ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

13-093.お待ちしておりました

 
 ソラリスに剣術を、モルディアスに魔法を習ってから数日経った。

 ヒロは、毎日空き時間を見つけては、剣術と魔法の練習を重ねていた。剣術の方は、ソラリスが適当に見繕ってきた木の棒を使った素振りが中心だ。

 だが、普通に思い浮かべるような、頭上に振りかぶって打ち下ろすような素振りではない。右手で持った棒を体の正面に置き、手首を返して先端を地面スレスレに垂らす。その姿勢から肘を曲げて反動をつけ、そのまま振り子の要領でスナップを利かせながら、肩の高さまで振り上げる。この動作の繰り返しだ。ソラリスがいうには、ヒロに教えた「抜き」の剣技を習得するための基礎訓練なのだそうだ。地味な動きだが、体を動かし慣れてないヒロにはキツイ訓練だ。百本も届かないうちに腕が上がらなくなってくる。

 三日目、堪りかねたヒロがマスターするにはどれだけやればいいのかとソラリスに聞いた。

「そうだな。才能がある奴で、毎日三千本を最低でも三年だな」

 それがソラリスの答えだった。

 一方、魔法の練習は、炎粒フレイ・ウムをベースにして、その形を変える練習とその応用だ。こちらの方はまだ順調に進んだ。毎日練習を重ねた甲斐もあって、元々球形である炎粒フレイ・ウムを棒状にした炎線斬フレイム・アッシュ。そして、炎線斬フレイム・アッシュから、その先端だけに炎を残す釣炎球ダゥ・フレイ・マーまでは出来るようになっていた。

 尤も、宿の下宿部屋での練習が殆どだったから、その距離は短く抑えざるを得ない。畢竟、最大射程でどこまで伸ばせるのかまでは分からなかった。

 この日のヒロも、ウオバル内での配達クエストを二件程こなした後、宿に戻り、魔法練習をしていた。

 ヒロの部屋には、いつものように、ソラリスとリムが椅子に座ってヒロの魔法練習を見守っている。もっとも、胡椒入りの葡萄酒をたらふく呑んでほろ酔い気分のソラリスはヒロをぼんやりとみているだけだったが。

 陽が大きく傾き、部屋の奥に柿色の光が差し込んできた頃、練習を終えしばらくベッドに腰かけて休んでいたヒロはさてとばかり立ち上がった。

「ヒロ様。――もぐもぐ。お出かけですか? もう夕方ですよ。――もぐもぐ」

 今日のお供え分の団子キビエを美味しそうに頬張りながら、リムが、不思議そうな顔を見せた。

「うん。シャローム商会に行く。今日、シャロームと会う約束なんだ。リムの金貨を換金して貰うんだが、ついてきて貰えるかな?」

 シャロームとの契約書に自分とリムのサインがあることを確認したヒロは、申し訳なさそうに言った。換金だけなのだから、一人で十分ではないかとも思ったのだが、契約書にリムの名がある以上、リムの同席がないと換金できないかもしれない。こういう類の契約は一つでも瑕疵があると、成立しないことがままあるものだ。ヒロは念を入れる意味でリムに同席を求めた。

「はい。ヒロ様のお望みのままに」

 リムはぴょんと椅子から立ち上がると、くるりと一回りした。ローブの裾を摘んで、両脇に広げ、膝を曲げて少し頭を下げる。おどけているのか、ふざけてみただけのか分からないが、その表情は楽しそうだ。あるいは、腹に詰め込んだばかりの団子キビエのせいかもしれない。

「済まない。何もないと思うが、取り敢えず頼むよ。ソラリス、そういうことだから、後はよろしく」
「おう、任せとけ」

 ソラリスは葡萄酒がなみなみと入った杯を掲げて鷹揚に答えた。

 そんなソラリスの姿に軽く苦笑したヒロは、リムを連れ立ってシャローム商会に向かった。


◇◇◇


 ヒロとリムは、紫の路ブレウ・ウィアをゆっくりと並んで歩いていた。

 日中、暖かな光を投げかけていた太陽は遠くに聳える山裾に沈み、残った薄暮が静々と後退していく。それでも夜の帳がウオバルの街を征服するまでは、まだ少しの猶予があった。

 だが、両脇に立ち並ぶ店の過半は、店仕舞いを始めていた。店員が店先にぶら下げた看板を片づける。店のシンボルが描かれた木の板が玄関の奥に引っ込む代わりにランプの光が、紫の路ブレウ・ウィアを照らした。今日の営業は終了の合図だ。

 電化されていないこの世界では、原則、夜になると全ての仕事はお終いになる。時計はもとより、時間という概念すら曖昧なこの世界では、太陽の動きが殆ど唯一の基準だ。日の出と共に仕事が始まり、日の入りと共に仕事は終わる。そこから後は、家族との団欒や、仲間との酒盛りの時間だ。一応、鐘も神殿にあることはあるのだが、時間を知らせるのでなく、イベントの始まりと終わりを告げる意味合いで使われる。

 ヒロは、シャローム商会が店を閉めてしまっているのではないかと少し不安を覚えたのだが、それは杞憂だった。

 シャローム商会の看板が遠目に見える。まだ店は閉めてはいないようだ。ヒロは、隣のリムに視線を落としてから、少しだけ歩幅を広げた。

 ――ガヤガヤ。

 もうすぐ夜になるというのに、シャローム商会は賑わっていた。何人かは、冒険者風の男達が混ざっている。中には、騎士と思しきフルプレートの白い甲冑に身を包んだ威厳のある年輩の人物もいた。だが、来客の殆どは、高価な宝石を填めた指輪をした、裕福そうな紳士だ。

 互いに顔見知りなのだろうか、彼らの多くは談笑したり、テーブルに羊皮紙を広げてなにやら話し込んでいる。

 ヒロは、どうすればよいものかと戸惑っていると、突然声が掛かった。

「ヒロ様で御座いますね。お待ちしておりました」

 鷲鼻の小男が目の前に立っていた。緑の帽子を取って恭しく挨拶をする。この間、シャローム商会に来たときに接客した店員だ。

「こんばんは。随分と繁盛しているようだね」
「お陰様で。今日はシャロームが居りまして、商談が多うございます。少しお待ちいただいて宜しいでしょうか」
「構わないよ」
「申し訳御座いません。こちらへどうぞ」

 小男はフロア隅の小テーブルへとヒロとリムを案内した。

◇◇◇

 フロアを賑わせていた来客が一人、また一人と去っていく。にこやかな顔もあれば、渋い顔をしているのもいたが、総じて彼らは満足そうだった。良い商談だったのだろう。

 小一時間程経っただろうか。待っている間に女性店員が淹れてくれたがすっかり冷えた頃、恰幅の良い一人の男が奥の階段を降りてきた。店員に二言三言声を掛けてから店を後にする。

 大口顧客なのだろう。女性店員と小男が揃って玄関先に出て頭を下げた。これでフロアに残っているのはヒロとリムの二人だけだ。どうやら最後の客になったようだ。

「大変お待たせしました。ヒロ様。御案内いたします」

 男を見送った小男店員が、ヒロの方を向いて右手で階段を指した。換金するだけなのに、少し大げさではないかとヒロは思ったが、手持ち四十枚もの古金貨は、この世界でも大金だ。他の客がいる訳でもないが、やはり表立って換金作業は、憚るべきものとしているのかもしれない。ヒロは素直に従うことにした。

「ありがとう」

 ゆっくりと立ち上がったヒロは、リムと一緒に、小男の案内で階段を登った。
 

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