ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

14-116.アンダーグラウンドです

 
「……という訳です」

 エルテは自らの素性を一通り話すと、小さく息をついた。部屋の小さな窓の向こうに見えていた通りの灯りが、心なしか少なくなったように見えた。

 ――そういう事だったのか。

 衝撃的な内容だった。エルテはその若さで、途方もなく大きなものを背負っている。自分が襲われたことに対するヒロの怒りの感情は何処かに飛んでしまっていた。

「すると君のお父さんは?」
「父は王位簒奪を企んだとの疑いを掛けられ、投獄・幽閉されました。それから間もなく……」

 エルテは目を伏せた。悲しい過去に必死で耐えているようだった。そこから先の顛末は聞く迄もなかった。

「私は大司教グラス様の計らいで、身を隠すためアラニスに送られ、その村長クライファートの手に託されました。私はそこで育てられたのです。大司教様の弟子であり神官資格を持っていた育ての父クライファートは、私に神官の教学と魔法を教えてくれました。大司教様が、お忍びでアラニスに立ち寄られた時には、大司教様自らお教え下さったこともあります……」

 俯いたエルテの肩が小さく震えている。シャロームがエルテの肩にそっと手をやる。ヒロはエルテが落ち着くまでそのまま待った。

「大丈夫よ。シャル、ありがとう」

 少しして落ち着きを取り戻したエルテは、シャロームに礼をいうと、ヒロに失礼しましたと謝る。

ウラクトの死後、ラクシス家は貴族の称号を剥奪されました。家屋敷も財産も奪われ、散逸しました。それだけではありません。父を死に追いやった者達は、ウラクト家一族を悉く捕らえられたのです。彼らの多くは尋問を受けたあと殺され、事実上ラクシス家は断絶しました。石板の秘密を探ると同時に復讐を恐れた為です。そして彼らは、ラクシスの血統を完全に根絶やしにすべく、ラクシスの血を分けたものがいないか触れを出して探しました。しかし、幸いなことに大司教様の配慮で寒村アラニスに預けられた私を見つけることはできませんでした。私がラクシス家の最後の生き残りです」
「それで、君はラクシス家を継ぐことにしたのか」

 ヒロの問いに、エルテの瞳がきらりと光った。

ウラクトマリーは、私に神官として生きる道も残して下さいました。けれども、私はラクシス家を継ぐことに決めた。真実から逃げる事はできませんから。大司教様は、本物のレーベの秘宝を見つけることができれば、ラクシス家を復興するチャンスが得られるだろうと仰いました」
「レーベの秘宝ってさっき言っていた……」
「はい。レーベの秘宝は、失われたとされる王家の宝ですわ。それを手に入れ、王に献上すれば、きっとラクシスの名誉を取り戻すことができる、と。ラクシス家再興の為に、私はレーベの秘宝を見つけなければならないのです」
「でも、本物を献上するだけで、そんなことができるのか? 偽物だと言われて門前払いされるだけじゃないのか?」
「レーベの秘宝には、人知を越えた力が宿っていると言われています。その力を引き出す事ができれば、それが証明になりますわ」

 ヒロの頭に図書館で借りたレーベ王の物語が蘇った。リムに読んで貰ったページには確かそんなことが書いてあったような気がする。

「ふむ、話は分かったが、漠然とし過ぎているな。第一にそのフォーの迷宮とやらにレーベの秘宝があるのかどうかが分からない。単に石板が見つかっただけなんだろう? 仮にレーベの秘宝とやらがあったとしても、それが本当にレーベの秘宝だという保証はあるのかい? 伝説や石板だけでは論拠としては弱い。そもそもフォーの迷宮というからには、中は迷路になっている筈だ。行ったはいいが迷って戻って来れなくなるなんてのは御免だ。危険過ぎるな」
「ヒロさんの仰る通りです。迷宮ダンジョン攻略には、地図が必要ですわ」
「地図?」
「冒険者のクエストの一つに、迷宮ダンジョン探索と地図の作成というものがあるのは御存知ですか? 大陸には数多くの迷宮ダンジョンが点在していますけれど、それらはそのまま攻略された訳ではありませんわ。数々の冒険者の手によって地図が作られ、そこに現れるモンスターが明らかにされていったからこそ、攻略されてきたのです」
「なるほど」
「とはいえ、まだまだ攻略されていない迷宮ダンジョンも多く残されていますわ。フォーの迷宮もその一つです。攻略されていない理由は迷宮が複雑で地図ができていなかったり、出現するモンスターが強力で先に進めないなど様々ですわ。攻略途上にある迷宮ダンジョンの地図は中々手に入れることはできません。高値で取引されるならまだしも、表に出回らないものも数多くありますから」
「どうやって手にいれるんだ?」

