ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
12-086.耳飾りの王
――その日の夕方。
ロンボクといくつかの情報交換をしたヒロはリムと宿に戻っていた。先に別れたソラリスはまだ戻ってきてないようだ。パンとスープの簡単な食事を終えたヒロは、自分の部屋でリムと一緒に絵本を読んでいた。読み書きを教わるためだ。
リムは、帰りに道具屋で調達した、少し大きめの蝋板をテーブルに置き、ヒロが図書館から借りた絵本のページを繰っては、書いてある文字を一つ一つヒロに教える。だが、リムが蝋板に書きつける文字は、絵本に書いてある字をなぞるのではなく、もっと複雑な文字だ。
「絵本に書いてあるものと違うようだけど」
ヒロが戸惑いの表情を向ける。
「絵本の字は簡略体です。こんな文字覚えちゃ駄目です」
リムがピシャリという。ヒロとて漢字を略字表記することもままあるが、こっちの簡略体とやらは、簡略し過ぎなのかリムの教える文字との関連性が見いだせない。漢字と平仮名、いやそれ以上の差がある。尤も平仮名とて本を正せば漢字から生まれた文字なのだが。
「まったく何時から簡略体ばっかりにしたんでしょう。子供向けの絵本だとしても酷すぎます」
リムはプンスカとむくれている。文字とてやはり長い時の流れの中では簡略化されていくのだろうなとヒロは思いを巡らせた。
リムは、小一時間ばかり読み書きをヒロに教えると、今日はここまでにしましょうと本を閉じる。集中もそろそろ途切れる頃だとヒロも一息ついた。
「それにしてもヒロ様、この絵本は本当にレーベ王の物語ですよ。初めて大陸を統一した王です。ちゃんと残ってるんですねぇ」
リムが、テーブルに置かれた絵本をしげしげと眺めては感心したようにいう。
「題名は何て書いてあるんだい? レーベ王の物語って書いてあるのかな」
ヒロは題名のついていない分厚い皮表紙を捲り、扉のページに記されたドラゴンの紋章に添えられた赤い文字を指でなぞりながら問い掛けた。
「え~とですね。タイトルは『耳飾りの王』ですね」
「耳飾り?」
「あ、はい。レーベ王はいくつもの神具や宝具、聖剣などを持っていたんですけど、その中に大地母神リーファ様に授けられた耳飾りがあるんです。耳飾りには精霊の力が宿っていて、その力は大陸統一の助けとなったとこの本に書いてありますね」
「ふ~ん。耳飾りね……、ん? もしかして」
ヒロは何かを思い出したように腰を上げ、ポケットから鍵を取り出した。先ほどまで自分が座っていた長持ちの錠前を開け、中から皮袋を取り出した。リムの古金貨が入っている袋だ。
中から古金貨を一枚取り出してテーブルに置く。古金貨にはレーベ王の横顔が刻まれていたが、耳の部分に水滴上の模様がある。ヒロはその水滴を指さした。
「これがその耳飾りなのかい?」
「そうです。これです、これ」
リムが嬉しそうに答える。金貨に刻まれるくらいだ。当時から有名だったのだろう。耳飾りの王か。そういえば、図書館でセインが、この国の人なら皆、一度は読んだことがあるはずだと言ってたっけ。この本にその全ては書いているのかは分からないが、ヒロはレーベ王に興味を覚えた。
「リム、さっき、その耳飾りは大地母神リーファから授けられたと言っていたけど、なぜレーベ王は神からそれを授けられたんだ?」
「え~と。ここにその経緯が書いてありますよ」
リムが、パラパラとページを繰って、あるページを広げてみせた。見開きで粗末な挿し絵が添えられた頁だった。
「じゃあヒロ様、この頁を読んでみますね」
リムはそこに記されている伝説を、透き通った高い声で、ヒロに読み聞かせ始めた。
◇◇◇
――今から八千年の昔。
大陸南端の海岸。一人の王と女神がはるか海原を見つめている。
エメラルドグリーンの波が、きらきらと陽の光を弾いてはその身を躍らせていた。
白い甲冑に身を包んだ王は、齢四十を少し過ぎた頃だろうか。艶のある長い銀髪を後ろで束ねている。彼は二つある大陸の一つを統一した偉大な英雄だった。
王の名はロイラック・フォン・レーべ。
レーべ王の傍らに佇む女神の名は大地母神リーファ。見た目は二十歳を少し過ぎた辺り。腰まである見事な金髪を海風に流れるに任せている。
