ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
21-179.祭壇
そこは、円形の空間だった。先程まで通ってきたホール程大きくはない。半分程だ。天井はドームのような半球になっている。中央に大理石の階段が五段程ピラミッド上に積み上げられている。どうやら祭壇のようだ。
祭壇の上には宝箱。両手で持てるくらいの大きさだ。宝箱を取り囲むように、五つの燭台が星形に配置されていた。燭台の青い炎は煌々と室内を照らしている。
「あれか!」
ヒロが思わず半歩踏み出したその時、宝箱を護る青い炎が急激に燃え上がったかと思うと、人の形となり、ヒロ達の前に立ちはだかった。
「死霊!」
エルテが叫ぶ。アンデッドとは幽霊とかゾンビの類のモンスターだ。ゲームではお馴染みだが、ここで出喰わすとは思わなかった。
燭台の炎から生まれた死霊は全部で五体。炎は青かった筈なのに、こいつらは黄色のオーラを身に纏っている。落ち窪んだ眼窩に目玉はなく、代わりに赤い光が妖しく光る。全身はローブのようなもので包まれてはいたが、腰紐が異常に絞られ括れている。両手で掴めば指が届いてしまう程だ。明らかに生者ではない。気味が悪い。
「ヒロさん、気をつけてください。死霊に触れると、マナ吸引されます!」
「対抗策はあるのか?」
ヒロはエルテの説明に振り向きもせず問うた。
「神官の浄化魔法なら。でもマナを集めないと……」
「一旦、外に出よう。体勢を立て直すんだ」
エルテの答えにヒロは一度退いた方がよいと判断した。エルテといえどもフォーの迷宮内で魔法を発動させるにはそれなりに時間が掛かる。扉の外に出て、そこでマナを集めてから再び入り直せばいい。死霊が扉を越えて襲ってくる可能性もなくもないが、それなら扉を開ける前から襲われていてもおかしくない。それは都合の良い憶測に過ぎなかったが、それでも此処にいるよりはマシな筈だ。
だが、そんなヒロの計算は即座に否定された。
「そう出来れば良かったかもしれねぇけどよ。こっちもお客さんだ」
ソラリスが緊張した声を出した。ヒロが振り向くと、頭に角を生やし、背に翼を背負った漆黒の怪物がゆっくりとこちらに顔を向ける。
――ガーゴイル!?
此処に来る通路に飾られていた彫像が動き出していた。台座を降りてくるガーゴイルが遠くに見えた。彫像だと思っていたが、どうもそうではないらしい。あるいはお宝を荒らすものを駆逐するために置かれていたのかもしれない。ガーゴイルは十を数えた。
「十匹か。仕事熱心なのも考えものだな。狛犬さん」
ヒロは冗談を言った。こんな状況下でなぜそんな台詞が口をついいて出たのか分からなかった。だが直ぐにリムに向き直る。
「リム。確か君も浄化魔法を使えたな。あの死霊に使えないか」
ヒロは、前に承認クエストで小悪鬼を火葬した後、リムが浄化魔法を使ったことを思い出した。小悪鬼の骨を一瞬で灰にしたリムの魔法であれば、死霊にも効くのではないか。ヒロはそれを期待した。
だが、その思いに反してリムは首を振った。
「あれは肉や骨を浄化する魔法です。死霊となったこの者達には効かないです」
「……そうか」
「ヒロ、死霊に剣は効かない。ガーゴイルはあたいらが食い止める。その間に、死霊をなんとかしてくれ」
ソラリスが腰元の水筒を外してヒロに渡す。
「マルマを使いな。気休め程度だけど、聖水効果があるよ」
ソラリスはそれだけ言うと踵を返して、扉を出た位置に陣取ると、カラスマルを正眼に構える。後に続いたミカキーノは下段の構えを取った。ロンボクは数歩後ろに下がる。
「ヒロさん、僕は神官魔法が使えません。エルテさんは神官魔法を使えないのですか? 伊達に神官の格好をしている訳ではないのでしょう?」
ロンボクは首をこちらに捻って尋ねる。勘がいい。ヒロは頷いて、神官魔法の発動をエルテに促す。