 ヒロの質問にエルテは即答できなかった。いやしなかった。しばらく黙って考えていた彼女は、意を決した表情でヒロに答えた。

「アンダーグラウンドです」

 ――アンダーグラウンド。

 ロンボクに付き添って、リーファ神殿にミカキーノ達を見舞った際に、ロンボクから聞かされたのことだ。内密に処理したい案件や、秘密アイテムの探索など、表のギルドには出てこないクエストだとロンボクは言っていた。ヒロの思考が終わる前にエルテが口を開く。

「アンダーグラウンドでは表に出ないような貴重なアイテムが取引されます。その中に……」
「フォーの迷宮の地図があったということか」
「はい。けれども、アンダーグラウンドのクエストを受けるためには、実力のある冒険者として知られなければなりません」
「それで、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルに?」
「そうです。養父クライファートと大司教様の薫陶を受けた私は、幸いにもそれなりの冒険者になれるだけの力を得ることができました。けれども、私は正体を公にすることは出来ません。ラクシス家の生き残りだと知られるわけにはいかないのです」

 ヒロは腕を組んだ。正体を明かさないまま、冒険者として名を馳せる。そんなことが可能なのか。いや、酒場でもギルドでも黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルが冒険者だとは誰も言わなかった。

「いろいろと分からないことがある。さっき君は、実力のある冒険者でないとアンダーグラウンドのクエストは受けられないと言ったな。であれば、最低限冒険者でないといけない筈だ。俺はウオバルここに来て間もないから、知らないだけかもしれないが、冒険者では君を知らない者はいなかった。だが、君が冒険者だと言った者もいなかった。エルテは冒険者登録を済ませているのかい? 俺は正式な冒険者になるためにギルドの承認クエストをこなしてようやく冒険者として登録されたんだ。素性を明かせず、顔も仮面で隠しているのなら、尚更、承認クエストをしていなければ冒険者にはなれないのじゃないのか? それとも、アンダーグラウンドのクエストは、実力さえあれば冒険者でなくとも受けられるのかい?」

 ヒロの言葉にエルテは固い表情を崩さなかった。

「アンダーグラウンドはギルドを通さないクエストです。ギルドを通さないということは、依頼相手が冒険者である必要もないということですわ。ただクエストそれを実行できる力があるかどうかだけ。そのために、大司教様とウォーデン卿の御力おちから添えをいただきました……」
「?」
「私はレーベの秘宝を探すために、フォーの迷宮に行くと大司教グラス様に申し出ました。最初は反対されておりましたけれど、大司教グラス様は一計を案じ、ウオバルここの領主であるウォーデン卿に御相談なさいました。王都から遠く離れた此処ウオバルならば、多少の活動をしても危険は少ないだろう、と」
「でも君の父さんは、投獄されたのだろう。ウォーデン卿は、この国の王様の実弟だと聞いている。素性をバラすのは却って危ないんじゃないのか?」
ウラクトが投獄されたのは先代フォス王の時代です。大司教様が仰るには今のフォス王は英明で、佞臣を遠ざけて忠臣を取り立て、国を固めることに腐心されておられるとか。なればこそ、レーベの秘宝を献上することでラクシス家再興のチャンスもあるだろうと仰っておいでです。私もそう信じています」

 エルテはヒロが無言で頷いたのを確認してから続けた。
 

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