「リーファ殿。本当に行ってしまわれるのか」
「時は流れるものですよ。ロイラック」
「そなたと辛苦を共にし、戦いに明け暮れた日々だった。ようやくにして大陸統一を果たした。これからだというのに・・・・・・」
レーベは遠い海原を見つめたまま、自分に言い聞かせるように呟く。
「私にこの大陸を治めていくことができるのだろうか」
「大丈夫ですよ。貴方は王として、いいえ、皇帝として立派にこの大陸を治めます」
リーファはその場でくるりと回る。新しき皇帝の誕生を祝うかのように。
それを見たレーべは自分の耳に手をやった。
リーファがくすくすと笑う。
「ロイラック、貴方は困ったことがあるとすぐ耳を触ります」
「む。……そうか」
レーベは焦った顔を隠そうともしなかった。リーファにだけ見せる素の表情だ。
リーファは、しゃがんで、足元から何かを拾うと、両手で包み込むように持って、自分の胸に当てた。目を閉じ小さな声で呟く。
しばらくして、リーファがその手を開くと細長い渦巻き型をした黄金水晶があった。
「ロイラック。形見の耳飾りです。貴方が困ったとき私を思い出せるように。水の精霊獣アークムに宿って貰いました。貴方の守護獣としてお使いなさい」
「リーファ……」
背に羽をたくわえた小さな精霊が、黄金水晶の周りをくるくると回って祝福を贈っているのが、レーべにも見えた。
◇◇◇
「……ここの話はこんな感じですね」
数頁に渡って紡がれた、大地母神リーファとレーベ王のエピソードを読み聞かせて見せたリムは、金色の瞳をヒロに向けた。心なしかその瞳が潤んでいるように見える。
「ロマンチックな話だね。流石、神話といったところかな」
神話には神懸かった話が付きものだ。それはこの世界でも変わらないらしい。ヒロは素直な感想を口にした。
「本当の話なんですよ」
リムがぽつりといった。その顔には誰がなんと言おうと事実なのだと書いてある。
「……そうだね。リムが言うなら」
ヒロは否定しなかった。
レーベ王が実在の人物であり、リムがその姿を見たことがあるのなら、今聞かせてくれた大地母神リーファとレーベ王のエピソードとて無碍にしたくはなかった。女神が地に降り立つことの真偽は別としても、当時それに準ずるものがあったかもしれないのだ。伝説にはその元ネタとなるような話があるものだ。ヒロはそう思った。
――ゴンゴン!
突然、部屋の扉が音を立てた。そのぶっきら棒な叩き方で、開けなくてもソラリスだと分かる。ヒロは、開いてるぜ、と扉に向かって叫ぶ。すぐにガチャリと開いて、マントを羽織った赤い髪の大女が姿を現した。
「ヒロ、明日、朝から剣術をやるっていってたな。上手い具合に場所が開いたぜ」
「場所?」
「ウオバルの公式闘技場だ。明日の昼まで借りたよ」
「剣術ってその辺の空き地でやるんじゃないのか?」
「お前に剣の腕があれば、それでもいいけどよ。模擬剣も防具も何もないまま剣を振っても、怪我するだけだぜ。公式闘技場なら練習用の木剣でも防具でも貸してくれる。まずはお前に合った剣技を見つけねぇとな」
「ん? ソラリス流の剣術を教えてくれるんじゃないのか?」
「馬鹿言え。一日二日で剣術が身につくもんか。さし当たってお前が使えそうな技を探すだけさ」
「そんなものなのか」
「あのな、ヒロ、剣の流派も剣技も数えりゃゴマンとあるけどよ。何百と技を覚えたところで実戦で使えるのは一つか二つだ。中途半端な技は命を縮めちまうだけなのさ。それこそ火竜に通用するくらいまで一つの技を極めるのが生き残る道なんだよ。型を習いたけりゃ、その辺の道場でも大学にでもいけばいい」
――百の技を覚えていても実戦で使えるものは一つか二つ。
乱暴にも聞こえるソラリスの言葉だったが、冒険者として生き伸びてきた者のみが持つ凄みがあった。現実は時代劇や漫画とは違うのだ。ヒロはソラリスの言葉を噛みしめた。
「分かった。じゃあその俺に合った剣というのを見極めてくれ。使えない技なら覚えても仕方ないからな」
「へへっ、楽しみだな」
ソラリスはそう言って豪快に笑った。
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