ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
15-124.女神リーファの加護に感謝するがいいぜ
「見えるのか?」
内心の驚きを隠しながらヒロが問い返す。なぜ分かったんだ。月明り程度ではバリアの模様は見えない筈だ。余程夜目が利くのか、それとも……。
「さぁな。女神リーファの思し召しって奴かも知れねぇなぁ」
「なら、攻撃しても無駄だよ。こちらから攻撃するつもりはない。此処を通してくれないか」
「生憎、こいつらの弓は特製でな。魔法のバリアは効かねぇんだ。残念だったな。さて、寄進の金貨は何枚だったかな。百枚出せば女神リーファの加護が戴けるかもな。それ以下なら、手足を付けて丁度だ」
長髪が指をパチンと鳴らす。ヒロを取り囲む四人のマントの男達が短弩を構え直した。いつでも撃てるといわんばかりだ。
――ちっ。
バリアを破れるという長髪の言葉はハッタリかもしれない。だが、万が一本当だったとしたら、取り返しのつかない事になる。攻撃するには一度バリアを解除しなければならない。この状況でそんな選択は危険すぎる。それに再び炎魔法を発動した途端に一斉に矢を放ってくるであろうことは目に見えている。バリアを張ったのは失敗だったか。ヒロは動揺を懸命に抑えながら考えを巡らした。
長髪がハッタリをかましているとみて、バリアが矢を弾く方に賭ける。残念だがそれくらいしか手はなさそうに思われた。無論、じっとしている訳はなく、左右のどちらかに飛んで避ける。避けられなかったら、バリアが、奴らの矢を防いでくれることを祈るだけだ。
「女神リーファがお待ちかねだ。三つだけ待ってやる。祈りを捧げな」
長髪が手を挙げる。周りの男達は、短弩の狙いをヒロに定めたまま長髪の合図を待っている。
「ひとつ」
ヒロは素早く左右に視線を向けた。どちらが逃げ出し易いか確認したが、どちらも大差なさそうだ。仕方ない。
「ふたつ」
右だ。ヒロは右に飛ぶと決めた。
「みっつ」
ヒロは重心を落として、横にジャンプする体勢を取った。
――バシュッ。
マント男達の手から矢が放たれる。ヒロの左足が地を蹴り、数歩の距離を一息に飛ぶ。幸いにも矢は当たらなかった。バリアにさえも。
――パキン。
矢はヒロに届く前に失速し、地面に落ちた。鏃の根本がポキリと折られている。一体、何が起こったんだ? 戸惑いを隠せないヒロの背に声が飛んだ。
◇◇◇
「何をしている!」
ヒロが振り向くと、二人の人物がゆっくりと近づいてきた。月明かりでもその姿がはっきりと分かる。一人は深紅の鎧に白いマントを羽織っている。腰には黄金の装飾が施された長剣の柄がちらちらと見え隠れする。誰が見ても騎士だと分かる。
もう一人は、白い詰め襟の上着を着ていた。下は黒のズボンに黒のブーツ。帽子は被っていない。
「なんだぁ」
長髪が訝しげな視線を向けたが、騎士の顔をみた途端にさっと顔色が変わった。
「お前達、ウオバルで争いは厳禁だ。何をしていた!」
騎士は、ヒロと男達の前までくると毅然と言い放った。腰に帯びた剣の柄に手を掛けている。変な動きをすれば容赦しないといわんばかりだ。
ヒロはその声を聞いて、ようやくこの騎士が女であると気づいた。歳は自分よりやや上、三十に届くか届かないか。背丈はヒロよりも少し高いように見えた。均整の取れたスタイルは一分の隙もない。金色の長い髪を後ろで三つ編みにして一つに束ね、肩から前に垂らしている。瞳の色は青みがかった緑。鼻筋がぴんと通り、透き通った肌が月明かりに照らされている。まず美人の部類に入るといっていい。
女騎士の横に控えるもう一人は、小柄で少年のような顔立ち。丸い大きな瞳はブルー。髪は灰色。白い詰め襟の正面右に金色のボタンが縦に六つ並んでいる。
「いやぁ、何も。リーファ神殿に寄進するってんで、代わりに行ってやるって提案しただけさ」
長髪が両手を広げて釈明する。赤鎧の女騎士は地面に散らばった鏃をちらと見やると、ヒロにその端正な顔を向けた。
「そうなのか?」
「あ、あぁ、リーファ神殿には自分でいくから丁重にお断りしたけどね」
状況をみれば、襲われかけていたことは一目瞭然だったが、ヒロはあえてそう答えた。とりあえず窮地は逃れたし、下手に尋問を受けて痛くもない腹を探られるのも避けたかった。
「だそうだ。ウオバルで争った者は裁判に掛けられる。お前達も無用な疑いを持たれたくはなかろう。この話はこれで終わりだ」
これ以上揉め事を起こすなら拘束する。女騎士の言葉にはそんな意志が込められていた。
「兄ちゃん、女神リーファの加護に感謝するがいいぜ。今日のところはな」
長髪はヒロを取り囲んだ仲間の男達に目配せをすると、踵を返した。残った四人の男達もそれに続く。
彼らはそのまま闇の中に消えていった。
 
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