「少し時間を下さい」
「頼みましたよ」
エルテが詠唱を始めるのを見届けたロンボクは満足気に微笑むと、ガーゴイルに向き直り、高く杖をかざした。
 
「幻影!」
ロンボクの杖の先端が紫色に光り、光球が四方に飛び散ったかと思うと、黒曜犬へと姿を変えた。ロンボクが杖を振ると一斉にガーゴイルに襲いかかる。
ガーゴイルは一瞬、ぎょっとした様子を見せたが、直ぐに反撃する。ガーゴイルの鋭い鍵爪が、黒曜犬を切り裂く。だが、次の瞬間、黒曜犬は雲のように消え失せ、別の場所に像を結んだ。
「幻の像で誤魔化しているだけです。長くは保ちませんよ」
ヒロは、分かったとだけロンボクに答えた。ロンボクは禄に詠唱もせずに魔法を発動した。マナを集めるのに時間を必要とするエルテの魔法とは何か違うのだろうか。いずれにせよ、ロンボクも相当な魔法の使い手であることは間違いないとヒロは思った。
このときロンボクは、ロッケンから借りた魔法の杖の力を使い、殆どマナを消費しない幻影魔法を発動させたに過ぎなかった。もちろんヒロはそんな事は知らない。
死霊が、ゆっくりと祭壇から降りてくる。ヒロは水筒を構え、死霊めがけて、中の水を浴びせかけた。
――ジュッ。
灼熱の鉄板に落とした水滴が一瞬で蒸発するかのような音が鳴った。死霊の姿がぐにゃりと歪み、動きが止まる。マルマの水滴が、死霊の体に孔を穿っていた。
(これが聖水効果か!)
ヒロは心の中で呟いた。映画か何かでは聖水で死霊を撃退するシーンが描かれることがままあるものだが、現実に目の当たりにすると、やはり驚いてしまう。
だが、しばらくすると、その穿った孔は自然と塞がり、死霊が再び動き出す。少しの足止めにはなるかもしれないが、それ以上ではない。撃退には遠く及ばない。
――やはり、退くしかないな。
水筒の水とて限りがある。たとえ全部使ったとしても、稼げる時間はそう多くない。無論、帰りの行程だって水なしでは何日ももたない。
ヒロはじりじりと後退しつつ、後ろでのエルテを見やる。エルテは詠唱を続けている。まだか。ヒロは次いで、ソラリス達の様子を窺った。
ソラリスはガーゴイル達に斬り込んでいた。幻の黒曜犬に気を取られたガーゴイルを背後から斬りつける。しかし、巨人族のソラリスよりもずっと大きいモンスターが相手では、流石の彼女の剣でも一撃でしとめられない。ソラリスは接近して斬りつけては、退いて距離を取る事を繰り返した。鋭い鍵爪を巧みに躱し、斬撃を加える。ガーゴイルは、鎧や衣服の類は一切身につけていなかったが、その鈍く光る黒い皮膚は相当固いらしく、動かなくさせるためには、数度の斬撃を必要とした。ロンボクの幻影魔法で注意を逸らしてくれなければ、ソラリスといえどやられてしまっていただろう。
ミカキーノはロンボクの正面に立ち、ロンボクのガード役を勤めていた。いつものミカキーノであれば、ソラリスと一緒に、ガーゴイルの中に飛び込んで、大立ち回りをしたに違いない。だが、今のミカキーノにその力はなかった。多少回復したとはいえ、黒衣の不可触との闘いでミカキーノは、大きなダメージを負っていた。本来であれば、フォーの迷宮に踏み込むこと自体、ありえない。
彼のトレードマークでもあったミスリルの大剣も、もう振り回すことはできない。今、彼が手にしているのは、軽量のショートソードだ。小悪鬼相手に通用しても、人の倍以上の体躯を誇るガーゴイル相手には、かすり傷を負わせるのが精一杯だ。
ミカキーノは、至近距離に来たガーゴイルを牽制するのに徹していた。ソラリスが奮戦してくれているお陰で、ミカキーノに向かってくるガーゴイルは、殆どいなかったが、ソラリスでさえあれほど苦戦するモンスター相手に手負いのミカキーノが何処まで応戦できるか分からない。
――まずいな。
ヒロはマルマの入った水筒をリムに託すと、ソラリス達の加勢に入った。
 
コメント