモテは口元に微笑みを浮かべながら、ヒロに説明する。
「課題の内容は?」
「それは教える訳にはいかない。ただし毎年変わるとだけは伝えておこう。肝心なのは、誰とペアを組むかだ。相性が良くない相手とペアを組むと卒業試験のクリアは難しくなる。ウオバル大学は、入学前にガイダンスを行い、一月前から剣術や魔法の事前授業をやっているが、それは互いの実力を確認するだけではなく、誰となら息が会うか、誰とペアを組めばいいのかを考えさせる意図もあるのだ。故に、今日の前夜祭は、相手の考えを聞いたり、己が事を知って貰う場でもある」
「なるほど」
見た目はフランクなパーティだが、裏では卒業を掛けた争いが始まっているということか。中々どうして気が抜けないなとヒロは思った。
「メルクリス、君はランディとペアを組むのかい?」
そういう事情なら、もう一人残らずペアが決まっているのかもしれない。ヒロはメルクリスに問いかけた。
メルクリスはランディと互いに視線を合わせてから答える。
「うん。僕達は同じ国の出だし、付き合いも長いからね。君には悪いけど、僕達はもう先約済みだから、君とペアは組めそうにないよ」
メルクリスは肩を竦めて済まないと告げたが、ヒロは手を振って気にする必要はないと返した。
「だけど、ヒロ。まだ殆どはペアの相手は決まってない筈だよ。ほら、あそこ」
メルクリスは顔をあげて、遠くのテーブルに視線を向ける。ヒロが見ると一つの丸テーブルに人だかりが出来ている。
「やけに人が集まってるな」
どうやら純白のドレスに身を包んだ女性を中心に輪ができているようだ。女性は長い金髪を束ねて後ろに垂らし、杯を片手に周りに集まる新入生達と談笑している。
「実力がある者には人が集まる。それは何処の国でも同じだ。彼女は剣士。武門の誉れ高きアストレル家の次女だ。ヒロ、貴殿も小悪鬼騎士を討伐したそうだな」
ティモテの言葉に、メルクリスとランディがそうなのかと、少し驚きの表情を見せた。やはり小悪鬼騎士の討伐は、それなりのインパクトがあるようだ。ティモテがヒロの小悪鬼騎士討伐を知っているのは、きっと願書を読んでいるのだろう。副学長という立場であれば、別におかしな話ではない。願書提出の際、エルテはその内容をヒロに説明していた。エルテは、小悪鬼騎士討伐は大きなアピールポイントになると言っていた。
「討伐といってもパーティでやった事だ。俺が凄い訳じゃない。それより彼女は?」
「吹雪の女王さ」
ティモテの説明をメルクリスが補足した。ヒロにはその言葉に聞き覚えがあった。ウオバルに来た最初の日、酒場でそんな言葉を聞いた事を思い出した。
「吹雪の女王?」
「うん。皆そう呼んでる。もちろん本名じゃないよ、二つ名だね。彼女の名は……」
「ヒロ、ここで噂していても仕方がない。昨日入学したばかりでは新入生達の顔も分かるまい。差し支えなければ、私が紹介しよう」
メルクリスを遮ったティモテがヒロに彼女を紹介しようと進み出る。ヒロはその申し出を有り難く受けることにした。
ティモテの案内でヒロはテーブルに近づいた。
「皆、割り込んで済まない。昨日入学した新入生を紹介させて欲しい」
ティモテの声に新入生達が下がり、道を開ける。向こうをむいていた吹雪の女王が振り返った。
――!!
ヒロは大きく目を見開いた。
自分は彼女を知っている。
この異世界に来た時、最初に会った人間。
黒曜犬に襲われた自分を救ってくれた剣士。
団子をくれた後、颯爽と去っていった金髪の美少女。
間違う筈がない。
「セフィーリア!」
「ヒロ?」
ヒロはそれきり次の言葉を出すことが出来ず、呆然と立ち尽くした。
二人の大きな運命の歯車が、今、回り始めた。
《第三部 完》
コメント
ノベルバユーザー601714
ランキングから拝見しました。当たりが10%のロシアンルーレットはなかなか厳しい。
ward8
追いついた!と思ったら、だいぶ昔に更新止まってたんですね。。残念
ヘンゼルとグレテル
ランキングで紹介されてたので拝見しました。
異世界物が多い中、差別化できていて良かったです!
応援してます!
ノベルバユーザー205219
続きが気になります!
ノベルバユーザー131799
良かったです
続きを期待してます!!