ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

15-118.「眼」でございますか

 
 シャローム商会で、ヒロ達が交渉している頃。

 ――石造りの小さな部屋。

  一人の男と一人の老人が居た。

  オールバックの髪を後ろに束ねた男は、古風なテーブルを前に羽ペンを走らせていた。もう一人の老人は直立不動でオールバックの男がペンを休ませるのを待っている。主人が手紙を書き終えるのを待っている老執事だ。

  静かに羽ペンを走らせている男の名はラスター。此処、王国第二の都市ウオバルに拠点を構える貴族、ファスボーン家の当主だ。ウオバル周辺に幾ばくかの領地を有し、巨万の富を蓄えてはいるが、家柄としてはそれほど古いわけではない。

  ウオバルはこの国の王、フォス三世の実弟ウォーデン卿がこの地を治めるようになってから急速な発展を遂げた。ウォーデン卿は治水と開墾を奨励し、隣国との交易も盛んに行うことでウオバルを一大都市へと築き上げていた。

  学問都市として多くの学生や冒険者を集めるウオバルであるが、それを可能としているのは、領内で莫大な食料生産を行っているのみならならず、街道の道幅を広げて整備するなど、物資の流通にも力を入れたからだ。

  ウオバルには学生や冒険者のみならず、交易商人も多く集まり、いまだ経済発展を続けている。その影響もあってウオバルの貴族達にも経済的潤いを与えていた。ラスター率いるファスボーン家もその一つだ。

  この部屋に入ってから既に数刻。ラスターは王都で待つ彼のに手紙を書いていた。黒インクが紡ぎ出す文字は、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの動向に関するものだった。

  黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは、今ではすっかり忘れ去られ見向きもされないフォーの迷宮の地図を要求した。アンダーグラウンドの依頼クエストであれば、もっと高額の報酬を要求してもしかるべきところを、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは例の地図以外何も興味を示さなかった。

  やはり黒衣の不可触やつは何かを掴んでいるのではないのか。只の思い過ごしかもしれないが、ラスターは引っかかるものを感じていた。であるからこそ、スティール・メイデンをけしかけて、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの捕縛を試みたのだ。残念ながら、それは失敗に終わったが、黒衣の不可触の足取りは追跡させている。何かあれば即座に行動に移す準備は必要だろう。

  ふと羽ペンを止めたラスターは立ち上がった。わずかに頬を動かした老執事を手で制すると、本棚に向かい、慎重な手付きで手提げ鞄サイズの石板を取り出す。厚みが二、三センチ程もある分厚い石板だが、角が取れ丸まっている。相当古いものだ。ラスターは石板を、部屋中央に据えられた丸テーブルにゴトリと置くと、再び本棚に向かう。もう一つの石板を取り出すと、最初の石板に並べて置いた。

  これらは二十年前、かのウラクト・ラクシスによる王位簒奪疑惑事件後、貴族の位を剥奪されたラクシス家から奪い取ったものだ。一つはラクシス家に代々伝わる石板。もう一つはフォーの迷宮から偶然発見された石板だ。

  ラスターは、二つの石板の文字に目を落とした。石板には、彼にも読めない古代語らしき文字が刻まれている。その古代文字は裏表に刻まれていた。

 「フォーの神殿……、いや、今はフォーの迷宮か」

  ラスターは石板にそっと手を当て呟いた。この石板に伝説のレーベの秘宝の在処が記されているという。だが、石板に刻まれた文字は誰にも解読できない。唯一分かっているのは、石板がフォーの迷宮と関係があるかもしれないということだけだ。

  ――レーベの秘宝。

  伝説王レーベが身につけていたと伝えられる秘宝。これを持つ者は大陸の王となる資格を得るという。ラスターはの命を受け、石板の解読とレーベの秘宝の探索を続けていた。

  ラスターはこれまで何度かフォーの迷宮攻略のクエストを出したことがある。だが、何も発見できずに終わった。やがてフォーの迷宮にモンスター共が棲みつくようになると、そのクエストを受ける冒険者も皆無となった。もうその種のクエストを出さなくなって大分経つ。

  今や、フォーの迷宮攻略は低階層でモンスター狩りをするという冒険者の経験値稼ぎの位置づけに成り下がっていた。最早、フォーの迷宮の最深部に足を踏み入れ、お宝を探そうなどという物好きもいない。

  それだけにラスターは、フォーの迷宮に向かう冒険者には目を光らせていた。尤も、彼らとて、詰まらぬ経験値稼ぎで終わっていたのだが。

 「フォーの迷宮を攻略した冒険者はいない……。黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルであれば、未攻略階層にまで行けるかもしれないがな……」

  ラスターは黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルこそが、ラクシス家を継ぐ者であり、この石板の写しを持っていることまでは掴んでいなかった。もしも、あの時スティール・メイデンによる黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブル捕縛が成功したならば、あるいはその事実を突き止めることができたかもしれない。

  それでも、ラスターは黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルがレーベの秘宝を追っているという可能性を警戒していた。だが、それは別の理由によるものだ。

  ――シャローム・マーロウ。奴も何かを掴んでいるのか……。

  ラスターの懸念は、シャロームが黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルに接触しているという点に由来していた。シャローム・マーロウは、ここ数年で急激に頭角を現した商人だ。奴が何の理由もなく動くわけがない。あるいは奴が黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルを操っている可能性も考えられなくもない。シャロームが石板の存在とその意味を知っているとは思わないが、念を入れておくに越したことはない。

  既に目の前に控えている老執事キャンスにシャロームの取引を調べるよう命じている。怪しい動きがあれば、探っておかなければなるまい。だが、今は黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの動きの方が重要だ。

 「まずは、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルがフォーの迷宮で何をするかだ……もし、何かを見つければ、シャロームが動くか……」

  ラスターは石板を大事そうに抱えて、元の本棚にそっとしまった。よもやと思うが新たな石板が出てくるようなことがあれば、なんとしてでも回収しなければならない。

  ――石板の解明は私の使命だ。そしてレーベの秘宝を手に入れ、御前と……。

  そこまで考えてラスターは、ふと有る事に気づいた。黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは自分を負かした冒険者と一緒にシャローム商会へ行ったと報告を受けている。ならば、もう一つの可能性をも考えておかなければならない。ラスターは再びテーブルに戻ると、その鋭い眼差しを老執事に向けた。

 「キャンス。バレルはどうしている?」
 「はい。シャローム商会に向かった黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルを引き続き監視しております。特にまだ動きはないようで御座います」
 「ならば丁度良い。ベスラーリにも一仕事して貰おうか」
 「『眼』でございますか?」
 「シャロームと黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルだけに気を取られていた。念のためにもう一つ手を打っておこう。バレルとて、フォーの迷宮に単独で入るのは厳しかろうからな。『眼』があって困ることはあるまい」
 「左様で御座いますか。ですが『眼』が動いてくれますやら……」

  老執事が思案顔で答える。

 「私が会おう。そう伝えよ」

  そう言って、ラスターは老執事になにやら囁いた。

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