ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

21-183.宝箱

 
 宝箱は五段に積み上げられた大理石の階段の上に置かれていた。先程まで宝箱を囲んで煌々と輝いていた燭台の青い炎は弱々しい灯火へと変化していた。

「あの炎もやっぱり、マナ吸引エナジードレインされるんだよな」
「はい。でも勢いが全然ありません。あれなら一度に動けなくなるほどマナを吸い取られる事はないと思いますわ」
「そうならいいんだが、罠ってことはないのか?」
「分かりません」
「炎が小さくなってんのは、お前さんが死霊アンデッドを始末したからなんじゃねぇのか?」

 ソラリスが腰に手を当てて、やれやれといった風だ。

「もう此処にマナは殆どありませんからね。そのせいだと思いますよ」

 ロンボクが冷静な瞳を炎に向ける。 

「確かに死霊アンデッドは始末しましたけれど……」
「邪悪な気配は感じません。大丈夫だと思います」

 困った顔をしたエルテの手をリムが握った。

 リムの言うとおりなら、もう死霊アンデッドは出てこない筈だ。また、ロンボクのマナが無くなったせいで炎が小さくなっているという意見にも説得力があった。

 ならば、青い炎が小さい今なら宝箱を開けるチャンスであることは間違いない。ヒロはふと、マナが完全に無くなってしまったら、あの青い炎も消えてしまうのだろうか、と思ったのだが、それ以上の思考はミカキーノの一声で遮られた。

「なんだぁ。ぐだぐだ言ってねぇで早く開けろよ」

 ミカキーノの言葉に、エルテが一瞬びくりとした顔を見せた。

「うるせぇよ。ミカキーノ。お前は黙ってろ」

 ヒロは罵るソラリスを制した。ここで引き下がる理由はない。

「ソラリス。見たところあの宝箱はそれほど大きくない。持てそうならこの部屋の外まで持ってきて来てくれないか。何かあっても、多少の時間は稼げる。もちろん、持ち出すのに罠がないかを確認してからだが」

 罠が無いことを確認してから箱を持ってきてくれとは、結構無茶振りではないかと、ヒロは自分でも思ったのだが、ソラリスはあっさりと受けた。

 ソラリスは、ヒロ達にホールの外で待つようにと目線で指示した。ヒロはリムから清冽水マルマの入った水筒を受け取ると、万一の為に此処に残るとソラリスに告げる。ソラリスは何も言わずに赤い瞳で了解したと答えた。

 ヒロ以外の皆が部屋を出たことを確認すると、ソラリスはそれでも慎重な足取りで宝箱に向かった。ヒロはソラリスの背を見守りながら、右の手の平を上にして、炎粒フレイ・ウムの発動を試みる。

 エルテが神官魔法を発動するのに、自分の体内マナオドを使わせたばかりだ。それでもまだ魔法発動できるのか確認したかった。

 ヒロの手の平に、ボッとかすかな音を立て、親指の先程の炎の珠が生まれた。だが、それ以上は大きくは出来なかった。この程度では使えないも同然だ。

 ヒロは炎粒フレイ・ウムを解除すると、無駄だと分かっていたが、腰のナイフに手をやった。

 ソラリスがずんずんと祭壇を登り、宝箱の前に立った。その場でしゃがみ込んで宝箱を探る。ヒロは周囲を見渡したが、特におかしな様子はない。ソラリスは一通り調べ終わると、一気に宝箱を持ち上げ、肩に担いだ。ソラリスは一瞬だけ訝るような顔を見せたが、ヒロに親指を立てて見せ、そのまま戻ってくる。ソラリスは視線で、部屋の外だとヒロに告げる。ソラリスに続いてヒロも祭壇の部屋を出た。

 祭壇の部屋の外では、エルテ達が待っていた。ソラリスは床に宝箱を置く。宝箱の表面は白く滑らかで、何処にも継ぎ目のようなものは見あたらない。箱の周囲には翼のないドラゴンのような彫刻が施されていた。上蓋と箱本体は頑丈な金の蝶番で繋がれ、箱の中央に鍵穴がある。

 不思議な材質だ。大理石か何かから削りだしたのだろうか。いや、いくらなんでもそれでは重過ぎる。いかにソラリスでも肩に担ぐことなんて無理だ。

 宝箱の前で片膝をついたヒロの肩にエルテが手を添えた。振り向いたヒロにエルテが微かに首を振る。その意味を察したヒロは一旦立ち上がり、ロンボクとミカキーノに顔を向ける。

「ロンボク、ミカキーノ。俺達はこの宝を探しに此処に来たんだ。だが、その中身については決して口外しないで欲しい。約束してくれるか?」

 折角救援に来てくれた二人にこんな事をいうのは、正直心苦しかった。二人の加勢がなければ、きっとガーゴイルパッサーシュバイの餌食になって、宝箱の中身を見ることは出来なかっただろう。だが、まだレーベの秘宝の事は、伏せて置かなければならないのだ。もしも二人が首を縦に振らなかった場合は、ヒロは宝箱これごと持って迷宮を出る事を考えていた。

「何か事情がお有りのようですね。冒険者に守秘義務があることは承知していますよ。僕達のクエストはヒロさん達の救援です。それを越えた分については、関知しません。秘密は守りますよ」
「これまで色んなクエストをやってきたけどよ。他人ひとの秘密をペラペラと喋るほど、俺ぁ腐っちゃいねぇよ」

 エルテがほっとした表情かおをしたのを見届けると、ヒロは改めて、宝箱に手を伸ばした。

 ソラリスがヒロに宝箱を開けるように促す。鍵を開けないと、と顔を上げたヒロにソラリスがその必要はないと告げた。

「開いてるよ。ヒロ。鍵は掛かっちゃいない」

 どういうことだ。ヒロは戸惑いながらも上蓋の両端を持った。エルテ達が覗き込むように様子を窺う。ヒロは、ひとつ深呼吸をしてから一気に宝箱を開けた。

 ――!?

 ない。皆の期待に反し、箱の中には何もなかった。 
 

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